Shall we dance?

20XX年 9月8日 10:15 大阪府寝屋川市



「何しとんじゃって聞いとんじゃあ!われぇぇぇえっ!!」


(うわっ......うわぁぁぁあっ!!やっべぇぇぇえっ!!!!)


予想外の展開に、うろたえることしかできない優二。

本当なら射撃場に行って数少ない趣味の一つを満喫している筈であったのに、

目の前で繰り広げられているのはVシネ系映画さながらの信じられないような光景である。


「はっ...ははっ....」


「....?....何笑うてんねん?」


最早、笑うことしかできない優二は得意の営業トークで、

今にも襲い掛かって来そうな猛獣のような男をなだめにかかる。


「あっ..あのぉ...やり方、聞こう思うて......」


「はぁ?なんじゃってぇ?」


「ははは...あのぅ...僕、初心者なんっすよぉ....どうやったら上手いこといくんかなぁ...って...」


「.......ぁあ?」


「ほらぁ..アレでしょぉ?...あの、なんか、ひねり具合とか...どないしたら上手いこといきますん?あれ」


「..........」


「あっ...お兄さん、良かったら教えて下さいよぉ...めちゃめちゃ上手そうですよね!あの、ひねるやつ!

何かひねり方のコツとかあるんでしょぉ?いやぁ、あれ、ひねっただけで玉出す人、すごいわぁ!

僕、ずっと尊敬してたんですよぉ!」


「なめんとんのかぁ?小僧ぉ!」


(ひぃぃぃぃぃぃいっ!!やばぃ、やばぃぃいっ!!!!)


苦し紛れのトークは逆に相手を逆撫でしてしまったようで、

状況は一向に良くなりそうにない。

この後予想されるであろう最悪のシナリオが頭の中を駆け巡る中、優二は先頭の男が開いた扉の内側にいることに気が付く。


(あっ....そうや.....いけるかも.....)


突然、冷静になった優二の頭の中に一連の動きがスローモーションのように再生される。

男に歩み寄るフリをした後、ドアノブを掴んで、扉をこちら側に引き寄せて、そのまま......


「ぁあっ?...なんのつもりじゃ......ぁぶぁがっ!!!」


もうすでに体が動いていたようだった。

開いていた扉はもとの場所に戻りはじめて、そのまま男の顔面を直撃した。

先頭にいる男が鼻を両手で覆い、悶え苦しんでいる姿を尻目に優二はそのまま逃げ出す。


「待たんかいっ!こらぁぁあっ!!」


残りの二人が怒号を上げながら追いかけてくる。

まるで、ゲームに出てくるゾンビに襲われているような感覚を味わいながら、パチンコ台が並んでいる通路に逃げ込んだ優二。

耳をつんざくような騒音が聞こえる中、「山物語」をプレーしている客が、何事かと振り返る。


(あかん......追いつかれるっ!!)


二人の男が優二との距離を縮めてきた。

やっぱり素直に謝っていた方が....でも、ただじゃ済まなかったはず.....

そんな、後悔のような表現しにくい感情を抱きはじめたとき、優二の視界に綺麗なシルエットの女が現れる。

不気味なお面を被った、群青色のパーカーにプリーツスカートの女......


(えっ....何この女?....アノニマス....?)


その女は素早く優二とすれ違うと、そのまま凶暴な男二人と対峙して華麗な舞を披露し始める。

男の一人が細身の女を相手に拳を振り上げるが、彼女は軽く体を傾けて相手の攻撃をかわし、そのままステップを踏むと、パチンコ台の前に設置されている椅子に手をかけてアクロバティックに空中を舞う。


「なっ.....なんじゃっ...この女っ!?...ぁわぁあっ!!」


その女は、そのまま足の甲を男の首に引っ掛けると、椅子の回転を利用して左にある「山物語」のパチンコ台に相手の顔面を勢い良く突っ込ませた。


「ぁがぁあっ!....ってぇぇえっ!..なにすんっ..ぁっががががぁっ!!」


綺麗なシルエットの女はさらに足で男の顔面をパチンコ台にめり込ませると、台についているハンドルを右にひねる。

すると、本来であればパチンコ台の穴を目がけて飛んでいく筈の小さな無数の鉄球が男の顔面のあらゆる部位に飛来して、

男は痛さのあまり情けない声を上げた。


「ががぁぁぎぎぃぃいっ!!っぎぃたぃぃいっ!.....っがぁぷっ!!!」


哀れな男の悲鳴が聞こえたかと思うと、

彼女は、右足で飛び蹴りを入れて一人目の獲物にトドメを刺した。


(えっ...何この女?....強ぉ....ってか、ヤクザざまぁw...)


