第21話 はないちもんめ その三

 知らなかったでは済まされない、って言われるとムカっと来る。その台詞はこの世の全てを解明してから言ってくれと、俺は幼馴染の鹿野カノンに告げる。するとどうだ、告げた途端、カノンは俺に目潰しを仕掛けて来た。

 そんな猪口才な奇襲などササっと躱し、フハハハハっと嘲弄する、フハフハハハ。


「向こうに行っても達者でな」

「…………」


 あー、うん、何だな、これはカノンとの今生の別れ、みたく映っているが。

 俺は奴との別れを惜しむ心を、涙を呑むようにして堪えていた。

 俺の中での鹿野カノの心象と言えば、碌でもない奴だった、本当に。

 言わば鹿野カノンは俺の悪友、居ても居なくてもいい存在だ。

 だけど、この世界で俺を知っている人間がこいつ以外に後何人居る。

 俺、火疋澪が今まで生きて来たことの証人がこいつ以外に何人居るんだ。

 だから、


 ――ありがとう。

 見送ってくれたカノンにはそう言って、拙い皮肉やら、感謝の気持ちを込めて別れた。


「よく出来ましたダディ」

 娘達が待機していた場所へと戻ると、マリーが俺に拍手を送る。

 俺達は今、東西の境界線付近にある警備室の前に居た。

「じゃあ行こうか、西日本へ」


 先日の『はないちもんめ』から一週間が経ち、いよいよ西側へと渡る日がやって来た。何でも西側へ持っていける私物はほとんど許可されないそうだから、俺達はこれから本当に新生活でも始める勢いだ。

 カノンの奴とはここでお別れだとしても、俺の傍には愛する娘達が居てくれるさ。


 俺は思う、『孫の顔を見るまでは』と。

 幸い、娘達は俺よりも年は上だから、その可能性はかなり高い、希望が持てる。

 えっと、それって娘とは言えないですよね? と言われたらそれまでだが。

 そんな猪口才な突っ込みなどフっと鼻で嗤って、フハハハハっと嘲弄してやる。


 そこで娘達に、父親のちょっと気になる質問、訊いておこう。

「なぁ、みんなは将来的に結婚は考慮してるのか? みんなの好きな異性のタイプってどんな奴か俺に教えてくれよ、それともまさか東に彼氏を残してるとかって言わないよな?」

「バカヤロウ、ボク達はこれで結構モテルんだぞ?」

 知ってる。先ずチルルが答えてくれるが、それは知ってた。

 

 容易に想像が付くよ。

 ヒイロは学校内外の男子から言い寄られ、大胆にスルーを決めたり。

 マリーは街でナンパされ、金品だけ支払わせて男心を弄び。

 チルルはラブレターを貰い、「読めん!」とか言って天然をぶちかます。


 三人の中で一番残念&危険なのはチルルだな。

 チルルは極一部のマニアックな人種には、受けると思う。

「はぁ~、西側に行ってもモテルんだろうな、楽しみだ」

「バッキャヤァロ! いいかチルル」

「何だよ?」

 チルルが暢気なことを言うから、177センチと高めの視線から彼女を指差した。

「いいかチルル、いいのかチルル、いいんだなチルルッ!」

「だから何なんだよ」

 いや特に。

 特にお前に言ってやる台詞が思い浮かんでこないが、あぁいやしかし。


「……いいかチルル、人前で自慰だけは、す、するなよ」

「おう、分かった」

 ……俺、一体何言ってるんだろう。


「はぁ」

 今の俺は本調子じゃないことがこのやり取りで知れた。

 だって、俺の娘はチルルを含んだ四人。

 娘の一人、モモノは『はないちもんめ』を辞退したため、此処には居ない。

 彼女を欠いた肌寒い感覚は、父親である俺の理性を損なわせるに値していた。

 東から西へ渡ったらまずは、彼女に手紙でも送る。それで――


 それで、西へ渡ったら俺は政治学の勉強に勤しみたいのだ。

 西日本は軍事主義の東日本と違って努力で首相に成れる筈だろ?

