第8話 治安出動

 仁徳天皇陵に入陵して2回目の夜を迎えた洋子とアヤタチは相変わらずなんの進展もないままナシメと日御子に向かいあっていた。

 総理から指示のあったタイムリミット、八月十五日午前零時まではあと五時間弱。

 しかし、ナシメの話のとおり、裏で総理と繋がっているとすれば、このリミットは無意味だ。

 戦闘によってアヤタチがその能力で瞬時に彼らを拘束するか、戦闘不能にしてしまえば、たとえランチャーに核物質が装填されていても事態は解決しそうな雰囲気なのに、彼は静かなままだった。やはり日御子に対する恐れとか畏敬のようなものが彼の態度から感じられた。

「午前零時を過ぎれば、総理からの命令でここに警察や自衛隊がやってくるかもしれないわ」洋子は自分の持っている情報を正直に日御子たちに告げたのだがナシメは

「総理は私の盟友だ。それは多分組織の長としてのポーズでしょう。彼は青臭い正論を振りかざす悪い癖はあるが、約束は守る男ですよ」とまったく相手にしていない様子だった。

 さすがにナシメも話し疲れたのか、アヤタチ、日御子、洋子の四人の間に会話の無い時間が多くなっていた。

 天皇陵の周囲の街はいつもと変わりなく、側を走る高野街道には車のヘッドライトが流れているのが木の間から見える。

 アヤタチだけが何か落ち着かない様子で時々眼を閉じて聞き耳を立てたり、静かに深呼吸を繰り返したりしていた。

 その時、不意にナシメの胸ポケットから携帯の着信を示すバイブ音が響いた。

 不審そうに携帯を取り出し着信画面を見たナシメは眼を瞠った。

 それは彼の盟友総理からの電話だった。

一般の携帯を使っている限り、その会話は国内外の諜報機関に筒抜けなのは総理もわかっているはずだ。それなのに尚敢えてナシメに直接連絡を取らねばならないような事態が起きたのだろうか。

 ナシメは悪い予感を抱えながら受信ボタンを押した。

「羽田か」携帯の向こうでナシメの本名を呼ぶ総理の重い声がした。

「ああ、俺だ」同級生としての会話だから敬語は使わなかった。

「残念だが、アメリカから横槍が入った。日本の天皇制が崩壊するような事があれば、アメリカ側から日米安保条約の破棄を通告する、との連絡だ」

「それはいつだ?」

「正式に大統領からホットラインがあったのはつい先刻だ。ただし実は君たちが天皇陵に立て籠もった時から、外交ルートを通じて非公式に日本政府、つまり私が君たちをどう扱うつもりなのか、かなり神経質に問い合わせがあったのは事実だ」

 それを聞いて、ナシメはアメリカに対してほとんど根回しをしてこなかった自分を悔いた。アジア各国については、かなりの人脈をもち、近隣諸国およびロシアに対してはかなりの根回しをして、日本国内にどんな事態が起きても静観するだろうとの感触を得ていたが、世界最大最強国家アメリカが日本国の混乱に対してどのような態度をとるかについては、確固たる裏づけのないまま行動を起こしたのは元外交官として迂闊だったとしか言いようがなかった。そこには長年の同盟国として、日本国内が内戦にでもならない限り、つまり平和裏に権力移譲し、明確な反米政権でなければ、彼らは静観するのではないかという、甘えがあった。

「彼らの情報収集力はわが国のそれとは大人と子供ほどの差があるんだ。それは同盟国日本に対しても例外ではない」総理は今更ながらわかりきったことを言った。

「すでに君の身元も、私の同級生であったことも把握し、我々がかつてともに学生運動に身を投じていた過去も含め、私が君の後ろ盾ではないか、との結論に達したようだ」

 戦後の日本は日本人の手で造ったと思っているのは日本人だけで、アメリカからすれば天皇制の維持も含め、アメリカにもっとも従順な属国日本は彼らの作った最高傑作の植民地であった。それを壊すものは敵とみなされるのだ。

