零の令嬢

サカイヌツク

One

プロローグ

第1話 閑話、火疋澪とその娘たち

 

 或る日、俺は娘から夢を尋ねられたことがあった。

 夢? という具合に首を傾げて美しい彼女に訊き返す。


「父さん、お前の夢は私に取って喜ばしいことだったりしないものか」

 立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花。

 艶色えんしょくの黒く長い髪を携えるこの娘を形容するに相応しい諺だった。


 彼女の名前は大鵬たいほうヒイロ、一方の俺の姓は火疋ひびき

 ご覧の通り俺達に血の繋がりなどなく、

『俺と彼女』の関係は学校の『後輩と先輩』だった。

 成り行き上、俺は先輩である彼女を娘に取っている訳だ。

 

「ダディ、ダディは愛しい私にどんな夢を与えてくれるんだ」

 現状、俺の義娘は四人居る。

 俺のことを「父さん」と呼ぶ娘、俺のことを「ダディ」と呼び寄せる娘、それぞれだ。

「ん? 話しを聞いていないようだなダディ」

 顔近っ。気付けばマリーの白磁の様な肌が、麗しい赤毛から覗いていた。

 それに、燃え盛る紅蓮の双眸は魅惑的で、目に入れただけで鳥肌が立つ。

「夢、だったな」

 ヒイロとマリーの二人は何故俺の『無い夢』など知りたがるんだ。

 だが、夢を持たないなりに愛娘達からの質問に答えるとしよう。

「俺の夢はパラサイト、ニート、自宅警備員もしくはヒモに専業主夫」

 と言った途端、

「父さん……」ヒイロから失望され「可愛い奴だなダディは」マリーからは皮肉られる。


 働きたくないでござる、それが俺の夢だとして。

 俺はその夢に後一歩、いやもう半ば叶っている所まで来ていた。

 それもこれも四人のできた娘を持ったことに尽きる。


 ――っ、っ。

「入って良し、父さんだろ? お茶と茶請けを持参して、私に媚態を振り撒いて何のつもりだ」

 この娘、ドアをノックした時点で色々と読み過ぎです。

 うら若い乙女達の部屋に不法侵入じゃなく、正当に入れることも父親の特権だ。

「失礼します」

 失礼しますか、俺も娘の部屋に入るぐらいで何をかしこまっているんだ。

 いやそれでいいんだ。


 それで正解なんだ、何しろ先方は作家先生様、だからな。

「……毎度毎度、いやらしい目付き

 娘その三、彼女のペンネームはモモノ、尚本名は不明。

 彼女の煌びやかな白髪は、到底日本人の範疇はんちゅうではなく、ふつくしいの一言。

 そのせいか、彼女の持論は『作家は顔』なのだから、多少天狗なのはご愛敬です。


 モモノ先生こそが、俺のジョーカー《切り札》であり、また何だろな。

 また……カノ――

「ボクはッッッ!!」「ジョホォ!」

 娘その四、名前はチルル。

 遭遇するなり後ろから股間を蹴り上げられた。

 聞いての通りご覧の通り、娘達の中で一番奇怪で、付け加え暴力性はかなり高い。

 チルルは丈の短いスカートで活発に動くから、すぐに下着をチラつかせる。


 本日はレースが入った白のコットン!

 眼福ぅ……ですよね。

 って誰の賛同を得ようとしてるんだろうか俺よ。


「……何だ? どうしたパパ、君の夢をボクに聞かせてくれ」

「夢、だって?」

「あぁ」

 薄々、俺は自覚していたんだ。

 これは全て夢の中の話しだってこと。

 明晰夢めいせきむって奴か。

 

 ――じゃあ何をしても許されるんだ。

 夢の中で夢だと気付いた時、そう思ってもおかしくないだろ?


 例えば今この場で、娘四人をこう。

「ぅん……ダディは相変わらず、相変わらず私に対してはケモノだな」

 まずはマリーの胸や尻を弄ってみたり……おぉ。


 そして次に、

「父さんは単に性欲を満たすためだけに私にセクハラを働いてるんじゃないんだろうが……」

 夢でも変わらず執筆を続けるモモノ先生のお尻の下に手を差し込み、暖を取る……お、ほほ。


「パパはボクのカラダをどうしたいんだ」

「どうしたいって」

 チルルの問いに、思わず喉が鳴る。

 ボクのカラダをどうしたい、かだって? それはお前。

「ァ」

 うぉおおおおおおッッ!!


 俺は四人の娘達を襲いたいんだよ!

 俺は四人の娘達を襲、襲いたい……! だって俺は、

 俺は娘が好きだから。


 娘の一人、大鵬ヒイロは学校では『弩』が付くほどのクールビューティーだけど。

 娘の一人、マリー・火影は邪念まみれの人だけどため息を吐くほど美しく。

 娘の一人、PNモモノは学校で新進気鋭の教師兼、作家先生だし。

 娘の一人、八枝チルルは帰国子女で、侭ならない日本語と奇天烈な言動が何故か好評だ。


 そんな人達がこぞって俺を父と愛し親しんでくれるこの歓びを、俺は独占したい。

 この役目だけは死んでも守り通す。


 夢の中の彼女達は最初、俺に将来の展望を訪ねてきたが。

 そんなのもう、分かり切っているだろ。

 

 君達の傍にずっといたい。


 ただのそれだけなんだ。

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