マリー・火影

第6話 マカロニ?

 ホウレン荘、常士学園で『零の令嬢』と謳われる親が存在しない生徒達の宿り木。

 ホウレン荘は三階建てのアパートメントで、各部屋の間取りは1SLDK。

 各階ごとに二部屋あり、共同部にはダイニングキッチン付きリビングと、大きな浴場がある。

 部屋割りは101号室に俺が入り、中央廊下を挟んだ向かいの102号室にヒイロ先輩が居る。


 俺が彼女達の『父親』になって早数日。

 父親になって盆と正月が一緒に来たフィ~~~~バっ! 状態だ。


 フィーバーその1、洗濯。

 洗濯機が高価なのを理由に、ホウレン荘の皆は共同の洗濯機を使用している。ドラム式の乾燥機付きで容量は10キロ以上、デザインもスペインの巨匠が手掛けた一品だ。

 俺こと火疋澪ひびきみおは、みんなの父親として洗濯物を一手に引き受けている。

「ダディ、洗濯物を任せるからには皺一つ残さず頼むぞ」

 娘の中でも一番悪名高いのが彼女、赤毛のマリーだ。

 マリーはヒイロと同学年で、二人は宿敵の仲にある。

 そう表立って争い合うことは、今の所無いが。 

「まったく、最近の乙女はけしからん下着ウホーホー、げふんげふん、ティィ、っぶぁっく」

 誰の物かも判らない臙脂えんじ色のTバックをめつすがめつ丁重に扱い、洗濯槽へ落とす。

「いや、俺はこの、このてぃぶぁっくの持ち主を知っている、知っているっ」

 赤毛に紅蓮の瞳、穿いている下着は臙脂色と、マリーのカラーは『赤』で統一されていた。でもたまには、マリーにだって純白の下着なんかをお父さんは穿いて欲しいと思っている。

 それってド変態ですやん。


 フィーバーその2、食事。

 日本を東西に分断し、冷戦の状況下にある中での食事でも配給ではないらしい。

 無論、東西では隔たりがあり、まさか日本人が分裂するとは当の俺も思っていやしなかった。

 神奈川には一本の境界線が敷かれ、常士市は東側に位置している。

「西側の和牛は有名だからな、一方の東側はお米や魚類が豊富だ」

 ホウレン荘の炊事は父親である俺が受け持っている。

 荘にはダイニングキッチン付きの共同部屋が存在し、そこで零の令嬢達は談話を取っている。

 モモノ先生を始め、娘達は俺の手料理に、

「不味い」

 うるっせモモノ!

「しっかりしてくれよダディ」

 いぃから黙って、くぇよマリー。

「毒々しい」

 るっせバッカ、るっせバッカ、因みに彼女の名前はチルルと言う。

 何だよみんな、俺が貴重な自由時間を削り苦労して作った料理を侮辱してぇ。

 俺は君達の父親だから、致し方ないことなんだけど。

「父さん」

「ヒイロ、俺の料理は」

 不味いか……料理って不思議だけどさ、自分で作ったものは何だって美味しいの、何だって。

 ヒイロは藍色の瞳で俺を見詰めて、俺の心を著しく浮き立たせた。

「はい、あーん」

 ふほ?

「あ、あー」

 ふほほ、ふほ……ふぉぉおおおおお!!


 フィーバーその3、掃除。

 世は常に平穏とは限らない。

 些細な下心が働き不法侵入、さもしい根性が助長され空き巣、なんかざらにある犯罪だ。

 でも例えばだが、テレビに映る芸能人の私室はどうなっているんだろう、という興味はある。

 俺以外にもその類の好奇心は後を絶えない、ならばどうすればいいのか。

 正当性を保ち、好きなあんちくしょうの部屋に上がり込むたった一つの方法を、俺は掌握した。

「ヒイロ、掃除するからちょっと退いてくれ」

 それは対象の親になって、世話焼きに務めればいいだけの話しだ。

 102号室のヒイロの部屋にお邪魔すると、彼女は物を持たない主義の人間なのが分かる。それは大鵬ヒイロの朴訥なイメージと一致し、俺じゃなくとも生徒達は安堵する光景だった。

