24  茶番は僕らを救う ♪レ


 さあ、本番だ。

 たっきーのために、琥太郎のために、そして自分のために、思う存分歌え、ソラ!


 あの革命の女神のように、毅然と顎を上げたソラが見えた。


 歌声がグラフから離脱する。

 突然のフェイク。

 歌詞はそのまま、メロディーだけが音の海を自由気ままに浮遊する。深海の如き低音から、朝陽にきらめく飛沫のような高音まで。


 琥太郎が徹夜して作り上げたメロディーだ。『歌姫プロトタイプ』休止で溜め込んでいたインスピレーションを全て注いで。


 性能を知り尽くした琥太郎が作曲しただけあって、ソラの歌唱は一段と伸びやかだ。持てるもの全てを解き放てる喜びが、素直に伝わってくる。

 琥太郎を包む光の輪は神々しいほどの輝きを放ち、隣で北城つららが「きれい……」とため息をついた。


 司会者もゲストも観客も、あんぐりと口を開けている。

 そりゃそうだ。メロディーラインのグラフからいかに離れず、正確に歌い上げるかを競う番組なのだ。


 ソラと一緒に歌い始めた時点で、琥太郎の勝利は磐石だった。普通の曲を普通に歌わせて、ボカロの正確さを上回れる人間などいない。

 でも僕たちは今日、勝つために来たわけじゃない。

 白坂絵玲奈の穴を埋め、憑依型ボカロの実力を披露する――という名目のもと、たっきーに歌わせるため、たっきーに優勝を勝ち取らせるためにやって来たのだ。


 ただそれだけのために編み出した、このフェイク急襲作戦。

 途中までどれだけ完璧に歌おうと、歌が一旦グラフを離れ始めれば点数はガクンと下がる。突然音痴に豹変するのはいかにも不自然だ。

 だったら思いっきりカッコよく、フェイクをかましてしまえばいい。


 琥太郎が自学自習してきた作曲の腕も試せる。普通に歌うだけじゃたぶん半分も使いこなせていない、ソラの能力を存分に発揮させてやることもできる。

 後で「なんであんなことを」と糾弾されたら、「気持ちが高揚して思わずフェイクしちゃいました」と言ってしまえばいい。


 静まり返っていた観客席のあちこちから手拍子が聞こえてきた。それを合図にしたかのように、座席から観客が次々に立ち上がる。

 口笛。

 歓声。

 突き上げられる拳。


 熱狂の渦の中で歌は終わり、ソラが琥太郎の身体からすぽんと飛び出した。

 二人で仲よく手を繋ぎ、満足げにうなずき合い、仕上げはカーテンコールみたいなお辞儀だ。

 琥太郎の右手が不自然に宙に浮いていることを、もう誰も気にしていない。


 作戦通り、琥太郎の得点は70点台まで急降下した。

 よし、これでたっきーの優勝決定だ! と胸を撫で下ろしたのも束の間、困った事態が生じてしまった。


 興奮冷めやらぬ観客、そしてゲストたちまで

「このまま点数だけで優勝者を決めていいのか? あんなに素晴らしいパフォーマンスをした入江そらを勝たせるべきではないのか」

と騒ぎ出したのだ。


 なんたることだ。

 たっきーのために画策したことが、完全に裏目に出てしまっている。

 僕もみんなも、まさかソラと琥太郎のタッグがこれほどまでに感動を生み出すとは思ってもみなかったのだ。


 困り果てた僕たちを救ってくれたのは、癪なことに、ゲスト席で長い脚を持て余していた彼だった。


「採点機で高得点を目指すのを、機械のカラダでも欲しいのかとか、ただ正確なだけで面白みがないとか、馬鹿にする人いますよねえ」

 洒落た眼鏡を人差し指でついっと持ち上げ、本性を知っている僕ですらドキッとするような流し目で客席を見渡す。


「そういう人を見ると僕、言ってやりたくなるんです。じゃああなたはここまでの努力ができるの? って。8番の、えーと……滝尾樹里さん? 彼女がここで最高得点を取るんだと決めて費やしてきた努力と時間を、僕は心から尊敬します。歌い癖も気持ちの高揚も、最後までしっかりコントロールしたことも含めて」


 勇気あるゲストの恋人が、僕の隣で拍手を始めた。お忍びで来てるのにいいんですか? ってほど力強く。

 迷うかのようにパラパラと追随した拍手を手で制して、ドSカーブを端にのっけた口が続ける。


「番組の趣旨からいって、最高得点をマークした滝尾樹里さんが優勝すべきだと思います。でも僕、皆さんもご存じのようにひねくれ者なので、あの突拍子もないパフォーマンスした子も好きなんですよねえ、かなり。ということで、11番の不思議ちゃんには、僕と皆さんからオーディエンス特別賞をあげるってことでどうでしょうか」


「いいぞー、眼鏡王子! 豪華賞品もちゃんと出せよー」

 後ろから野太い声で叫んだのは父さんだ。

 一瞬置いて、割れんばかりの拍手と歓声がホールを包む。


 ステージの上ではたっきーがこらえきれずに泣き崩れ、琥太郎が豪勢なレースのついた袖で涙を拭いてやっている。

 一番屈託なく喜んでいるのは

「たっきーたっきーがんばった! たっきーたっきー優勝だ!」

と例の『たっきー讃歌』(おそらく2番)を口ずさみながら、壇上を行進しているソラだ。


 やってくれたな、ドS王子。

 最後に颯爽と登場していいとこ全部かっさらっていくのは、王子様のデフォルトってやつでしたっけ。


『カラオケ採点バトル アイドルの卵編』で僕たちが演じた茶番は、幾つもの波紋を呼んだ。


 番組終了直後からネットには「入江そら」関連のスレッドが乱立し、カーサプロにも問い合わせが殺到した。

 デビューはいつだ、プロフィールを公開しろと。


 この狂騒には、後藤さんがきっちり対応してくれた。『入江そらからのお☆ね☆が☆い☆』と大書した特設ホームページを開設して。

 件のホームページを飾るのは、頭にヘンテコなアンテナをのせ、蛍光オレンジの宇宙服らしきものを着用して遠くを見つめる琥太郎(もちろんメイク済)の写真だ。


《そらは、UFOとの交信に成功しちゃいました☆ 

 なのでアイドルになってるヒマはないのです(泣) 

 これからは宇宙人さんたちのためだけに歌うので、みんな、探さないでね☆》

 

 不思議ちゃんキャラをフル活用して添えられたコメントの効果は絶大だった。


 頑張ったにも関わらず、女難の相が色濃くなったのは琥太郎だ。

 まずはたっきーに

「なんなの?! あのこれ見よがしのフェイク。あたしを勝たせるためとはいえ、なんかムカツク! お詫びにフェイクの入れ方、一から教えなさいよ!」

とわけのわからない脅迫をされた。


 おまけに男の娘路線で一作描きたくてたまらない北城つららには

「ちょっと脱いで、そこのゴスロリワンピ着て。似合ったらあげるから、ほら!」

と追いかけ回されている。

 がんばれ琥太郎、いろんな意味で。


 そして。

 憑依型ボーカロイド・ソラは、発注元であるカーサプロの社長の御眼鏡に叶った。充分すぎるほどに。


 これまでの研究開発費用に加えて多額の成功報酬が振る舞われることとなり、父さんの小鼻は拡大の一途を辿っている。

 僕としても我が家の財政が安定し、スーパーフレッシュの会計時に、財布の中の小銭までかき集める頻度が減るのは非常にありがたい。

 ありがたいのだが。


 社長のご満悦は当然、納品に直結している。

 ソラの嫁入りが決まった。

 決まってしまった。


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