第7話
「本当に、わかってる?」
「・・・わかってますって」
班長室。業務用机の向こうに座った帆足秀介班長は、新友の隣にの椅子に座る桐瀬を見つめている。対する桐瀬は彼から目を逸らし、拗ねたように答えた。
「何が? 僕はまだ何も言ってないんだけど」
「・・・どうせ、今回の事件が心化隊全体にどれだけの迷惑をかけたか、とかですよね?」
「え、違うよ? 僕がどれだけ君のことを愛してるか、だよ?」
「殺すぞクソ上司!」
・・・とんでもなく、ダイナミックなお説教だな。
つーか敬語とか使えたのか、と驚きの目で桐瀬をみつめる。
「まあ冗談はこれくらいにしといて、そろそろ本題に入ろうか」
「いや、お前の・・・あなたのせいですから」
どんだけマイペースだよ帆足さん。強制的に相手のターンにされた気分。
「じゃあ、今回の事件で何がどう悪かったのか、桐瀬さんの口から言ってもらえるかな」
「は?」
桐瀬の眉が若干釣りぎみに傾く。
「的確な自己分析が的確な反省を産み、的確な処置を導く。だから、敢えて桐瀬さん自身に行動をふりかえってもらおうかなあと」
何言ってんだこいつ。そう言いたげな桐瀬の視線を笑顔で躱す帆足。
「ほら、桐瀬さんから。どうぞ」
いやいやいや。
「その言い方だと、次は俺の番みたいじゃないですか」
「そうだよ?当たり前じゃないか」
「なんでですか、俺はただその場に立ってただけでしょ」
「立派な当事者だよ、おめでとう」
帆足は微笑を崩さないまま続けた。
「そんなことじゃ、僕がなんのために君を桐瀬さんの隣につけてるのかわかっていないみたいだね」
「え、新人だからじゃないんですか?」
「桐瀬さんの子守りに決まってるじゃないか。嫌だなあ、ねえ?桐瀬さん?」
「・・・今、考えてるんで黙っててもらえますか」
やれやれ、と笑う帆足。
どっちかというとこっちが言いたい。どんな漫談だよ。
「それで?そろそろ考えも纏ったんじゃない?」
「・・・言えばいいんだろ、言えば」
桐瀬が何かを諦めるかのように、弱く息を吐く。
「今回は、街中にもかかわらず一般市民に恐怖を与える、まだ発症者と確定していない通行人に一方的に刃を向ける、といった、心化隊の特権を濫用する行為をしてしまい、結果として心化隊という組織全体の評判に悪影響を与えたことを深く謝罪します。すいませんでした」
字面だけならかなりまっとうな謝罪文を、無愛想に吐きすてる。
「んー、まあだいたい合ってるね、驚いたことに」
「そりゃ、いい加減慣れましたから。自分の罪を数え上げることには」
「ただ、まだ足りないんだよね。星付巡回、桐瀬美夜の謝罪文には、さ」
不機嫌そうに俯く桐瀬。
「それは、私が桐瀬だからですか」
その言葉に、若干だが、帆足の眉が歪む。
「今のは無視できない言葉だね」
「・・・」
まったく事態が飲み込めないまま、急に悪くなった雰囲気に悪寒が走る。
「まあ、新友くんもいることだし、今の言葉について追及するのはまた今度にするけどさ。そういうこと言いたかったわけじゃなくて、君の今の役職についてもっと考えて欲しいってことなんだよ」
「役職?」
笑顔に戻った帆足と、相変わらず視線を誰とも合わせない桐瀬。
「君、実動部隊の中では年長者なんだよ。そして、日本で五人しかいない星付巡回隊員でもある」
「歳は関係ねーだろ」
「あるさ。はっきり言ってこの部隊、いや、心化隊深庄支部自体が君の存在で成り立ってるんだから。深庄市は今の日本の心理化学の最先端をいく学園都市だ。その深庄市の警備をこんな少人数に、しかも未成年ばっかりの僕達に任せるのはどう考えてもおかしいでしょ」
「それがどうした」
興味のなさそうな声色。
「私の知ったことかよ」
「君の能力をフルに使ったら、1分もあればこの街を、5分で県の大部分をカバーできる。君より能力の高い、有り体に言えば強い進化隊員は確かにいるけど、この地域に必要なのは君だ」
「うぜーよ、何が言いたいんだ」
「君は心化隊全体においても重大な役割を担っていて、しかも期待以上の働きを続けてる。だからこそ、些細なことで心化隊を除名されるようなことになればこの街の保安に関わってくる、そういうことだよ」
笑顔で言い切る帆足。呆れる桐瀬。
もはや蔑みを隠そうともしない。
「話が大袈裟すぎるかな?」
「いや、キモいです」
「じゃ言い直してみよう」
「結構です」
「僕は君が大好きだから、問題起こして一緒にいられなくなるのは寂しいなー」
「死ね。つか、殺す。裁判で社会的に殺してから、物理的にもう一回殺す」
「ははは、ありがと」
「死ね!」
どんな真剣な話をしても。帆足が話すと、結局こんな感じになってしまう。
それが帆足隊長のいいところでもあるのだが。
「じゃ、今のを踏まえて、改めて反省文を書いてね?」
「は?」
「いやー、僕の気は晴れたんだけどね。流石に東京に君の声を送るわけにはいかないからさ。頑張れー」
「お前、ふざけんな!」
罵声をものともせず部屋を出て行く帆足。そのまま、足音だけがむなしく響いていく。
「新友」
「はい、なんですか」
「書いてくれるよな?」
「・・・」
「お前、昼間はただ突っ立ってるだけだったよな?後処理はお前の仕事だよな?」
「ああ、それは無理だよ」
いつの間にか部屋に帰ってきた帆足。
手には大量の原稿用紙。
「新友くんにも書いてもらわないと。別室でね」
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