十話 ある意味、開眼!

 二人が選んできたのは無地やら縞柄やらのシンプルなデザインの下着だった。ただし、山として積まれたその上にあるブツを見つけては、微妙な表情を浮かべるいろは。

「フリル付いてるんだけど……」

 可愛い系と言うほどではないが、白を基調として焦げ茶色のフリルがあしらわれたシックなデザインの下着セットだ。

「いろはさんなら、こういうのも似合うと思うのよね」

「ういうい。下着だからって着飾らないはダメだゾ。イイ女は見えないところも磨くものなんだからサ」

「はぁ……」

 そう言われても、それを身に付けることには抵抗があるいろはだった。

「まぁ、試しに試着してみてよ」

「え!? 俺が着るのか? サイズは解ってるんだから、試着まではしなくてもいいだろ?」

 いくら密室と化した試着室とは言え、自宅や学校以外で裸になることが凄く恥ずかしく感じられた。

「いいから着てみて。似合うと思うから」

 朔に押しやられ、ブラジャーと共に試着室へと押し込まれるいろは。全身を映す鏡の前で、制服へと手を伸ばす。このまま身に付けないことには出して貰えそうにないことが、何となく解っていた。

 ネクタイを外し、半袖のブラウスを脱ぐ。

 出てきた双丘を包み込んでいるのは白いブラジャー。長い髪を前にやり、背中のホックを外す。

 身に付けていたブラジャーを剥ぐと、用意されたブラジャーの紐に肩を通し、フリルの付いたカップを胸に併せた。

 背中のホックを留めては鏡に映った姿を見て、

「――――」

 息を飲むいろは。

 朔達の言うように似合っているのが見て取れたのだ。

「そう言うことか」

「どう言うことなの?」

 華奢な肩が小さく跳ねた。振り返れば、カーテンの隙間から朔と未里の二人が覗き込んでいたのだ。

「さ、朔さん!? 未里先輩!!」

 素っ頓狂な声を上げるいろはに、

「こらこら。女の子同士なんだから狼狽するんじゃなイって」

 未里が窘める。

「それより、そう言うコトって何さネ?」

「あっ、いや。どうしても俺の中では九十九幸介が女装しているって考えが残っていてさ。九十九幸介として女装のために女物の下着を身に付けるならシンプルな方がいいと考えていたんだけど」

 それが、実際に身に付けた姿を目の当たりにして、考え間違いだと言うことに気付いたのだ。

「今の俺は女なんだ。それも美少女だと思えるほどの。だったら、美少女として似合う姿をすべきなんだなって思ったんだ」

「じゃあ、そう言うことだからこれとこれも着てみてね」

 気が付けば、着せ替え人形と化しているいろは。

 結局彼女が購入したのは、色違いのドット柄のセットを二組と初めに試着させられたフリルの付いたヤツだった。

「か、買ってしまった……」

 下着の詰まった紙袋を手に若干の緊張で強張っているいろは。そんな彼女の初々しさに、したり顔の朔は小声で囁いてきた。

「いろはさん。そういうのを着て迫れば、九十九君もイチコロよ」

「イチコロってな……俺とあいつはそんな関係じゃ――」

「関係でしょ? 許嫁なんだし」

 いろはの発言を遮り、そう告げては目で横を見るように促してくる朔。彼女の視線の先では、同じように買い物に来ていた扶桑高校の女子生徒がいた。

 何処で誰が聞いているのか解らない状況なのだ。不用意な発言は出来無かったりする。

「でも、いろはさんって意外に注文がうるさいんだね。それって、九十九君の趣味だったりするの?」

 服を買うために場所を移動しつつ、朔が言う。

「あいつの趣味と言えば趣味になるかな? あいつはあれで、女性に気品を求めるタイプだからな。似合っていればどんな格好でもかまわないんだが、場違いなのや着崩して下品なのを嫌う傾向にある。俺にも多分、その習性が身に付いてるんだろうな」

