11  氷の女王は擬態する ♪ド


「陸、陸、かわいいぴる?」


 差した傘をくるくる回し、ついでに自分も回ってみせながら、ソラが尋ねる。

「うん、かわいい。超かわいい。言葉に言い尽くせないほどかわいい」

「どこが? どこがそんなにかわいいぴる?」


 ああ。「言葉に言い尽くせないほど」でうまく予防線を張ったつもりだったのに、通じなかったか。

 いや、単にスルーされただけ? ソラの急成長ぶりを鑑みるに、怪しいところだ。


「えーと、そうだな。あー、その傘! 傘の縁に、いろんな色のマカロンがコロコロ並んでる感じが、なんともいえずかわいい、と思う」

「やっぱり? ふふぴる」


 さっきからこのやり取りを5回も繰り返させられている僕のMPは、減少の一途を辿っている。通りすがりの勇者にラストエリクサーでも恵んでもらいたいレベルの消耗だ。

『歌姫プロトタイプ』が休止中なのにも関わらず、6月用の新しいコスチュームを着せてもらって、ソラはすこぶるご機嫌なのだ。


 レインコートなのに、地がレース模様なのがかわいい。

 レース地に飛び散ってる色とりどりのマカロンもかわいい。

 フードに2つ縫い付けられてるマカロンが、くまの耳みたいに見えてかわいい。 マカロンの一色とお揃いの、ラズベリーピンクのレインシューズがかわいい。


 レインコート、シューズ、傘。ここまでどうにか頑張って5つのかわいいを絞り出したけど、次に「どこが?」と訊かれたらどうしたらいいんだ? 


「あ、つらら先生ぴる!」

 疲労困憊の僕を救ってくれたのは通りすがりの勇者ではなく、テレビ画面に映る北城つららだった。


「おー、常連客め、稼ぎまくってるな? 本業だけでも充分食ってけるだろうに」

 ファッションセンスについてはソラと険悪な関係にあるため――というか、父さんのセンスに賛同できる人が果たして存在するのか甚だ疑問だが――「どこがかわいい?」談議に巻き込まれずに済んだ父さんが、画面を覗き込む。


「常連っていうか、もはや店子だよね。103号室だけ高そうな家具置いてるなーと思ってたら、『私専用ルームだもの、当然でしょ』とか、さらっと言うし。カラオケで専用ルームって何だよ。シャア専用ザクじゃないんだからさ」

「シャア専用ザクは、赤ぴる。つらら先生の部屋は、黒ぴる。ぜんぜん違うぷ!」

 いや、そういう問題じゃなくて。


 なんと父さんは、1年契約で103号室を北城つららに貸していたのだ。

 ドクダミ公園の決闘の顛末を報告に行った折に聞かされ、呆れてしまった。やたらと丁寧な物言いのお客がいた104号室もどうやら同じ状態らしい。

 それってもう、カラオケ屋というより不動産屋の仕事なんじゃないだろうか。


 103号室と104号室は1年先まで貸切。禁断の107号室は父さんのアンドロイド置き場と化しているため、カラオケ館ネプチューンでまともに稼働しているのはわずか4室。

 よくぞこれででかでかと『カラオケ館』の看板を出す気になったものだ。


 カラオケ館としての収益はほとんど期待できないし、頼みの『歌姫プロトタイプ』も休止を余儀なくされている。これで某芸能プロダクションから依頼されたという憑依型ボーカロイド計画が失敗したら、我が家の財政は風前の灯だ。


 なし崩し的に押し付けられたソラの養育係だけれど、人並みの生活を維持するには、より一層真剣に取り組まねば。

 決意を新たにする僕の横で、当のソラと父さんは呑気にテレビに見入っている。


「陸、すごいぴる! つらら先生の漫画、ドラマになるらしいぴる。でもソラ、『荊の教室』がよかったぷ」

 その手の要望は、偉いプロデューサーさんにお願いしてください。しがない養育係は「そうだねー」と相槌を打つくらいしか出来かねます。


 画面では北城つららが局アナやタレントと並んでトークを繰り広げている。いわゆる土曜の朝の情報番組ってやつだ。


『5年前、北城先生原作の映画『懺悔』の生徒役で鮮烈なデビューを果たした佐々木駿さんが、今回のドラマでは冷血教師役に挑戦するというのも大きな話題ですね』

『ああ、駿は眼鏡王子なんてキャーキャー言われてるけど、けっこう腹黒いから』


 飛び出した毒舌に、まじめそうなアナウンサーがぎょっとした顔になる。北城つららの方は表情ひとつ変えていない。


『あ、言っとくけどこれ、褒め言葉ね。『懺悔』の頃から、いじめられる役よりいじめる方が似合いそうって、実は思ってたの。ブラックなとこ、存分に出してもらわないと』

『今をときめく眼鏡王子も、北城先生にかかると形無しですね。そんな佐々木駿さんからコメントをいただいています』


 画面が切り替わって、イケメン俳優のアップになった。ドラマや映画はあまり見ないのだが、今をときめくと言われるだけあって、どこかで見た記憶はある。

 確かに眼鏡の似合う面差しだけれど、若手俳優で普段から眼鏡をかけているというのは珍しいのじゃないだろうか。


『北城先生、お久しぶりです。って言っても、この間カラオケをご一緒したばかりですけど。けなげな生徒役より邪悪な教師役が似合うと先生に言われ続けて5年、やっとご期待に添えるチャンスが巡ってきました。ここまで描かなくても……と、心の清らかな方々なら目を背けそうな、先生ならではのどす黒い心理描写の大ファンなので光栄です』


