骨折り仲間

20XX年 9月8日 11:45 大阪府大阪市中央区 某ビル


“Are you all right?”

(気分はどう?ゆうじさん)


“Yeah. I'm ok.”

(あぁ...大丈夫)


ビルの地下にある駐車場にセダン車を停めて「本部」に向かう途中、クリスティーナは優二のことを気遣い、そう尋ねた。

先程起こった事と自分達が成し遂げた事があまりにも現実離れしていて、優二は道中、車の中で黙りこくっていたからだ。

頼りない男を気遣い、心配そうな表情で優二の顔を覗き込むクリスティーナの綺麗で整った顔はオンライン英会話の授業中、間違った英語を使っても一方的に訂正するのではなく、相手を思いやり、なるべく理解しようとしてくれる魅力的な女のそれであった。

それはさておき、優二は二人がセダン車を停めたこのビルを知っていた。つい先日、再就職の為に履歴書を送った場所......

クリスティーナに案内されエレベーターを待っていた優二は、このビルに入っている会社の名前が書かれた表示板を目にする。


   -- 18F 株式会社ジェネラル・プリンセス --


“He set up this company to deal with any threat.”

(三井さんは、あらゆる脅威に対処する為に、この会社を設立したの)


エレベーターに乗った後、クリスティーナは十八階のボタンを押しながら、そう説明する。

本来なら出版社であり、優二が得意な英語を生かす機会を与えられる可能性が多い筈の職場。

しかし、彼のこの会社に関する認識は完全に誤りであったようだ。


「アー..ユウジサン...アノ..シンパイワ..モタナイコト...ダイジョブ」


「え?」


「アノォ..ユウジサン...シッテルヒトガ...ア―..ミンナシッテル...」


優二のことを気遣い、たどたどしい日本語で話そうとしてくれているクリスティーナだが、若干、意味が通じていないようだ。

そうこうしている内にエレベーターは十八階に到着し、二人は「本部」に向かう。

廊下があって、真ん中に大きな扉があり、他にはあまり広くなさそうな部屋の扉が四つある。優二はクリスティーナに連れられ、真ん中にある大きな扉の方へ歩いて行き、彼女と一緒に中へ入って行った。


「よぉ。待っとったで優二。久しぶりやな」


「....え?...誰?...」


部屋の真ん中には大きな円卓があり、反対側に一人の男が座っていた。

中は薄暗く、その声の主が誰であるのかを確かめるのは困難であったが、相手は優二の事を既に知っているようだ。


「おいおい...忘れたとは言わせへんで。優二君。十年ぶりくらいかな?」


優二は状況が掴めず、クリスティーナの方を見たが、彼女は少し微笑むと部屋の電気をつけに行った。


「....ぁあっ!!はぁあっ!?南野っ!!何でぇ!?」


現れたのは、前髪の少し長い小柄な若い男。優二は十数年前の小学生時代、その男と全くそっくりな人物と親しい友人であったが、

その瞬間、二つの面影が一瞬で重なり、目の前にいる男が十年前の親友である、あの男であることに気が付いた。


「ハハハハッ!驚いたやろ?優二」


「そりゃ...っていうかお前ここで何してんの?これは一体.....?」


南野貴志。その男は優二が小学生の時、最も信頼を寄せていた親友であった男だ。

パソコンが得意で、クラスの誰よりも抜群に成績が良く、大阪で一番偏差値の高い私立中学に進学した奴。

しかし、その反面、内向的な性格で、吃り癖があった為、教師から教科書の音読を指名される度に嘲笑の的にされていた。

大阪の公立学校は少し事情が変わっていて、中流層以上の家庭は必ずと言ってよい程、地元の中学を選ばず、

高い塾代を払ってまで中学受験をし、私立中学へ進学する。

この二人も同様で、そういった複雑な事情によってか、教師を含め谷渕というリーダー格のDQNとそのクラスメイト達によって

常に脅威に晒されていた。

そんな当時の戦友は、十数年という歳月のお蔭で随分と性格が変わっているようであったが、

その愛想の良さと人懐っこさは昔と何も変わっていなかった。


─── 今朝、十時半頃、大阪府寝屋川市にあるパチンコ750cc寝屋川店で大きな火災が発生しました。警察は、隣にある餃子屋のガス爆発が原因で、そこから火が燃え移ったと見て、捜査を続けております。 ─── 



