憶測
ちょっと変な人がいた。老人である。
夜中、私が住んでいるマンションの前で、絶えず何かを呟いているのだ。
声量はそれほどでもないのだが、長時間にわたり繰り返されるそれに、私はうるさくて眠れない。
多分どこかの家の徘徊老人なんだろう。
同じマンションに住む仲間うちでも話題にのぼり、ある者は精神異常者に違いないと言い。またある者はお百度参りでもしているのではと言った。どうやらはるか以前、このマンションが建つ前は神社だったそうだ。あまり気持ちの良い話ではない。
そのうちに、誰かが老人に真相を尋ねてみようといいだした。反対する者はいなかった。私も乗り気だった。不快なあの呟きからはやく解放されたかったのだ。
夜を待ち、老人の元へむかうと、やはりいつものように必死に、何事かをつぶやいている。一体何を言っているのだろうか、老人との距離は10歩もないが、こちらに背をむけていて聞き取れない。
老人は私たちに気づいていないはずはないが、まるで私たちなど存在していないかのようにいつもと同じである。さらに半歩、老人に近づいた時だった。
突然、私の横にいた仲間がうめき声をあげ、のたうちまわった。仰向けになり海老のようにビタンビタン体をしならせている。急に力が入らなくなり私も膝から崩れ落ちる。一体何が起きたのかわからない。
老人はこちらをみていた。我々の変調が合図であったように身をひねり、近づいてくる。
そこで初めて、自分たちがとんでもない愚行をおかしたことに気がついた。老人の呟きが聞き取れたのだ。
お経だった。
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