五話 転入する!

 予鈴のチャイムが鳴る前のざわめく教室にて、幸介は机にうつ伏せていた。

「九十九の奴、どうかしたのか?」

「なんか寝不足らしくて、俺が来た時にはもう死んでいたぞ」

 クラスメイトが気に掛けるが、一向に起きる気配がない。完全に寝入っているようだ。

 それは無理もないことだった。

 昨夜はあれから自室のベッドでいろはと共に寝ることになったのだが、隣で美少女が寝ていることを意識するあまり、明け方までまともに寝付けなかったのだ。

 しかも、メイドロイド開発陣の誰がどう言った理由で取り付けたのかが疑問視される、寝返り機能、寝息機能、寝言機能などにより、充電中だと言うのにその寝姿は普通の人間そのものともなれば、緊張しっぱなしであった。

 かろうじて彼が眠りに付けたのは五時過ぎだったのだが、六時を過ぎた頃に未里からの電話で叩き起こされる羽目に。

 いろはの転入手続きがあるからと、早朝から呼び出されたのだ。

 おかげで小一時間ほどしか寝ていない幸介は、登校早々いろはを未里に預けると、一人別れては教室へと向かい、自分の席で爆睡していた。

 そんな眠りも、予鈴のチャイムで終わることに。

「HR始めるから席に着け」

 ざわめく教室に担任教師が一人の少女を連れて現れた。

 長く艶やかな黒髪を一房だけ右側で結わえると言った特徴ある髪型をした、メガネ姿の少女だ。

 そんな見慣れぬ来訪者に誰もが興味を抱き、静まり返る教室。

「こんな時期に突然だが、転校生を紹介する」

 担任がそう説明する後ろでは、メガネの少女が自らの名前を黒板に記していた。

『九十九いろは』と。

 見覚えがあり、なおかつ珍しい名字に、皆の視線が最後尾に位置する九十九幸介へと注がれた。

 注目を浴びていることを気にするでもなく、幸介は渋い顔で壇上のいろはを睨んでいた。

 極限の眠気に負け、未里にいろはを預けてきたのだが、まさかそんな名前で手続きを済ませてくるとは思ってもいなかった。

「彼女の名前は九十九いろはさん。名字から解ると思うが、九十九の関係者だそうだ」

「えぇっと、九十九いろは――です。よろしく」

 短すぎる名乗りを上げる。

 彼女にしてみれば、見知った顔ばかりのクラスだ。新鮮味の感じられない出会いにおいて、それ以上にすべき自己紹介が浮かばなかった。

「あの、九十九さん」

 端的すぎる自己紹介で間が持たなかったのか、女子の一人が手を挙げた。

「先生が九十九君との関係者だって言っていたけど、どんな関係なのかしら?」

「九十九幸介との関係?」

 問われ、考える素振りを見せるいろは。そんな彼女は幸介へと目配せを送った。

 その意味が解らない幸介。ただ、一瞬自分へと向けた顔に、悪戯っぽい笑みが浮かんだのを見逃さなかった。

 限りなく嫌な予感を覚え身構えていると、いろはの口からは予想外の爆弾発言が放たれることに。

「俺はそこに居る九十九幸介の許嫁だ」

 その意味が浸透するまでに一時の間。そして、爆弾が爆発したかのように騒ぎだすクラスメイト達。

「許嫁って、婚約してるの!?」

「九十九君が女子に興味が無いような素振りを見せていたのは、これが原因なのね」

「九十九、どう言うことだよ!?」

「ふざけんな、てめぇ! 何であんな美人さんが許嫁なんだよ! ちくしょう、羨ましいじゃないか!!」

 黄色い声を上げる女子に、恨み辛みの籠もった怒声を上げる男子達。

 騒乱の矢面に立たされた幸介は、一人うなだれていた。

 この場で何を言ったとしても、聞き入れて貰えないのは承知していたのだ。

 暴風が過ぎ去るまで、心の内で耳栓をすることにした。

「そう言うことだから、席は九十九の隣だ。九十九、彼女の教科書はまだ用意できていないから、見せてやれよ」

「……はい」

 やるせなさ気に返事をする。


 HRは終わり、そのまま担任教師の担当科目である現代文の授業が始まっていく。

