第23話

――――生を視ること、死の如し。

天つ風がゲンジの迷いを一時、忘れさせるように、高峰にかかる夏霞は風に追われ、主の住まうであろう頂を瞬目した。

――――何としても、ここを登り切る

――確かに、屈起たる壁のようではあるが、見るとそこかしこに若木が岩を割出ている場所がある。あれを足掛かりに登ることが出来れば……。

ゲンジは低く唸る海からの風にサッと躰を預けた。日天たる太陽は雲間に、若葉も陰を作り、岩肌を冷却させた。

風解し続ける岩に手を掛けると、たちまち指の先から塊はポロポロと崩れ落ちる。幾度も肝を冷やしたが、やがてツバクロの巣をも越え、トビが揚する姿を横に見て、わずかな石室を見つけると躰を潜らせた。

炎昼の太陽も緑青色の海にすべらかに鎔け行くと、つかの間の安息が彼に訪れた。

半間ほどの石室の壁にはやはりここを訪れたであろう前者が書き残した文字があった。

――――苦集滅道

人は生まれ、苦しみの中でやがて死んでいく。

いったい自分は何のためにこの世に生まれて来たのだろうか。ただ、苦しむためだけに生まれて来たのだろうか?命が灯滅する中で、真の理を陶冶することなく絶命した者たち。ゲンジは激しく泣いた。

どうにかして、自分に降り掛かる苦境、苦難から逃れようと、現実を受け入れることなしに、ここまで来た。唯一無二、頼りにしていた科学技術をもってしても、明らかにできないもの、それは、自分の心だ。傷つきやすく、臆病な自分というものの弱い存在が疎ましい――

波濤が岸を打つ。ヨタカがキョキョと鳴きながら虫を追う姿が微かに見えたその時、ザンッ! と何かが石室の上に胡坐した。

「それで、永劫回帰の意味は知り得たのか?」

「……!」

「黄泉の険阻と言われたこの西ノ瀧を、供も無く、たった一人でここまで登るとは、なかなか見上げた奴――」ヨイチは心底、感服して言った。

「俺はここに来さえすれば、自分の苦しみが少しは楽になるだろうと思っていた。躰を行場に晒し、血と汗を流し、自分を痛めつけさえすれば、真の理が分かると思っていた。だがどうだ。苦しみは日に日に増すばかり……」ゲンジはやるせない思いを露呈する。

「あるがままに――――」ヨイチが言った。

「あるがままに……?」

「受け入れるのじゃ。その現実を。その弱い、おのれの心そのま

まに」

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