 まるで他人事のように自分達のことを診断する。

「それってつまり、九十九君はお嬢様な娘がタイプってこと?」

 朔の言葉をしばし考え込むいろは。

「あながち間違ってはいないけど、別にタンクトップにホットパンツでも健康的で似合っていれば問題無いと思うぞ」

「九十九クンは退廃的で過度なセックスアピールした女が苦手ってことだネ。アンケート結果でもその傾向が見え隠れしていたヨ。九十九クンはあれでフェミニストな面があるかンね。女性に幻想を抱くタイプだヨ」

 その指摘に何となく納得する朔だった。

「じゃあ、服装はどんなのを選ぶの?」

 やってきたのは最初に覗いたブティックとは違い、大型の衣料量販店だった。

「部屋着と格好いい系と可愛い系かな?」

 先ほどとは微妙に考え方が違っているいろは。そのことを朔が指摘すれば、

「下着を選んでいて少し考えが変わったんだよ。この身は綺麗だからな。俺が気恥ずかしいからって選択肢を狭めるのは勿体ないと思ったんだ」

 廉太郎お手製の人格OS。その上で展開されている九十九幸介の人格だったが、微妙にだが少しずつ成長を始めていた。

「ふーん。じゃあ、ここでもファッションショーをやってみましょうか」

「え?」

 墓穴を掘ったと気付くも時既に遅し。またもや試着室へと押し込まれ、着せ替え人形祭りが再び始まるのだった。

 Tシャツにキャミソール、タンクトップ。半袖シャツにノースリーブやらポロ。襟元もフリルで飾ったものからタートルネックに大きく開けたもの。とにもかくにも色々な形状の服を運んではいろはに着せていく。

 下は下で、スリムジーンズから始まりクロップドパンツ、ショートパンツ。ロングからミニへとフレアやタイト、プリーツスカート等々。

 その怒濤の勢いに押されたいろはのCPUが処理速度を落としていることをいいことに、際どいミニやへそ出しコーディネートなんかも勧められていた。

 それがまた似合ってしまえば、複雑な表情を浮かべるしかない。

 何着か試着した後、いろはが選んだのはトップスにキャミソールとTシャツを数枚、ノースリーブのシャツ。ボトムはジーンズを一枚にプリーツスカートを二枚。あとは、部屋着としてショートパンツにタンクトップを購入することに。

「うーん、やっぱ量販店じゃバリエーションが少なくて面白くないね」

 いろはにしてみれば十分買い込んだ感があるのだが、朔はお気に召さないようだ。

「あっちにゴスロリとかも扱ってる店があるけど、行ってみない?」

「ゴスロリね……」

 朔の指差す先を眺め眇める。

 興味が無いと言えば嘘になる。それほどまでに、いろは女性の服に興味を持ちだしていた。

 ただ、

「靴も買わないとならないんだから、予算が無いだろ」

「あっ、そう言えばそうだった」

 がっくしと肩を落とす朔だったが、

「まぁ、試着だけなら問題無いし、覗くだけ覗いてみるかイ?」

 未里の一言に朔はぱっと華やいだ。

 そして一行は場所を変えるのだった。


      ・

      ・

      ・


「うーん、何か違うかも」

 白と黒のゴスロリファッションで身を包んだいろはを前にして、朔は難しそうに口を曲げる。

 似合う似合わないで考えれば、いろはの容姿ならば十分観賞に耐えられるのだが、纏っている雰囲気と衣装の雰囲気がずれているのだ。

「いろはさん、自分が可愛い女の子と思い込むことは出来るかイ?」

 未里のアドバイスで考えてみるも、いろはは頭に付けているヘッドドレスのリボンを揺らすように首を横に振った。

「フェミニン系は似合わないとか?」

「いや、似合うとは思うヨ。ただ、いろはさんには女の子としての幼さが欠けているんだネ。自分が愛らしい女の子と考えられないから、立ち振る舞いにそう言うのが現れないんだヨ」

