第11話
二人は急ぎ白や青の紫陽花が咲く道を下り降りる。すぐ下の寺の門前では子どもたちが印地打ちをしている。その横を通り過ぎようとした時、子どもの投げた石は誤ってゲンジの足に命中した。声を呑むほどの痛みにその場にうずくまると、子どもたちは驚いてすぐさま石塀に隠れた。その光景を見ていた弟の一人が姉を呼びに庫裡に駆け込んだ。綿絣を着た下げ髪の少女が慌てて駆け寄って来た。
「なんてことを……。どうかお許しを!」少女は地面にひれ伏す。
驚いたゲンジはすぐに顔を上げさせる。弟たちも声を潤ませ詫びる。
――卒爾ながら……
とゲンジに呼びかける
「わしの孫たちがとんだ事をしでかしました……。どうかお許し頂きたい」
老人はそう謝罪すると頭を下げた。心の奥深い、心根の隅から隅ま
で光を照らすような圧倒的な存在感のあるその物腰は古色蒼然としており、仁者と呼ぶに相応しいとゲンジは思った。老人はどうぞ中へ、と二人を部屋まで案内した。どうやら目が不自由なようだ。
「さてそなたは、名状し難い杖をお持ちのようじゃが、わしの眼はこのように閉眼しておるが、確かな物には目端が利く。その永劫回帰という文字を知り得たのはどういう事由からか、もし差し支えなければ教えてはいただけぬか」
この老いた覚者はゲンジの
――死を視ること帰するが如し
無我の境地を悟るまでは、たとい命が無くなってしまおうとも決して諦めず、後には引かずとする二人の胆斗の如し覚悟。
「ご住持、あなたはわたしたちの命運をすでにご存知のようです。わたしたちは西ノ瀧にどうしても行かなくてはなりません。そこがどのような場所であってもです。ヨイチという行者に会い、主が授けてくれた永劫回帰の文字の意味を知るために」ゲンジは振り絞るように言うと、老師は金堂に二人を連れて行き、不動明王の前に座らせた。「けだしこの二人にあっては、恐れ無く、欲は無く、解脱の境地に達観することが真の望みだと申しております。いわんやこの私が何を言っても聞くはずはございません。今より師弟としてここに住まわせ、西ノ瀧へ峰入できるよう、錬磨する所存です」そう老師は宣言すると、虚心合掌した。
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