くーでたぁー?

20XX年 9月9日 8:30 航空自衛隊小松基地



高山隼一等空尉は、その日も普段通り出勤していた。

戦闘機を駆り、大空を自由自在に舞う「ファイター・パイロット」としてではなく、

「幹部自衛官」として、こなさなければならない仕事が山積みであったからだ。

だが、どうやら基地内の様子は全く普段通りではないらしいことが読み取れる。

すれ違う人間が全員、彼のことをまるで地球外生命体を見たかのような目で見てくるのだ。

普段はきっちりと敬礼を返してくる入口の警備隊員は驚いたような顔で一瞥をくれただけで、

先程すれ違った整備員の三曹に至っては、あんぐりと口を開けてこちらをじっと見てくる有り様だった。

 

「おはようございます」


高山一尉は第六飛行隊の事務室に入るなり、しっかりと張りのある声で挨拶をした。

しかし、誰一人として返事を返してこない。

それどころか、いつも一人だけ率先してコーヒーを先輩方に淹れたがらない彼に、普段通り嫌味を言ってくる同僚すらいないのだ。

その場の全員が、信じられないといった感じの顔を彼に向けている。


「今日は休めと言っただろう、高山」


彼が所属する第六飛行隊を束ねる飛行班長が、あきれたような声で、そう言った。


「いえ、自分はまだ事後報告が済んでいないので」


「勘弁してくれ。飛行隊長からの指示なんだ」


航空自衛隊において、

飛行班長というのは、いわゆる“現場主任”のような者を意味する一方、飛行隊長は部隊における人事のトップである。


「ですが、報告がまだ.....」


「今日は、ゆっくり休め」


その言葉を承諾することもできずに、高山一尉は黙って事務室を後にした。

そして、彼が向かった先は、この基地内で“仕事”の次に居場所を感じることができる場所。


「あら、高山君じゃない。おはよう」


「おはよう。おばちゃん。今日の朝飯は何?」


張り詰めた空気の息苦しい事務室とは対照的に、愛想良く高山一尉に挨拶をしたのは、背の低い小太りの“おばちゃん”、

基地内の食堂に勤務する、同じ自衛官である給養員だ。

軍隊というのは自己完結の組織であり、戦闘やら、食糧の確保やら、傷付いた兵士の治療に至るまで、全て自前で解決する必要がある。

戦地に赴いた際に、他の組織に助けを求めている余裕はないからだ。

勿論、それは自衛隊も例外ではなく、「戦闘機を飛ばすことはできるが、食事を用意する人間がいない」といったようなことは、あり得ない。

  

   ・・・・・・

「スクランブルエッグとソーセージ」


「それ冗談?俺、今日は非番なんだよ」


少し困った顔で笑い、“おばちゃん”の冗談に付き合った高山一尉は、目玉焼きとソーセージを自分の皿に入れた。


「昨日は大変だったみたいね」


「え?...あぁ、もう知ってんの?」


「当たり前じゃない。みんな知ってるわよ。戦闘機が一機、ミサイルを“なくして”帰って来たって」


“おばちゃん”の情報収集能力に、参ったといった感じの顔をした高山一尉は、

食堂にあるテレビから昨日の事件がニュースで報じられているのを目にする。


 

  ── 昨日起こった自衛隊機の事故ですが、これはどういったことが原因だったのでしょうか? ──



若い女のアナウンサーが話題を振ると、何やら“評論家”らしき中年の男が、偉そうに何かを言い出した。



  ── 恐らく、パイロットの人為的なミスでしょう。民家の上でなくて良かったですね。

    それにしても自衛隊は、税金で食べているのに全く頼りになりませんよ。

    戦闘機なんか飛ばすより、もっと国際貢献をするべきだ。例えば、アメリカでは.....──


         *

             

      同日 10:00頃



「クソが....ふざけやがって......」


日本海の潮風が当たるベンチに腰を下ろした高山一尉は吐き捨てるように、そう呟いた。

そんな彼を尻目に、大きな旅客機が上空を通り過ぎて行く。

小松飛行場は防衛省が管理しているが、自衛隊と民間航空が滑走路を共用している。

その為、離着陸をする飛行機の種類は多岐に渡るが、今日は戦闘機が腹の底まで響く爆音を轟かせながら上空を行き交うことはなかった。

食事を済ませた後、一連の事象を全て飲み込むことができない高山一尉は帰る気にもなれずに、心地良い潮風に晒されながら考えにふけっていた。



(....事故だと?...ふざけんな。交戦したんだよ)

 

(どこの国から来たのかも分からねぇ「フランカー」と...俺達二人も、危うくあの世に逝くところだったんだ)



昨日、日本海上空で交戦した二機の黒い「フランカー」が描いた恐ろしい軌道を思い出しながら、彼は妙な点に気が付く。

早期警戒機(AWACS)からの指示が、敵機との会敵後すぐに「交戦」に変わったことだ。

そう、まるで初めから敵機の存在を知っていたかのような気がしてならなかったのだ。

つまり、上層部はF-15の墜落が事故ではないことを知っていたのではないか.....?


