七話 バレる
いろはと幸介の二人がプログラム研究部の部室の扉を開ければ、既に廉太郎と未里の姿があった。
「待たせたか?」
「いや、僕たちも今来たところだよ」
それを肯けるように、二人の昼食はほとんど手付かずだ。
「しかし、二人とも相変わらずな昼飯だよな」
自らの弁当を机の上に置き言う。
バランス栄養食である飲むゼリーの封を開けている廉太郎と、購買での戦利品を見せびらかすかの如く大量に買い占めてきた菓子パンを並べては食す未里だった。
「そう言う九十九クンは手作り弁当なんだネ。いろはさんの手作りかイ?」
「俺のだよ」
憮然と返す。幾ら学習機能があっても、一日二日で調理が出来るようになるはずもなく、送られてきた食材を調理するのは幸介だった。
「送られてきた食材で食費は浮くけど……騙された気分だよ」
「まぁ、食材は沢山あるンだから、練習すればいろはさんも上手くなるでショ。食材が足りなくなったら、言えば新しいのを送るしネ。失敗作も、食べられるレベルのなら、学校に持ってくればあたしが平らげてあげるヨン?」
「そりゃどうも」
頷きつつも、大食漢な未里の食事姿を見やる。
「しかし、未里先輩って良く食べるよな? いったいその小さな身体のどこに入るんだ? って言うか、そんだけ食べてどうしてそんなに小さいんだよ? 名は体を表すと言うけど、やっぱり未里先輩の未里は、ミリメートルのミリなのか?」
「あたしは人としての器が大きいから関係無いのだヨ、九十九クン」
幸介の揶揄にも動じない。
「未里先輩の器って、大きいよりも底が抜けてるだけだと思うけど」
「ぐはっ」
続けられたいろはの言葉が、彼女の無い胸に突き刺さった。
「ちょっと、九十九クン。いろはさんの教育はどうなってンの!? こんな悪い子に育ててくれとは頼んでないヨ」
「いや、俺が育ててる訳じゃないし……」
軽く受け流す幸介。まともに取り合う気も無さそうだ。
「でも、みんなが食事しているのに、一人何も食べずにいるのは虚しいな」
三人の食事風景を見渡しながら、ポツリと零す。
味見程度の食事は摂れるいろはだが、その程度の食事ならば必要がない限り摂らない方がいいのだ。
「クラスメイトから昼飯に誘われたりするし、どうしたものやら? いくらなんでも一緒に食べないと不味いだろし……」
ダイエットなりの言い訳をする手もあるが、メイドロイドであるそのスタイルは、それらを必要とするとは体型では無かった。
もっとも、その体型維持のための食事制限だとでも言えばいいのだが、それでもやりすぎだろう。
「でも、メイドロイドである以上はどうにもならないだろ? みんなの前ではジュースぐらいで誤魔化――」
幸介の言葉に被さるように、
「やっぱり、いろはさんってばメイドロイドなんだ」
開かれた扉の向こうから、そんな声が響いてきた。
第三者の来訪にそちらを向くと、教室で別れたはずの朔の姿があった。
「飯島さん!?」
「朔さん? どうして、ここに?」
「いろはさんのことが気になったから、追いかけてきたの」
隠すことなく理由を話す。
「何か怪しいとは感じていたんだけど、いろはさんがメイドロイドだったなんてね。そうかなとは疑ってはいたんだけど……あまりに性格がメイドロイドっぽくなかったから確信は持てなかったんだよね」
眺め眇めた値踏みするかのような視線を向けてくる。
「そ、それは……」
「隠そうとしても無駄だよ。証拠は色々あがっているんだから」
何とか誤魔化そうとするいろはだったが、先んじて制されてしまう。
「ねぇ、九十九クン。その娘は?」
「俺達のクラスメイトの飯島さん」
未里の問いに幸介が答えれば、朔が改めて未里へと身体を向ける。
「二年三組の飯島朔です、先輩」
「朔サンね。プログラム研究部の部長、宮後未里よ」
「僕は二年十組の綾瀬廉太郎」
名乗られ、名乗り返す一同。そして、
「あたしのことは、愛と親しみを込めて、朔ちゃんと呼んでください」
「じゃあ、あたしは、敬愛と畏敬の念を込めて、未里ちゃん先輩と呼んでネ」
火花でも散っていそうな程に睨み合う二人。
ゴクリと周りが生唾を飲み込めば、ガシッと握手を交わす。
「やりますね」
「やらいでか」
解り合う二人だった。
「それで朔チャン」
「何ですか、未里ちゃん先輩」
古くからの親友の如く、気さくに会話を始めた。
「さっき言っていた証拠って何かしらン?」
