十七話 デート?
「起きろ、幸介!」
惰眠を貪っていた幸介は、けたたましいまでのいろはのモーニングコールで叩き起こされた。
「何だよ、いろはさん。まだ七時じゃないか」
枕元の目覚まし時計を確認すれば、時刻は午前七時十八分。平日ならまだしも、授業の無い休日でのそれはいつもならば熟睡中の時間帯だ。
「もう少し寝かせてくれよ」
もそもそと寝返りを打ってはタオルケットを巻き込む。そんなタオルケットの端を掴まれ、
「いいから起きろ! 朝だぞ!!」
思いっきりひっぺ剥がされるのだった。
「ふぉわぁ~」
大きな欠伸をしては渋々ながらも身体を起こす幸介。寝ぼけ眼に映るいろはの姿が気になった。
「ワンピース?」
「これからデートだからな」
満面の笑みでの宣言は正に寝耳に水な一言として、幸介の半分以下にまで落ちていた思考力を一気に覚醒させてくれた。
「デ、デ、デ、デート!?」
絶叫して驚く幸介。
「誰とデートなんだよ!!」
昨日告白したばかりの相手がデートともなれば、驚きどころで済まされる話ではなかった。
もっとも、そんな驚愕の感情は更なる言葉によって塗り替えられるのだった。
「ん? そんなの、幸介と私に決まってるだろ」
「へっ?」
驚天を突き抜けた感情の起伏は逆にフラットとなり、幸介の口からこぼれ落ちたのは間の抜けた音だった。
「ど、ど、ど、どうして!?」
「どうしても何も、恋人同士ならば休日のデートも不思議じゃないだろ?」
さもそれが当たり前だと言いたげな口ぶりだ。
「俺達が恋人同士だって!?」
「幸介から告白してきただろ? 私はそれを受け入れようと思ったんだけど……もしかして違ったのか?」
「へっ?」
更なる戸惑いが口を衝いて出る。
昨日の告白劇において、いろはが受け入れたのは自分と同じ人格を有したメイドロイドに恋をしたと言うとち狂った価値観だけだと思っていた。なのに実際は、それを踏まえた上で彼そのものを受け入れると、いろはは言うのだ。
「私が恋人じゃ嬉しくないのか?」
「あっ、いや、嬉しいと言えば嬉しいけど……ほら、あれだ。いろはさんはアップデートの失敗で少しおかしくなってるだろ?」
しどろもどろに答える幸介。予想外の出来事に彼の脳はオーバーヒート気味だ。
「そう言えば廉太郎達が言っていたな。谷川先生の所為でPCに入っていたマンガのデータが私の中に紛れ込んだとかなんとか」
廉太郎と未里の二人は、乙女モジュールのことを秘密にしたままいろはの不具合を顧問である千尋におっかぶせていたのであった。
「だからさ、本当に良いのか? 俺なんかでさ」
問われ、困ったように小首を傾げるいろは。その仕草があまりに少女らしく、思わずドキッとさせられてしまう。
「まぁ、いいんじゃないかな? 失敗とは言え一度学習してしまったものは、再度学習して修正するしかないんだしさ。それに、私も幸介のことは好きだと思ってるしさ」
そんないろはの更なるはにかんだ笑顔によって、返す言葉が何も浮かばなくなる幸介だった。
・
・
・
「なぁ、いろはさん」
都心へと向かう電車の中で、幸介は一つ気になっていたことをいろはに訊ねた。
「朝から俺のことを幸介って呼んでるよな? それに、自分のことを私とも言ってるし」
「んー」
幸介の前にいろはが現れてから二週間近くの時間を共にしていたのだが、基本いろはは幸介のことを『お前』としか呼ばなかった。そして一人称もまた『俺』だ。
それが突然名を口にし、一人称も女性のそれに変わっているのだ。幸介には不思議でしかたがなかった。
「晴れて幸介と私は恋人同士になったんだ。いつまでも俺やお前じゃ味気ないだろ? 本当なら幸介君の方が理想的な恋人像に近いんだろうけど、さすがにそこまでやるには気恥ずかしい。まぁ、幸介が気になるなら元に戻すけど、どうする?」
「あっ、いや、別に、いいと思う……かな?」
困惑気味にもそう答えてみせる幸介。女性に幻想を抱きフェミニスト気味な彼にしてみれば、自分からそれを強要することには抵抗があった――が、いろは自身から修正してくれるのならば歓迎でもあった。
そんなたわいのない会話をしている間にも、電車は駅へと辿り着いていった。
