第2話 西暦2013年4月1日

 西暦2013年4月1日、この日は歴史の変わり目にして、俺の人生で最悪最高と、アンビバレンスの感想を持つこととなる日だった。


 この日の始めは(いい夢みたな)良好的な感想から覚えた。

 4月1日、エイプリルフールという文化を俺は来日して初めて知った。

 その昔幼馴染から盛大に騙されて以来、エイプリルフールの耐性が付いたはずだ。


 さて、俺はみんなに一つ謝らないといけないことがある。以上の趣旨で俺こと火疋ひびきみおの自己紹介を簡潔に済ませたが、俺は生粋の日本人であるバロス。「来日して初めて知った」とは霊界から地上の日本へと生誕してやって来たと言う意味。

 エイプリルフールに幼馴染から盛大に騙されたと言うのは本当、トゥルーである。


 ……――フ。


 でも幼馴染か、そう言えばそろそろ奴が起こしに来る頃合いかな。

 さて、俺はみんなに一つ謝らな(略)。

 幼馴染が玄関跨いで俺を起こしに来る? ナイナイ。

 その昔は幼馴染と一緒にお風呂に入ったこともあった? ナイナイ。

 

 兎に角、その日起こった出来事で肝要なのは朝のくだらない葛藤などではなかった。


 4月1日月曜日、その日は俺と例の幼馴染が進学する常士じょうし学園の入学式の日だ。

 常士学園の正門には『新入生の皆さん、常士学園は貴方達を歓迎します』と恭しい立て看板があり、何だか、俺の浮ついた気分が累乗した感じだ。気分上々マシマシのまま煉瓦仕立ての正門を通る。

 恐らく俺の同期となるであろう高校生達を、平均よりやや高めの目線から眺めていた。

 男子は全員体躯よりも余らせた黒い学ランを着こなし、女子は色調の明るい青を基調としたブレザーと、チェック柄の濃灰色のスカート、白いYシャツとソックス、胸元には淡い赤のボウタイを付け、どの子も華々しかった。


「ミオ」

 すると例の幼馴染が声を掛けて来た。

 据えた瞳、短く整えられた髪、さらには「チ」と相手を舐め腐った舌打ち、は俺。

 幼馴染の容貌は炯々とした瞳、染められた亜麻色のショートカット、唇はアヒルさん。

 中学の頃、俺は幼馴染の鹿野カノンとは血で血を洗う抗争を繰り広げた経緯があり。

「女々しいな、お前」

 奴がそう言えば、俺は口を金魚のようにパクパクさせていた。

 どうでもいい、どうでも。


 4月1日月曜日、その日起こった出来事で肝要なのは幼馴染との馴れ合いでもない。


 元々俺達が進学した『常士学園』は界隈でも有名な学校だった。どのように有名かと言えば。

 ――神奈川が誇る闇鍋マンモス校――


 常士学園はマンモス校と称される程、広大な敷地面積を誇っていて、闇鍋と称される程、多種多様な生徒、教師、並びに学校関係者が揃っている。


 満を持して、俺は常士学園に入学したのだが。

 まず『彼女達』の中で最初に出逢ったのはモモノ先生だ。

「……はぁ、新入生諸君」

 モモノ先生は俺達の担任として、入学式後のオリエンテーションを1-B教室で怠慢に行っていた。

「入学おめでとう、私の名前はモモノ、私は物わかりの悪い奴は大嫌いだ。付け加えて言うなら悪知恵ばかりに長けてていざと言う時に役に立たないボンクラも嫌いだ。この言葉をもって、本校のオリエンテーションは以上とする」


 衝撃が走った、と言ってもモモノ先生の説明に関してではない。

 先生の生徒に対するドライな対応に、虚を突かれ、周囲の様子を窺ったんだ。

 すると何が起こったと思う、当事者の俺にもよく分からない。

「ミオ」

「?」

 おざなりなオリエンテーションが終った直後、見知らぬ女子が俺に声を掛けて来た。

「あの担任は使えないにも程があるよな……たぶん教卓に置かれてる書類に目を通して、選択科目やら何やらの手続きは独自に済まさないといけない、ってことなんじゃないか」


 その子が言う様に、教卓には堆く積まれているプリントがある。

 その子は責任感が強かったらしく、静まり返ったクラスに「みんな」と端を発した。

「みんな、まだ帰らないでくれ。せめてこのプリント一式を持って帰れ、モモノ先生は学園でも敏腕として有名だけど、あの人は決して一から十まで言わないことでも有名なんだ」

 その子の指示に従って、俺はクラスにプリントを縦列ずつに配って行く。

 その子は更に黒板に名前を書き出して、こう言ったんだ。

「私の名前は鹿野カノン、勝手ながら1-Bのクラス委員に就任させてもらうぞ。私の行動力と責任感の強さ、そして何よりもワタシは」

 鹿野カノン――それは俺の幼馴染にして、俺の宿敵の名前。

 何故、いつ、どうなって、カノンの性別は男から女へと転換してしまっていた。


 ――ガタガタガタっ。

 理解不能な状況を直感で把握した俺は、心中で物音を荒げた。

 ――ガタタっ。

 まだ心は動揺を隠せない様子だ。

 ――可愛い。

 まさか奴が女子になるとこうも可愛くなる、なん、てぇ……!


 最悪、いや、最高。

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