「……所で、先輩は何をやってるんですか?」

「私とお前が先輩後輩の関係に在るのは、学校に居る時のみだ」

「まぁ、別にいいけどな、ね、よ、あー、うん」

 語尾はとても大事、な、ね、よ、でその人の人間性が推し量られる要素だから。

 整理整頓が行き渡ったヒイロの部屋に掃除機を掛けながら、彼女に気を配っていた。

「……俺が父親、だったら、同じ父を持つヒイロとマリーは仲良く出来るよな」

「例え血を別けた兄弟でも、いがみ合う連中は五万と居る」

 ヒイロは間髪を容れずに即答する、そして例の深い藍色の瞳で俺を見詰め。

「だけど、貴方がそう言うからには善処するよ」

 感情の籠っていない彼女の表情からでは、その台詞が本心なのか定かじゃなかった。

 ヒイロの部屋の掃除を終え、次は201号室のマリーの部屋に伺った、ふふん。

「マリー、掃除したいんだけど」

 の一言で、俺は恋人でもない美人の部屋に公然と立ち入る、ふ、っはっはっは、笑いが止まらん。

 マリーはお尻の下にクッションを敷き、胡坐を掻きながら漫画雑誌を読んでいた。

「ありがとうなダディ……これからはダディが身の回りの世話をしてくれるから楽チンだな」

 悲しきは、彼女が愛読している週刊少年ジャップも、東西の隔たりがあることだった。

 西側の作家で言うと……――それよりも。

「……」掃除の傍ら、俺の視線はマリーに釘付けになっていた。

 そして視線が合うと、彼女は悪魔的な笑みを零す。

「ごめんなダディ、私の格好は見苦しいだろ」

 彼女の軽佻けいちょうな声色は決してそんなことを言っているのではない。

 トイレ? なのか、彼女は席を立ち、俺にお尻を向けてその場を立ち去った。

 喜ばしきは、彼女の恰好は灰色のキャミソールと下は赤いTバックの下着のみ、トゥフフ。

 掃除機を掛けている振りをし、体躯をくの字に曲げて誤魔化すのが限界だった。

 他にも301号室のモモノ先生の部屋を掃除し、302号室のチルルの部屋を掃除して。

 俺は彼女達の父親になれて心の底から神に感謝している。


 フィーバーその極、オ・フ・ロ。

 は、一先ず置いておく。

 このフィーバーイベントは過激な内容のため、理性を抑えきれる自信がないから。

 娘達と共にお風呂に入る機会は、何かのご褒美に取っておきたかった。


 * * *


 こんな感じで、俺こと火疋澪の父親生活は順調な滑り出しだった。

 順調? どうせこれから不満が募るに決まってる……かもな。


 ――昼休み、クラスの喧騒を肴にしながら自作のまっずいお弁当を咀嚼そしゃくしている。


 で、零の令嬢の中で誰が好きなんだ……それは。

 俺は、内に天邪鬼を秘めているようだ、先程からソイツが俺を問い詰める。


 まさか、ハーレムなんて考えてないよな……駄目なのか?

 ――当たり前だろ。

 ……っ! だけど、これは千載一遇の!! 、いって!

 俺の天邪鬼は受肉し、この世に顕現し、俺の反駁に平手打ちしやがった。


 天邪鬼の名は鹿野カノン、いつも俺と付かず離れずで俺とは反発し合う性質だ。

「どういう事だ? お前は元の世界に帰りたいと泣きついて来たはずだったな」

「……え?」

「え、なのか、お前の恍けように私も動揺の色を隠せない」

 え? 俺は元の世界に帰りたがっていた……だって?

