予期せぬ再会
20XX年 9月8日 9:34 大阪府寝屋川市
「たまには撃ちに行くかぁ.....」
唯一の楽しみを最大限満喫した翌日、
優二は、ぼやくように独り言を言うと、身支度を始めた。
今日は約一か月ぶりに射撃場に行って愛銃を「使用」することにした。
弾代が高く、中々発砲する機会に恵まれなかった愛銃だが、年に何度か発砲しておかないと免許を維持することができないからだ。
銃規制の厳しい日本では発砲する方が大変だと思われがちだが、不思議なことに、発砲した回数が少ないと「眠り銃」として扱われてしまい、
「撃たないのに何で持っているの?」という話になってしまう。
身支度を整えた優二は部屋の片隅に置いてあるロッカーから愛銃を取り出した。
< ミクロMSS-20 >
それがこの銃の名らしい。ライフルのような形をした散弾銃で、 「スラグ弾」という一発弾を使用する、いわば狙撃銃だ。
国産の高い命中精度を誇る銃だが、既に生産ラインは閉じており、現在手に入れるのは至難の業だが、
優二が今、射撃場に持っていく為に大事そうにケースに入れているそれは
愛想の悪い銃砲店の店主と良い関係を築き上げた優二の営業スキルと地道な努力による賜物であった。
普段通りの間抜け面でしっぽを振る愛犬の頭を軽く撫でてやり、玄関の鍵をしっかりと閉めた後、
実家の外に出た優二は、目の前をボロボロの自転車がゆっくりと通り過ぎるのを目にする。
(あっ.....あれ昨日の女や。よう見るなぁ)
そう心の中で呟いた瞬間、自転車の後輪リフレクター辺りに手書きの汚い文字で
ひらがなの名前が書かれているのを見た。
------ は や し ---------
(っ!!!!!!!?)
優二は一瞬、死神が急に現れて自分に死刑を宣告していったような感覚に襲われる。
「はやし」の三文字は二十四年分の優二のちんけな検索エンジンにはたった一人しかいない。
細身なカラダに小さな顔。そしてクリクリの大きな目と流れるようなストレートヘア......
(えっ....嘘ぉ!?...はやしさんっ!?...いやっ...んな訳っ....ぇえっ!?)
よく分からない黒人のプロボクサーから不意打ちを受けたような衝撃と、
懐かしい恥ずかしさの間にかすかな嬉しさがあって、金縛りにあったように動けなくなってしまった優二だが、
今日は射撃場に行くという目的で出かけたことを思い出し、挙動不審な動きをやり始めた。
(あっ...今日は射撃場に..でもはやしさん!?..人違い!?..いや...えっ!?...嘘やろぉ!?)
幸運なことに一般的な日本人の通勤時間はとっくに過ぎており、辺りには一人もいなかったが、
もし誰かがそこに居たなら、覚醒剤か何かを間違って大量に摂取した不審者と間違われて確実に通報されていただろう。
酸素を求めて水面で口をパクパクさせている魚のような優二の顔は、結局、はやしさんとおぼしき女の方を再度見たが
彼女がこぐボロボロの自転車は十字路で、左へと曲がって行ってしまった。
(あの、はやしさん!?....ちょっ...まっ...嘘やぁ...)
「林まりな」、その女の名前は優二の検索エンジンにおいて常にランキング一位に躍り出ており、
彼の中で永遠のマドンナであった。恐らく、どこかのイケメンと結婚していて子供の一人くらいはいるに違いない。
そんなことを考えていたので、彼にはつい今しがた見た光景を受け入れることなど、到底不可能だった。
< パチンコ 750cc >
(ナナハン)
優二は、気が付くと大きな看板のあるパチンコ店の前にいた。
結局、ボロボロの自転車に乗った女の跡をつけてしまっていたのだ。
「はやし」とひらがなで名前が書かれた、ボロボロの自転車が置いてある。
どうやら彼女は、この広いパチンコホールの中に消えて行ってしまったようだ。
妙な胸騒ぎを覚えながら、優二も店の中へと潜り込んで行く。
「パチンコ750cc」....優二は業界最大手のこの名前をよく知っている。
このパチンコチェーンの大株主は、東証一部上場企業で、今や誰もが知る大企業、「キングコング・グループ」。
優二が営業職として約一年務めた後、退職した因縁の会社だ。
彼が「キングコング・グループ」を退職したのには、ある“事情”があったのだが、
それは同時に彼が、今、目撃している光景を人生最悪な気分の悪いものにさせるには十分な可能性を秘めていた。
(おい...ぉぃぉぃおいぃぃっ....まじかよ林さん、ここは相当やばいところやでぇ....)
