第7話 捨て駒になって

 その日、一年生が二年生を打ち倒した金星は学園中に轟き。

「……ボク等もウカウカしてられんな。なっ!?」

 最上級生、つまりは爆裂娘のチルルを筆頭とする三年生の興味を買ったと言う。

 常士学園では二年生が黄金世代と謂れ、俺達が来るまで三年生の肩身は相当狭かったらしい。

 

 だが、最早俺には関係ない話だ。

 俺はその日付けで、普通科から諜報学潜入科へと転科したのだから。

 もうこれで誰とも争い合うこともない。

 

【諜報学潜入科】

 凡才から非凡まで、ありとあらゆる人種を取り揃えた学科、活動内容は主に分裂した西側の潜入と情報収集にあるのは無論のこと、時には身を挺して天子様をお守りする立場にある。全ては東日本に存在する諜報機関『金狼きんろう』に栄華を齎すための諜報活動教育。一説では冷戦状態にある日本で、その責務は何よりも貴ばれる。とあるぐらいだ。

 

 この学科には幾つか禁忌が有って、基本的なのが『顔バレNG』である、て当たり前っ。

 唐突にもしもシリーズ。

 もしも、西日本に潜入した諜報員の正体がバレたら?

 唐突にもしもシリーズ。

 もしも、金狼だった者が二重スパイ行為に及んだら?


 俺は学科の座学で、もしもシリーズを教科担当の死馬しば(17歳と300ヶ月)から尋ねられ。

 熱い熱い口付けを迫られたのだ……汚されちゃった。

「適宜に対応すればどんな苦境でも切り抜けられる。本来なら私はここで貴様に金狼への忠義を教授しないといけない……けど、私は組織に利用されるだけの犬に教鞭を取ろうと思わない。それは必然的に、私の名誉が損なわれる愚行であるからして」

 唐突にもしもシリーズ。

 もしも、今ここで死馬先生から押し倒されたら?

 あはーん、お、ほーん……汚されちゃった。


「もっと安全で健全な学科に転科希望だと?」

 授業後、俺は休み時間を利用して担任で愛娘のモモノが居る職員室まで直談判しに向かった。

「……成る程、諜報学の教科担当の死馬先生はその昔敏腕のスパイとして暗躍していたお方だ。そのためか、あの人は社会の闇に浸かり過ぎて婚期を取り逃したといつも言っている。ならば火疋は死馬先生から言い寄られ、何か大切なモノを失い今こうして私に泣きついてきた。そう言うことでいいのかな、父さん」

 俺はモモノの指摘に咽び泣きながら「あぶぁぃあぃあぁぁ」嘆願申し出ていた。

 しかしモモノは。

「却下だな。既に父さんを起用した重要な作戦が提案されている。お前も興味ないか、今、西側の世界はどうなっているのか」

 俺はピタリと涙を塞き止め、恥ずかしながら先程、死馬先生から頂いた教示を思い出し。

 思考を切り替え、西側へ潜入することを想像していた。


「……条件があるんだ」

「一応聞くだけ聞いてみるとしようか」

 俺の交換条件に耳を傾けてくれるだけで感謝したい所だが。

「待ってくれ、本当にくだらない条件だから、記録する必要はないんだ」

 モモノは俺の発言をノートパソコンに一部始終記録するつもりでいた。

 今から言うことは本当にくだらないし、多分これを聞いたら向こうも屁理屈で返してくる内容で。

「で、交換条件とは?」

「……西側の環境、もしも西側が噂されてる通り」

 美女、美女に次ぐ美女、西日本は美女美女美女で構成されていると持ち切りだ。


 俺の条件はその噂の真偽の如何次第で合って。

「ぷぼっ!」

「安心しろ、その噂は真実だ。死馬先生から一体何をされた、かまでは訊かないことにしておこう。私のせめてもの良心だ」

 横暴にも、俺は娘のモモノ(17歳と63ヶ月)からあからさまな嘘を吐かれ、殴り飛ばされました。

「分かりましたよっだから、正中線を思い切り殴るなよ」

 嫉妬か、焼餅か、などと虚勢を張ることぐらいなら今の俺にでも出来る。

 それともう一つ、今の俺に出来ることがあるとすれば。

「それと、今日の髪型、とても似合ってると思うよ」

「……ほざけ」

 今日の彼女は綺麗な白髪を手の込んだ三つ編みに結っていて、いつもと印象が違って見えたよ。


 上層部では俺を起用した重要な作戦が提案されている、と聞かされたが。

 この世界に疎い俺、しかもその作戦には情報規制が敷かれているともなれば。

 俺こと火疋澪がその概要を知るには今はまだ時期尚早だったらしい。


 唐突にもしもシリーズ。

 もしも、死馬先生が教え子を手向けるとしたらその方法は?

「火疋ぃ澪っ、所で貴様、放課後の予定はあるのか?」

「人種差別ですけど! ババアが色香出すなッ!」

 世の中、円熟味が増した年上を好む人間もいるだろうが、俺のすとらいくぞーんはっ……!

 唐突にもしもシリーズ。

 もしも、死馬先生が俺の後を付けて来たら?


 ――逃げる、脱兎の如く逃げてぇぇぇ俺、俺逃げ、俺逃げ、からの、110番!!

 怖い小母さんが後を付けて来るから110番したら拳銃でケータイをシュートされました。

「落ち着け火疋」

 この状況でその台詞を言う大半の人間が、一番錯乱してるものなんだ。

 ですよね、って誰に同意を求めてるんだろ。

「……なぁ火疋、人生って一体何だろうな」

 不敬ではあるが俺は「お前は生徒に何を訊いてるんだ」と心の声を口にしていた、と言うかした。でも分かってる、大抵の人はこの台詞を口上として、無暗やたらと諭してくるものなんだ。

 ですよね。

「…………」

 てか何か言えよティーチャー。まさか先程の「人生って一体何だろうな」の次を考えてなかったのか? するとこの台詞は先生の――心の声、だったりする?


 唐突にもしもシリーズ。

 もしも、教師と教え子の二人がスーパーの野菜売り場でー、

「ふむ、火疋の息子はもやしぐらいだったりするのか」

「……いや、俺は、これぐらいはある、かな」

「……へぇ」

 もしも、教師と教え子の二人がスーパーの野菜売り場で下ネタ談笑してたら?

 もうここまで来ると今日はこの人を抱いてやろうかと思い始めて来たんだよ。

 そしたら、零の令嬢には父親だけでなく母親まで出来るんだお。

 下手したら彼女達の弟妹まで出来ちゃうんだお、おっおっおぉぉ……。


「……死馬教官、俺を起用した重要な作戦計画が水面下で進行している、って耳に入れたんですよ」

 このスーパーには放課後必ず立ち寄る。

 どうしてって俺はホウレン荘の家事を受け持っているんだから。

 俺が作戦に付いて仄めかすと死馬教官の表情はそのまま張り付いた。

 まるで人形の様に、表面化ではポーカーフェイスを保っている。

「……私は反対したぞ、昨日今日金狼の構成員になった新米には到底荷が重すぎる任務、だ」

 死馬教官は何を思ってか、スーパーに置かれていたコンドームを買い物かごに入れた。

 俺は「それ必要ねぇから」とコンドームを元に戻すと。

 教官は生卵を持って「じゃあ生で?」と言うものだから。

「だが、上層部はそれでも今回の作戦を強行するつもりでいるぞ。火疋ぃ、お前は上の連中に捨て駒扱いされているぞ」

 ――っ……モモノは、一言もそのことに触れていなかった。


 

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