「そね、けれども、先輩達と良い感じになっちゃって、最早どうでもいいって言うかね――コっ☆」

 俺ってばプレイボーイ、その証明として「コっ☆」と舌を鳴らせば教室にいい感じで反響した。


「コっ☆」

「はぁ、最近の私は激務なのに、薄給で懐が寂しいのは遣る瀬無い」

 あ、『スルー』と書いて『無視』、『しかと』と書いて『放置プレイ』。

「……彼女達に両親は居ないが、お前には、お前の帰りを待っている親が居るんだろ?」

 カノン、悪の権化にして女性の敵だった背徳者のお前がこうも真面目になるなんて、珍しい。

「「まぁいい」だろ」

 チ、カノンとハモった。


「何だよ」

「どうせいずれは私みたく自立するしかないんだ、ならお前はこの世界で独り立ちすれば問題ない」

 親不孝ではあるが、時空(?)を超えて俺はこの世界で生きる。

 たぶん、このまま上手く行けば先輩達の父親として、俺はこの世界で生きてゆく。

「そこでだ、もしもの時のためにお前に取って置きの謎を仕入れて来た」

「俺がここで自立する話しはどこ行った」

 まったく、カノンは是が非でも俺を元の世界へ返したいらしい。


 言っておくが、こういうのを取り越し苦労って言うんだぞ、――――ッッ!!

 そうだ、取り越し苦労って言うんだぞ、ドーンっだ。

「て何だッ」

 遠方、と言っても校舎の敷地内から迫撃砲の爆音が轟いて来たっぽい。

 この学校、いや、この世界、何で日本が冷戦状態に在って、何で主力兵器が大砲なんだろ。

「不勉強な奴だ、そんなことでは到底独り立ちできないぞ」

 何でだろう、この世界の事情を余り詮索してはいけない、死ぬぞと思いました。


 とりあえず、今日の六、七限目にまた大砲がある。

 この場合、出席というよりも危機一髪、欠席というよりも正当防衛だと思うんだが。

「ふむ、出席すれば生死を懸けて臨むしかない」

 そうです。

「故に、そんな危険な授業に自分を参加させる訳にはいかない、だと?」

 そうです、そーなんです。

 俺の意思、分かってくれますよね?

「父さん、そう言うことは私ではなく授業担当のヴィクトル先生にお伺い申し立てろ」

「だってあの人怖がられてますもん!! 周りの人間を威圧してビビらせてますもん!」

 俺は大砲の授業を見学に回ろうと、職員室で担任のモモノ先生と談判している。俺に待ち受けている絶体絶命の状況を回避するまではここを山の如く動かない!! 気概だ。


 するとモモノ先生は目を伏せ、憂いているようだ。

 彼女は俺の娘の一人、父の意思を汲み取ってくれるかが今後の教育の焦点だ。

 巧に問題をすり替え、狂ったこの世界の常識を改革させてやる!! 気概だ。


 神奈川一の闇鍋マンモス校と名高く、混沌たる世界観の職員室は至って平凡なものだった。

 教員の机が林立して並び、コピー機やパソコンが置かれ書類は整理整頓されている。


「……期待はするなよ、父さんも知っての通り、この学園のヒエラルキーは逆三角形だ」

 逆三角形のヒエラルキー? どう言うことだってばよ。

「それすら、知らないのか。この学園では現場担当が一番重宝され、管理職は王族に傅く侍女のように権力発言力が一切無い。つまり学園長が一番無価値なんだ」

 何ですと? なら、

「ならその理屈で言うと生徒『様』が一番偉い訳ですよね」

「そんな訳あるか、だがいずれ偉くなれるぞ、偉くなって、培った権威はマサバのようにすぐさま腐ってしまうけどな。輝かしい威光を失くしたマサムネ学園長はいつも肩身を狭くしている……もしも火疋が永続的に偉く成りたいと思うのなら、殉職が挙げられる」