「女の子としての幼さってな……」

 言い得て妙ではあるが、いろはにどうこうするのは難しい事柄だ。どう考えても、自分がロリータファッションの似合う幼い女の子とは思えないのだ。

「大人としての可愛い格好なら似合うかもネ。ナチュラルな色合いでゆるーい感じのファッションならどうだい? あんなンならいろはさんでも可愛く着飾れるかもナ」

「ゆるーい感じ……ちょっと待ってって」

 いろはを試着室に残し、朔は未里と連れだって違う服の物色し始めた。

 フリルやらレースやらで装飾されたアースカラーやナチュラルカラーのワンピースを持ってくる。

「ワンピースが多いんだな」

「フェミニン系だとそうなるかな? ゴスロリもワンピースだしね」

「ワンピースか……」

 その言葉に何かが引っ掛かりつつも試しに一着試着してみれば、先ほどのゴスロリとは違い似合っていた。

「へー、結構好い感じジャン」

「うーん、何か足りないような……」

 そのコーディネイトに朔は物足りなさを感じていた。

「そりゃ、これだヨ」

 未里が別の棚から持ってきたカンカン帽を被してきた。

「あっ」

 思わず声がこぼれた。

 淡い水色を基調としたグラデーションの効いたふるゆわのワンピース。首に巻かれた蒼いストールに麦わらで編まれたカンカン帽。鏡に映るいろはの姿は見事なまでにマッチしていた。正に、画竜点睛を欠くの欠けていた部分が帽子によって塞がれたのだ。

 でも、何かが違う。

 いろはの胸の内で、何かがざわめく。

「どうかしたの?」

「んーっと、これはこれで似合うんだけど、俺がイメージしている姿がこれじゃないって訴えてくるんだよ」

「訴えてくるン? 入力した九十九クンのデータとの差異ってヤツかネ」

「九十九君の? いろはさんの服の趣味って、九十九君が恋人に着て貰いたい服装の趣味ってことになるの?」

「平たく言えばそうなるかナ」

「あいつの趣味……」

 それを意識した途端、いろはは何故か落ち着かない気分になっていた。

 その後も何着か試してみるが、いろはの中にあった違和感は払拭出来なかった。

 店を後にして、最後の必需品である靴屋を目指すいろは達。そんな彼女の足が一つの店舗の前で止まった。

 そこは比較的値の張る服飾を扱った高級ブティックだ。

「そのワンピースがどうかしたの?」

 朔達も足を止める。

 通路に面した店頭には、白をベースに胸の下辺りを黒のリボンで絞っているワンピースがあった。先ほど試着していたゆるふわな感じの物とは違い、清純で高そうだ。

 着込んでいるマネキンには幅広の麦わら帽まで被せてあり、避暑地のお嬢様をイメージさせる。

「いろはさん!」

 名を呼ばれ、ハッとするいろは。

「あっ、いや。何かいいなって思って」

「白のワンピースが?」

 興味を持ったのか、朔と未里も並んではそれを見る。

「何て言うかさ。こう、魂に込み上げてくるものがあるんだよな」

「魂……ネ」

 感心したように呟く未里。

「こいつが九十九クンの持っているワンピースに対する絶対的なイメージに近いんだろうナ」

 そう現状を把握してみせた。

「ふーん。で、いろはさん。これ、買うの? 清楚な感じでいろはさんになら似合うと思うけど」

 何気に値札を確認すれば帽子とセットで一万を軽く超す価格が付いていた。

「これは無理かな」

 少し、名残惜しそうないろは。残っている靴購入のことも考えれば、さすがに手が出せない。

「じゃあ、試着してみる?」

 その言葉にしばし考え込むも、

「やっぱいい」

 首を横に振った。

「何て言うか、これを着込んだらきっと、俺はきっとこのワンピースが無茶苦茶欲しくなると思うんだ」

「無茶苦茶ね……じゃあ、いろはさん。もし良かったら――」

 そして朔はいろはに、一つの提案を口にするのだった。

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