南野が、部屋の片隅にある液晶テレビをつけると、ニュースの女性アナウンサーが今朝の出来事を報じていた。


「ハハハ。爆笑もんやろコレ。腹痛いわ」


彼は腹を抱えて笑いながら、優二に歩み寄り、新聞を手渡した。


       <  経済新聞  >

 < 政府が計画停電を実施 深刻な電力不足に対応か?>


その新聞の一面には、そう書いてある。約一年前の新聞で、優二は何となくこの記事に書いてあることを記憶していた。


「ハハッ...あかん..ねーちゃん..横の餃子屋、全然燃えてないのに、流石に無理があるでそれ。ハハハハッ!!」


「....あっ、これ...起こんなかったよな...計画停電」


「ハハハ...え?あー、うん。それ止めたん、実は俺やねん」


「......はぁ?」


「あぁ、ごめん言ってなくて、俺、ハッカーやってんねん」


「はぁぁぁぁぁあっ!?」


「知らん?アノニマス。俺、あれの一員やねん」


優二は、もう何がなんやら訳が分からず、ただ呆然と立ち尽くしていたが、

クリスティーナが二人の会話に参加して、この状況を理解する為に助け船を出してくれた。


“ He is Hawkeye,very capable reliable colleague. ”

(彼はホーク・アイと呼ばれているの。とても優秀で頼りになる、あたし達の仲間よ)


「あっ、ありがとうクリス。なぁ、それよりウケるで。某電力会社のバカさ加減は」


「.....え?あぁ...」


「社員の一人が、ファイヤーウォールをオフにしてよってん。んでトロイの木馬をぶち込んだったんやけどな.....」


「......うん」


「そしたらビンゴ!あの会社、システムが全部繋がっとってん。一瞬でマザーコンピューターのルート権限を奪取してズドンや」


目の前にいる南野貴志が、ただ者ではないことはよく分かったが、

優二は、まだ状況がいまいち掴めていなさそうな顔をしていたので、ホークアイはさらにこう付け加える。


「計画停電なんてのは、単なるプロパガンダや。利益を得るのは、電力会社や政府のお偉いさん方。クソったれな権力者どもやろ?

 それで一番困るのは、いつも、一般市民や。そういうのから守るのが俺らの仕事やねん」


円卓を挟んで、液晶テレビが置いてある反対側に目をやると、キーボードと大きな液晶ディスプレイがいくつも置いてあり、

それらは雑誌等でよく紹介されている高性能なパソコンより遥かに上等な、

映画やテレビドラマに登場するハッカーが巧みに操るような最新式の装備に見えた。


「どうだね?藤田優二君」


優二は、突然何者かに後ろから肩を叩かれ、驚いて後ろを振り返ったが、その声の主にはさらに驚かされた。

右目には縦方向にかけて走った傷があり、真っ白な逆立った髪、メタボ体質のようなガッシリとした図体.....


