第8話

 「だりい・・・精神も肉体も、特に両目が・・・」


 新友はソファにうつ伏せに寝そべったままグチる。


 「そりゃ、ただでさえキツい仕事なのに、あいつと組まされてりゃな。お前は良くやってるよ」


 励ますのは、ガラステーブルを挟んで反対側のソファに座る、金髪の青年。


 「まあ、桐瀬の相方の先輩として言うなら。一年も経てば慣れるから、頑張れユウト」


 「卒先輩、俺はあと一年もあの人と組まされるんですか?」


 その青年、卒春栄は金髪を揺らしながら、笑う。


 「俺なんか、詩が来るまで三年間は組まされてた。その前の孤児院時代からの付き合いだしな」



 「それは、地獄に等しいね」


 そう言ったのは帆足秀介、第二班長だ。


 新友の左側の椅子に座る彼は、その肩書きに全くふさわしくない相貌をしている。


 長めのまっすぐな黒髪、静かで柔らかな顔つき。拳銃よりむしろ絵筆が似合ってしまうような、そんな青年だった。


 年こそ班内で年長の二十歳であり、階級から見てもそこそこ実績があるはずなのだが、全くそうは見えない。



 一方の卒は体躯も細くなく、むしろアスリートに近い力強く逞しい雰囲気を持っている。


 が、彼の笑顔は余りにも爽やかで、性格はそれに負けないくらい明るい。


 完全に生きる場所を間違っている気がするほど、人殺しには見えない好青年である。



 三人は今、隊員勤務室の一部を棚や段ボールの山で区切っただけの、即席の休憩スペースに座っている。


 ガラステーブルの上にはトランプの束や携帯ラジオが置かれているが、誰も手を着けようとはしていない。



 「僕なんか、今日の事件についての話し合いだけでボロボロだし」


 「キツそうでしたもんね、帆足さん。慣れない大声とか出して。詩も心配してましたよ。熱中症で倒れたら大変だ、って」


 「しかも、その説教も桐瀬先輩にシカトされてましたしね」


 誰からともなく笑いだし、そしてため息。


 当の桐瀬が平然と眠りに着いているのが、なお虚しい。



 現在、この隊員勤務室にいるのはこの三人だけだ。


 桐瀬と詩はすでに隊員寮の自室に籠もってしまい、他に二人の隊員が夜勤で出払っている。



 実を言うと、目の前でソファでくつろいでいる卒も勤務時間中なのだ。


 彼は詩と同じ室内警備係であり、夜間を担当しているのだ。丁度、昼間を担当する詩と入れ替わりになる。




 心化隊には大きく分けて四つの役職があり、それぞれ異なる色が配色されている。


 一つ目は上官。

 心化隊隊長や幹事、各地方の長官、そして各地の署長が含まれる。


 なお、深庄市には特別に署ではなく三つの班が配備されいる。第二班長である帆足は署長と同等とされ、白の紐が与えられている。



 二つ目は巡回。

 その名の通り、街を徘徊して危険を察知し速急に処置を行う、いわば実働部隊のような役職だ。


 そのためもっとも発症者に接触し、一般市民に睨まれる回数も多い。心化隊員のことを暗語で『アカ』と呼ぶのも、街をうろつく巡回隊員の紐が赤いことから来ている。


 桐瀬はこの役職になる。が、彼女は特別だ。


 功績や実力が認められた者には、紐とともに星の紋章が与えられる。


 彼女は、数少ない星付巡回の一人である。それはもっとも死に瀕している仕事を長い間続けているということでもあり、その実力は全国でも有数と言われている。



 三つ目が、詩や卒の警備だ。


 駐屯所には、もちろん武器などの危険物や機密書類も保管されている。


 また、人の集まる場所では、少しの火種が大きな事件を招きかねない。もちろん、そのような場所には一般用の簡易な防衛具が設置されてはいるのだが、やはり専門家がいち早く駆けつける必要がある。


 そのため、駐屯所は都市部の中心に置かれることが多い。通報が届いて直ぐに、待機中の警備が向かうことができるように。つまり、警備とは駐屯所の中だけでなく、その周囲の警備も兼ねている、ということだ。


 ちなみに、警備のカラーは青色である。そして不思議なことに、攻撃的な赤の巡回よりも穏やかな人物が多い。



 四つ目は、上記以外の仕事をする、特殊。


 この特殊には、さらに二種類がある。後方支援的な仕事をする本物の特殊と、まだ育成期間にある半人前の補助だ。


 新友は補助隊員よりも低い、研修隊員である。結びつけた紐の色が弱々しい水色なのはそのためだ。



 壁掛け時計が四時を示す。部屋の角にあるそれを見つめていると、なんとなく絶望に近いものを感じるのは、試験勉強に明け暮れた日々のせいだ。


 「ユウト、もう寝なくていいのか?」


 新友は卒のかける言葉に、半ば諦めを含んだ声で返答した。


 「寝たいのはやまやまなんですが、どうも文字を書きすぎたようで、どうも興奮して寝つけそうにないんです。ほら、死体も見ましたし」


 「死体見て眠れなくなるような、そんな可愛い肝じゃないだろうに、お前」


 「むしろ、性的な興奮でも覚えたのかな?」


 穏やかな笑顔で危ないことを言う、そんな班長である。


 「まあ、その方が気楽になるだろう。こんな仕事する上では」


 「冗談が長いですよ、帆足さん」


 「ごめんごめん。さて、僕は寝るとしようかな。卒君、後はよろしく。遠藤が帰ってきたら、書類を僕の机の上に置くように言っておいて」


 そう言って、彼は椅子から立ち上がった。


 目の前の扉の取っ手に、帆足の白い指が添えられる。


 勤務室と隊員寮の廊下を繋ぐ扉だ。



 卒が欠伸を漏らすのと同時に、ドアを開くのを中断して帆足が新友の方を振り向いた。


 「あ、新友君。ネクロフィリアはこじらせると大変だから、早めに相談した方がいいよ」


 「早く寝てください」

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