 米国にとって、天皇は太平洋戦争の戦勝国として彼らが認めた日本国王であり、それを覆そうとするものはすなわち反米なのだ。

 敵か、味方か、アメリカ政府の判断はハリウッド映画と同じく単純な論理で決められる。

「ただちに君たちに対してアクションを起こさない場合、安保条約の破棄を前提としてアメリカは日本政府との連携の見直し作業に入る、と脅してきたんだ」

「で、どうするつもりだ?」

 一瞬の沈黙のあと総理は明確に答えた。

「政治家として今の国際社会でアメリカとの同盟抜きで日本という国家がひとり立ちできないことはわかっている。彼らもそれを十分認識しているからこその今回の脅しだよ。仕方ないんだ。だから、君たちに対して今から治安出動命令を出す。一応極秘ではあるが、事態の進展によってはマスコミが嗅ぎつけ、国民に公表を余儀なくされる場合もあるだろう。この電話は君への最後の友情の証でもあると同時に、盗聴しているだろうアメリカへの返答でもある。事態がこうなったからには私も次の選挙は諦めた。例え今回の事件が無事収まったとしても、アメリカは私の政治生命を絶つためのあらゆる手段を講じてくるだろう。それはかつてアメリカの了解も得ず、中国との国交回復に踏み切った田中角栄のケースで証明されている。これはひとりの政治家として、日本の将来のために最善だと考えての最後の判断だ。わかってくれ」

 そう言って後はナシメの返答も聞かず電話は切れた。

 戦後の歴史の中で、時に日本からの安保条約破棄の可能性は論じられてきたが、アメリカからの破棄はほとんど論じられることはなかった。それは冷戦時代には防共の砦として、冷戦後は対中国、北朝鮮への牽制ラインとして地政学的にも、国力の面でも日本は『アメリカチーム』になくてはならない存在だという日本人の自負があったとともに、現実の国際社会もそうであったためだ。

 しかしこの数年日本を取り巻く状況は激変している。中国は経済、軍事を含め、すべての面で日本を凌駕し、完全にアジアの盟主としての地位を固め、アメリカと比肩される超大国となった。そして韓国は、中国と友好関係を維持しながら、経済力において日本の背後を脅かす存在となった。エネルギー政策と歴史的経緯から中東、アフリカエリアに対し影響力を保持したいアメリカにとって、アジアは経済交流さえ順調であれば、パートナーは無理に日本である必要は無くなりつつあった。ひとり日本がそれに気付かぬままに安保条約の選択権は自分たちにあると思い込んでいたのだった。

 革命の成った暁にはアメリカとの同盟関係の破棄も考えていたナシメだが、現段階でのアメリカとの安保条約の破棄は、日本にとってアジアでの孤立を意味することは明らかだった。台湾や東南アジアなど親日国も存在するが、仮に中国、韓国の二カ国が反日で協調すれば極東でのパワーバランスは完全に日本の敗北となる。

 そうなれば尖閣、竹島はおろか沖縄や壱岐、対馬まで領土紛争地域となるのは間違いない。

 さらに、日本の『円』は有事に強い『ドル』との強固な同盟関係に担保されていたために常にそれなりの価値を持っていたものが、その担保が無くなれば、単なる政情不安国の赤字まみれの政府が発行する紙幣でしかなくなり、急激に暴落する。そして円高の何倍もの打撃が日本国経済と国民に襲いかかってくるだろう。

 巨大な経済力をバックにアジアを牽引した日出ずる国、日本の姿はそこにはもう無い。膨大な額の借金と少子高齢化に象徴される国力の衰退のために太平洋に沈み行く倭国の姿があるのみだった。