ただの小学校の同級生で、あまり話したこともないこちらが一方的に好意を寄せていただけであろう初恋のマドンナ......
今、優二が考えを巡らせて危惧しているようなことは全てお節介を通り越して、ただの変態的な感情に思えないこともないが、
そんなことは今の彼にはどうでもいいことだった。
得体の知れない胸騒ぎを覚えながら「林まりな」の姿を探していると、
優二はホールスタッフとおぼしき派手な色の制服を着た男とすれ違う。
--パチンコ750cc寝屋川店 店長--
-------盧 正泰--------
その男の名札にはそう書いてあるが、読み方の見当がつかない。
(ノ.....?.....何て読むねん?アレ)
背がかなり高く、特徴のある顔をしている。
きつめのパーマがかかった髪が長く、
誰かを嘲笑っているようなニヤけた不気味な顔.....
そんなことを思いながら、男とすれ違った優二だが、これまでにない妙な胸騒ぎがして、そのニヤけた男の方を振り返ってしまう。
(あっ!林さんっ!!)
優二が振り返ると、そのニヤけた男と林まりなが何やら話をしているようだったが、
何を話しているのか予想を立てる暇もなく、二人は店の隅へ歩いていき、そこにある扉を開け、奥へと消えて行ってしまった....。
耳をつんざくような騒音の中、優二も二人を追い、その扉の方へ走って行く。
扉には、「スタッフ以外の立ち入りをお断り致します」と、はっきり書いてあったが、そんなことよりも「林まりな」のことで頭がいっぱいであった。
優二が扉を開けると、中は細長い廊下になっていて、左右に二つずつと、奥のぶち当たりに一つ、狭そうな部屋がある。
中に入ると真っ暗で、ホールの騒音はほとんど聞こえなくなったが、そんなことよりも、まず目に入ってきたのが一番奥のぶち当たりにある一室である。
扉が少し開いていて、室内の明かりが外に漏れている。
優二が恐るおそる近付いてみると、その部屋の中から何やら人の声が聞こえてくる。
(えっ....何してんねんやろう?)
左右に二つずつある部屋の一つ目辺りに来た、次の瞬間、優二は凍り付いた。
「ぁあっ...はっ....はぁぁんっ.....」
女の喘ぎ声だ。
先程、つい数十分前に実家を出てから目撃してきた到底信じられない事象の全てが、まるでジグソーパズルのようにかみ合い、
優二の中に、ドクロのような、地獄から蘇って来た悪魔のような、最高に気分の悪い絵が完成してしまった。
初恋の相手であり、優二の中で最強に美しかったマドンナ「林まりな」は、つまり...........
「こらぁ!ここで何しとんじゃぁあっ!!われぇぇえっ!!!!!」
優二が今までの人生で最も気分の悪い光景を噛み締めていた最中、
突然、男の怒号がしたかと思うと、
左にある扉が勢いよく開き、中から派手なスーツを着たいかにもな、その筋の「おにいさん」が三人出て来てしまった。
(ぇえっ!?...ちょっ..なっ..嘘やんっ..はぁぁあ!?何これぇぇえっ!?)
*
その時、「パチンコ750cc 寝屋川店」の入口に群青色のセダン車が停まり、中から綺麗なシルエットの女が舞い降りた。
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