第20話 はないちもんめ その二

 そして翌日、西と東で、零の令嬢による『はないちもんめ』が開催された。

 ホウレン荘の面々は東日本政府から用意されたスーツに着替え、

 東西の境界線近くにある大使館に向かった。


 緊張、不安、興奮、そして無感動に冷静と俺達は多様な情念をもたげている、後半二つはヒイロのこと。

 大使館に着くと、学園長を先頭にして礼装の関係者に『はないちもんめ』の会場へと通された。会場にはスーツ姿の関係者各位が黒山をつくり、至る所にカメラが設置されてある。


 っておい、どうしてこうも仰々しい。

『はないちもんめ』ってもっと、もっと軽いノリの遊びだろ?


 俺の経験から説明すると、『はないちもんめ』は幼心さながらに好きな人に下心を向けて露骨に選民思想をひけらかす遊びだ。「あの子が欲しい、あの子じゃ分からん、相談しよう、そうしよう」と歌い終わってからが本番、ここからは『ヒエラルキーの擁立大会』が勃発する。

 基本的には付き添いの保育士が調停者を務め、人選に偏りがないように流れを支配するのだが、俺達はおもむろに我欲を強調し、花嫁花婿を選ぶようにして「私ゼッ、タイ! ○○がホシイッー!」や「僕はネェ、△△ちゃんが好きぃヒヒヒぃ」など発狂待ったなし。それが『はないちもんめ』の神髄だじぇ。


 なのに、俺の見た限りだとこの場は東西の対談の席みたいだぞ。

 実に厳重で、物々しく、俺は俄かに緊張が高まって来た。


 西側から出張して来た外交官とは面識があった。

 俺が西側へ潜入し、抑留されていた時、彼から尋問を受けていたのだから。

 確か名前は……っ、ここまで出ているのに思い出せない。

 

 でもあの人から良くして貰った思い出だけは覚えている。


「では、『はないちもんめ』を始めるとしましょうかスケキヨさん」

「宜しくお願い致します」

 そう、あの人の名前はスケキヨさんだ。

 彼はハゲと握手を汲み交わし、マスコミに向かってアピールしていた。


 向こうの参列者には、例の西側のマリーと、ヒイロの姉弟子の人と、後二人。

 合計四人の零の令嬢と思わしき少女達が『はないちもんめ』に参加していた。

「ワクテカっ! ボクはまだ西日本を全然堪能してなかったから楽しみだな」

 学園長の鹿野マサムネは事前に俺とチルルを交換すると予告してたんだ。

 今回の対談がどう進むかは、裏でもう取引されているんじゃないかな。


「ダディ、あいつを意識するなよ」

「……マリーって双子だったのか?」

「さてな、一体何のことだろ」

 マリーは西側に居る、やはりマリーを意識するなと注意喚起してくる。

 双子の娘か……あは、いいね、あはは、いい、とっっっても、いいぞ!

 でもその双子不仲だけどな! でもその双子仲悪そうだけどなッ!

 でも、でぇもでもでも、俺に任せんしゃい。

「俺がお前らの仲をいつか取り持ってやるよ」

 と言えば、こちらのマリーは邪悪にして凄艶せいえんな笑みをつくった。


「……うぉほん、とりあえず俺だけでも彼女達と話してみるか」

 対談の最中にも関わらず大胆な行動に打って出る俺、超マイペース。

 ずかずかと中央に居並ぶハゲとスケキヨさんの背後を通り、西側の席へと歩み寄った。

 あ、俺、今カメラに見切れちゃったかなテヘペロ。

「ぼちぼちでっか、俺の娘達」

「退屈だよ、西側の生活には辟易していた所だったからな」

 ヒイロの姉弟子は怖気立つほど姿勢が整っていて、彼女の瞳はヒイロだけを捉えている。その視線には敵愾心、闘気、そして愛とも取れる不思議な空気が成立していた。俺はヒイロと彼女の目配せを窺って、こいつら世紀末にでも生きてそうだなと思いました。

「……是非とも、私を東側へ委ねて欲しいものだ」

「所で、貴方の名前は?」

「私の名前は大鵬たいほうファングと言う」


「ダディ、一応自己紹介しておくな。私の名前はマリー・焔……ダディがよく知ってるマリー・火影は、私の片割れ。私達はその昔一人だったんだが、故あって二人に分裂したんだ」