「あっ....Mr.三井っ!?」


その人物は優二がいつもパソコンで見ている妙に親近感の沸く中高年の男であった。

巷で有名な、知る人ぞ知る有名陰謀論者。


「はじめまして。藤田優二君」


「あっ....あのっ...本、全部読みました!!」


優二は興奮のあまり慌ててそう答えたが、三井の方は落ち着た様子で軽く微笑むと、南野の方に歩いて行きながら、さらに付け加える。


「君が今日見てきたことを聞きたいのだが、もし良かったら話してくれないか?」


「あっ..あのっ..林さんっ..林まりなっていう同級生に似ている女性を見かけて....」


今朝、実家を出掛けてから目にして来た光景を鮮明に思い出しながら説明する優二。


「パチンコ750ccで...ノ...何とかっていう変な男と怪しい部屋に入って行って......」


優二が、二ヤついた顔の不気味な男のことについて言及し始めた時、南野が資料のようなものを手渡してきた。


「こいつのことか?」


「.....っ!!!!!」


その資料には、その男の顔写真とプロフィールが詳細に書かれていた。


          < 盧 正泰 >

          ノ・ジョンテ

   年齢:28歳 国籍:韓国 最終学歴:大阪取引大学 卒業  

   朝鮮総連 幹部     パチンコ750cc寝屋川店 店長


「奴は在日三世で、言わばフィクサ―。親が結構な奴らみたいでな....色々やっとるヤバい奴や」


「....っ!?でもっ..林さんっ...林さんが何でっ!?」


「まぁ聞け優二。お前が見た女は確かに林や。正確にはベトナム人やけどな」


「えっ.....?」


「人身売買や。あの女は、もらい子やってん。あいつの親おったやろ?俺はずっとあいつら怪しいと思っとってな.....」


「あー...そう言えば、林さんのご両親だけ、何か印象薄かったなぁ.....」


「林の家は、よく分からん会社やっとってな。恐らくペーパーカンパニーやろう。父親は輸入業やっとる帰化人で、

 ベトナム辺りと取引があったみたいや。恐らくその時に......」


優二には、心辺りがあった。当時、彼らとの間に明確な「壁」を感じていたからだ。

同じ日本語を話す者同士である筈なのに、なぜかそこに存在していた分厚く見えない「壁」.....

その正体も、これで全て合理的な説明がついてしまう。

さらに、南野は容赦なく真実の糾弾を続ける。


「奴らにハッキングかけて分かったわ。林まりなは、十六歳で高校を中退。親に捨てられ、そのまま彼女を引っ張った悪魔が、この盧正泰って言う極悪人や。林みたいな女を何人も使って色々とやってやがる。」


「....奴は一体....?」


「テロリストやな。北朝鮮と日本のパイプ役。よう見てみ.....総連の幹部やのに、韓国の国籍を取ってやがるやろ。

何かあったら逃げる為やで。狡猾な野郎や」


「....あっ!大阪取引大学ってあのっ!」


「おっ、流石!お察しの通り。大阪取引大学を運営しているのは、学校法人山岡学園で、キングコング・グループの大株主や。

 .....つまり...これで全てが繋がって行く訳やな」


「嘘やろ....Mr.三井の話、ほんまやったんか....」


「極め付けは、京都駅北側にある材木町、通称“崇仁地区”の一角や。この駅前の一等地は、金貸し業の冨士武が地上げした後、

 しばらく塩漬けになっとったんやけど、あの友住第三銀行が、ここの土地を担保に根抵当権を設定。極度額八十億もの大金を、リウ信用金庫って言う、よく分からん総連系のペーパーカンパニーに融資しとってん」


友住第三銀行は日本国民なら誰もが知る大手の銀行であり、本来であればコンプライアンスの観点から、

そのような怪しげな土地には手を出してはならないことになっている筈である。

多くの国民が預金している大金が、暴力団やテロ組織の手に渡るなど冗談でも笑えないからだ。

世間一般の人間なら、ここまでの話だけでも思わず耳を塞ぎたくなるような内容だが、優二は食らいつくように聞き入っていたので、南野はさらに話を続ける。


「色々なサーバーに攻撃を仕掛けて調べた結果、どうやらこの盧正泰って男が黒幕っぽいねん。最高に臭いわ。しかし、一番の問題は八十億もの大金、日本人の預金が、一体どこに流れてんのかって話やねん」