 無言の携帯を握り締めたままナシメは眼を閉じていた。

 平和裏に無血革命を起こし成功させるという目論みは、アメリカの意志とそれに屈した総理の離反によって潰えたと言って良い。

 治安出動命令が出てしまえば、あとは『日御子の光教団』対日本国自衛隊の戦いとなる。

そうなれば、無血革命はおろか、『日御子の光教団』信者数十万人による内戦にまで発展しかねない。

 まさに二世紀から三世紀前半にかけての倭国大乱がこの二十一世紀に再現されかねない。

「こんな筈じゃなかったのに」

 呟くナシメの背は丸まり、表情は険しく、先刻までの理想を語っていた時とは打って変わって、疲れ切った初老の男性のそれであった。

「ナシメ」

 日御子が毅然と呼んだ。

「あなたはそんなにしょげかえっているけど、何を失ったの?」

 うつろに見上げるナシメに向かって日御子は尚も問い詰めた。

「電話の内容は隣で聴いていて大体わかりました。総理の協力が得られなくなったのでしょう。でもあなたはそのために何を失ったのですか?言ってご覧なさい」

 そして日御子はじっとナシメを見つめた。その黒い瞳は相手のどんな感情の動きも決して見逃さない深い輝きに満ちていた。

「失ったものを言いなさい」

 問い詰める日御子にナシメは怪訝な表情を浮かべながら答えた。

「・・・総理のバックアップです」

「それ以外に失ったものはありますか?」

 日御子が今度は柔らかく問うた。

「ありません」

「あなたが絶対に失いたくないものは総理の協力だったのですか?」

「・・・いいえ。私が失いたくないのは・・・」ナシメはそこで正面から日御子の視線を受け止めて答えた。

「日御子さまです」

 そこで日御子は溶けるような笑顔で言った。

「それならば、私はここにいます。あなたのそばにいます。なのにどうしてそんなに沈み込んでいるのですか」

 それはまさに人たらしと呼んでよい笑顔だった。側で見ていた洋子はこれほど人を惹きつける笑顔を見たことがなかった。それは第三者の洋子でさえ胸を締め付けられるような笑顔だった。

 案の定ナシメは、まるで母の愛情を確認した幼子のように目に光を宿しながら答えた。

「わかりました。総理の協力は無くとも私には日御子さまと、数十万人の教団信者がいます。最後まで最善を尽くします」

 その時の日御子を見ながら洋子は思った。彼女にとって善とか悪など関係ないのだ。彼女に帰依するものの望みを鏡のように映し出してみせることが彼女の能力なのだ。彼女は、多くの新興宗教の教祖が持つ、虚勢や子供だましの超能力とは無縁でありながら、どうしてこんなにも人々を惹きつけて止まないのか。人は美しい花を見つけたとき、それを手折って自分のものにしたいと思う反面、逆に自分も含め誰の手も届かない、永遠に誰も手折る事の出来ない高みに、その花をただ見ていたいという気持ちになる。日御子はまさにその後者だ。あの前方部で会った元工作員の言う「天涯の花」という表現はまさに言い得て妙だ、と感心していた。

 真夏の蒸し暑いはずの空間に、心地よい涼風がよぎったような気がした。

「キチ、キチ、キチ」

 ずっと隣で落ち着かない様子だったアヤタチの口からあのモズの鳴き声が発せられた。

 危険を知らせる緊急信号だ。

 同時に天皇陵に張り巡らされたセンサーが異常を知らせるアラーム音が石室内に響いた。

 洋子は瞬間的に強引に日御子をかくまうような体勢で、目前の石棺の陰にうずくまった。

 視界の端で洞窟を出て行くアヤタチの背中が見えたような気がしたと同時に、周囲は耳をつんざくような爆発音と閃光に包まれた。

(これはテロ対策用の音響閃光弾だ)

 洋子は諜報員としての知識ですぐにそれを理解し目を閉じて石棺に額を押し付けるように閃光を遮ったが、両手は日御子を覆うような形で守っていたために、すさまじい爆発音から鼓膜を守ることは出来なかった。

 最初の爆発で空中に撒き散らされたアルミニウムの粒子が周囲に充満し、空気中の酸素と結合しながら凄まじい勢いで音響パルスと閃光を発しながらしばらくの間洋子と日御子を包んだ。