パチンコの正しい遊び方はこういうものかと優二が関心していると、

二人目の男はナイフを取り出し、綺麗なシルエットの女に襲い掛かろうとしていた。

一人目の男がめり込んだパチンコ台のお蔭で、店内の警報器が耳うるさく鳴り始めたが、

相手は容赦なく攻めてくるようだ。


「この女ぁ!何もんじゃぁぁあっ!!殺したるわぁぁあっ!!」


迫り来る男の動きを冷静に分析しているような彼女は、チラリと右下に置いてある箱に目をやると、

つま先でそれを軽くひっくり返した。


「うわぁぁあっ....なんっ...ぁごぉおっ!!」


床にばら撒かれた無数の小さな鉄球が迫りくる男の足を捕らえ、そのままひっくり返らせる。

あまりに勢いよく転倒したのか、男は床に後頭部を激しく打ち付けてしまい、そのまま泡を吹きながら情けない顔で気を失ってしまったようだ。


「ユウジサンッ!!コッチッ!!」


「えっ...ちょっ...何っ!?」



優二は戸惑いながらも綺麗なシルエットの女に手を引かれて、その場から逃げ去っていく。

何でこの女は自分の名前を知っているのか疑問を抱きながら、パニックに堕ちいっている客達を尻目に店の外に出ると、群青色のセダン車が停まっていた。


“ Yuzi-san,Get in! ”

(ゆうじさん!乗って!)


(あれ?....英語?...そう言えば、この声...どっかで.....)


どこかで聞き覚えのある透き通ったような声の綺麗な英語に違和感を覚えながら、セダン車に乗り込んだ優二だが、その声の正体はすぐに判明した。


“ Kristina-Stroganov. Nice to see you again,Yuzi-san. ”

(クリスティーナ・ストロガノフよ。やっと会えたわね。ゆうじさん)


「あっ!...ぇえっ!?クリスティーナ!?何でぇ?嘘ぉ!!」


あの魅力的な女だ。今、黒いアノニマスマスクを外しながら自己紹介をしてくれた女は、

いつもオンライン英会話で優二の相手をしてくれている、あの金髪の魅力的な美女、クリスティーナその女だった。

あまりに不自然で非現実的な出会いに、ただ戸惑うことしかできない優二だったが、

クリスティーナは素早く車を発車させ、運転しながら事情を説明してくれた。


“ Ah...ワタシッ...ニホンゴ..スコシ..アー..trying to study...ハナセマス...but...スコシ.....”


“Yeah...Yeah,Yeah. But...What?...WHy?...What is going on? ” (あぁ...うん..それは分かったんだけど...何これ?何で?何がどうなってんの?)


“Ah....I'm sorry to say this,but we were monitoring you for a couple of months in order to observe. ”

(あー....すごく言いにくいことで、申し訳ないんだけど、何ヶ月間か、あなたのことを観察させてもらっていたの)


“Huh....?.....What do you mean by that ?”

(えっ...それってどういうこと?)


“Yuzi-san,listen very careful to me.Our society is on the verge of collapse including Japan. ”

(ゆうじさん。あたしがこれから話すことををよく聞いて! 今、世界は窮地に立たされているの。日本も含めてね)


“.......?”


“So many things which are unprecedented will happen. This is just beginning.”

(これから、信じられないようなことがもっと起こるわ。これは、序章に過ぎないの)


“........”


“We are spy,and you are my buddy.This is Mr.Mitsui's decision.”

(あたし達はスパイなの。そして、あなたは、あたしのバディ。三井さんに選ばれたね)


優二は試しに自分の太もも辺りを軽くつねってみたが、しっかりと痛みは感じた。

どうやら夢ではないようだ。

それと同様に、この金髪の美女が言っていることもどうやら本当らしい。

オンライン英会話で授業をしている時、Mr.三井の話や、世界情勢についてのマニアックな話もしっかり相手をしてくれ、

色々と教えてくれていた、クリスティーナの綺麗で整った顔がすぐ隣にあるのを見て、これが今、実際に起きていることであり、現実であることを受け入れた。

もっと、彼女に詳しい質問をぶつけようと口を開きかけたとき、背後から銃声が

して、黒い車が追いかけて来ていることに気が付く。


“....They are firing....! ”

(撃ってきたみたいね!)