 と、西側のマリーは説明する。

 俺はその話を聞いて即座に降魔イザナミを思い出した。

 あー、よくある、それってあるあるだよね、何て言うとでも思ったかっ。

「それってあるあるだよな」

 でも口にするんだがな、重苦しい雰囲気を緩和させようと思って。


「席に戻りなさいミオくん、ここは神聖な場だ。君が西側そちらの零の令嬢と親しいのは分かったが」

「分かりましたよ学園長、分かったってば、分かったって言ってんだからその拳銃を下ろせやッ! お前こそこんな場所に物騒なもの持ち込んでじゃねぇよぉぁ」

 ホールドアップ、どうやら学園長はオコの様子です。

 だから僕もオコになったんです、これが逆切れって言うのかな。


「鹿野さん、今回の『はないちもんめ』は、私から打診させて頂きますが宜しいでしょうか」

 向こうの責任者、スケキヨさんは先手を取った。

 本来『はないちもんめ』はジャンケンの勝敗によって取引する。

 が、国力として存在する零の令嬢の取引が運頼みな筈がないだろ。

「了承するとは限りませんが」

「……私の提案はそちらの零の令嬢全員と、こちら西側の零の令嬢全員との総入れ替えを希望致します」

 ――ざわ。ざわざわ。

 彼の提案に会場はざわつく、いや、ざわついているのは俺の心か。


 ――ざわざわざわ。

「……お前は100%成功しないタイプ」

「黙りなさいミオくん……スケキヨさん、その様な大胆な提案をしてくるとは、一体何が狙いです、ここは腹の内を包み隠さず本音で語らい合いませんか」

 学園長、鹿野マサムネはハゲている頭頂部から冷や汗を垂らしていた。

 一方のスケキヨさんはポーカーフェイスを崩さず、ハゲよりも上手に立っている。

「これは西側に居る零の令嬢達の総意です。私も困り果てたものですが、彼女達は蛮王様にお伺いを立てる程、本気、だと言うことです」

 バンオウサマ? 誰だそりゃ。


 言っただろ、俺はこの世界の政治社会となると無知蒙昧になるって。

 頼むから、誰か分かり易く説明してくれ。

 学園長の隣に居る東側の看板、大鵬ヒイロは一心に姉弟子を見詰めていた。

 彼女が俺の娘であれば、何となく、邪魔したくなる気持ちが胸中を過る。

「……では、相談すると致しますか」

「えぇ、そうしましょう」

 シュール、大人が『はないちもんめ』をするとシュール以外の何物でもないな。


 俺が「シュールやわぁ」と似非関西弁を零している間、学園長はケータイを取り出し、お上様に連絡を付け、西側の唐突な申し出を本気で相談している。向こうは方針が固まっているからか冷静なもので、卓上に出されたウーロン茶を口に運んでいた。


 とすると、モニター越しにこの会場を窺っている観客を飽きさせてしまうな。

 ここは一つ、俺がマイクパフォーマンスでもして、茶の間を湧かせてやるか。

 目前に設置されたマイクを手に掴み、俺はセンターカメラに映り込み準備はOK。

 

 では皆さまのお耳拝借致します、聴いて下さい。

 火疋澪で、『入ってる?』。


「ヮン、トゥ、スリ、フォッ、コンコン、入ってますか入ってますっ、やだそれメッチャ卑猥ですやん何がや、コンコンコン、入ってますか入ってる、やだそれメッチャ淫猥ですね何が、僕は、僕は今順繰りに、順繰りにトイレの行列待ってます、僕は順繰りに、順繰りに、トイレの個室をノックしてますコンコンコン、入ってますか入ってません、やだそれメッチャ怖いですやんそうですね、ってちょっとした怪談している間も菊門からはみ出る、はみ出る、トゥ、トゥ、トゥ、早くしてくれぇえぇ!!」


「煩いぞ! 勝手に歌ったりしないでくれミオくん」

 ハゲは嘆息を吐きながら「せめてザー○にしてくれよ」と言うが、

 著作権ってものがあるのだから、即興で歌うしかないだろうが。


 そう言えば疑問に思っていたことが一つ。

 今俺達はカメラで撮影されているけど、これって公共電波なのか?

 それともネット配信なのか?

 そしてこれ、生放送なのか?

「基本は生放送だよダディ、あのカメラがネット配信、それ以外は公共電波のカメラだろうな」

 俺は自席に座って、隣に控えて居たマリーと駄弁っていた。

「ふーむ……」

「どうした?」

「単純に退屈」なんだよ、いくら零の令嬢が国力の指標だからと言えど、その理屈がよく分からない。きっとこの世界の歴史が絡んでいるとは思うんだけどな。


 実際、俺は零の令嬢の父親をして、他人よりは彼女達をよくよく観察して来たが、

 零の令嬢の肩に国の存亡が懸かっているとはどうしても思えない。


「マリー、『はないちもんめ』は大体どのぐらいの時間で終わるんだ?」

「直ぐに終わるだろうさ、実際立ち会ったのはこれが初めてなもんで」

「マリーには不安とかなさそうだな」

「不安? ダディの傍に居られなくなる杞憂だったらあるけどな」


「お待たせ致しましたスケキヨさん、そちらの提案に対する私共の回答がまとまりましたので」

 ハゲ、何を向こうに翻弄されてるんだハゲ。

 マリーに確たる不安がないのは分かった。

 けど俺は不安を感受している、この差は一体何だろうな。

「スケキヨさんはこう申されました、貴方の提案した零の令嬢の総入れ替えは彼女達の総意であると、であるから私共も今回は彼女達の意思に委ねようと言うのが結論でして」

 それに、国威が懸かっている大事な駆け引きの割には投げ遣りな結論だしな。


 推察するに、現代に於いて零の令嬢はもはや過去の遺物にしか過ぎない。

 って誰がお古だ。

 俺だってな、四人も娘が居るんだし堂々と、胸張って、俺は……!