 俺は離散してしまった娘達が一緒に暮らせる社会を理念とし、

 東西に分裂した日本の冷戦状態を終結させ、元の日本を取り戻したい。


「西日本か、こちらに来るのも何年振りのことだったかな」

 マリーは懐古的な眼差しで東西を隔てる壁を見詰めていた。

 日本を東西に分断する壁は地獄の門を彷彿とさせ、ここで待機している俺達に。

『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』

 と語り掛けてくる。


 まぁ外見上は単なる鉄筋コンクリートの壁。のロダンが創った有名な『地獄の門』と形容しようにも、斯様な芸術性は何処にも見受けられない。


 俺達はこれから、西の彼女達と同時に交換される。

 約束の時間まで後十五分ほどあるが、西側の彼女達はルーズな性格なのかも知れない。

「……遅いな奴ら。でも私は知ってるのさ、西側の零の令嬢には時間に凄くルーズな奴が居て、そいつは気息を吐くかの如く不羈奔放ふきほんぽうと、周囲の人間を振り回すらしいぞ」


 マリーから寄せられた情報によると、西側には傍迷惑な人が居るな。

 その人も一応俺の娘ってことになっちゃうんだろうし、

 ここは一つ叱責しないとあかんな、トゥフフ。

 あぁ俺、うら若い女人を責め立てることに快感を見出しちゃってますやん。

 にしても、


「遅いな、西側の連中」

 誰かを待つこと、それはマリーの性分じゃないらしい。

 例えそれが愛しい人だろうと、彼女は待たされると機嫌を悪くする。

「とりあえず、西へ行ったら何をする?」

 ご機嫌取りの一環か、父親の俺自ら機嫌を損ねているマリーに語り掛けた。


「一先ず、西日本に逸早く溶け込みたいよ。いつまでも世間から浮いてると息苦しそうだしな」

 そう言いながらマリーは指で胸元を広げ、涼を取っている。

 時期は晩春、気温は大体20℃前後で少し暑いとは言えトゥフフですよ、トゥフ。

「ボクはな? ボクは西日本へ行ったら有名なプール施設で思い切り遊び倒す」

 プール施設で思い切り遊び倒す?

 それがチルルの目的、はたまた夢なのだとしたら。

「チルルって生まれは何処なんだ?」

 その思考は滅多に雨が降らない地域に住む、『砂漠の民』のそれだぞ。


「チルル、偶には気が合うな」

「マリーもプールに行きたいのか?」

 意外かと思いきや、視界に映っていたヒイロも頷いていた。

「ヒイロもか、ふーん……東日本にプールってなかったっけ?」

 いや、常士学園には水中訓練用のプールが在ったな。

「何となくだダディ、今年の夏は猛暑になりそうだし」


 露出に抵抗がないマリーのことだ、きっと水着姿も過激なんだろうな、トゥフフ。

 ではヒイロやチルルは?

 ヒイロは朴訥な人柄が最大の特徴だ、それを体現し活かす水着となると、トゥフ。

 一概に決められないが、チルルには断固として着て欲しい水着がある。

 

 その名も――『娘』水着。


「もしも可能であれば、俺がチルルやヒイロの水着を選んでやるけど?」

「私はどうしたダディ、私だけ疎外するなんて酷いオトコだ」

 俺は諧謔的かいぎゃくてきな面持ちのまま「勿論マリーもな」と言ってやった。

「ふぅん、まぁ当面の問題は西側の待遇だろうよ」

「そこら辺って、露骨に粗悪なのか?」

 マリーが気に掛けるもっともな杞憂が、俺は不安だった。

 言っても俺達はまだ学生の身分、誰かの、国の援助無くしては暮らしていけない。


 いくら俺が父親を自称してても、彼女達を養ってやれない駄目な親なんだな。

 その自覚は、些か侘しいものがある。

 

「父さん、どうやら向こうも来たみたいだぞ」

「時間丁度に来たか……って何処?」

「壁の向こう側に居ると思う、感覚的なものだから」

 ヒイロ、おまえ……おまえ宇宙人みたいやん。

 俺は愛娘の一人が宇宙と交信している妄想から、絶望的な隔意を実感しました。

 

