第9話
明石大門に差し掛かると、渡船は激しく揺れた。三角波が次々と押し寄せ、船底が押し上げられる。船体には著しい圧力が掛かる。
浮遊感に乗客からは絶えず悲鳴が上がる。
海のあちこちには巨大な白い渦や商船やタンカーが見え、それらの間を紆余曲折しながら船は進む。
「これが俗に言うイヤニチだな」
リキュウは船の柱に必死につかまりながらつぶやく。
「イヤニチ?」
「『イヤな満ち潮』の略称だ。漁師ことばらしい。まあ、幅がわずか三・六キロメートルほどしかないこの場所をノアの箱舟級の巨大タンカーが日に何度も往来するんだ。三角波にだけ注意を払っていてもいけない。目の前に巨船が迫り来てあわや衝突、なんていう事態も多いらしい。まあ、この辺りで漁をするのは、あらゆることに警戒が必要、ということなのだろう」
小さな渡船は播磨灘の西を進む。
水平線の日輪が島の海岸線を包みながら、沈んでゆく。船の舳先には入り日がかすかに当たる。荒れ狂う波もやがておさまり、いつしか海は本来の静かさを取り戻していた。幾度も難所をくぐり抜けた渡船は、羽を休める鳥のように、島の船着場に静かに滑り込んだ。
ここ小豆島は離島としては最大の人口を有する島として知られている。島の外との行き来は渡船のみ、天候によっては唯一海路をも閉ざされることもしばしばだ。緑青色をした海と、オリーブの白い可憐な花が疲れた旅人の心を癒す。
ゲンジは、穏やかでありふれた日常を送る島民の姿を見ると、胸騒ぎは杞憂だったのかも知れない、とほっと胸をなでおろした。
「あれが星ヶ城山だな」
リキュウは岩と岩の間に現れた締った躰の高い山を指差した。
「まず、あれに登ろう。島がどういう所なのか全体像を掴みたい」
「リキュウ!これを見てくれ!」
方位磁石の針が回り続けている。
「ここの地磁気は異常だ」
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