改札を抜けたいろはが脇目も振らずに訪れた場所は、駅舎ビルの外にある噴水だ。
そこは駅周辺において待ち合わせの目印とされる場所で、周辺には何人かの男女が友人なり恋人なりを待っていた。
「なぁ、いろはさん。噴水に連れてきてどうするんだ?」
「え? 恋人同士は待ち合わせ場所で『待った?』『今来たところ』って言い合うのが定番じゃないのか?」
「それは待ち合わせしていた時の話だろ」
力なく言う幸介。
「俺達は同じ家から出てきてるんだから、そんなことをする必要は無いって」
「あっ、そうか」
その指摘にいろはは納得した。
「まぁ、いいや。それでいろはさん。デートは何をするんだ?」
「何って?」
幸介の言葉にキョトンと小首を傾げるいろは。
「デートって、男がエスコートするものだろ? 何かプランとかないのか?」
さもそれが当たり前だと言いたげないろは。彼女の中では乙女モジュールによって偏りすぎた恋愛観が根付いていた。
「エスコートって言われてもな。いろはさんから誘ったんだぞ? 俺から誘ったんなら、前もってプランの一つも考えようとはするけどさ」
考え倦ねてはぐるりと周りを見渡す幸介。その視線が一点に止まった。それは駅ビルにある映画館の宣伝ポスターだ。
「無難に映画にでもしておくか?」
改めて消去法気味に導いても映画は最適な妥協案だった。
今から臨海部にある遊園地などのテーマパークへと足を伸ばすには遠すぎた。まして、ワンピースに麦わら帽といったいろはの出で立ちでは、絶叫アトラクションの類では不向きすぎる。
また、美術館や博物館巡りと言った崇高な趣味を二人は持ち合わせてはいない。
「じゃあ、それでいいな」
いろはも同意する。
「映画にするのはいいけど、何を見るんだ?」
純愛ものからSFホラーと、今現在十本ほどの映画が駅近辺の映画館で上映されていた。
「お互い同じ嗜好をしてるんだから、見たい映画を言い合えば一緒になるんじゃないかな?」
「それもそうだな」
いろはの言葉に頷き、幸介は映画の物色を始めた。一通り今から見られる映画を確認すると二人が指差したのは、ちょこゆに2と言う宇宙冒険モノのSF映画だった。
それは、二年ほど前に前作を見ており、夏休みに入ったら新作を見ようかと考えていた映画だ。
薄暗い中、若い女性と並んでみることに緊張をするも、いざ映画が始まればその物語に没頭して楽しんで見入る幸介。対して隣のいろはは眉間にしわを寄せ難解そうにスクリーンを凝視していた。
上映が終わり明るくなった館内にて、
「ふー、結構面白かったな、いろはさ――いろはさん?」
初めていろはの不満そうな表情に気付く幸介。
「映画がつまらなかったのか?」
「いや、面白いとは思うんだけど……前作の内容がまったく思い出せないんだよ」
しきりに首を傾げるいろは。そんな彼女の言葉に、
「あっ、そう言うことか」
幸介は気付かされた。
アンケートによって映画を見たと言う情報は入力されているのだが、その内容まではいろはの中には存在しなかったのだ。
そのことを幸介が教えれば、
「ムゥ……こんなことなら別の映画にしておくべきだった」
映画の楽しさが半減していたことに、しょんぼり項垂れるいろはだった。
二時間の上映が終わり映画館を出ると、太陽は限りなく頭上に近い午前十一時過ぎ。
「昼飯どーっすかな?」
そんな呟きが口から衝いて出た。
昼飯を食べるには少しばっかし早い時間帯だが、そのことについて幸介には一つの懸念があった。
「昼なら幸介の好きなとこでいいんじゃないか?」
「いやさ、ワンピース姿のいろはさん連れてラーメン屋や牛丼屋はなんだしな」
ちらりと横目で見るのは牛丼のチェーン店だ。一人もしくは野郎ばかりなら問題無いチョイスも、見目麗しく清楚なファッションに身を包んだ美少女を連れて立ち入る類の店ではなかった。
まして、
「食事の取れないいろはさんと連れだって入っても、俺一人だけ飲み食いするのは問題だよな」
そこに考えが至った。
恋人に水すら飲ませず一人だけ食事を取る男の図など、周りの目が痛すぎるシチュエーションだ。
「何だったら、幸介が昼飯食べている間、私は他で時間を潰してくるけど?」