「それは、いろはさんってば体重が異様に重たかったし、着替えの時にメガネを外した顔がシンメトリーだったからね。他にも色々あって怪しいと思ったの」
朔はそれらの情報からあっさりと見破ってしまったのだ。
「でも、どうしてメイドロイドが転校生なの?」
「あー、それは」
どう答えるべきか考え倦ねていると、未里が代表して話すことに。
「いろはさんは、あたし達が出場することになっているロボットコンテスト高校生大会の、本選課題用に貸し出された代物だヨ。ちなみにいろはさんの転入に関しては、学校側の協力を得てるから問題無し。先生方も全て知ってるわネ」
「先生達には話が通ってるんだ」
色々と裏から手を回されていることを知った。
「さすがに、生徒達には秘密だけどネ。よからぬイタズラをしようとする男子とか出てきたら困るかラ」
「どうして、そこで俺を見るんだよ」
ちらりと自分を見られたことに、不平を上げる幸介だった。
「未里ちゃん先輩、その課題って言うのは?」
「ソフトウェアの力で、いかに人間らしく振る舞わせるか――ヨ」
「人間らしく……どうりで、いろはさんの性格が普通とは違う訳か」
朔は何やら勝手に納得してみせた。
「でも、どうして男の子みたいな性格なの?」
「それは、幸――むぐっ」
廉太郎の口を塞いでは、言い掛けた言葉を飲み込ませる幸介。
「いろはさんの人格が俺だって話すなよな」
小声で廉太郎に言い聞かせる。
さすがにクラスメイトの女子には知られたくない内容だった。
「九十九君?」
「あっ、いや、その……詳しいことはいろはさんに聞いてくれ」
適当に誤魔化しては、いろはに丸投げする。
アイコンタクトの一つも取らなくても、同じ人格を持ついろはならば自分の考えが解っているはずだと、考えての行為だ。
「俺が男の人格をしているのは、廉太郎の持論を実証するためなんだよ」
「綾瀬君の?」
再び顔を向ければ、幸介が彼を解放した。
「僕の持論は、意識とは思考の上に成り立ち、認識のズレによって生じるって言うものなんだ。だから、女性である肉体と、男性である精神といった具合にわざとズレが生じやすい状態にしてみたんだよ」
「そんな簡単なことで、ここまで感情豊かな人格になるの? 他のメイドロイドでも男性的な性格に設定すれば同じようになるの?」
「僕の作ったオリジナル人格OSを搭載しているからね。通常のメイドロイドに入れられている既存のOSじゃ、さすがにここまでのは無理だよ」
「無理なんだ……」
何故か残念そうな表情の朔だ。
「ねぇ、朔チャン」
朔の雰囲気に何かを感じたのか、呼び掛ける未里。
「もしかしてキミ、メイドロイドを使っていたりするン?」
「え? 飯島さんって金持ちなのか?」
反射的に声を上げたのは幸介だった。
「うち? うちは普通の家庭だよ。ただ、父さんが喫茶店やっていてね。五年前からウェイトレスにメイドロイドを使ってるの」
「それって、採算取れるのか?」
安い物でも高級車並みだ。普通の喫茶店で使うには高すぎる。
「仮にウェイトレスのバイト代を時給八百円として、一日十時間、一年の内三百日の営業日をフル出勤して二百四十万円。一体でウェイトレスから事務仕事までこなせるとして、メンテや電気代を考慮しても三年あれば元は取れるかな」
廉太郎が目敏く計算してみせた。
「その割には、あまり普及してなくないか? バイト雇うよりも断然いいように思えるけど」
「初期投資が大きいから、個人経営の店じゃ難しいんじゃないかな?」
「父さんも、購入した時は清水の舞台から飛び降りる覚悟だって言っていたよ」
当時のことを思いだしたのか、しみじみとしていた。
「それでも、メイドロイドの店員なら珍しいから客は来るか」
幸介の推測を、鼻先で笑い飛ばす朔。
「メイドロイドのウェイトレスが集客力に繋がっていたのは物珍しさがあった最初のうちだけで、数ヶ月もすると普通だって。それに、新しいのが発売されると、どうしても見劣りした感じがしてくるからね」
ある程度の外見は、オーナーの好みでカスタマイズ可能なのだが、どうしても内面には画一的な部分が出てくるし、新型機と旧型機では人としての表現力に差が出来てしまうのだ。
そうなってしまえば、客商売においてメイドロイドの希少性は一気に下落する。
後は、いつもいる風変わりな店員さんでしかないのだ。
