第5話 少しおかしい恋の始まり
翌日、俺は幼馴染のカノンの助言に従って、学校一謎めいた先輩『大鵬ヒイロ』を尾行して、現在中庭の
俺がカノンに「異世界転生俺TUEEE」説を説くと、鼻で嗤い飛ばされた。
そしたら奴は「ミオがこことは別の場所からやって来たのだけは分かった」の口上から入り。
「……暑ぅ」
4月だと言うのに、発汗発熱を辞さない場所にカノンは居た。
例外に漏れず、カノンも首にハンドタオルを巻いて作業着姿で汗を垂らしている。
何でもカノンはここ、学園が保有する大砲製造工房の管理職に就いてしまったらしい。
「暑いよな、私はこれから毎日この暑さとの闘いなんだよ」
だから少しは私の苦労を知れ、そして労われ。とカノンは言う。
馬鹿らしいと思った、だけど、それがこの世界の現状なのだろう。
日本は現在東と西に別れて冷戦状態にある。
俺達が住んでいる神奈川は丁度東西の境界線にあるため、色々と厳戒なんだそうな。
「お前が元の世界に戻れる方法があるとすれば、」
あるとすれば?
カノンは古い書物を引っ張り出し、頁を
――元の世界に帰りたくば、この世界の謎に当たってみろ。
こう証言した。
「どうでもいいがそれは本当か?」
「本当だとさ、これにはそう書いてある」
「……あぁ、分かった」
「手っ取り早い、極々身近な謎らしい謎を私は知ってるよ」
その時何故かカノンは破顔して、俺にぐうの音も出させなかった。
カノンが指摘した身近な謎、それが今俺が尾行している一つ先輩の大鵬ヒイロさんである。
あの人は一度見れば忘れない、先日正門で憂いを払っていた黒髪の美人その人だった。
確かあの時先輩は――
「好い男じゃないか、っ、思わず……濡れてしまうな」
と言ってたんだ(大嘘)。それとも、
「……そうだな、私がその時何を言ったのか本人も覚えていない」
あ、やべバレタ。
「告白、でいいのか?」
何だろうこのモテモテオーラ、開口一番「告白でいいのか」と来たこのモテオーラパネェ。
俺も本件を忘れて「むしろ告白でいいんでね」と煩悩が押し寄せた。
先輩は、それぐらい綺麗な人だったから。
「……告白の前に訊きたいことがあります」
「あぁ」
ヒイロ先輩の言葉尻をちょっと変えれば――あぁん、と聴こえなくもない。
俺は「――」固唾を呑み込んで、それでもキッチリ本件を彼女に問い質した。
「先輩に親が居ないって本当ですか?」
「……」
先輩は俺の質問に押し黙ってしまった。
くぅ~、少しは考慮してくれてるってことでいいのかな。
これは、先輩とお付き合い出来る可能性があるってことでいいのかな。
……いや待てよ、俺は先輩にまだ告白してない訳で。
「……いないよ、だがどうして訊いてきた? 言い換えれば、もしかして父さん、なのか?」
――彼氏はいない、どうして今の今まで告白してこなかった。だと?