 はは、俺この世界ほんと嫌っすわ。


 それでも俺はこの世界で生きて行く、俺が死んだら泣いてしまう娘が出来てしまったんだからな。


「……お前等、本日は二年生との学年対抗模擬訓練を執り行う」

 モモノ先生との交渉を諦め、俺は渋々必須科目である大砲の授業に参戦している。

 大砲の授業担当はヴィクトル・ドゥエス教官、巷では悪逆のドゥエスとして有名らしい。

 乙張りのあるスタイル(オッパイボン)からは想像出来ない程峻厳しゅんげんな人だ。


「事前に誓っておく、もしも、お前等が、二年生の連中を打倒出来たら、言うこと何でも聞いてやる……特にな、二年生には鬼神と畏れられている大鵬ヒイロ、という強敵が居る」

 ヒイロだって? ヒイロはこの学校でそんなに有名だったのか……フ。

 なら俺は、早々に味方を裏切らせてもらうとしようかなッ!! ハッハー。

「ヴィクトル教官」

 なんて挙手してみたり。

「何だ」

 なんて彼女からガチで睥睨されたり、いや何故だ。

 俺は教官の虎狼の様な眼差しに萎縮し、口を噤むと。

「……皆気を付けろ、コイツみたいな奴はプライドを捨て、仲間の命よりも保身に走り、何かと理由を取って付けて早々と裏切る、いくらコイツが戦場で何の価値も無い屑だったとしても、精神的に堪えるものがあるだろう」

 ぅわちゃー、先日の訓練時の失態を教官は根に持ってるな、わちゃちゃわちゃ、ぅわちゃー。

 ぬぁらぁばぁ、早々に裏切らせて貰うとしよう。


 実習訓練は凶弾(同朋の一人が敵に発砲されたと言う設定の空砲)の合図と共に開始される。

 まぁ俺は、俺様ぁは、開始と同時に二年生に降伏して、ヒイロと合流した後無双してやる。

 って、ちょ、何だよ何……あぁはい。

 先程のドゥエス教官の指摘を受けたクラスメイトは、縄で俺を砲身に縛りつけた。

 そりゃ裏切ると分かり切ってる不審者が居たら、緊縛も辞さないか……ですよね。

 って誰に同意を求めてるんだろ。


 ちなみに、俺と付かず離れずのカノンに助けを求めようとしても無駄だ。

 カノンは同クラスながら学科が違うらしく、この実習訓練には参加していない。


 俺の視界は一転して、戦場の青空へと向けられた。

 本日は天候に恵まれている、空には白雲はくうんの一つも在らず、また鳥の影一つすらなかった。

 ――ッ、次第に開戦の狼煙が上がり、俺は静かに瞼を閉じて、天運に俺の命を預けた。


「ダディ、お前は相当の大物だな。訓練とは言えここは戦場、狸寝入りにしても肝が座り過ぎだ」

「この声はマリーかな」

「あぁ、ダディの最愛の娘の私だよ」

 俺は今一度目を閉じて、耳を澄ましてみたのだが……何も聴こえない。

 大砲から放たれる砲弾のおどろおどろしい爆音も、

 訓練と真摯に向き合い、敵に立ち向かう生徒達の慟哭も、

 全ての音が静まり返り、俺の耳にはマリーの慈愛に満ちた声だけが聴こえる。

「戦況は?」

「ダディが気に掛ける程でもないさ……あのクソアマを敵に回すことがこの世で一番恐ろしい」

 マリーが言う「あのクソアマ」とは十中八九ヒイロのことだと思うけど。

 

 にしても、この静まり返り様は一体何だ。

 余りの静けさに、草むらが気に掛かる……もしやハッテン、と気に掛かる。

「マリー、縄を解いてくれ」

「あぁ、なら今ここで一つ誓ってくれないかダディ」

 そう言えば――、俺はカノンから零の令嬢に纏わる取って置きの謎を聞かされた。

 それは赤毛のマリーに関するものだった。

「愛娘の頼み事だったら、俺だって無下に出来ない」

「ちゅ」

「愛娘の頼み事だったら、俺だって無下に出来ない」

 あぁ、俺は唐突なマリーとの接吻の再現をキボンヌ致します!!

