八話 宣言の先に
「でも、まさかいろはさんの人格が九十九君のものだったなんてね。この朔さんの目を持ってしても見抜けなかったよ」
部室棟から教室へと戻ろうと廊下を歩きながら、部室内で展開された会話を思いだしては言う朔。
「このことは絶対に秘密で頼むよ」
さすがに男の、それもクラスメイトの男子の人格を有しているなどと女子にばれたりしたら、後が怖かった。
「知られたところで、面白がられるだけだと思うけどね」
あっけらかんとしている朔だ。
「それより二人とも。プロ研の人達に用事があったんじゃないの?」
部室に行くための方便かなと思いつつも、それが気になった。
すると、
「あっ、忘れていた!!」
「あっ、忘れていた!!」
同じタイミングで叫ぶ二人。やはり同じ人格を有しているんだなと、納得する朔だった。
「結局は何の用事だったの?」
「いろはさんの服とか私物のことを相談しようと思っていたんだ」
「仕方ない。放課後にでもまた顔出すか」
「だけど、いろはさん。放課後は速攻で帰って部屋の掃除をしないとならないだろ」
「ああ、それもあったか」
当事者でありつつも、幸介と立場が違ういろはは、自分の寝所のことまでは失念していた。
「部屋の掃除って?」
「いろはさんの部屋が無くてさ。昨夜は俺のベッドで一緒にね――」
つい、言い掛けてしまったままの形で固まる幸介。絶対に秘密にしておかなければならない話だったのだ。
それを聞いていた朔の頬は、愉しげににやついていく。
「九十九君っていろはさんと一緒に寝てたんだ」
「ちょっと待て、飯島さん! それは誤解がある言い方だ」
「そうだよ。俺たちは別にやましい真似は何もしてないんだからな」
あわてて弁解する二人の顔を見比べ、
「いろはさんは抱き枕を抱いて朝までぐっすり。対して九十九君は悶々として明け方まで起きていたってとこでしょ」
まるで見てきたかのような推測だ。
「よく解るな」
「九十九君、目の下に隈が残ってるからね」
指摘され、目を擦る幸介。体育の授業をさぼって寝ていたとは言え、二十分足らずで解消できるはずもなかった。
「いろはさんの方は、うちの娘と同じかなと思っただけよ」
ばらしてしまえば、ネタは単純だった。
「でも、大変そうだね」
「まぁな。いくら中身が俺と同じでも、美人すぎるんだよ。ハッキリ言って、一緒にいて落ち着かない」
「あー、解る解る。あたしもメイドロイドが来たばかりの頃はどう接していいのか解らなくてさ」
しみじみと過去を偲ぶ朔だったが、
「出会い頭に胸をよく揉んだものだよ。うちのは父さんの趣味なのか巨乳の娘でね。揉みがいがあるんだよね、これが」
その言動には怪しげなノイズが混じっていた。
「はい?」
何かの聞き間違いかなと思っていると、いろはが小声で耳打ちしてくる。
「朔さん、揉み魔なんだと。ウチと隣のクラスの女子は全て彼女の魔の手によって犯されているらしい」
「もしかして、いろはさんも?」
節目がちに目を反らし、頷く。
日頃、男子の前ではしない女子の行為に、少しだけ女子に対する幻想が砕かれた幸介だった。
「いろはさんの乳も柔らかくて気持ちよかったけど、やっぱり乳はウチの娘が一番だね」
耳打ちが聞こえていたのか、朔はニヤリと笑って、
「隙あり!」
「のわぁっ!? や、やめろ、朔さん」
いきなり伸びてきた朔の両手が、いろはの熟れた果実を捉えるのだった。
感じることはないのだが、くすぐったくて仕方ない。
必至に逃げようとするのだが、器用にもまとわりついて離れない。おっぱい揉み歴五年は伊達ではないようだ。
そんな女同士のスキンシップに、幸介はただただ顔を赤くするだけだった。
「やっぱ、反応はいろはさんの方が面白いかな。何て言ったって、中身は男の子なんだし」
一通り堪能すると、朔はいろはを解き放った。
解放されたいろはは、逃げるように幸介の背後に回り込む。
正直、胸を揉まれるのは自分が女であることを強く認識させられるので、長時間の攻めには精神的に耐えられなかった。
「なぁ、飯島さん。面白いって言っていたけど、気持ち悪くないのか? クラスメイトの男子の人格がメイドロイドに宿ってるんだぞ?」
んーっと考える素振りを見せる朔。
「いろはさんの感じた情報を九十九君にフィードバック出来るなら問題だと思うけど、それって今の技術じゃ無理じゃない」
研究中の最先端技術ならまだしも、一般的なモノには存在しない技術だ。
「だったら、いろはさんはいろはさんでしかないからね。九十九君のコピーでもない、オリジナルのいろはさんだよ」
「オリジナルのいろは……か」
その言葉に、胸の奥が暖かくなっていくような気がするいろはだった。
一方、幸介も、
「何て言うか、凄いな」
それ以外の感想が出てこない。
人格のオリジナルである自分や、事の元凶であるプログラム研究部の二人とは違い、完全に部外者でしかないのだ。それなのに、あっさりといろはを受け入れてしまえるのが信じられなかった。
「あっ、でも!」
一つ、嫌な予感が脳裏を過ぎった。
「飯島さんは俺のことを、メイドロイドの女体に自分の人格移植して愉しんでいる変態だとか思っていないよな?」
見方を変えればそう言う考え方も出来る状況なのだ。
「別に思っていないけど……もしかして、そうだったの?」
「いや、思っていないならいい。俺は完全に巻き込まれた側であって、俺の意志はこの件に関与してないんだからな」
強く弁解する幸介だった。
「本当なの?」
「こいつは、飯代に釣られて協力してるだけだからな」
