第5話変身

暗い・・暗いなんていう中途半端な感じでは無く、闇、そう闇と言った方がしっくり来る程のものだ、しかしここは何処で在ろうか?全く光源を感知出来ない程の闇、が、先程から幾つかの気配を感じる、一体この視界の利かない場所で何が蠢いて、いや、それより何が居るのか?

「そろそろ正体を現したらどう?その格好じゃ私にかすり傷一つ付けられないわよ?」「シャアアアアア」

ん?これは人の声?それも何処かで聞いた事の在る女の声、それともう一つ、蛇が天敵を威嚇する時に発するような音、一体これは・・・

赤い四つの光が見えた、あれは・・眼か?

「かぐら?そろそろ代わって貰うわよ?」

声の主のシルエットが何かの光りで浮かび上がる、矢張、女、それもあの月明かりの夜に公園に居た女だ、又見えない何かに向かって話し掛けて居る、いや、見えて居る、彼女を包む靄に話し掛けて居る様だ、かぐら?あの靄の名前?

「人遣いの粗い女だよ本当に、いい加減におしよ本当にさ」靄が喋り始めた、それも女の声で、一体どうなって居るのか?「お腹空いて居ないの?此れを逃すと次のは当分先になるわよ?」女は靄にそう告げると、なにやら光る物を腰の辺りから抜く様に出した、あれは刃物?

「致し方無いのお、背に腹は代えられん、何時でも良いぞ」そうじゃぐらと言う名の靄が女のシルエットと重なり闇の中に強烈な光りを発する。

「シャアアアアア!」もう一つの気配が若干怯えとも取れる様な音を発した。

光りは女をハッキリと映し出す、まるで月明かりに照らされて居るかの様に、その出で立ちは黒革のボディースーツ、長い黒髪、そして驚くべきはその形相、まるで歌舞伎の隈取りの様なものが顔に浮かび上がり、その眼の玉は満月の月の様な金色、そしてその手には大型の鉈の様な刃物、ギョッとする様ないでたちでは在るが、元々の美貌のせいか、逆にその出で立ちにも華が在り、そして妙に艶やかだった。

「しかし、どうにか成らんのか?」とその女は彼女自身に問い掛ける様に呟く、ん?顔のみならず若干プロポーションも少しグラマラスに成った様な・・・口調も先程とは違う、一体どうなって居るのか?

「何がよ」そう又別の口調で呟く。

「服じゃよ、この服、胸の辺りが窮屈でならん、いっそ裸の方がましじゃ」

「やめてよ、そんなにサービス精神が旺盛じゃこの現代では仕事を限定しなきゃ暮らせないのよ、そんな事どうでも良いから、さっさと喰って帰るわよ」と、まるで腹話術か何かを目の当たりにしている様だ、彼女は彼女自身と話をしている、それも別人格の誰かと。

そう言うなりあっという間に二つの気配が弾き合う様に、衝突を繰り返す。ガチンッガチンッと金属で金属をぶん殴る様な音と共に、彼女の放つ光りを光源にしてもう一つの気配がハッキリ浮かび上がった、これは・・・人の様な四肢は持ってはいるが、頭は蛇そのもの身体も金属製の鱗を張り付けた様になっている。

「硬いねえ」と呆れた様に呟く

「この鉈はどんな物でも断ち切ると言ってたじゃない?あれは嘘?」

「いいや儂はお前を謀ったりはしない、言うた通りじゃ、じゃが、少し削るぞ?」

そう言うと鉈を持つ手に力を込める

「ああ~」ともう一人?が艶かしい声を挙げる

すると鉈の刃の部分が金色に光った。

蛇の頭が女を襲う。

「悪いのお、これでそなたには勝ち目が無くなったのお!」

そう言い蛇の首の根元に鉈を降り下ろす、まるで竹を切る時の様に・・

ガチーンと言う音と共に

「グワアアアア」という断末魔の如く蛇頭の首の根元に鉈が食い込む、今度は弾かれず、その肉にめり込んで行く、切り口から大量の赤い血液が噴き出す。

「良いねえ、それじゃ戴くよ」という彼女の血の色に近い紅く濡れる唇の端にキラリと光りを反射する物が覗く、これは、そう、牙だ、そしてその牙を容赦の無い様子で鉈を抜いた後の切り口に突き立てる。

「グワー!」と蛇頭は叫ぶ、みるみる血の気を失う蛇頭、そしてとうとうこと切れた様子だ。

女は蛇頭から牙を抜き、猫が食後の手入れをするかの如く舌舐めずりで口の周りに付いた蛇頭の血を舐め取る。

「いやあ、喰った喰った、が、味は今一つじゃったな」

あっけらかんと言う女

「喰ったら早く代わってよかぐら」

又独り言?いや、独り言では無く、明らかに会話をしている、自身の中に居る別の人格と、この二人?は一体何者か?

「満月の夜じゃなくて良かったのお、が、お互いがお互いに変化すると言うのは、ほんに難儀な事よ」

そうかぐらと言う人格がぼやく、するとどうだろう、女の身体から再び靄が発ち、表情も変わった、顔の隈取りが無くなり、牙も短く成った、眼の色もブラウンに成った。

「いいえ、これは変化じゃないわ、変身って言うのよ」

変化では無く、変身と女は言う。

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