第30話

 天から降ったか地から湧いたか、夥しい数の生きスダマたちは、柳営に対し憤懣を晴らす勢いの如く巌を駆け下って来た。愛する親兄弟が黄泉の客となってしまった村びとたちの恨みの念がスダマに乗り移り、島は叫喚の地獄絵図となった。無惨にもスダマたちの餌食となり、もはや正気の沙汰ではない黒田の軍勢はゲンジの目の前で次々と倒れて行った。スダマに取り付かれ、魂を抜き取られんと白目を剥き出して苦しみがる者の姿や、狂気に怯える者が太刀を振り回し、刺違えるなど眼を覆いたくなる惨状に、千吉やサスケはヨイチにしがみ付き、怯えた。

半時も経った頃、疾雷が天から轟いた。黒田如水がおもむろに袂からロザリオを取り出し、震える手で十字架を西ノ瀧に向けた途端、輝く光は鋭い一本の矢のようにヨイチの右肩を射抜いた。

「ぐぬっ!」

「ヨイチっ!」千吉は驚き悲鳴を挙げた。

光の射す方向にある堅固な巌は脆くも崩れ落ちて、足元には、ぱらぱらと岩が散らばっている。「……黒田……如水」ヨイチは右肩を押さえ、一歩前へと進んだその時、高山右近の持つロザリオが放つ光で今度は、右足を打ち砕かれた。ヨイチはその場に倒れ込んだ。

ゲンジがヨイチの躰に覆い被さった。

「ヨイチっ、大丈夫か!」ゲンジは呻くヨイチの肩と足から夥し

い血が流れているのを見た。 

「――ゲンジ」

「喋るな。今、手当てを」ゲンジは止血のため、ヨイチを巌の窪

みに運んだ。

「ゲンジ、お前に頼みがある」

意識が薄れ行く中で、ヨイチはゲンジをしっかと見た。そして「――主のおられる頂に昇り…… 護摩壇に供物を投じる…… しばらくして炎の中に、十二天の内の一、火天が現れる…… その火天に向かい、災いを記した護摩木を焼べる……」と言い、再び息をゆっくり吸いながら、

「ゲンジ…… おぬしが…… 行くのじゃ…… 行って、この世の災いを、因果を、火天に願い、焼き尽くして…… もらって …… くれ……」とヨイチは息絶え絶えに言った。

「分かった。分かったからもう喋るなっ」

ゲンジはヨイチの傷ついた躰を合成吸収糸で縫合した後、防護服を着せ、自分の背に担いだ。そして千吉に、「不動明王寺の老師とリキュウにことの次第を告げに行き、祈祷を願って欲しい。俺はこれからヨイチを連れて頂に向かい、そこで護摩壇に火天を呼ぶ。護摩祈祷による煙はたちまち天空を覆うだろう」

千吉は頷き、サスケとともに不動明王寺へ向った。ゲンジは傷ついたヨイチを背中に担ぎ、西ノ瀧の頂を目指した。

――光をやみとし、やみを光とする者

黒田如水や臣下の小西行長、高山右近らは龍の雲を得たように断崖を登るゲンジの姿を捕らえた。夏の天道はいよいよ遮るものもない岩肌をじりじりと焼き始めた。蝉の声が喧しい。辺り構わず放たれる三本の光の矢は、目の前を鋭く交叉する。ゲンジは天を摩すると思われる頂を遙かに見ては、一歩また一歩と登り続ける。

自分の命と引き換えてでも、ヨイチには生き続けてもらいたい――ゲンジは心の底からそう願った。

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