「そんな....なぁ、警察は?あいつら何してんだよ!?」


「お前もよく分かっとるやろ優二。奴らもしっかりグルや。動くわけないで.....クソったれどもが」


南野が話したことの一部は、既にMr.三井がインターネット上に公開している情報で、優二はその流れを把握していたが、

今朝、目の前で起こった事が、そこに繋がるとは夢にも思っていなかった。

Mr.三井の“陰謀論”は概略するとこうだ、日本には破壊工作活動や情報収集活動に従事している工作員がいて、

その輩達は、暴力団やテロ組織に属しているが、警察は取り締まらない。

日本の経済を破壊し、外国の多国籍企業がより搾取しやすいように、

そして、経済崩壊を起こして第三次世界大戦を誘発する為に活動している日本政府公認のテロリストだからである。

彼らは普段、様々な形に化けて普通の日本人に混じっているので、テロリストであるか分からない。

政治、マスコミ、行政、学校、パチンコ店、風俗店、株式会社、宗教団体etc.....

ありとあらゆるところに寄生し、根を張っているのだ。


「藤田優二君。急ですまないのだが、君をここに呼んだのには理由がある」


三井は真剣な表情で、優二の目を真っ直ぐ見ながら話を始めた。


「クリスティーナのバディに、君を選んだのは私だ。本当なら、丁重に迎えに行かせる筈であったのだが、運が悪く、あのような形になってしまった。すまない。私の配慮が足りなかった」


一連の騒動は誰にも予想不可能で、誰の責任でもないことは明白であったが、

全ての責任を背負い、普通の若い青年である優二を気遣う、この厳つい中年の男は間違いなく度量の広さを他者に感じさせた。


「しかし、君は優秀だった。私が見込んだ通りだ。彼女のバディは、君にしか勤まらない」


優二は、壁にもたれ掛かっているクリスティーナの方を見る。

すると、彼女も薄化粧の綺麗な顔で彼の方を見て、柔らかい笑顔で微笑んだ。


「優二君。君も知っている通り、今、世界は危機に瀕している。経済崩壊が間近に迫り、様々な歯車が狂い始めているんだ」


「.....はい。僕もそう思います」


「状況は、かなり深刻だ。日本の政府は頼りにならない。これは、私達で解決するしかないのだ」


「........分かります」


「私達のセカイを壊そうとしている勢力がいる。そして、同様にそれから守ろうとする勢力もいるのだ」


「.......ロシアですか?」


「それは、正解でもあるが、誤りでもある。正確には、世界各地に存在する、資本主義によって解体されてしまった“王室”だ」


「つまり、僕らは、資本主義による破壊工作に対抗する為に、“王室”側について戦うということですか?」


「そういうことだ」


そして、三井は、優二に歩み寄ると深々とお辞儀をし、右手を差し出した。


「藤田優二君。巻き込んでしまって申し訳ない。君の貴重な人生の一部を台無しにしてしまった。しかし、私達には君の力が必要だ。このセカイとそこに住む人々を守る為にだ。私からの、三井次郎からのお願いです。

力を貸して下さい。よろしくお願いします」


優二は同じくお辞儀をして右手を差し出し、三井と手を取りあった。


「私の実力が....どこまで、ご期待に添えるか分かりませんが...全力で頑張ります!よろしくお願いします!」


クリスティーナは、冷静な表情で二人のやり取りを見守っていたが、二人が手を取り合った瞬間、嬉しそうに、はにかんだような笑顔で微笑んだ。


「“アノニマス(匿名集団)”の誕生やな」


南野がそう言った時、液晶テレビから、緊急ニュース速報を報じる女性アナウンサーの声が鳴り響いた。



── えーっ...番組の途中ですが、緊急速報をお伝え致します。先程、十二時五分頃、日本海上空で自衛隊の戦闘機が二機墜落..パイロットの安否は不明ですが....航空自衛隊は、訓練中の事故だとして、救難活動を開始しております──




「クソ....いよいよ来てもうたか...」


南野は吐き捨てるように、そう言った。



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