九話 着せ替えドール

 今日の授業を終えたいろはは朔と連れだって、バスで郊外にあるショッピングモールへとやってきていた。

 放課後、部室にて必要経費としてふんだくってきた部費を元手に、いろはの着替えと日用品を仕入れに来たのだ。

 ちなみに未里は部長会議に出席。幸介と廉太郎の男性二人は九十九家にていろはの部屋作りに勤しむことになっていた。

「何て言うか、見えない圧迫感を感じるんだけど」

 いろはの前に立ちはだかるはレディース物のファッション店が立ち並ぶエリアだ。通常、彼女連れでもない限り男が立ち入る場所ではない空間に圧倒され、ついつい及び腰気味になる。

「向こうの店じゃダメなのか?」

 指差す先には老若男女問わず、カジュアルウェアを扱った大型の量販店だ。あちらならば、いろはに入力されているデータにも九十九幸介がたまに服を買いに行く店の一つとして記録されていた。

「あっちは後。まずはこっちから覗きましょ。あと、変にビクビクしていたら万引きとかと思われるよ」

 そうは言われてもなかなか覚悟が決まらないいろはだったが、朔はそんな彼女の手を引っ張っては身近にあったティーンエイジャー向けのブティックへと引っ張り込んだ。

「いろはさんはスタイル良いから、大概の服は似合いそうだね」

「そうなのか?」

 曖昧に答える。

 いろは自身、自らの容姿は客観的に見られるのだが、第三者に言われてしまうと照れて恥ずかしい。

 泳がすように視線を彷徨わせれば、男の服とは圧倒的に違う種類の豊富さに圧倒される。

「いろはさんって、スカートとかって恥ずかしい?」

「落ち着かない感じはまだあるけど、多少は慣れたかな」

 昨日と違い、今日は大勢の前で制服姿をさらけ出していたのだ。女装しているといった類の抵抗感はほとんど消えていた。

「じゃあ、ホットパンツは? いろはさんの脚ってすらりとしてるから、似合うと思うよ?」

 朔が手にしたのはデニム地のホットパンツだった。

「無理無理無理」

 ぶんぶんと首を横に振る。

 分類的にはズボンになるが、ミニスカートよりも遙かに短い丈をしているそれを履くには多分なる勇気が必要だった。

 九十九幸介としての思考を宿すいろはにとって、町中でそんな格好をするのは耐えられなかった。

「じゃあ、いろはさんはどんなのを希望するの?」

「寝間着としても使えそうな部屋着にあとは街中を出歩いていてもおかしくなさそうなのでシンプルなのを適当に。ボトムはジーンズかチノパンで――って、スカートも一つくらいは有った方が良いか」

 少しだけ照れるように付け足す。

 制服のおかげでスカート自体には慣れたものの、自らそれを求めるには心理的圧迫感が強かった。

「スカート、ね」

 朔は近場にあるスカートへと見やっては応える。

「ミニ? ロング? タイト? フレア? プリーツ?」

「いや、いきなり言われても……」

 答えようのないいろはだった。女子としての知識が無い彼女にしてみれば、何が何だかで一杯一杯だ。

「あっでも、いろはさんだとミニスカートは色々不味いかな?」

「色々?」

 心情的に不味いのは肯けるが、色々と言うのが気になった。

「だっていろはさん、バス待つ時にベンチで思いっきり足開いて座ろうとしていたじゃない。あんなのミニスカートでやったらやばいよ? それに学校でも階段を上る時に一段飛ばしとかしてたりするでしょ?」

 それは九十九幸介としての癖であった。

「男の子としての動作が目立つからね。結構、スカートが捲れて見えたりしたこともあるよ」

「あう」

 もっともな指摘だった。

 どこまで九十九幸介のデータを細かく入力されているのかは解らないが、いろはの基本的な行動パターンは彼そのものなのだ。

 初めの内はスカートと言った着慣れない装飾に行動も抑制されていたのだが、馴れ始めたこともあってか、ついつい隙が多くなっていた。

「普通、ああいう座り方は男性の目がある場所じゃやらないものだよ。常に、誰かが覗いていないか気を配るものだよ」

「そうだったんだ」

 普通ならば自然な仕草で下着が見られないように隠しも出来るのだが、生粋の女性じゃないいろはには日々の成長過程で覚えるような高等技術は身についていなかった。

「いろはさん、予算はいくらあるの?」

「確か……」

 部室で渡された封筒の中身を確かめて告げる。

「五万か。未里ちゃん先輩、結構奮発したんだね」

「まぁな。あっ、でも、靴とか下着も揃えろって言っていたな」

 前もって用意されている靴は今履いているローファーのみで、体育の授業で使っていた運動靴は未里の友人の物を借りたのであった。ちなみに未里のではサイズが小さすぎて合わなかったりした。