 大事なキスだから二度言ってみました。

 マリーは俺を縛り付けている縄を断ち切ると、俺の顔の輪郭に指を這わせた。


 とても冷たくて気持ちいい塩梅の指に、俺は多幸感に包まれて。

「ダディ」

「なん、だ?」

 さらに、彼女の露骨な猫撫で声に意識を失いかけそうだった。


 マリーは嫣然えんぜんとした笑みを零し、俺と見詰め合っている。

 俺の身長が177センチあるとすれば、彼女の身長は大よそ170センチ。

 そうすると、彼女は7センチ分上目遣いになって、俺と視線を絡め合わせている。


 心臓が、――っ……これは吊り橋理論だと思うが、心臓が逸って――どうしようもない。

「お願い、と言うことの程でもないんだ。私はダディの身を案じている一心でさ」

 ――ダディが死んだら、私達は悲しい。

「だからなダディ、今回にも言えるが、危険な場所には行かないでくれ。戦地なんて以ての外だ」

 嘘、なのか、それともマリーの眦から零れている雫は本当の涙と思っていいのか。

 嘘かも知れない彼女の涙に俺は感動を禁じ得ない。

 例えこれが彼女の嘘であろうと、彼女は俺の身を案じている、つまりは。

 つまりは、俺は彼女から愛されている……そう言うことなんじゃないか。


 だから俺は必死になってその場で思索した、俺や彼女達が危険な目に遭わない方法とやらを。

 …………整いました。


「分かった、俺はもう二度とこんな危険な場所には来ない。そこで……一つお願いが、御座いまして」

「何だ?」

「早い話が、今行われてる一年と二年の学年対抗模擬訓練を――」


 戦況はどうなっている。

 最早、生き残っている一年坊主は俺だけだとマリーは証言するのだがそれは困る。

 俺はマリーの願いを聞き届けるためにも、この模擬訓練で二年生を打倒しなければならない。


「ふーん、だったらあのクソアマにも協力してもらうか。まぁあいつ一人を戦場で泳がせておけば戦況はひっくり返る、ノワールからルージュへと、ルージュからノワールへと……まったく、戦術も兵器も合ったものじゃあない」

 そ、それ程なのか、俺の愛娘、大鵬ヒイロの実力は。

 信じられない、ヒイロのスレンダーな体躯のどこからそんな大きな力が発揮されるのか。


 マリーは通信機でヒイロに連絡を取り、俺達が今立っている場所で合流を図った。

「ふぅ、あいつを説得するにはダディの名前を使えばいいのか」

 これは思わぬ儲けもの、と言っているマリーの横顔は邪悪だった。

「ダディ、ショータイムの始まりだ。こちらマリー・火影、こちらマリー・火影、応答されたし」

 マリーは通信機で誰かに連絡を取っているが、

 その表情は挑発的で、炯々とした瞳と、凄艶せいえんな紅色の唇が印象的に映った。

『こちら十三、どうしたマリー』

「ショータイム、今からマリー・火影と大鵬ヒイロの二名は敵軍に寝返るぞ」

『何だと』

 こうして、俺達の宣戦布告も簡潔ながら示された。

 これでマリーとヒイロの二人は二年生の敵勢力として台頭したのだ。


 その後ヒイロと合流し、作戦概要を伝えると彼女は開口一番。

「……父さんは、どうする?」

「ダディはここで待機だ」

 マリーの発言にヒイロは首肯して返した。

 俺は父親としての威厳を保つため、一応までに「俺も戦うよ」と言ったんだが。

「危険だ」ヒイロは留め立てし。

「何度も言わせるな、ダディはここで待機だ」マリーも待機命令を重複させ。

 龍虎の仲である二人は颯爽と敵陣へと、消え去ったのだ。


 だけど俺一人ここで待機だなんて癪だろ? だから俺は秘密裏に二人の後を付いて行く。

 彼女達の戦う後姿、言わば花の姿をこの目で見ておきたかった。

 

 ――――ッッ!! 戦場の爆音に目が覚める。

 一年生に寝返ったヒイロやマリーに二年生は集中砲火を浴びせている様子だ。

 内心では一抹の不安が過り、当然の如く二人の身を案じた。


 これは後で聞いた話しだ。

 何でも大鵬ヒイロ、俺の愛娘のヒイロは戦場で大砲を使わない。


 ヒイロの戦法は『蛮骨大砲ばんこつたいほう』と云われ、単身で戦場へ乗り込み。

 砲身を振り回して敵を薙ぎ払い――ッ、

 砲弾を膂力で放つ――ッッ!!

