第9話
窓の外が薄明るくなる頃、外の門の鍵が開けられる物音がした。
新友はソファに寝ころんだまま、首だけを起こして隊員室の扉を眺めた。結局、一睡もできないまま朝が来てしまった、と軽く鬱になりながら。
「お、茜たちが帰ってきたみたいだぞ」
届いたばかりの新聞を眺めていた卒もまた、そう言って顔を上げた。
「『たち』って、なんで二人だとわかるんですか?」
「え? ああ、それは」
読みかけの新聞が畳まれていき、テーブルの上に放られた。サッカー日本代表の写真が一面を飾っていた。
「光星はいっつも鍵なんか開けずに、門を乗り越えて帰ってくるから。一人だったら鍵を開ける音なんてしない」
「じゃあ、茜なんじゃ?」
卒は、さも何でもないような風に、さらっと言った。
「今日あいつ鍵持ってないんだよ。昼間あいつが寝てる間に、詩がイタズラで抜き取ってたから」
「死ぬかと思いましたよ! 無くしたと思って!」
尾波茜は帰って早々に、そう叫んだ。残念ながら犯人はこの部屋にはいないのだが。
「『どうしよう、このままじゃ殺されます!』とか、どんだけ必死なんだよ」
遠藤はけらけらと笑いながら新友たちの座るソファに近づいてきた。その後ろを憮然とした顔の茜がついてくる。
「それにしても、詩も大胆なことするよな」
遠藤が新聞を手にする。新友からはテレビ欄が見える。
「え、詩が犯人なんですか?」
「そうだけど? だって、俺の携帯にメールが届いてたからな。『もしかしたら茜が閉め出されてるかもしれません。そのときは優しくしてあげてください』って」
自分で閉め出しておいて、凄い要求だ。
「もう、本当に死ぬかと思ったんですから」
遠藤と卒が笑う。が、笑い事ではない。
本当に駐屯所の鍵を落としたとなれば、かなりの大事件として扱われる。警察ですら不注意すぎる、怠慢だ、と揶揄されるだろう。心化隊員とあっては、想像もできない。
それに、ここには鬼のような桐瀬もいる。指導はそれはそれは恐ろしいことになるだろう。
「なんで、詩が・・・そんなことを」
「そこに茜がいたから、じゃない?」
「深いですね、遠藤さん」
「結人にまでそんなこと言われるんですか、私は」
先輩なのに、と落ち込む、新友よりも年下の少女。
その姿を見ていると、なんだか詩が悪ふざけを仕掛けるのもしょうがない気がしてくる。彼女は天性の獲物体質なのかもしれない。
どこか灰色がかった髪は左右非対象に伸ばされ、丁度右目だけが隠れる格好となっている。その反対の左目は弱々しく輝いている。
桐瀬の鷹のような鋭い目、それと対照的な、雀のような臆病な目だ。
「詩も・・・出会ってから一週間は良い子だったのに・・・」
「一週間しか保たなかったのか・・・先輩面」
そして、目に劣らず性格も弱々しいのだった。
「あ、それはそうと遠藤、今日の報告書は忘れずに提出しろって、帆足さんが言ってたぞ」
「おお、そうだな。誰かさんが事件を起こしたから、流石にしばらくは真面目に過ごすしかないか」
「事件が無くても真面目にしてくれよ。お前は俺達の顔なんだから」
へいへい、と遠藤はまた笑う。
「あ、ユートに朗報があるぞ」
急に話題を振られ、微かに緊張する。
「なんですか、遠藤さん」
「お前の武器が出来たんだってさ。明日、心化学園まで俺と取りに行くことになった。明日は桐瀬とオサラバだ。良かったな」
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