「そうです、言い換えれば俺は先輩の親族(になる予定)なんです」
俺の腐った脳内変換はとても優秀の様でした。
その後律儀な俺はこのままじゃ誤解を生むと思い、先程の話しを全面的に撤回し。
撤回したのち事情を説明して、俺が突き当たっている問題の相談を持ち掛けた。
俺の話しを最後まで聞いてくれた先輩にまずは感謝を。
「私に両親は居ない、付け加えれば、私以外にも数人、似たような生徒が居る――」
――零の令嬢。
「この学園に席を置き、大鵬ヒイロのように親が居ない生徒達の別称……尊称、だったか」
「れいのれいじょう? ですか」
「そう言えばまだ名前訊いてなかった」
「あぁ俺の名、なんていいんですよ。俺は人間の屑ですから、覚えて貰うような名前なんてな」
どうして、俺がここまで卑屈になっているのか。
それは背後からとんでもねぇ殺気を気取ったからだ。
だがこれも運命の悪戯なのか、背後の悲鳴と共に、先輩は俺に抱き付いていた。
「アァアアアアアアアアァ!」
と絶叫したのは俺。
「嫌ぁああああああああぁ!」
と絶叫したのも俺、殺される。
「うぁあ」
と喘ぎ声を零したのも俺、せ、先輩のおっぱ、気持ちE。
大鵬ヒイロ、彼女の黒髪、藍色の瞳、そして人工物のようなスタイルは学園中の男と言う男を虜にしている。先輩に告白して玉砕した男子生徒は数え切れず、中には女子も含まれているんだとか。トキメモで言う所の詩織だった。
問題はどうして先輩が唐突に抱き付いて来たのか。
「父さん……」
なんだけど、
「ん、父さん」
けど、先輩は俺の胸に顔を埋めて、その存在感をただ確かめていた。
父親の存在を――天涯孤独だった子供が泣きながら見つけて、安堵している。
きっと先輩は
今はただ心に負った深い傷を癒しているのだろうな。
ならば俺としては、今の彼女を引き離すことも、お茶を濁すことも、出来そうになかった。
その後、故あって。
俺は零の令嬢と呼ばれる人達のために学園が用意した住処『ホウレン荘』へとやって来た。
「来るのが意外と早かったな、火疋澪」
通された談話室には白髪の麗人にして俺の担任、モモノ先生まで居て。
美麗な赤毛を持った色香漂う軍服姿の女声も居た、こんな上官が居たら嬉しい。
そしてその奥手の部屋にはテレビゲームに興じている軍服姿の溌剌とした女性も居る。
「クソアマ、そいつは?」
赤毛の女声はヒイロ先輩をクソアマ呼ばわりしている、二人の間に確執があるのは瞭然だった。
「こいつは、我々、零の令嬢の父さんだ」
「遂に見つけたか」赤毛の女声はこのことを事前に聞知していたらしい。
「パパなど要らん」彼女の声は確か、――屋上で自殺しようとしていた人。
では、モモノ先生の見解はいかがなものだろうか。
「火疋澪、今日からお前は零の令嬢の父親となる。これは以前から分かり切っていたことだ」
この時俺はヒイロ先輩や、他二人の先輩達の飲み込みの速さをこう勘繰ったのだ。
「先生、俺の推察ですとたぶん先生がヒイロ先輩達に何かを吹き込んだんですね?」
そうでなければ、難攻不落のヒイロ先輩が安易に男を許容し、家に招く訳もない。
てちょっと、ちょっとちょっと、先生は俺をどこへ連れて行く気だ――まさか。
まさか、俺は先生の私室へ通され、具合を確かめるとか何とか言っちゃってベッドイ。
「私に連れ出されて疚しい妄想を発展させ、胸中で俺が父親なんだから先生は母親で、夫婦の営みは当然のことィヤッホー、などと考えてる場合じゃないんじゃないか? 言っておくがな火疋澪、私も零の令嬢と呼ばれている、つまり親はいないんだよ、それで」
昨日のHRの時のように、先生は滔々と言葉を紡ぎズバっと俺の思考を露呈して行く、もうやめてミオのライフは0よ、である。
「……お前は決して
先生は俺の肩をポンと叩いて、まるで御役目御免と言いたげだった。
――運命なんて言葉は使いたくないが、時にはその言葉に縋ってしまう、それが。
「それが零の令嬢の性分だからな」
先生は再度俺の肩を叩くと、廊下から去ってしまった。
こうして俺こと火疋澪は本日付けで『零の令嬢』達が集うホウレン荘で、皆の父親役を授かった。
言っておくが、現在の俺に後悔や不安など微塵もない。
あんな綺麗な人達の父親になれて、胸が高鳴るばかりなんだ。でもこれはちょっと、
「……ちょっと、違う、少しおかしい、てか――恋だ」
それはちょっと、少しおかしい恋の始まりだった。
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