第4話 戦いが終わって

 翌日。

 灰田一保かずやすが逮捕された。そのことを病室で聞かされた。彼は銃で撃たれて、そのまま警察へ連行されたようだ。

 俺の容体は幸いなことに無事らしい。サイコキネシスによる圧迫で意識を失ったが、後遺症は全く無かったという。

 昨日の顛末を語ってくれたのは、雪見礼奈れなという人だ。黒スーツの彼女が俺と日向さんを助けてくれたようだ。

 彼女は亜人対策課、というところに所属しているらしい。亜人対策課は、法を犯した魔族を取り締まる警察の部署で、かなりの手練れが集まっている。その中の一人ということは、この人もかなりの強者ということだ。


「──────以上が一連の流れになります。ここまでで何か質問はありますか?」


 雪見さんの口調は淡々としている。雪、という字の如く、冷たい印象が窺える。


「あの、そういえば日向さんはどこにいるんですか?俺と一緒に病院へ連れて来てくださったんですよね?」


「はい、日向綾音さんは確かに連れて来ました。しかし、彼女は病院へ着く頃にはかなり回復していらしたようなので、入院することなく自宅へ帰られました」


 マジかよ。あれだけ強力な念力を二発も受けていたのに、自力で立ち直るだなんて信じられない。あの人がいかに只者でないかを改めて思い知った。


「それと、日向さんが間もなくこちらへおいでになるそうですよ。あなたに謝罪がしたい、と仰ってました」


 雪見さんは、あくまで淡々とそう述べた。無表情な顔がロボットのように思わせる。

 謝罪、か。そんなのは俺の方こそ言いたいことだ。素人の俺があの場にいなければ、と思うと申し訳なさで胸が一杯になる。


「分かりました。それと、僕達を助けていただいて本当にありがとうございました。あなたが助けてくれなければ、僕はどうなっていたか分からなかったです」


「いえ、こちらの方こそ感謝しなくてはいけません。あそこであなた方が灰田を足止めしていなければ、今頃彼は遠くへ逃亡していたでしょうから」


 申し訳なさそうに雪見さんは微笑する。その笑顔があまりにも綺麗で、俺は思わずドギマギしてしまう。さっきまでの冷たい感じと打って変わって、とても温かい笑顔だった。


「どうかされましたか?まだどこか痛みますか?」


 雪見さんが心配そうに尋ねた。動揺が顔に出ていたらしい。


「い、いえ!別に問題はありません!本当です!!」


 直視することができず俺は目線を逸らす。先程はロボットと称したが撤回する。彼女はきっとクーデレである。もし彼女が猫娘とかだったら、うっかり恋してしいたかもしれない。

 不自然に動揺する俺を怪訝そうに見つつも、雪見さんは「そうですか」と言ってそれ以上追及しないでくれた。


「それでは、私はこれにて失礼します。何か異変がありましたら、気兼ねなくナースコールを押してくださいね。この度のご協力、重ねて感謝いたします」


 雪見さんは椅子から立ち上がって、その場でお辞儀をする。その一挙一動がとても綺麗だった。


「あ、はい。どうもお疲れさまです」


 たじろぎながらも俺は返答する。やがて、雪見さんはそのまま病室を出て行った。

 亜人課、おそるべし。




 雪見さんが退室してから医者が様子を見に来た。いい加減そうな男だった。今度この病院に来る時には絶対にコイツの世話になりたくないな、と思った。

 医者が去った後、来訪者が現れた。日向さんである。入室して俺と目が合うと、彼女はばつが悪そうにして弱々しい笑顔を見せた。


「すまなかった」


 ベッド横の椅子に座るや否や、日向さんは頭を下げた。


「社会見学の感覚で君をあの場に連れてしまったのは間違いだった。灰田はすぐに片がつくだろうと甘く見ていた。本当に申し訳ない!君の気が済むまでビンタしてくれていいから!」


「頭を上げてください、日向さん。俺にそんな変態的趣味はありませんよ」


 俺は苦笑する。謝罪の言葉とは思えないほどのふざけっぷりだが、どこか憎めない感じがした。懇切丁寧に謝られても面喰らうだけだったろうから、むしろ気が晴れてホッとしている。

 日向さんは「そ、そうか?」と頭を上げて俺を見つめる。


「良かったぁ。君がそう言ってくれて気が楽になったよ。てっきりあれだけ大見栄を張っておきながら一方的にやられた挙句、君まで危険な目に遭わせたことに怒って多額の慰謝料を請求されるかと思って内心ドキドキしてたんだ。はぁ~、本当に良かったぁ」


「いや、どれだけ心配性なんですか……。責任は俺の方にもあるんですから、そんなことは言いませんよ。それに請負屋はあまり繁盛してないんでしょう?」


「そ、そんな訳ないだろ!アレだな、マスターが言ったことを鵜呑みにしてるんだな。アレは単なる冗談だから、とっとと忘れろ!」


 必死に自己弁護する日向さん。先程の罪悪感に満ちた雰囲気は霧散していったようだ。


「何ニヤついてんだよ!もしかしてまだ私の店が金欠だと思ってるんじゃないだろうな!?」


 日向さんは食ってかかるように詰め寄ってきた。俺はそれを軽く流すように諌める。


「疑ってませんよ。それより日向さん、ちょっといいですか?」


「何だ、言ってみろ」


 日向さんは不満そうな顔をしつつも話を促してくれた。反応が子供っぽい人だな。


「はい、俺が話したいのは灰田のことなんです。アイツは犯罪者なの間違いないのでしょうけど、アイツの言い分にも一理あると思うんです。アイツは無実の魔族を救うために、自分が所属した組織を壊滅させただけなんじゃないでしょうか。俺にはアイツはただの悪い奴には思えません」