「しかし、飯島さんにいろはさんのことを話して良かったのか?」
「いいヨ、いいヨ」
気軽に言い切る部長の未里。
「どうせ、九十九クンのクラスに女子の協力者が欲しいと思っていたからねン。本当だったら、先生からクラス委員にでも話を付ける予定だったんだけど、それが省けただけだヨ」
本人の承諾を得る前に、勝手に決めつけてしまう。
「協力者なんて言っているけど、いいのか?」
「そうそう。断るなら今のうちだぞ。きっと、迷惑掛かると思うしさ」
「ん~、あたしは別にいいよ」
心配げな二人を見ては、
「だって、面白そうだしね」
ざっくばらんな朔だった。
どうやら、深く考えすぎているのは幸介といろはだけのようだ。
「いろはさんが正体は解ったんだけど、一つ疑問」
最後の質問とばかりに手を上げる。
「どうして、いろはさんは九十九君の筆跡をしてるの? あれって、設定された書体だよね? うちの娘もインストールされた書体で書いているからさ、解るんだ」
「飯島さん、いつの間にいろはさんの筆跡を見たんだ? それと俺のも」
「二人とも、教室を出る時に教科書とノートを片付けていかなかったじゃない。授業中に配られたプリントに書いてあった名前を見たの」
「それだけなら、どちらか片方が書いたと思わないか?」
「それは考えたんだけど、九十九君のノートに書かれた名前とも同じだったし、いろはさんが朝の自己紹介で黒板に書いた文字も同じだったんだよね」
その推察力に舌を巻く。
「それは、いろはさんの筆記用にインストールされてる書体が、アンケートに書かれた文字から作り上げた幸介君の書体だからさ」
「あっ、バカ」
言うが遅し。
「アンケートって?」
「それは――」
まだ誤魔化せると思い、口を開ける幸介だったが話す言葉に考え倦ねている間に、
「人格OSに入力するためのデータ取りだよ。ちなみにいろはさんは幸介君の行ったアンケートを元に人格が作られてるんだ」
廉太郎が暴露してしまった。
「九十九君のデータ? それって、さっき言っていたいろはさんの男の人格ってのが、九十九君の人格だってこと?」
「そう言うことだよ」
あっけらかんとしている廉太郎を睨み付ける幸介。
「廉太郎、お前!」
「まぁ、まぁ、幸介君。彼女も協力してくれるって言ってるんだから、ちゃんと話しておかないとね」
「むぅ……」
苦々しい顔で唸る幸介。自分といろはを見比べる朔の視線に気付いた。
「軽蔑したか? あっ、言っておくけど、俺は使用目的を知らされずにアンケートに協力していただけだからな」
「軽蔑なんてしないよ。ただ、面白いことやってるんだなって感心しただけ」
器のでかそうなクラスメイトだった。
「あっはっはっは。朔チャン、良い、良いヨ。このままプロ研に入って貰いたいくらい、最高な人材ダヨ♪」
心底楽しげに笑いだしては勧誘する未里。
「どう? マジに入らなイ?」
「考えておきます」
さすがにその場での回答は保留した。
「それより、いろはさんの書体設定は換えておいた方が良いんじゃないの?」
「まずいかな?」
話を筆跡に戻すも、事の重大性を廉太郎は考えていなかった。。
「まずいどころじゃないだろ」
「俺とこいつで全く同じ文字を書いてるんだぞ? 周りに見つかったら怪しまれるじゃないか」
幸介といろはも朔の話に乗ってくる。
「さすがに同じ筆跡の生徒が二人いたら問題だろ? ノートとかプリントとかいつ見られるか解ったものじゃないだしな」
「あー」
その指摘に、ぽんっと手を叩く。今の今まで完全に気付いていなかったようだ。
「何とかならないのか?」
「別の書体を設定すればいいと思うけど……」
廉太郎はPCの前から離れ、PCパーツが置かれた棚から一つのヘッドセットを取り出した。
「いろはさん。これ、身に付けて」
怪訝に思いつつも、それを頭にセットするいろは。
「その猫耳っぽい形をしたヤツは何だよ?」
「メイドロイド用の補助入力装置だよ。後付けで情報やファームウェアの更新するのに、いちいち頭蓋を開けてコネクターを出すなんて、非行率だからね」
教えてくれたのは、家にメイドロイドがいる朔だった。
「あれをメイドロイドに身に付けさせて、頭に情報を書き込むんだよ」
「へー」
よく解らないままに、曖昧な返事を返す。
「いろはさんの書体なら、かわいい系でいいかな? 一応、幸介君の癖もミックスしておくけどさ」
「え?」