「俺はDTじゃ、ないんだぞ」

 俺自身が経験者だと世に公言したいんだよ畜生ッ。

 チクショウ、超、くだらねぇぇぇ……!

 さすがはDT火疋澪だじぇ。

「ですがスケキヨさん、彼、火疋澪くんはイレギュラーな存在。彼は危険です、いいですかもう一度言わせて貰いますよ、彼、火疋澪は危険です。ですから」


「ですから何だと言うのです、西日本は東と違って零の令嬢に依存しておらんのですよ。私達は、民意を是とし、そちらの様に、依怙贔屓を助長した政策など敢行したりしない」

 マスコミが喰い付きそうな東西の討論が繰り広げられている中、俺達は此度の『はないちもんめ』をどうするか相談し合った。


「どうする、どうするんだ?」

 不安な面持ちを残したまま娘達に問うと、端を発したのはモモノだった。

「火疋、ヒイロ、マリー、チルル、お前達四人は西側に向かえ。諸事情により私は東側に残る」

「モモノ一人だけ置いて行けって言うのか? それは父親として承服出来ないぞ」

「元からお前を父親として見たことなど一度もないんだよ」

「え」

 え、それってつまり。

 父親としては見れない、だって父親は恋人には成れないものだから?


「本当に一緒に行かれないのですかモモノ先生」

 ヒイロは一人居残る意思を表明したモモノに再度確認を取る。

 きっとヒイロは長女として愚妹の浅薄な決意を諭しているんだろうな。

「諸事情によりか、別に私はいいが、私達は出来るだけ固まって行動した方がいいのでは?」

 マリーもモモノを諭している。

 とすればこの流れに追い風を起こすように、俺やチルルも彼女を諭すべきだ。

「ふん、放っておきなさいそんな馬鹿な娘、そうだろチルル」

「あぁ、常々馬鹿だ馬鹿だと思いきや、貴方は本当に大馬鹿だったな」

 俺はチルルと呼吸を合わせて、モモノ(17歳と64ヶ月)に大顰蹙を送る。

「「ばーかばーか! ばーかばーか!」」

 さぁモモノ、お前の反骨心を揺り起こし、やっぱ私も一緒に行くと言うんだ。


 だけどモモノは表情一つ変えずに俺やチルルの横っ面を引っ叩きました。


「結論が出たぞハゲ」

「そうか。ミオくん、ここは一応厳正な場だ、私をハゲと呼ぶのは止しなさい」

 学園長の鹿野マサムネは最後になって俺に苦言を呈した。

 小父さんと長らくの付き合いがある俺には、それがこの人の手向けの言葉なのだと知っていた。俺達の結論を伝えると小父さんは目を細め、一人居残るモモノに視線をやっていた。

 モモノの辞退を受け、西側は零の令嬢の一人を温存することで調整して。


 そして今回の『はないちもんめ』に双方の合意が得られたと判断され、小父さんとスケキヨさんが合意書にサインを残すと。

「今回の『はないちもんめ』は西側が大鵬ファング、マリー・焔、九重ナッツの三名を放出し、東側から大鵬ヒイロ、マリー・火影、八枝チルル、火疋澪の四名を受け入れることで大筋の合意を得ました」

 スケキヨさんがマスコミに向けて『はないちもんめ』の結果を発表し、カメラのフラッシュが盛大に焚かれる。

 このまま終了? でいいのかな。

 マスコミの皆さんは写真撮影に勤しんでいるようだし。


「……そうだ、この際だし俺のケータイで撮って貰おう」

 今まで無意識の裡に自粛して来た写メをここぞとばかりに解禁するぞ。

 ここには東西の零の令嬢が集っていることだし、

 東西の隔たりなく、俺は零の令嬢の父親だと思っている。

「さぁみんな、集合ぉ~~おっ、東も西も俺を中心に並んで並んでぇ~~えっ」

「どうでもいいけどミオお前、芸人臭がプンプンスルメだな」


 阿呆な娘、チルルは貶すがいの一番に行動を起こしてくれる。

 恐らく、西側で最も強面の零の令嬢、九重ナッツと肩を組んで写ろうとしていた。

 それを受けた他のみんなはチルルを見習って互いに意識し合う相手と並ぶ。

 ヒイロは姉弟子と、マリーは西側のマリーと、モモノは西側の銀髪さんと並んだ。


「ヒイロ」

「何だファング」

「……父とは、良きものだな」

「あぁ」

 これは幻聴なのか?

 今しかと、娘達による父親への称賛が聞こえたような気がした。


 俺は天涯孤独で、父も、母も居ない身の上だったが。

 ――父とは、良きものだな。

 こう言ってくれた娘の温かい言葉に、今は涙を堪えていた。

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