「許嫁ってどう言うことだよ?」

 隣の席に座ったいろはに、教科書を見えるようにしながらも、じと目で彼女を睨む幸介。

「未里先輩に言われたんだ」

 小声で答えるいろは。それは、予想通りの回答だった。

「それで先輩はなんて?」

「俺って美少女だろ? だから、初めから俺がお前のモノだってことを宣言しておけば、惚れた男子がちょっかい掛けてくることもないだろうってさ」

「ちょっかいぐらい、別にいいんじゃないのか? その方が人格OSも成長するんじゃないのか?」

「俺にしてみれば、もう十分成長していると思うけどな」

 そう前置きして、未里に聞かされた理由を口にする。

「下手に付きまとわられて、メイドロイドだってばれると面倒くさいらしいんだとさ」

 二人は知らなかったのだが、メイドロイド相手ならセクハラ行為をしても問題無いと考えている、軽薄な輩がいたりするのだ。

「もしかして、その髪型とメガネも?」

「未里先輩の入れ知恵だな」

 髪型を左右非対象にしているのと、メガネを掛けているのは、整いすぎている美をぼかすためであった。

 もっとも逆に、それが余計に親しみ感を与えてしまい、他人の興味を惹くことに気付いてはいなかった。

「あと、許嫁がいるなら、女子も自分の彼氏を取られる心配が無くて、イジメたりしないだろうとも言っていたな」

「女子のイジメね……」

 基本的に女のイジメは生存本能――子孫を作ることが反映していた。

 故に、こぶ付きの相手ならば、蹴落とそうと考える必要も無い。まして、その相手が冴えない男子ともなれば、眼中にすら収まらなくなる。

 日頃、恋愛対象ですら無かったモブキャラ男子の九十九幸介の許嫁ならば、敵である必然もなく好意的に受け入れてくれるはずなのだ。

「すげー納得できないけど、納得しとくよ」

 渋々ながらも許嫁案を受け入れることにした幸介だ。

「それで、許嫁以外の設定は?」

「許嫁以外にも、お前とは遠縁と言うことになっている。あと、九十九家に住んでいるのは嫁入り修行だとさ」

 無茶苦茶な設定だが、根底に許嫁設定があるため真実味のある話だった。

「メイドロイドだってことは、先生達にも話していないのか?」

「いや。先生達には話が付けてある。学校側にしてみれば、部活動で全国大会出場は初めてらしいからな。俺の転入が認められたのも学校側の協力らしい」

 比較的歴史の浅い学校故に、名前を売る機会には飢えていたのだ。

 小声で状況確認をしつつも、幸介は黒板に書かれた授業内容を記していく。来週には期末試験が行われるため、ノートを取っておく必要があったのだ。

 同じようにペンを走らせていくいろは。そんな彼女の使っている新品のノートを見ては、幸介は眉を潜めた。

 改めて自分の取ったノートの内容と、いろはの取ったノートを見比べる。

「どうかしたのか?」

 いろはが幸介の挙動に気づき声を掛ける。

「あっ、いや。ノートが全く同じだと思ってさ」

「同じって?」

 何が言いたいのか解らず、いろはもまた幸介のノートを覗き込む。

 そして、その意味を理解した。

 二人のノートは全くと言っていいほどに同じなのだ。まるでコピーでもしたかの如く、同じ筆跡で授業内容が記されていた。

「どう言うことだよ、これ?」

「俺が知るかよ」

 二人して頭を悩ます。

「昼にでも、廉太郎に聞くしかないな」

 事情を知っている先生はまだしも、他のクラスメイトに見せられるノートではなかった。


      ☆


 一時間目の授業が終わり休み時間へと移ると、多くの生徒が転入生であるいろは、そしてその許嫁として宣言されてしまった幸介の下に集まってきた。

 女子は許嫁であることに興味津々で、中には羨望の眼差しを向けている者さえいた。

 対して男子は、鬼気迫る眼差しで勝ち組幸介を睨み付けている。

「ねぇ、いろはさん。許嫁って本当なの?」