同意する前に、新しい情報が上書きされてしまった。
あっさりと、短時間で。
試しに、転がっていたコピー用紙に文字を記してみては、唖然とするいろは。
そこには、若い女の子が好みそうな丸文字が並んでいたのだ。
それを背後から見ていた幸介が思わず吹く。
「なんて言うか、ずいぶんと女子高生らしい文字になったな、いろはさん」
「茶化すな!」
憮然と返す。彼女にしてみれば不本意な筆跡なのだ。
「あら? 可愛いじゃない」
「そうだね。女の子らしいよ、いろはさん」
生粋の女子である未里と朔には受けが良いようであった。
「でもな……俺の手からこんな文字が綴られていくのを考えると、ぞわぞわっとしてくるんだよ」
「一応、真面目に書く用の書体も入れておくから、時と場合で使い分けてよ」
廉太郎の言葉に、そっちだけを使おうと心に決めるいろはがいた。
「ネェ、廉太郎。せっかくヘッドセットを着けているンだから、ついでにあれも済ましておけば?」
いろはの頭に着いたままの猫耳風ヘッドセットを指さして言う。
「あれって、まだ何かするのか?」
「オーナー登録のことだよ。今のいろはさんは所有者を登録してない状態だからね」
それは購入者ならば誰でも最初に行わなければならないことだった。
「オーナー登録ね……」
言葉の響きからして、あまり良い顔をしないいろは。
完全に自分を『物』として扱っているのだ。気持ちの良いものではなかった。
「それで、誰で登録するんだ? 部長の未里先輩? それとも廉太郎なのか?」
幸介の言葉に二人は首を横に振った。
そして指さす先は彼自身であった。
「俺?」
「いろはさんのメインになる活動拠点は九十九家だからね。日中の学校を除けば、一日の大半はそこに居るんだしさ。幸介君で登録するのが妥当なんだよ」
名指しで指名され、戸惑う幸介。彼にしてみても、いろはを『物』扱いすることには抵抗があった。僅か一日とは言え、それなりに情が移っていた。
「登録しないとまずいのか?」
「メイドロイドの窃盗事件とかは結構あるらしいよ。盗んだメイドロイドを海外に持ち出して売るんだって。登録しておかないと所有証明が出来ないから、盗まれたら取り戻すのが大変らしいって」
「でもな……」
煮えきらない幸介だ。
自分の人格を模しているとは言え、一個人としての意識を持ち行動する少女を、自らの所有物にすることに躊躇われた。
「なぁ、オーナー登録したら、いろはさんとの関係はどうかしたりするのか?」
「実は、それが少しだけ問題なんだよね」
即座に返ってくると思われた回答は、曖昧なものだった。
「問題って?」
「いろはさんは僕オリジナルの人格OSを使ってるじゃないか。それとオーナー登録がどう作用するかが予想付かないんだ」
「予想付かないって、危なくないのか?」
「通常の人格OSならば、オーナーの命令には絶対服従するようになるんだけど……いろはさんは仮初めながらも自我を持っているからね」
珍しくもいい加減な廉太郎だった。
「絶対服従なんて嫌だぞ!」
顔色を青くしては拒絶の言葉を口にするいろは。自由を奪われるなんて、堪ったものじゃなかった。
「でも、登録しておかないとまずいんだよ」
朔もそれを促す。
「廉太郎、仮登録は使えないノ? 管理者コードは見つけてるンでしょ?」
未里が言うのは、試験運用時に用いられる仮のオーナー登録のことだ。
本登録ほどの強制力は無いが、オーナーの名前は刻まれるので、何かあった時にメイドロイドの所有を提示できる。
「それだけじゃちょっと弱いんだけど……まぁ、いいか」
少し考え込み、同意する。
「ひとまずは仮登録だけ済ましておいて、何か問題があった場合には、設定しておいたコードで、いつでも本登録出来るようにしておけばいいかな」
「そんなことも出来るのか?」
聞いてる分にはまっとうな手段とは思えなかった。
「少し、根幹にあるシステムをクラッキングするだけだよ」
いともたやすげに言い切る。
「クラッキングっていいのか?」
「いいも何も、オリジナルの人格OSを入れる時に色々と弄っているから、今更だよ」
通常、ユーザーが弄ってはいけない領域を平然と越えていく。
その後幸介は、本登録用に教えられた十二桁の数字を心に刻むのだった。
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