第22話
「待ってくれ!」ゲンジは叫ぶ。
「帰れ!」ヨイチがなお怒鳴る。
「頼むっ! 俺の話を聞いてくれっ!」ゲンジは必死に食い下がる。
やがて雨は止み、真夏の皎々とした天道が現れると、草木も揺るがず、たちまち西ノ瀧の巌はすべからく焼かれて、みるみるゲンジの掌は火傷で脹れ、激しい痛みが彼を襲う。
――――ぐぬっ!
「ここは言わずと知れた主の坐す山。この場所で、数え切れない程の愚か者が頂きを目指しながらも、命を落としておる」朦朧とする意識の中にゲンジはいた。
「西ノ瀧の頂きは主の神聖な頭顱だ。それと知らぬ者たちは、その聖なる頭を踏みつけ、神の権化たる鳥獣たちを捕らえ、破壊する。おぬしに到っては、異次元から運び入れたもので自らの躰を武装し、陋劣極まりないふるまい。わしは主よりおぬしの先達を任されたが、おぬしのような狡猾な者は――――」と言うな否や、やっ!と諸手の巌を打ち砕いた。
ゲンジの躰は鞠のように、空中に跳ねながら岩壁を転がり落ちる。その衝撃で五体は打ち砕かれ、血潮は山の霧と化す。ゲンジの躰の一片でもを見失わないよう猛禽たちが揃って谷を滑空して行く。
「――――これが永劫回帰を達観することなしに、死に行く者の
哀れな末路か。然るはこれ、理の当然」
ヨイチの冷ややかな笑いはゲンジの脳の奥深く浸潤して行った。
――――や、やめろっ!
ゲンジは羅刹の闇の中で、もがき苦しみながらもなお叫ぶが、声にはならない。
四半時ほど経ったころ、にわかに辺りは暗やんで、レシーバーの信号音だけが微かに聴こえては止む。千吉の声に我に返ったゲンジは、目覚め辺りを見回す。野豚に荒らされたであろう三衣袋には、金剛杵と数珠だけが残されていた。
――――夢、だったのか……
十数メートルほど登ったものの、足を踏み外し枝づたいに滑り落ちて気を失っていたようだ。しかし、ヨイチの、地から湧き出でたような冷厳な声と言葉はゲンジをいきおい奮い立たせた。
――――おのれの力で
そう言い放つと、身に着けていた強化服を脱ぎ、改めて白装束をまとい、安息香を掌で揉むと、真白い脚絆と手甲を装着した。
――――ここを、登る
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