第13話
オオワシの背より飛び降りたヨイチと女は参着するなり門徒をつかまえ、「主はおられるかっ」とのたまった。
「言葉をつつしめっ。僭上すぎるぞっ」
「では、改め申奏いたすっ。事態は愁事ゆえに、主に早々に御ん目
願いたく参った!」
ヨイチは苛々しながら門徒に詰め寄る。さらに妖術使いの女が事の次第については、と前置きした後、門徒の目をまじっと見、後ずさりするこの男の脳裏に、鮮明かつ明瞭な像を映し出した。
「こ、これは……吉祥天っ!」
そこには美々しく佇まう天女がただ一人。こちらを見て怪しげに微笑んでいる。そうかと思いきや、その姿はみるみるうちに大蛇に成り変わる。その惨烈な様相に門徒は脂汗をにじませた。
「西ノ瀧の一大事。主様にご進言を賜りたく参ったのです」
女は静かに言った。
「し、承知いたした。ここで待たれよ」
ヨイチはふふん、と鼻で笑うと言った。
「面倒臭いのう。わしが直接、主に進言すべきところを……」
「……お前は主様にまったく信用されてはおらぬ様だな」
女はふふふ、と冷笑した。
ときに小夜中、大柴燈護摩供の炎が上がった。天の頂にて主が待ち構えておられるのを知ったヨイチは指南どおりに口上を行う。
「このたびの御出、忝く存じますっ。先日来よりこの辺りでは、
勾引による秩序の乱れが目に余った為、この妖術使いの女とともに主様に進言を賜りたく参った次第。聞くところ、吉祥天に化けた大蛇が次々と男女問わず大供を連れ去っている憂事を主様は如何想われるかっ」
ヨイチが(これでいいのか)と言うような目配せをして口上をまくし立てると、次に女が前に進み出で、オロチに姿を変えた黒闇天の仕業かと思われます、と一言添えた。やがて天空から顕れた主が燃え盛る炎の上にとどまり、二人はう
やうやしく頭を垂れた。
「この世に蔓延る三意業は……ヨイチ、何か分かるか」
こう仰せられたみ声に対しヨイチはすかさず
「むさぼりと怒りと無知でございますっ」と答える。
「では三身業ではどうか」
「殺傷、盗み、邪淫でございますっ」
「なるほど。では聞くが、罪過を犯さない人間はおるか」
(罪過を犯さない人間?主は時々おかしなことを言う。
そんな人間いる訳ないぜ)
「罪過を犯さない人間は……おりませんっ」
「罪過というものは行いに限らず、あらゆる悪しき思い、妬みや
嫉みを他人に持つだけでも罪となるのだとすれば……」横で問答を
聞いていた女がつぶやいた。
「然すれば、自ずと真偽が理解できよう」
そう開豁に問答を終わらせた主は、天の頂きに上がって行った。
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