幸介の思考が手に取るように解るのか、見かねたいろはが妥協案を提示してきた。
「最悪それが無難か――」
「よ、お二人さん。奇遇だな」
頷きかけたそこへ、第三者の言葉が届いてきた。
「「大友?」」
振り返った先に立つ男の顔を見て、幸介といろはの声が重なった。
「へー、俺の名前を知ってるってことは、いろはさんは本当に九十九なんだな」
幸介に聞かされた話を疑っていた訳ではないが、面と向かって初対面のいろはに名を呼ばれたことで彼の中でも確信が持てた。
「で、二人してデートか?」
「そんなところだ」
渋い顔で横を向きつつも頷く幸介。彼にしてみれば、昨日いろはのことを相談したばかりの相手だ。ばつが悪すぎた。
「それより大友は――コンテストの撮影か?」
街中では不釣り合いな望遠レンズを装着したカメラ一式に、彼の目的を察してみせる。
「まぁな。ただ、まだどんな写真で応募するか決まっていなくて、テーマを探しながら手当たり次第ファインダーに収めてるところだ」
言ってる間にも適当にシャッターを切る雄也。
「それで、二人とも時間があるなら少し写真を撮らせてくれないか?」
面白い被写体を見つけたとばかりにそう頼んできた。
「写真を?」
互いの顔を見合わせる幸介といろはの二人。
「街中を撮ってみても、どうにもマンネリ気味なんだよ。それに、カップルの初々しいデート姿ってのも被写体としては面白そうだからな」
「初々しいってお前――!?」
臆面もなしに指摘され、絶句する。
「違うのか?」
「あっ、いや、まぁ……そうなんだけど」
尻窄みな感じで肯定する。確かにその通りなのだ。
「だったら、記念にもなるだろ? 五枚くらいでいいからさ」
「でもさ……なぁ」
「ああ」
面と向かって写真を撮られるとなると、気恥ずかしさやら照れやらが先に出る。
そんな煮え切らない二人に、雄也は一つの提案を口にしてみせた。
「じゃあ、写真を撮らせてくれたら、食事に関しての良いアイデアを提供するぞ?」
「聞いていたのか!?」
「ちょうど声を掛けようとした時に話していたからな」
注意が向いていたから聞き取れた内容だと雄也は続けた。
雄也の考えるアイデアが気になった二人は、被写体になることを承諾するのだったが……
「二人ともカメラを意識しすぎだろ」
ファインダーから目を離しては苦言を口にする。雄也にしてみれば、自然な形での二人のデートを撮りたかったのだが、どうにもぎこちない。
「んなこと言われても、撮られていると思ったらどうしたらいいのか解らないんだよ」
やれやれと言いたげに嘆息してみせる雄也。
「じゃあ、最後にいろはさん一人の写真を撮らせてくれ」
初々しいカップルの図が無理となれば、いろは単体での撮影に切り替えることにした。
そちらの方がまだ、自然な画が撮れそうなのだ。
「じゃあ、そこに立って振り返ってみてくれ」
「こ、こうか?」
言われるままにポーズを撮るいろは。雄也はその姿を撮っていく。そんな撮影風景を幸介は隣で眺めていた――どこか物欲しそうな顔で。
「ん? 写真なら後でメールしてやるぞ」
「うぐぅ」
図星を突かれ返す言葉に詰まる幸介だった。
街角をバックに十数枚ほどの写真を撮り終えると、雄也は約束を果たすべく一つのアイデアを二人に提供した。
「いろはさんが食事をとれないことを他人に見られなければいいんだろ? それなら、あそこで食事でも頼んだらどうだ?」
彼が指し示す場所は繁華街の一角にあるカラオケボックスだった。
確かにそこでならば、他人の目を気にすること無く食事がとれた。まして、自分が食事中でもいろははカラオケで時間を潰せるのだ。
良いアイデアだと考える幸介。その思考の流れは、いろはにしてみても同じだったのか、
「いくぞ、幸介!」
「ちょ、ちょっと、いろはさん」
幸介の手を取り、カラオケボックスへと駆け出すいろはだった。
そんな二人の姿を見ては苦笑する雄也。思いだしたようにカメラを構え、自然な形で手を繋いでいる二人の姿を撮るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます