十一話 裏方の野郎共
「なぁ、廉太郎」
「なんだい?」
二人掛かりでいろはの部屋をセッティングしていた幸介は、両親の寝室から使っていないテレビを運び込んできた廉太郎に問い掛けた。
「丸一日接してみて思ったんだけどさ。いろはさんの人格って十分人間に見えるんだけど、あれ以上学習させる必要っているのか?」
幸介自身は本物のメイドロイドと接したのはいろはが始めてなのだが、それでもテレビ等で見るメイドロイドと比べれば圧倒的に人間臭く感じられた。
「自画自賛は趣味じゃないんだけど、たぶんいろはさんがこの世界で一番高度に人間の人格を模倣していると思うよ」
廉太郎は自己顕示欲がほとんど無いからこそ、自らのプログラムを過小評価も過大評価もしないだけの客観性は持ち合わせていた。
そんな彼だからこそ、自分の組み上げた人格OSには自信があったのだ。
「だったら、なおさら俺の家に住まわせたり学校に通わせる必要も無いんじゃ?」
ぶっつけ本番でも十二分にいけると考える幸介。ぶっちゃけ、いろは運用に関して最大の功労者にして被害者になるのは自分だと自覚していた。だからこそ、こんなストレスの溜まる期間は少しでも少ない方が有り難いと考える。
「バグ出しのためにも実地試験は必要だよ。コンテストでのぶっつけ本番じゃ何が起こるか解らないからさ」
運んできたテレビをセッティングしながら答える。
「それでも、一日二日のテストで済むんじゃ?」
そう言いつつも、一度稼働したいろはがすんなり機能停止を受け入れるとは思えなかった。
「まぁ、僕の目的はコンテスト優勝じゃないんだけどね」
「優勝を狙わないのか?」
「コンテストに挑戦しているのも、本戦参加校にはメイドロイドが貸し出されるって話だったから参加したんだよ」
「メイドロイドが目的だったと?」
訝しげに訊ねる幸介。
「目的と言えば目的だけどそれはあくまで別の目的における過程での目的なんだ。メイドロイドがちょうど良かったからね」
「ちょうど良いって何が目的だったんだ?」
幸介が訊ねれば、廉太郎はもったいぶるように薄い笑みを浮かべ、
「自己意識の構築と感情の発露」
難解な回答を示すのだった。
「今でも十分意識はあるように思えるし、感情もあるけど?」
「正確には、あるように見せている――だね。今は僕の組んだ人格OSのままさ。僕は成長したいろはさんがその先に何を見いだすのかを知りたいんだ」
探求者。
ウィザード級のハッカーでもある廉太郎を一言で表せば、正に探求者であった。
「難しすぎてよく解らないけど、要するに俺はこのままいろはさんにあたふたさせられるってことかよ」
憮然と言い放つと、廉太郎は肩を竦めてみせた。
「だったら、キミも現状を楽しんだらどうだい?」
「楽しむって?」
幸介が問えば、廉太郎はぐるりといろはの部屋を見渡す。
「未里姉の案で幸介君といろはさんは許嫁同士にしたよね」
「俺としては反対したかったけどな」
早朝の話し合いに自分が参加しなかったことが悔やまれる幸介だった。もし参加していれば生き別れていた兄妹設定などを提案してたところだ。
用意しておいたペットボトルのお茶を飲んでは、そんなことを考える。
まさか一方的に決められ、朝のHRで担任から公表されるとは思ってもいなかった。
「それで本当の意味でいろはさんと付き合ってみたら?」
「へ?」
こいつは何を言ってるんだと言いたげに、ペットボトルに口を付けようとした体勢で眉をひそめる幸介。
「いろはさんと本当に婚約しろって言いたいのか?」
「ああ、許嫁ってのは語弊があったかな。僕が言いたいのは、恋人同士になってみたらどうだいってことだね」
「ぶっ――」
思わず含んだお茶を吹き出していた。
ケホケホと噎せては、雑巾で汚れた床を拭く。
「な、な、な、何言ってるんだよ!? だいたいいろはさんはロボットだろ? 恋人に何てなれるはずないだろ! 結婚だって出来無いんだぞ」
「確かに結婚は――いずれ出来るような時代が来るとは思うけど、まだまだ先のことかな。でも、ロボットとの恋愛は可能だと思うよ」
「あり得ないだろ、普通」
バッサリと切り捨てる幸介だったが、廉太郎の話は続いた。
「考えてみるといいよ。高校生で付き合いだしたカップルが、結婚にまで至る比率なんてごく僅かなんだよ? 大多数の高校生カップルは今を楽しむために異性と付き合ってるんだ。だったら、今が楽しければ相手が人間である必要は無いじゃないか」
「なっ!?」
その、あまりにも突飛な論理の飛躍に幸介は固まった。そんな彼の心の間隙を縫うように、廉太郎は囁くのだった。