 下着の方もまた、最初に身に付けていた物と紙袋に入っていたヤツの計二組のみ。新陳代謝が行われないメイドロイドならば十分とも言えるのだが、いろはは見た目ティーンエイジャーの少女なのだ。毎日同じ下着では若い少女としては色々とダメすぎた。

「靴に下着に服か……パジャマと部屋着は兼用で良いとしても、それなりの数が必要だよね? 靴もスニーカー以外にもサンダルぐらいは持っておきたいと思うし」

 朔は指折り、頭の中で何が必要なのかを数えていく。

「五万だとどこまで買えるかな? 服より先に靴と下着を選んだ方がいいのかな?」

 ぶつぶつと思案を始める朔に、いろはは肩を竦めてみせることしかできなかった。

「いろはさんはどうしたらいいと思う?」

「えぇっと、朔さんに任せるよ。俺には女の服なんて全然解らないから」

 振られるも、全てを丸投げするいろはだった。

「じゃあ、まずは靴と下着の値段だけでも確かめておいて、そこから服に割り当てられる予算を計算しましょ」

 折角来ていた売り場を離れ、初めに靴を見ることになった。

「スニーカーとサンダル併せて五千円ってとこか。結構可愛いのもあったしね」

 安売りしていた二九八〇のスニーカーと一九八〇のサンダルに目星を付けると、続いて二人は下着売り場へとやってきた。

「へー、下着売り場ってこうなってたんだ」

「?」

 平然と足を踏み入れるいろはに、戸惑いを覚える朔。

「いろはさんって、最初に服見に行った時には抵抗を感じていたけど、ここは平気なの?」

 その指摘に、いろはは小首を傾げてみせる。

「言われてみれば、別に平気だよな」

「ふーん。まぁ、いいか。それより、これなんかいろはさんに似合いそうだよ」

 さして気にせず、朔は近くにあったブラジャーを手に取りいろはへと向けてきた。途端、その顔色が赤くなっていく。明らかに羞恥心を抱いているのが見て取れた。

「いろはさん?」

「あっ、何て言うかその……恥ずかしくて」

 伏し目がちに視線を逸らす。

「恥ずかしいって、下着売り場には平気なのに、どうして?」

「あー、それはダね、データの入力漏れだワ」

 朔の疑問は隣から答えられた。

「未里ちゃん先輩?」

 そこには宮後未里がいたのだ。

「どうしてここに? 部長会議に出席したんじゃ?」

「あー、実は一日日付を間違えていたんダよ」

 少し恥ずかしそうにそう言う未里だった。

「そんで、慌てて追いかけてきたんだけどバスに間に合わなくてサ。千尋チャンに車で送ってきてもらったトコ」

「千尋ちゃんって?」

「谷川千尋センセー。我がプロ研の最終兵器な顧問サ」

「最終兵器? 谷川先生が?」

 そのおかしな修飾語に朔はキョトンとした。

 千尋は今年度赴任してきたばかりの新米教師で、気さくで若いので生徒受けが良かった。そんな人が何故、物騒な肩書きを持っているのか不思議だった。

「昨年度、前の顧問が定年で辞めてネ。急遽千尋チャンに頼んだんだけど……あのヒト、パウリ効果持ちだったンだ、困ったことにサ」

「パウリ効果?」

「触れただけで機器を壊す物理学界における古典ジョーク」

 聞き慣れない言葉を疑問に思えば、簡単に教えてくれた。

「あのセンセーの場合は、どんな電子機器でも簡単に壊してくれるかンね。だから、最終兵器」

「何て言うか、プログラム研究部には不向きな人材じゃ?」

「そーだと思うヨ。でも、面白いからイイ人材だとも思うネ」

 気軽な未里だった。

「朔チャンは知ってるかイ? 千尋チャンが若いのにレトロなマニュアル車で通学している理由をサ」

 千尋が扶桑高校への通学に使っている車は、今から半世紀以上前に作られていたマニュアル車であった。

 ちなみに時計なんかも機械式の懐中時計を愛用していたりする。

「あのヒト、電子制御されている車だと相性が悪くて簡単に壊れて運転できないんだヨね」

 言っては楽しそうに笑う。

「そうだったんだ」