 その旨を伝えると、日向さんは少しの間黙り込む。やがて日向さんは口を開く。


「確かに灰田は苦悩の人生を歩んできた身だ。アイツの葛藤は最もだと思うし、Level'sの件がアイツだけのせいだとは言い切れない。だけどな、それはアイツが今まで犯してきた罪を正当化する理由にはならない。いつかは罰を受けなくちゃならないんだ。」


 それは正論だと思う。罪を犯せば罰を受けるのは当然の摂理だろう。


「でも、それでアイツが罰を受けたとしても魔族を恨む人は減らないし、争いは各地で起こる一方でしょう。そんなの、可哀想ですよ……」


 俺がそう呟くと、日向さんはハァ、とこれ見よがしに溜息をつく。


「あのなぁ。君がどう思おうと勝手だけど、悪人に同情なんてするもんじゃないぞ。そんなことをし出したらキリがない。善と悪ははっきりと区別するのが、賢いやり方だということなんだよ」


「そんなモンですかねぇ。でも、その言い方はどことなく冷たい気がします」


「仕方無いさ。そうやって人間は自分の人生を生きていくんだよ」


 結局、この話は消化不良のまま終わった。一体どうすれば灰田のように苦悩する人を本当の意味で助けることができるのだろうか。今の俺には全く分からなかった。

 重い沈黙が流れる。

 と、日向さんは「そういえば」と話題を変えてくる。


「君とはLevel'sを止めるまでの契約だったわけだけど、これでもう会うことはないんだよな。遺恨の残る結果ではあったけど、謝礼については後日──────」


「あ、それならもういいですよ。俺、請負屋に雇ってもらいますから」


「え……?」


 日向さんは驚いたように目を見開く。それは予想通りの反応だった。


「だから、謝礼を払う代わりに俺を日向さんのところで雇ってくれればいいんですよ。大丈夫。ヘマはやらかしましたが、これから少しづつ鍛えていきますから」


 あれだけ危険な目に遭ったというのに何故このようなことを言うのか、実は俺もよく分かってない。日向さんの足手まといになったのが悔しかったのか、それとも請負屋という仕事に一層興味が湧いたのか。どちらにせよ、一つ言えることがある。この人に付いて行けば退屈することは無いだろうということだ。


「それじゃ、よろしくお願いしますね、ねえさん」


「何だその言い方は……。社長と呼べ、社長と」


 こうして俺は、日向綾音の元で請負屋のバイトを始めることになるのだった。




 そして俺は後に気づく。今日が月曜日であること。それから高校生である俺は、学校へ通わなくてはならないということを。

 その時、俺は初めて欠席となった。










 某月某日。

 とある街にて、一人の少女が男に手を引かれてどこかへ向かっていた。少女が身に纏うフリル付きの水色のワンピースと綺麗な金髪から、育ちの良い西洋の貴族を思わせる。隣の男はグレーのスーツ姿で、少女を置き去りにしないように歩調を合わせつつ、忙しなく走っている。

 彼女らの後方には黒服の男が二、三人追いかけている。冷たく濁った瞳が前を走る二人をずっと見定めている。


「Shit! Forever They're come chasing! (クソ!いつまで追いかけてくるのよアイツらは!)」


 少女は流暢な英語で、苛立たしげに毒づく。


「You don't use such a word, Marie.And, because we can break up with them if ride in a small boat in the harbor, let's put up to it! (そんな言葉遣いをするんじゃない、マリー。それに、港の小型船に乗ればアイツらとはおさらばできるんだから、それまでの辛抱だ!)」


 隣の男はマリーと呼ばれた少女を窘め、前へと走っていく。

 そうして街中を走り続けていくうちに、彼らの目的地である港へ辿り着いた。そして、男の言っていた小さな船を見つける。


「Look! Flee riding on that ship! (見ろ!あの船に乗って逃げるんだ!)」


 男はそう言って少女を船の方へ押すと、一人だけ来た道を向く。少女は振り返る。


「Mark, let's run away quickly together. They would catch up us. (マーク、あなたも早く逃げましょう。彼らが追いついてしまうわ。)」


「No, I won't run away. I will disturb them here.Rest assured. The ship motorman to escape immediately because waiting. (いや、私は逃げない。ここで奴らを引き止める。安心しなさい。船には運転士が待機してるからすぐに逃げられる。)」


 マークと呼ばれた男の視線の先には、先ほどの黒服達が見える。


「Now, flee quickly! You must not be caught here! (さぁ、早く逃げなさい!君はここで捕まってはいけないんだ!)」


 マークが叫ぶように言うと、マリーは渋々、船の方へ向かう。彼女の足取りはやや重かった。


 “I believe that you come also you later, Mark. (後であなたも来てくれるって信じてるからね、マーク……。)”


 マリーは心中でマークの来訪を願いつつ、船内へ乗り込む。中にはマークの言う通り、運転士らしき男が待っていた。


「you came by only one person,didn't you!?Mark is at the time being, We'll leave in a hurry! (お嬢様一人だけですか!?マークはひとまず置いて、急いで出発しますよ!)」


 そうして、マリーと運転士は港から離れて黒服の追跡から逃れる。その間もマリーは、置き去りになったマークのいた方角を一心に見つめていた。ちょうどマークと黒服達が対峙しているところだった。


「……Why do we need to get into trouble?(何でこんな目に遭わなくちゃいけないの?)」


 マリーは小声で呟いた。彼女の瞳は憂いに満ちていて、大人びて見えた。




 彼女らは、後に日本へ向かうことになる。そして、マリーが日本にて請負屋の二人と出会うのは、まだ先の話である。

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