 後は神楽を舞うように、ヒイロは戦場で波状攻撃を繰り返す。

 ヒイロの戦い方は常軌を逸していた、少なくとも俺と同じ人種じゃねぇ。


 そして敵陣の中央が何やら慌ただしい、かと思えば。

「ジエンド」

 ――――ッッ!! 一際派手な爆音が戦況を終結へと導いた。

 どうやらこの時マリーが敵大将を打倒していたらしい。

 

 ヒイロが戦場に咲く大輪の花だとして、美味しい所、花の蜜は全てマリーが持って行く。

 普段二人は対立し合っているが、協調することも出来るんじゃないか。

 二人の娘の三位一体の戦い様に、俺は父として胸を撫で下ろしていた。

 

 その後も二人の共闘は続き、二年生を次々と駆逐して行った。

 戦闘中、戦闘中、戦闘中、いやはや、無双無双。


 さて、

 マリーとヒイロの働きが有って、俺達一年生は見事二年生を打倒したのだが。

 この模擬訓練を始める前、ドゥエス教官は何と言っていた。

 もしも一年生が二年生を打倒すれば、何でもするって言いましたよね、ん?

「ドゥエス教官、貴方が事前に誓った言葉、きっちり守って貰いますよ」

「いいだろう坊主」

 坊主って、一体誰のことですか。

 異様なことに、前回もそうだったが今回の模擬訓練に於いても死者は出なかった。

「教官、俺こと火疋澪は今日の戦果の見返りとして、以後『大砲』の授業は見学授業と言う形にさせてもらいます。それでも当然単位はちゃんと頂きたいと思っておりますので」


 この時の俺はこう思っていた、これでマリーと酌み交わした愛ある約束を果たすことが出来たと。

 この世界に来て、俺は自分の無力さを嫌と言う程自覚していたから。

 何かを達成する、という一つの人生の壁を乗り越えられた気がして。

 今は不思議と全身が安堵感で満たされている。

 

 教官は俺の発言に頷いて、打診した内容を承服してくれたっぽい。

 そして、

「火疋澪、貴様は敵を裏切らせるスパイの申し子だと私は確信したぞ、そこで、貴様には本日付けで本校の『諜報学潜入科』へ転属してもらう」

「……ラッキー」

 諜報学潜入科、だって?

 とりあえず悲惨な内容でもラッキーって言っておけば不幸が幸に転じるだろうさ、涙。


 土台、脆弱な火疋澪にはこの世界の滅茶苦茶な戦争に耐えられないんだよ。

 その自覚は俺の心を痛烈に貫いて、憂悶の渦中へと落とし、気持ちは幾ばくか塞ぎ込んだ。


 その心を解放してくれたのは、やはり娘の存在だった。


 身体が泥の様に重くても、俺は今日も今日とてホウレン荘の家事を粉骨砕身で果たした。

「疲れた……、疲れた……、疲れ……た」

 カクリ。

 臨死体験ごっこをするぐらいの気力体力は残されてても、俺はもう限界だった。

 重い足取りで、何とかお風呂に入って明日は仮病で休もうと思う。


 フィーバーその終、お風呂にて。

「ヒぃ――――――ハぁ――ッ!!」

 意訳すると、

『こらヒイロ、お父さんのお風呂に乱入して来ないでください』

 となる、ではもう一度。

「父さん、私が背中流してあげるから」

「ヒヒヒヒヒヒヒヒ、ハ、ハァアッ!!」

 うん、そ。

 もう俺、どうなってもいい。

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