「ああ、そうだ」

 短く答え頷く。見た目が女子ではあっても、本質は幸介のままであるいろはにしてみれば、こうして大量の女子に迫られるのは馴れていなかった。

「じゃあさ、それってやっぱり両方の親同士が決めたことだったりするの?」

「いや、俺とこいつが九十九の姓であるように、俺と幸介は遠縁の関係で、二人の結婚は先祖が決めていたらしい」

 未里に聞かされた設定を、そらんじるように語る。

「俺? いろはさんって、一人称が俺って言うの?」

 その内容よりも、そこに食いつく女子達。

「元々俺は男らしく育てられたからな。性格も言葉遣いも男のものなんだ。俺としても直したいとは思っているんだけど、なかなか恥ずかしくて上手くいかないんだ」

 それなりに丁寧に話せば女性らしくもなるのだが、何故か一人称の矯正だけは難しかった。

 そのことについて未里に助言を求めれば、

『下手に言い繕おうとすンとボロが出るからネ。初めから男言葉で通せば? 案外簡単に受け入れられると思うヨ』

 そんなアドバイスを貰い、それに倣っていたのだ。

「おかしいだろ?」

「ううん。良いと思う――って言うか、変えちゃだめだよ」

「そうだよ。いろはさんは綺麗なんだから、男前な感じがして格好いいよ」

「そ、そうか?」

 まさか、未里が言っていたようになるとは思ってもいなかった。

 そんな女子のやり取りとは対象に、

「おい、裏切り者」

「誰が裏切り者だよ」

 男子のやり取りは殺伐としていた。

「あんな美少女の許嫁をよくも隠してくれてやがったな」

「九十九幸介! 貴様はリア充の勝ち組だったのか!? 俺達と負け組友の会を創設したんじゃなかったのか?」

 身に覚えのない批判が混じっていた。

「そんな怪しげな会の創立メンバーにするんじゃない!! それに、隠してたんじゃなくて、俺が知ったのも昨日なんだよ」

「本当なのか、九十九さん!」

 幸介の言葉では信用できないのか、いろはに確認を取り出す。

「ああ。俺とこいつが出会ったのは昨夜が初めてだ」

 嘘は言っていないいろはだった。

「昨夜が初めてなんだ。それなのに許嫁って、平気なの?」

「戸惑いはあるけど、なるしかなかったからな。まぁ、俺とこいつは色々と似ている部分があるから、問題無いと思う」

「似てるって……外見は全然似てないよね?」

 見比べるクラスメイトに、いろはは肩を竦めてみせた。

「遠縁だからな。顔はあまり似てないんだよ。俺とこいつが似ているって言うのは、性格や嗜好の方だ。まぁ、俺にはよく解らないけどな」

 適当に濁す。

「昨夜って、九十九さんは今どこで暮らしてるんだ?」

「俺は九十九家でそいつと一緒に暮らしているぞ。いわゆる、嫁入り修行みたいなものだ」

 嫁入りの言葉に、黄色い歓声を上げる女子一同。対して、

「ちょっと待った! 確か、九十九って両親が長期出張で独り暮らししてなかったか?」

 男子からは鋭い指摘が突き付けられた。

「何だって!? 一つ屋根の下で、二人だけで暮らしているのか!?」

 男子達から立ち上る殺意の度合いが上がっていった。

 更なる追求を迫ろうとするも、二時間目開始のチャイムが鳴り響き、その場はお開きとなった。

「疲れた……」

 ぐったりと机にうつ伏せる幸介に、いろはは苦笑混じりに労いの言葉を掛ける。

「ご苦労さん」

「ご苦労どころじゃないぞ」

 ロボコンに協力するとは言ったが、まさかこんな目に遭うとは想像もしておらず、

「こんなの、一ヶ月分の食事だけじゃ割が合わないだろ」

 今度、廉太郎達に何か要求してやろうと考えていた。

 一方いろはは、女子とは良好な関係を気付けたことで、ホッと胸を撫で下ろす。

 彼女にしてみれば、受け入れられずイジメられることが恐かったのだ。

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