「いろはさんはキミと同じ嗜好と思考を持っているんだ。同じ趣味、同じ価値観を異なる視点で見られる女性。美人でスタイルも良いとなれば、恋人にするには最適じゃないかな?」
「廉……太郎?」
窓から射し込む夕陽が逆光となり影に覆われて黒く埋没した廉太郎の顔に、幸介は薄っぺらい笑みを見た気がした。
ゴクリと生唾を飲み込む幸介。壁に掛けられた時計の針の音だけが部屋に響いていた。
目の前の親友がよく解らなくなっていく。
「なーんてね」
不意に重たかった空気が和らいだ。
「冗談だよ、冗談。僕の言ったことは真に受けなくてもいいよ」
苦笑交じりにそう告げてくる。
「あっ、でも。もし、いろはさんを恋人にしたいならしても良いと思うよ。もちろん、付き合って貰えるかはいろはさんの意思を尊重した方が良いけどね。幸介君だって鬼畜な彼氏に束縛された娘なんてタイプじゃ無いだろ?」
「お前な……」
廉太郎の冗談に、幸介は低く唸ることしか出来なかった。
――♪ ――――♪
不意に曲が鳴り響いてきた。
「おっと、未里姉からの電話だ」
幸介から離れ、電話に出る廉太郎。
「未里姉、どうかしたの? え? ――ああ、――うん。それはいいけど――ああ、そう言うことか。解ったよ。幸介君を連れて向かうから――じゃあ」
何やら言葉を交わして電話を切る。
「未里先輩、どうかしたのか?」
「んーっと、いろはさんのことで話したいことがあるからちょっと来てくれって。いろはさんも飯島さんも一緒に居るらしいよ」
「いろはさんのことで?」
廉太郎にからかわれたばかりだということもあり、無意識に身構える幸介。そんな彼に廉太郎の話は続いた。
「それで、判子を一つ持ってきて欲しいんだって」
「判子?」
自分を待ち構える状況が解らなくなる幸介だった。
☆
廉太郎の道案内で訪れたのは駅向こうにある和風喫茶『へきるり』だった。
店の作りは和風喫茶とあるように、和洋折衷な落ち着いた感じの店構えをしていた。
扉を開け一歩足を踏み入れれば、
「いらっしゃいませ」
どこか抑揚の低い言葉遣いで出迎えてくれたのは袴にエプロンを身に付けた巨乳のウエイトレスである――
「メイドロイド? ここってもしかして?」
「あっ、九十九君に綾瀬君。こっち、こっち」
幸介の推測を肯定するように、へきるりの一人娘である朔が手を振っては二人を呼ぶ。カウンターの中に収まっている彼女の姿もまた袴姿だ。
「この店って、飯島さん家なのか?」
「そっ、あたしん家。いろはさんと未里ちゃん先輩なら奥にいるから、ここでちょっと待ってね」
カウンターの空いてる席を二人に薦める。
「お父さん――マスターが商店街の会合で出払っているから、カウンターから離れられないのよ。あっ、五百円以下の物なら奢るから何か頼んで良いよ」
メニューを差し出す朔。二人はアイスカフェオレとクリームソーダを頼んだ。
「了解。今作るから待っててね。あっ、瑠理さん。二人に麦茶お出しして」
店内でウエイトレスをしていたメイドロイドに命じる。
「本当にメイドロイドがいるんだな」
「へきるりの看板娘にあたる瑠璃さんだよ」
廉太郎の頼んだクリームソーダを作りながら応じる。
「お嬢様、の、ご学友、の、方々です、ね。初めまし、て、瑠璃、です。よろしく、お願い、します」
二人分の麦茶をテーブルに置いては、ぺこりと頭を下げる瑠璃。自然な仕草なんだけど、いろはと比べればどこか人間臭さを感じさせない、無機質感があった。
「いろはさんとは全然違うんだな」
「それはいろはさんが異常すぎるだけだと思うよ」
出来上がったカフェオレとクリームソーダを二人の前に置いては、苦笑交じりに言う朔。
「表情とかも結構違うんだな」
「ハード的にはこの瑠璃さんは五世代前の機体だからね。いろはさんが旧型とは言っても二世代前。瑠理さんと三世代も離れれば表現出来る微妙な表情仕草も変わってくるよ」
クリームソーダを啜りながら、廉太郎はもう少し技術的な見解を述べてみせてくれた。
「五世代前ね」
ちらりと横目で幸介が窺えば、瑠璃はキョトンと小首を傾げるのだった。
「ある程度はシステムのアップデートで自然な感じに出来るとは思うけど、そろそろバージョンアップもされないんじゃないかな?」
古くなってくればサポート対象外となってくる。五世代前ともなれば不具合修正はあっても、大幅なシステム改善を伴ったアップデートの回数は激減していた。
「それなんだけど、いろはさんのOSは綾瀬君のお手製なのよね。瑠璃さんにもそれを組み込んだら、もう少し人間っぽくなったりするの?」
「現状よりかは人間らしくなるとは思うけど、お勧めは出来ないかな」
「どうして!?」
つい、声を荒げてしまう。
幸い、店内には彼ら以外の客はおらず、聞き咎められることはなかった。
