第6話
夏の霧により小豆島へ向かうための渡船が欠航となり、ゲンジとリキュウは大阪で足留めを食らった。
「さて、困ったな。今の時期の海霧は厄介だ。ひょっとしたら、二日や三日は待たねばなるまい」
「自然現象自然現象」といいながらゲンジは厠に駆け込む。二、三日ぐらいなら寝て待つ覚悟はある。幼き頃より、「雷の子」というあだ名を付けられ、「躁急事を誤るなかれ。天地人也」などと書かれた恩師からの色紙を机に仕舞い込み、研究で抜け目ない真似をする者には容赦なく剃刀のような言葉を浴びせ二度と立ち上がれなくする。そんなゲンジの性格は他の学生からの反感を買い、孤立して行く。
四国霊場第一番札所、霊山寺を打ち始めた時は、絶えず何かに苛々し、道端に座り込んでは溜息をつくという繰り返しであった。
リキュウは「雷の子は雷神となるべく日々歩いております」とゲンジの恩師に手紙を書くのが習いとなっていた。
そんなゲンジが変わり始めたのは、愛媛県と徳島県をまたぐ、霊峰石鎚山四国霊場第六〇番札所、横峰寺でのこと。
山の中腹にあるこの寺を参拝した帰り、ゲンジは不可思議な体験をする。早足で急勾配を下る。足がもつれ、躰のバランスを崩し、崖が目の前に迫り来て、あわや転落の危難となったその時、何者かが彼の躰を支えたのが分かった。五臓六腑が激しく振動するぐらいの衝撃に、一瞬気を失いかけたが、それが進む方向を見やると、確かに人である。人はまたたくまに消えていった。
―――天時不如地利。地利不如人和
(天の時は地の利に如かず 地の利は人の和に如かず)
「天、地、人・・・」
以前、恩師が記してくれた孟子の言葉がゲンジの脳裏に蘇ったのはそのときである。
「天、地、人」
―あらゆるものは無限なる智慧、なのだ。
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