「何だ、何だ、東側のお出迎えは誰も居ないのか」

 唐突に西側の零の令嬢であるマリー・焔は現れた。

 そして矢継ぎ早に東側の愚痴を零し。

「――ちゅ、一週間ぶりだなダディ」

 俺の右頬にキスしては、――けれどもこれが本当に最期のお別れ、と言ったのだ。

「寂しい?」

 加えて蠱惑的な台詞を続け、俺の心を魅惑する。

 実に、この娘らしい再会の仕方だと思った。


 一方の、ヒイロと姉弟子の大鵬ファングはやはり互いに見詰め合っていた。

 二人の視線に含まれる熱気と執着心は周囲を圧倒する程、存在感を高めて。

 沈黙を貫き、『目は口程に物を言う』とばかりに意思疎通している。


 残されたのは阿呆なチルルと向こうで一番強面の娘、九重ナッツだが。

 あの二人は俺から距離を取って密談を交わしている様子だ。


「西日本へ向かうぞお前ら、ほらダディも早くしろって」

「精々西日本に翻弄されて来い」

 マリーからマリーへ、二人のマリーは接触を極力避けているように見えた。

「ヒイロ、お前が最強と謳われた時代は最早、過去のことだ」

「元より、私は私が最強であることに疑問を抱いていた」

 ヒイロは姉弟子のファングとライバル心を高揚させて危なっかしい感じだ。

「じゃあな」

「OK、後のことはボクに任せたまえ」

 ……アソコは、うん、まぁ、置いておこう。


 こうして俺達は東西の境界線で交錯した、願わくばマリーが告げたようにこれが、

 ――最期のお別れ、にならない様、祈ってる。


 西日本に入国すると、スケキヨさんが俺達を出迎えてくれた。

 だけどこの人は寡黙気質な人で、感情の抑揚も見受けられない。

 こちらから話を切り出さないと、彼は何も応えてくれそうになかった。

「すいません、俺達は今何処へ向かってるんですか?」

「西日本の首都、メガロポリス大阪だよ」

 あぁ、カノンのお姉さん、イブキさんが住んでるというあの。


 * * *

 

「さぁ着きましたよ、みんな降りてくれ」

 西日本の首都、メガロポリス大阪に辿り着くとそこは別世界だった。

「……――」

 その絶景に、俺が固唾を呑む所を、スケキヨさんは察知していたみたいで。

「昼のここも華々しい光景だが、ここは夜になれば一段と輝きを増す」

 彼は煙草に火を点けながらそう言った。


 視線の先に聳え立つ摩天楼は頂上部が視認出来ない程高く、幾重にも連なって、複雑怪奇にして有機的な立ち姿はまるで龍と風光が一体化した様で、絶佳だった。一言で絵に描いた餅と言える光景だ。

 俺達はと言うか俺は、その光景に圧倒されて地に足が付いてなかった。

 がために、俺は人とぶつかり「すいません」と謝る。

「……君、もしかして東から来た?」

「あ、えー、まぁ」

「歓迎するとは言わないけど、余り奇妙な真似するなよ。先ずはその恰好をどうにかするといい。ようこそ西日本へ、じゃな」


「「……イカス」」

 あの眉目秀麗な人の風貌は斬新で、気品に満ち溢れていた。

 逆説的に言えば、俺達は今非常にイモ。イモなのだっ。

 何てことだ何たることだッ。

 西日本はファッションに於いても目覚ましい進化を遂げているじゃないか。

 行き交う群衆は俺達を一瞥し、冷ややかな目つきで通り過ぎて行く。

「……一先ず、君達の衣服から揃えるとしよう」

 スケキヨ様、ありがとうございます貴方は、あのエロハゲと違って紳士ですね。


 羞恥心、から。

「ハズカピぃ、ピィピィピィ、ぴよぴよ~~~~んぁ」

 俺とチルルは人目から逃れる様に、頭と顔を隠し。


 羞恥心、から。

「……っ、久々だ、こんな恥辱を受けたのは」

 ヒヒヒッ、マ、マリーが怒気を漲らせているぅ。

 あぁ俺、娘が怒ってるのを目撃して怯える所か興奮してるド変態ですやん。


 羞恥心、から俺達は。

 ――お姉ちゃん君キャヮウィねぇ。

「誰だお前」

 ヒイロは素材の良さから人受けも好評で、早速ナンパされていた。


 とにかく恥ずかしい、西日本と俺達の品格が雲泥の差でさぁ。

 だけど、

 以前お前ら富士山に登ったじゃないか、あの時はどうしただって?

 うんとね、記憶に御座いません。はれぇ?

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