クリスティーナは険しい表情でそう言うとハンドルを左に目いっぱい切り、二人の乗るセダン車を百八十度反転させて、

「パチンコ750cc 寝屋川店 」の方向に向かってアクセルを踏み出した。

不意を突かれた黒い車は遅れて反転したが、しつこく追ってくる。


“Yuzi-san,We will explain the further detail afterwards,when we reach HQ ”

(ゆうじさん、もっと詳しい話は後でするわ。本部に着いてからね)


“...........”


“Follow me ! Yuzi-san!”

(ゆうじさん、あたしについて来て!!)


“Ok,I'm still confused,but anyway may I give you a hand with that ? ”

(あぁ、分かった。まだ大分、意味分かんないけど、取りあえず手伝うよ)


“Of cource,please.”

(ええ!お願い!)


やるべき事は決まった。そして、それと同時に、日本の法律というものが現段階で彼とクリスティーナに対して一切機能せず、

ここから生き延びて彼女からもっと詳しい話を聞く為には自分達の手でこの戦いに終止符を打つ必要があることを優二は十分理解した。


(まぁ...アレかぁ...林さんといい...クリスティーナといい....ってこたぁ、始めっから....地獄だったってことか..んじゃ..死ぬよりはマシだな)


優二はケースから愛銃の「ミクロMSS-20」を取り出すと、ボルトアクション式の薬室を開き、「スラグ弾」の弾薬を一発しっかりとつめた。

クリスティーナが運転する群青色のセダン車は、そのまま全速力で、「パチンコ750cc 寝屋川店」の事務所がある場所に向けて直進して行く......

後ろから追って来る黒い車は食らいつくのに必死で、どこに向かっているのか分かっていないようだ。

時速百キロで爆走するセダン車の中で、優二はこれまでにない程冷静であった。

恐らく、隣で運転しているのがこの金髪の魅力的な美女でなければ、持前の恐怖心で発狂していたに違いない。

「パチンコ750cc 寝屋川店」の建物が近付いて来た。壁が目の前に迫る。ぶつかる........


「ユウジサンッ....ツカマテッ!!」 


クリスティーナはたどたどしい日本語でそう叫ぶと、急ブレーキをかけ、ハンドルを左に切る。

そして彼女は絶妙なドライブテクで、車体の向きを九十度、変えたところで再びアクセルを踏む。

すると、

群青色のセダン車は、「パチンコ750cc 寝屋川店」の建物に対して平行に向きを変えた後、衝突することなく離脱して行くが、

後ろから追ってきた黒い車はその軌道についていくことができずに、ものすごい音とともに事務所がある場所に突っ込んでしまった。


“We did it! Yuzi-san!”

(やったわ!ゆうじさんっ!)


クリスティーナがそう叫ぶと、優二はバックミラーで後ろの光景を確認する。

拳銃らしきものを持った男二人がクラッシュした車から出てきて狙いをこちらに定めようとしているところであった。


「あばよ!ヤクザさん達っ!!」


優二はセダン車の窓から身を乗り出し、「ミクロMss-20」を構え、スコープの照準をクラッシュした黒い車の燃料タンクの辺りに定める。

そして、引き金をゆっくりと引いた。


“Oh........!!!!!”


「うわっ......すっげぇ爆発ぅうっ!!」



抜群の射撃技術によって「ミクロMss-20」から放たれた「スラグ弾」は、一発で正確に目標を捕らえていた。

そして、クラッシュした黒い車は大爆発を起こし、その炎はまるで映画のワンシーンのように「パチンコ750cc 寝屋川店」を飲み込んでいく。

巨大な煙幕が上がるいびつな景色が後方に流れ去っていくのを確認しながら、クリスティーナと優二が乗る群青色のセダン車はその場から離脱して行く。


「ふぅ.....やったか......」


優二は大きなため息をつきながらそう呟き、この作戦を立案したクリスティーナの方を見た。


(それにしても、可愛い...何だこの女...可愛いすぎだろ...つーか胸でかぁ..胸っ!胸っ!胸ぇぇえっ!)


そんな不埒な最低男が考えていることを知っているのか知らないのか、クリスティーナは金髪のストレートヘアを片手で軽く整えると、優二にウインクをした。


“Excuse me,Kristina....Can I ask you another question ?”

(なぁ、クリスティーナ.....一つ聞いていいかい?)


“Yes.”

(何?)


「なぁ......何でセダンなん?」


「アッ...コレ...ミツイサン...オカネ...ナイ......」


(それ、切実やなぁ....おいぃぃ.....)







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