 本来なら間髪入れず警察か軍隊が制圧のためになだれ込んでくる筈だったが、何事も無くアルミニウムの化学反応は収まり、閃光も大音響も静まると洞内は煙だけが漂っていた。

「大丈夫?」洋子は日御子から少し体を離して尋ねた。

 自分の声が水の中で話しているように遠くで聞こえた。

 日御子が答えた。

 口の動きで「だいじょうぶ」と言ったのはわかったが、何も聞こえない。先ほどの音響閃光弾によるフラッシュバンで鼓膜をやられたらしい。

 しかし、とりあえず目前の日御子の無事な様子に少し安心した。

 石棺の向こうではナシメが腰を抜かしたようにへたり込んでいた。

 外交官としては颯爽としていたナシメもこんな場面では只の臆病な初老の男性でしかなかった。

 ナシメにも特別負傷らしいものは無い事を確認し、洋子は

「ここにじっとしていて下さいね」と日御子に伝え、出口へ向かった。

 地表へ顔を出すと、目の前に僅かな月明かりに照らされてアヤタチのがっしりとした背中が見えた。

 そして、その向こうには本来ならば今頃、茂みの中のランチャーと、そこに装填された汚い核を確保し、一方で日御子とナシメのアジトを急襲している筈の十数名の自衛隊特殊作戦群隊員が闇の中に立ちつくしていた。

 アヤタチの足元には急襲部隊の先頭を切っていたであろう隊員が三名、一人はやはり喉元を食いちぎられ、一人は腰を切られへたり込み、さらに一人は右足の靭帯から血を流しながら横たわっていた。

 アヤタチの仕業に違いなかった。

 急襲部隊は結局日御子がいる穴の中にスタングレネードという音響閃光弾を投げ込むことに成功したのみで、それ以外の作戦はすべて頓挫している形だった。

 アヤタチが立っている隣の茂みには、ランチャーがUSJの方向を向いて無傷のまま置かれている。

「生体確保する必要は無い。銃撃を許可する」

 兵士たちの背後で司令官らしい男が叫んだ。

 さすがに特殊訓練を積んだ男たちは即座に命令に呼応しザウエル&ゾーン社の特殊拳銃を構えると一斉に周囲の大木の陰に身を隠しながらアヤタチに向けて発砲した。

 しかし、同士討ちを避けるためのその一瞬の行動の間にアヤタチも同じように木陰に身を隠したために、乾いた銃声だけが辺りに響いた。

 暗視ゴーグルを頼りにアヤタチと対峙している隊員たちは、彼の姿を見失っていた。どんなに高性能の暗視ゴーグルであっても、その視界は裸眼に比べてある程度狭くなるため、彼らはキョロキョロと大きく首を振りながら慎重に標的を探している。

 アヤタチが隠れている筈の大木の周辺に向かって少しずつ包囲を狭めていく兵士たちのうちの一人が突然背後から軽く肩を叩かれた。

仲間が何かを知らせようとしているのだと思い振り返るとそこにはいつの間にかアヤタチが立っていた。

 兵士は声を出す間もなく口を塞がれ、腹部に拳を受けて意識を失った。

 数メートル横にいた別の兵士が異常に気付き振り向いた時には、夜行性の動物のように身軽に音も無く樹上に昇っていくアヤタチの影だけが一瞬見えた。

「上だ。上にいるぞ」

彼がそう叫ぶと、これまで水平方向に首を振っていた兵士たちが頭上に向いた。

暗視ゴーグルの緑色の視界には物体の移動によって不自然に揺れる枝葉が写っていた。その揺れの方向を追って彼らは一斉に頭を振るが、狭い視界では追いきれない。

頭上の風による自然の枝の揺れと、物体の移動による揺れを慎重に見分けていたひとりの兵士は足の腱に激痛が走りその場に崩れ落ちた。

這うように低く身を屈めて大きな幹の向こうに姿を隠すアヤタチの背中が見えた。

戦闘のプロ、それも陸上自衛隊が誇る日本一の特殊部隊のメンバーが、アヤタチの姿を見失って四方八方を首を振りながら探す姿は、獰猛な肉食獣に狙われた、か弱い草食動物の群れのようだった。