「飲むか?高山」

  

「........班長」


突然、後ろから缶コーヒーを差し出してきたのは、飛行班長だった。

普段は愛想の悪い上司が、自分に対して気を遣ってきたことに少し違和感を覚えながら、高山一尉はその温かいモノを受け取った。


「正木はどうしている?」


飛行班長は、高山一尉と少し距離を置いてベンチに腰を下ろした。


「あいつのことだから、多分まだ寝ていますよ」


高山一尉は内心、驚いていた。自分のことではなく、後輩の新米パイロットである正木拓馬三等空尉のことについてだ。

正木三尉は一度、重大なミスを犯してしまったことがあり、そのことを飛行班長から再三、咎められていたからだ。

「このままでは戦闘機を降りてもらわなければならない」と、そこまで言われていた正木三尉に救いの手を差し伸べた人物が、

他の誰でもない、高山隼一等空尉であったのだ。

毎回、訓練で優秀な成績を収める彼は逸材であり、空対空戦闘訓練(ACM)では主力戦闘機F-15を打ち負かす程の実力を持つ、空戦の天才である。

そんな実績のある高山一尉の発言は部隊において絶大な影響力と説得力を持ち、

上司である飛行班長に「一人前になるまで自分が面倒を見ます」と名乗り出たのも彼であった。

そして、そんな飛行班長は部下に対して無頓着な人物だという印象を与えていたようだが、彼はそれを聞くと軽く頷きながらこう切り出した。


「交戦したのか?」


「....ええ。フランカーでしたね。黒いフランカーでした」


「やはり国籍は分からんか.....。撃墜したんだろう?」


「危うく死ぬところでしたよ。もし、一つでも何かが違っていたら今頃ここにいませんね」


「すまなかった」


「何を仰っているんですか。原因は上ですよ」


「そのことなんだが、どうやら例の法案が関わっているらしい」


「安全法ですか?」


その法案とは、この夏、世間を騒がせて物議を醸した「安全保全法案」のことだ。

同盟関係にある国の軍隊がテロ組織や第三国などから攻撃を受けた場合、自衛隊も戦闘に参加して加勢することができるという、

いわゆる「戦争法案」である。

この法案を巡っては様々な議論があるが、一般論で言えば明確に「憲法違反」であり、国民のほとんどが反対であったにもかかわらず、

日本政府は採決を強行した。

言うまでもなく、国会議事堂の前に何万人集まってデモをしようが、メディアが様々な角度から報道しようと試みようが、国民の大半は無関心で、

結果は同じであった。ところが「自衛官」は、そうは言っていられない。

この法案の運用方法次第では、自らの生命にも関わってくるからだ。   


「飛行隊の一部を東ヨーロッパに派遣することが既に決まっていたらしいんだ」


「......本当ですか?....何の為に?」


「俺達を犬死にさせる為に....らしい」

 

「.....それは、一体どういう意味ですか?」

   

「俺も同じことを聞きたいところだが、どうやら、陸自は南スーダンで、海自は南沙で、そして空自は東ヨーロッパで世界大戦の火種になって死ねという話らしいんだ.....」


「なっ.....世界大戦....?」


「あぁ。民間の組織が空自に情報提供をしてきたらしい」


「........民間の組織ですか.....」


「諜報活動を主にしている超国家的な組織らしい。胡散臭く感じるかもしれんが、国会議員や官僚がアメリカの高官や軍需産業関係者、そして多国籍企業の重役と随分前から電子メールでやり取りをしていて、そのデータを彼らが提供してきたらしい」


「.........っ!!」

   

「※空幕にいる一部の人間がその海外派遣に反対したんだが、どうやら、その報復が昨日の騒動だったという話らしいんだ」

※防衛省にある航空幕僚監部のこと。


「......自分達はどうなるのですか?」


「まだ分からん。ただ、ふざけた話だが昨日のことは一切伏せられてしまうようだな」


「...........」


「先のことはまだ分からんが、いざという時は....自分で考えろ。高山」


「.......クーデターでもやるんですか?」


「....先のことは分からん。だが、いいもん食ってパンパンになったご立派な腹をした国会議員のせんせい方やお偉いさん方がコックピットに収まってGに耐えられると思うか?」




高山一尉は軽く頷くと、二ヤリとほくそ笑んだ。










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