フォローとは言い切れないフォローをいろはがしてくれた。
「俺はそのつもりだったんだけど、対価として得たのは産地直送の食材だった」
昨夜送られてきた食材を思い浮かべ、煤ける。
「産地直送の食材って?」
「未里先輩は、俺にこいつの食事を調理させる予定だったんだよ」
「へー、それで産地直送の食材だなんて、未里ちゃん先輩って面白いことするのね」
素直に感心する。
幸介にしてみれば計られた感が強いのだが、朔は違ったように捉えていた。
「そう言えば、さっき食べていたお弁当って手作り弁当だったよね?」
ぶら下げている空の弁当箱を目で追って言う。
「アレがいろはさんの手作り?」
「あっ、いや、そのぉ……」
いろはが答え倦ねいていると、朔の話はどんどん進んでいってしまう。
「メイドロイドって料理、美味いんだよね。デフォルトで基本的な家庭料理は一通り出来るし、オプションで買ってきた調理データをインストールすれば、名店の味も再現できるって話だし」
「そんなに凄いんだ」
羨望の眼差しで朔の言葉に耳を傾ける幸介。
「そんなにって、いろはさんが作ったんじゃないの?」
「あれは俺が作ったヤツ。第一、いろはさんには調理データが何も入っていないんだよ」
「え?」
通常のメイドロイドではあり得ない状況に、驚く。
「それも、包丁は切るモノ、鍋は茹でるモノと言った知識しかなくてさ。卵焼き一つ作れないんだ」
「…………」
あんぐりと口を半開きにしてはいろはへと視線を向ける。
対していろはは、気恥ずかしそうにモジモジとしていた。
「どうして?」
「いろはさんの人格を作る際に入力したデータが大きすぎたとかで、メイドとしての基礎データを全て削除してるんだよ」
「それはまた、思い切ったことをしてるんだね」
メイドロイドのメイド部分を完全に否定した行為に、呆れ半分で感心する。
「廉太郎が言うには、学習していけば料理も作れるようになるとは言っていたけど、いつになるのやら」
言って肩を竦める幸介。対していろはは居心地悪そうに難しそうな顔をしていた。
「いろはさんって、男らしいことを除けば完璧かと思ってたんだけど、結構穴がありそうだね」
「まぁな」
素直に頷き、
「そう言うことだから、飯島さんにもフォローを頼むよ」
改めて、お願いするのだった。
「基が俺だから、女としての一般常識は思いっ切り欠けているしさ。俺の前で平気で裸になろうとするし」
昨夜の出来事に想いを馳せては渋い顔をする。
「裸って?」
「腰にバスタオル巻いた状態で風呂から出てくるんだよ。その後は、貸したTシャツ一枚着た状態で胸見るかって迫ってくるしさ」
「ちょっと待て、お前! それは言わないものだろ!!」
自分の痴態をさらけ出されては慌てるいろは。さすがに第三者に話されては恥ずかしかった。
オリジナルである幸介に食って掛かろうとするいろはだったが、
「それはダメだよいろはさん」
先にめっと叱られてしまえば、二の句が告げられなくなる。
「いくら九十九君が自分自身だって言っても、男の子なんだからね。そう言うのは、惚れた相手だけにしないと。あっ、でも、いろはさんと九十九君は許嫁なんだっけ?」
「それは建前だって解ってるだろ」
本当のことを明かしたのだから、それがあり得ぬ話なのは解っているはずだ。
「確かにメイドロイドとじゃ結婚は無理だろうけど、恋人になるのは可能じゃない? 人としての確固たる人格を持っているんだから、恋心ぐらい抱けるんじゃないの?」
「まさか。俺は人間じゃないんだぞ? 恋なんてするはずないだろ。それに俺の本心は男のままのだしな」
ばっさり切り捨ててみせる。
でも、
「そうかな?」
安易にそれを受け入れる気の無い朔であった。
「九十九君といろはさんってば、役割性格って言葉を知ってる?」
「何だ、それ?」
二人とも聞いたことのない単語だった。
「心理学の言葉なんだけど……制服効果って言った方が知ってるかな?」
それに関しては、いろは知らなかったが幸介は記憶の片隅に覚えていた。
「確かそれって、普通の人に囚人と看守の格好をさせて施設に閉じこめておいたら、それぞれがその姿になりきった行動をするようになったとか言う実験だっけ?」
「そう、それ」
正解とばかりに笑顔を浮かべる。
「人の性格って言うか、挙動? それは他人からどう見られるかで変わってくるって言うか、それを演じていくよになっていくらしいの」
「いずれ俺の性格が女のようになると言いたいのか?」
探るように問い掛ける。
「うん。女性として扱われ続ければ、次第にそれが当たり前になってくるのよ。十中八九、いろはさんは女の子になると思うよ」
「どうして断言できるんだよ?」
自分がそこまで変わるとは思えない。
幸介自身も同じ考えなのか、二人して首を傾げていた。
そんな二人に、ニヤリ顔で朔はキッパリ言い切るのだった。
「断言って言うか、あたしがそうさせるからに決まってるじゃない!」
「え?」
いきなりの宣言に戸惑う二人。
「せっかく、こんな面白い状況に協力することになったんだから、あたしとしても参加しないとね」
コケティッシュな悪戯っぽい笑みを浮かべるクラスメイトに唖然とするいろは。
そんな彼女のこれから訪れるであろう災難を思い浮かべつつも、
「えぇっと、まぁ、頑張れ、いろはさん」
それ以上の掛ける言葉は持ち合わせていない幸介だった。
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