第18話

 戦国末期、長宗我部元親と摂津大坂城の秀吉との反目はやがて四国は讃岐国へも伝播する。半農半士の志を持つ若者たちはもとより年寄も含めた一両具足を集結させ群雄割拠せんと守護大名は策動する。信長からの承継により秀吉の四国攻めが本格的に始まろうとしていた。そんな弓箭弓馬の気配はこの島へも展延、元親はつわものを集めんと下位に指図、やがて島にもこの報が告げ知らされた。

――一五七八年(天正五年)陰暦八月 

小豆島・不動明王寺の金堂

仲秋の月が美しい。剃髪になり、法衣を身に纏ったゲンジとリキュウは受明灌頂の拝受に向けて修行を積んでいた。

今から数年前、戦国武将の尾張の国は織田信長が比叡山延暦寺に攻め入り、多数の僧俗、児童、智者、上人、女や子どもの首を次々と刎ね、方々を焼け野にせしめた事件があった。

「人を殺めるに根拠は無しと言う、武将たちの非道は断じて赦せるものではあるまい。いかなる理由でも、だ。因縁そして因果によるところの因縁生起をもって、今後その智慧をどう使うかにより、其方たちの命運が決まると言っても良いだろう。そのような心構え、忘れるでないぞ」

齢七十になる老師は仏教の真理を説いた。

老師は信長の比叡山焼き討ちに対して幕府に異議を唱えた罪で遠流の刑となった。絶えず硫黄が噴出するような過酷な環境にいたので底翳となり、今ではほとんど目は見えない。老師はゲンジを手招きをすると、

「――聞けば、お前の両親は大なゐ(大地震)により落命された

と聞いたが……」

月と灯明が老師の心のまなざしを映し出す。

「……はい。私だけが助かりました」

老師はこの一語だけで、ゲンジの救いようのない迷いがここにあ

ると確信した。

「――生きることは……苦しみしか……見出せません」

ゲンジはそう言い切って、強く拳を握り締めた。

老師は目蓋にうっすら涙を浮かべて、

「親子の絆は誠に尊いもの。だからこそ、因縁として親には感謝

し、報恩しなければならない。しかし……」

――お前は、自分は何のために生きているのかを知りたい、と、この世界にたどり来た。そして、今は、懸命に生きねばならない時だとしたら石に噛り付いてでも その道理を、真理を、会得せねばなるまい。 

「――お前には不動明王という父がおり、観自在菩薩という母

がおる」そう言うと老師は静かに微笑んだ。

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