上下左右、どこからアヤタチの攻撃があるのかわからない状況に、訓練された隊員たちでさえ軽いパニックに陥っていた。

しかし、さすがに群長は冷静だった。

彼は天皇陵の円頂部の中心にある盛り土のところまで走っていくとその上に立った。そこは石柵に囲まれ、この陵のなかで唯一わずかながら上部の梢が薄く、そして日御子たちがそこを祭壇としていたために数平方メートルに過ぎないが樹木のない空間が広がっていた。

「全員ここへ集合。私を背に防衛体制」

闇の中に命令が響いた。

負傷していない兵士たちは、瞬間的に群長の周りに集まると周囲に向かって円陣を組んだ。

全員で十名ほどの隊員が、群長を守るように銃を構えていた。

本来の密林での戦闘では考えられない態勢だ。味方の数が絶対多数の場合は、樹木などの障害物に身を隠し、自分の安全を確保しながら少しずつ小数の相手に対する包囲を狭めていくのが常道だが、この態勢では、たった一人の見えない敵に対して部隊全員の姿を晒す形になってしまう。

しかし、そこには冷静な判断があった。

まず当面の敵はたった一人ながら、身体能力は特殊作戦群の個々の隊員を大きく上回っている。しかも現場の地形や樹木の配置を熟知している。暗視ゴーグルを付けているために視野が制限されている隊員に対し、なぜか敵のほうが索敵能力が高い。一方でこれまでの戦闘から、相手の武器はナイフのようなもののみで火器、拳銃などは持っている様子は見られない。事前の情報から、陵内の敵数はわずか数名であり、大規模な援軍の心配は無い。

これらの状況から、群長はたとえ敵に姿を晒しても、全員がひとつの場所に集まる方が安全かつ攻撃的だと瞬時に判断したのだった。

 実際、群長を背にした隊員たちは、枝の薄い頭上と群長が立つ背後の安全を確保したために、もう首を動かすこともなく、個々の前方の空間だけを凝視し防衛すればよいために、完全に落ち着きを取り戻していた。

 逆にアヤタチは樹上で動きを止められていた。相手は特殊部隊の精鋭だ。少しでもアヤタチの動きを察知すれば、円陣を守っている十数丁の銃口が一斉に彼に向かって火を噴くことは眼に見えている。そうなればいくら夜目が効く肉食獣のような彼もひとたまりもない。

 緊張と静寂が闇に漂った。

 それを破るかのように女性の声が響いた。

「私は、内閣調査室の『グリーンペペ』です。

あなた方が戦っているのは宮内庁の衛視です。テロリストではありません」

 自分の声がまだ、遠くに聞こえる。聴力は復活していないのだ。それでも洋子は日御子やナシメのいる石室から出ると、ひとり特殊作戦群の円陣に向かって近づこうとした。

「そこに止まりなさい。グリーンペペ。」

 群長が何か喋ったようだが今の洋子の聴覚ではまったく聞き取れなかった。月明りの中では口の動きも読み取れない。

 隊員達の銃口は即応体勢のままだ。

 意を決して洋子は兵士たちがいる盛り土に向かって進んだ。

 頭上の梢が途切れ、洋子の全身が月明かりに晒された。

「奇数隊員、標的前方に変更」と群長が小声で命令すると、銃口の半分が洋子に向けられた。

「女性に告ぐ。君が内閣調査室の『グリーンぺぺ』であることは多分間違いないと思うが、現在戦闘中の男が、宮内庁衛視とは確認できない。したがって交戦中の我々に近づけばあなたの生命の保証も出来ない。ただちにここから離れて安全な場所に身を隠しなさい。これは治安出動における自衛隊法にもとづく命令です。命令違反の場合はあなたも攻撃対象となる場合があります」

 群長の丁寧ながら冷徹な言葉は聴力の低下した洋子の耳には届かない。ただ半分の銃口が自分に向けられたのを見て、それ以上進む危険を察知し、その場で叫んだ。

「アヤタチさん、出てきて。あなたと自衛隊が戦うなんておかしい。日御子さんを攻撃から守りたいなら、きちんと話しましょう。私も一緒に話します」

 しかし、墳丘を覆う梢からは何の応答もなかった。

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