 涼やかな笑顔をたたえたままの毒針チクチク攻撃。さすが北城つららのお墨付きだ。

『コメンテーターとして聞かせてくださる毒舌も素敵ですが、やっぱりファンとしては新作を早く読みたいので、サボらないでちゃんと原稿は書いてください。佐々木駿でした』


 眼鏡王子のアップが消え、画面がスタジオに切り替わる。アナウンサーがこらえきれずに笑っている。

『いやあ、なんかもう、氷の女王VS眼鏡王子の毒舌合戦という感じでしたね。ずいぶん懇意にされてらっしゃるんですね』


『二人でトーク番組でもしたらええんちゃう? 『毒舌王国』とかタイトルつけて』

 番組レギュラーの芸人が割り込んで

『そのタイトル、センスなさすぎ』

と女王から即座に却下され、しょぼくれてみせた。


『佐々木駿さんも熱望されている新作ですが、前作からかなり間が開きましたよね。ファンのみなさんの間では、かなりの大作を準備しているらしいとの噂があるようですが』

『新作ねえ……』

 珍しく北城つららが言葉を濁した。打てば響くような返答をする人だけに、アナウンサーが戸惑っている。


『意表をついて、愛と夢いっぱいのファンタジーなんか発表したりして』

 スタジオが水を打ったように静まり返った。

 一瞬のち、爆笑の渦が広がる。


『またまたぁ、冗談もたいがいにしてや。イヤミスの女王がファンタジーて。芸人よりウケてどないするっちゅうねん』

『あなたが笑いのツボ、はずしまくるからでしょ』


 芸人のツッコミに北城つららが切り返した。アナウンサーがソツなくまとめに入る。

『新作については見事煙に巻かれてしまいましたが、北城先生と佐々木駿さんがタッグを組む夏の連ドラ、楽しみですね。ではCMです』


「つらら先生、元気なかったぷ」

 CM突入と同時に、ソラがつぶやいた。

「え、そう? 芸人より笑い取ってたのに?」

「まだまだ甘いな、りーく。フォースを使いこなしてない証拠だ。ダークサイドに堕ちないと見えない景色もあるのだ! ふぁっふぁっふぁ!」


 いきなりスター・ウォーズごっこに突入する人は放っておくとして。

 いや、見えない景色といえば。


「そういや父さん。つらら先生って、ソラのこと見えてるよね? 見えてもぜんぜん驚かないってことは、説明済みってこと? ていうか、ソラって父さんと僕にしか見えないんじゃなかったの?」

 父さんの目が文字通り泳いだ。相変わらずポーカーフェイスのできない人だ。


「あー、見える……んだったかな、うん。ほら、ソラを閉じ込めてた部屋はあいつの部屋の真向かいだったからな」

「ふーん。お向かいさんなら見えちゃうと。ふーん」

「い、いや、近くに長くいれば見えるってわけじゃないんだが。だいたい陸、俺とおまえにしか見えないなんて言った覚えはないぞ? 本来、人には見えないはずなんだ、と言っただけだ。どうもソラは、波長の合うやつには見えるようなんだ」


 何か隠しているのは見え見えだが、ただ言い繕っているだけではないようだ。僕にも思い当たる節があった。

「そういえば外で、あれ? ソラのこと見えてるのかなって思うこと、あったんだよね。犬とか猫とか鳥とか……あと、赤ちゃんとか? 特に鳥は、よく寄ってくる気がする。見えるっていうより、ソラのぴるぴる言う声に親近感感じてるのかも」


「来るぷ! すぐそこまで来てるぷ! どんどん近づいてるぷ!」


 突然ソラが叫んだ。この、ホラー映画でまっ先に犠牲になる、哀れな登場人物のような怯え方は。


「しまった! 陸、11時だ。敵機襲来の時間だ」

 テレビに気を取られていて、ソラを退避させるのをすっかり忘れていた。


 土曜と日曜の『カラオケ館ネプチューン』のオープン時刻、午前11時。

 我が家において「敵機」あるいは「例のあの人」と呼び称される人物は、オープンと同時にやって来る。雨が降ろうと槍が降ろうと、必ず。


「うう……早くも口ずさんでるぷ……拷問ぷ……」

 ソラは耳を両手で塞いで転げ回っている。


「今から外に出すんじゃ時間がかかりすぎるな」

 眉間に皺を寄せた父さんが、ぽんと手を打った。

「おお、そうだ。つららの部屋に行け。あそこは防音も完璧だ。元はと言えばあいつの番組のせいなんだからな」


「いや、それ、完全に責任転嫁でしょ。ていうかつらら先生、今テレビに出てたじゃん。いくらなんでも留守中勝手に入れないって」

「ばかだな、陸。ありゃ録画だろ。部屋にいるって。だってさっき、それ」

 父さんがソラを指差し、しまったという風に慌てて口を閉じた。


「それって何ぷ……それじゃないぷ。失礼ぷ。ソラぷ……」

 七転八倒しながらも、ソラはアイデンティティの主張を怠らない。

「とにかく行け! 部屋に絶対いるから。敵機撃退は俺に任せろ」


 小鼻のふくらみ加減を見る限り、父さんは自信満々だ。

 ここでどうのこうの言ってたって始まらない。ソラを背中におぶって部屋を出た。

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