 今時どこにでもいる普通な感じの二十代女性な割に、異様なまでのレトロな趣味をしていることを不思議に思っていたのだが、そんな秘密があったとは知らなかった。

「でも、それだといろはさんが近くに行くと壊されません?」

「どーだろネ。あのヒト自身、自分が精密機械だと思ってなければ平気みたいだかンね。情報端末なんかも数世代前の携帯電話を使ってるンだけど、あそこまで古いとただの道具として認識して割り切ってるから使えるっポイしネ」

 旧世代ながらもスマートフォン辺りになると道具と思えず壊してしまう傾向があった。

「いろはさんを人間と思ってしまえば大丈夫じゃナい?」

 部活動において重要な事柄だと言うのに、結構いい加減なプログラム研究部部長だった。

「顧問の先生のことは解ったけど……いろはさんの入力漏れって?」

 脱線していた話題を戻す。

「ああ、それかイ? いろはさんには九十九クンが羞恥心を抱く事象や対象をデータ入力してあったんだけど、下着売り場までは入れてなかったンよ。一応、女性用下着には羞恥心は抱くようになっていたんだけどサ。いろはさんの認識だと、下着よりも下着売り場の方が先に来てしまったンだろうね」

「結構アバウトなんですね」

 そのずぼらな入力に、若干呆れ気味な朔だ。

「まぁでも、面白いいろはさんを見ることが出来たからいいか」

「ういうい。これもまた、いろはさんの個性だからネ」

 結構似たもの感性の持ち主だった。

 くだんのいろはだけは、今も下着を前にしては神妙な顔付きをしていたりする。

「それでいろはさん。下着の好みとかあるの?」

「下着の好みか……扇情的なのはパス。あと、幼すぎるのや可愛すぎるのもパス。この身体だと、フリルが付きまくってるヤツやアニマル柄とか似合わないと思うしな。シンプルなデザインで年相応な感じなのがいいかな」

 ざっくりと店内を見渡してはそう注文を出す。

「そうなると無地かな? あとはせいぜいドット柄とかボーダー柄ぐらいかな? スマートで落ち着いた感じのデザインを選べば良いとして……いろはさんのサイズはどれくらいなの?」

「確か、アンダー七〇のCカップだったネ。ちなみに、ウエストは六〇でヒップは八三だったかナ」

「な、な、何で知ってるんだよ!?」

 思わず反射的に胸を隠すいろは。彼女に入力された幸介の判断基準では、女子のスリーサイズは恥ずかしい物だとなっていた。

「それなら簡単だヨ。いろはさんの身体はアレだロ?」

 その言葉で朔にも合点がいった。

「顔に関しては少し弄ってあるけど、身体に関してはカタログスペックのままだかンね」

 メイドロイドは基本、購入時に顔の造形や体型をカスタマイズすることが出来た。

 もっとも複雑な仕様変更は無理で、顔に関しては釣り目や垂れ目、瞳の色、眉の形、髪の長さ、耳や鼻の造形、口角の位置――程度を微妙に弄るぐらいとなる。

 体型に関してはバストウエストヒップのスリーサイズが変更出来、ニュートラル状態のカタログスペックから下はマイナス三~五センチ。上は二〇センチぐらいまで変えられた。

 ちなみに身長を変えることは無理で、背の高低に関しては購入時のサイズ別バリエーションから選ぶしかなかった。

「あたしとしてはもう少し大きい方が面白いんだけどサ、廉太郎のヤツがこの方が色々と都合が良いとか言ってそのまんまなんだよネ」

「!」

 大きい方の一言に反応するのは自称オッパイソムリエの朔だった。

「未里ちゃん先輩も、他人のオッパイは大きい方が好い派なの?」

「ん? 朔チャンもそうなノかい? 他人のオッパイは揉み心地が好いに決まってるからナ」

 言って見つめ合ったかと思うと、がっしりと握手を交わす二人だった。

 そんなクラスメイトと先輩の少女達に対し、どんな反応を返すべきなのかは入力されておらず、ただただ固まるいろはだった。

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