「期待を裏切ったようで悪いんだけどさ」
朔の胸の内を見てきたように謝罪し、言葉を続ける。
「僕の組んだ人格OSは市販されているのとは設計思想が全く異なる代物だからね。現状だとOSを丸ごと入れ替えることになるんだ。学習で蓄積したデータをコンバートしたとしてもかなりの違和感が出てくると思うよ」
「そうなんだ」
しょんぼりとする朔。
「俺がやったみたいにアンケートからの人格構成は無理なのか?」
「それはあくまで模倣した人格の構成だからね。オリジナルとは別人なんだよ」
「同じボディでもか?」
いろはと幸介の場合とは状況が違い、瑠璃の場合は瑠璃の模倣した人格を瑠璃の肉体に入れるから、それのどこに問題があるのかと不思議に思う幸介だった。カウンター越しに聞いている朔もまた同意見だ。
「魂と言う物が本当にあるとしたら、異なる魂を持った似て非なる存在。たとえ同じ
確かに、いろはは調理スキルなど幸介が持っているいくつかの知識技術が欠けていた。
「そんな状況じゃ確実に、今までの活動で得た瑠璃さん特有の癖――個性は無くなるね。それを成長と割り切れるならいいけど、共に同じ時間を共有したメイドロイドともなれば、寂しさを感じると思うよ」
「瑠璃さんの個性……」
店内で仕事をこなしている瑠璃を見つめる朔。彼女の視線に気付いたのか、瑠璃は手にしていたトレーを胸の前で抱えニコッとした微笑みを浮かべてみせる。その一連の仕草は自然でなんらおかしな点は無い。
ただ、朔には解っていた。彼女が胸の前でトレーを抱えるのは、遭遇する度に胸を揉んでいた朔に対しての抵抗の行為が癖となって定着してしまったものだということを。
瑠璃に対して微妙に苦みを帯びた笑みを返す朔。そんな二人の間には何らかの見えない繋がりを感じる幸介だった。
「もし、それでもいいなら協力しても良いけど、どうする?」
そう問われるも、朔は少しの逡巡を見せることもなく首を横に振った。
「やっぱいいかな。瑠璃さんが今のままで成長するなら問題無いけど、全くの別物に成り代わるのは耐えられそうにないからね」
「うん。それが正解だと思うよ」
前髪に隠れて見えないはずの廉太郎の眼差しは優しかった。
「おっ、二人とも来てたンだ」
背後からの声で振り返れば、そこには未里といろはの二人が立っていた――へきるりの制服である袴姿で。
「いろは……さん?」
予想外の姿に戸惑う幸介。その姿を目の当たりにして固まってしまう。対して隣の廉太郎は、どこか達観したようなそれでいて感心したような表情を浮かべていた。
「どうだ、廉太郎。似合うだロ?」
「うん、似合うと思うよ。未里姉は素材が良いんだから、もっと着飾った方が良いと思うよ」
「――――っ!?」
素直な世辞に頬を赤くする未里。
「廉太郎は時たま素で恐ろしいことを曰うから怖いんだよナ。こいつ、天然ジゴロの才能を持っているとあたしは思うゾ」
胸を押さえては動機を整える。
「ねぇ、九十九君。いろはさんはどうかな?」
名を呼ばれ、幸介の金縛りが解けた。
「うちの制服って大正浪漫をイメージしてるから、大和撫子みたいで可愛いでしょ」
「え、ああ、うん。まぁ、似合うと思うよ」
狼狽しつつもそれだけを何とか絞り出す。
対していろはは、
「当たり前だ。俺は何を着ても似合うからな」
どこか誇らげで嬉しそうだった。
「でも、どうしていろはさん達がここの制服を着てるんだ?」
「ああ、それよそれ。九十九君。いろはさんがここでバイトしたいんだけど、いいかな?」
「いろはさんがバイト? どうして?」
想定外な話に戸惑う幸介。
「簡単に言えば、いろはさんに欲しい物があったんだけど貰った軍資金じゃ足りなくてね、ここでのバイトを勧めてみたの」
「欲しい物? あまり高くなければ俺が出すけど?」
「いや、あれは俺の趣味で欲しいと思った代物だからな。お前の手は借りる気は無い」
首を横に振っては毅然と断るいろはだったが、幸介にはそれが気になった。
実働時間二十六時間ほど。異なる存在とは言ってもまだまだ似通ったパーソナルを持っている存在だ。
普通に考えれば、今現在ならば同じ趣味を持っているのが当たり前なのだ。いろはが欲しがる代物ならば自分にとっても有意義な代物ではないのかと考える。
だからこそ、
「いったい、いろはさんの趣味って何なんだ?」
疑問が口を衝いて出た。
「いろはさんの趣味? それはね――もがぁ!?」
「言えるか、馬鹿野郎!」
全身真っ赤にしたいろはがカウンター越しに朔の口を塞ぐのだった。
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