第24限 【side:成斗】

 あれから二週間が経った今、俺の周りはやけに静かだった。香耶にしても、叶にしても、なんの音沙汰もなく。そして、音央ちゃんはといえば……俺が電話をしても、出てもらえず、折り返しの電話もない。LINEをしても、もちろん返信はなかった。

 大学にまだ復帰出来ずにいる俺は、いったいみんなはどうしているのかと気になりながらも、どうする事も出来ずにいた。

 大学はテスト期間に入っていて、みんなが大変な時に、俺だけそんな騒ぎを蒸し返すのも気が引けた。

 そんなある日。

 久しぶりに届いた音央ちゃんからのLINE。

 それは俺だけに宛てたものではなく、香耶と叶にも宛てた、グループLINEだった。

 そのLINEのトークには、音央ちゃんが音大を受験し直す為に、大学を辞めるという内容で、今までありがとうというお礼と、遠回しなサヨナラが打たれていた。

 あまりに突然すぎて、読んだ瞬間、俺の頭は真っ白になる。そしてあまりに簡単すぎるサヨナラに、スマホを持つ手は小さく震え、俺はショックを隠しきれずにいた。

 音央ちゃんが、夢を追って大学を辞めることじゃない。それをどうして、こんな形でしか、伝えてくれなかったのかってこと……。

 バタバタと階段を駆け上がる音とともに、俺の部屋のドアが、ノックもなく開いた。

「成斗っ」

 血相を変えて、入って来たのは香耶。

「お前さー。せめて、ノックぐらいしろよ」

「そんな悠長な事、言ってる場合じゃないよ!! 音央がっ」

「知ってるよ。俺もLINE見た」

「見たなら、なんでそんなに落着いてんの!?」

 やけに落ち着きを放っている俺に、焦りまくった様子の香耶が捲し立てた。

「香耶はなんでそんな慌ててんだよ。慌てたってしょうがねぇだろ」

「だって、音央が突然、大学辞めちゃうんだよ!?」

「音央ちゃんには、音央ちゃんの夢があんだよ。仕方ねぇだろ」

「そうだけど!! 成斗はなんでそんな落着いて、簡単に受け入れられんの!?」

 別に俺は、落着いていたわけじゃない。それを簡単に、受け入れたわけでもない。

「落着いてもねぇーし、簡単でもねぇーよ!! そんなフリでもしなきゃ、やってらんねーだろ!!」

 俺はまるで香耶に八当たる様に、大声をあげた。

 俺のあまりの大声に、驚いた香耶が、フリーズしたまま言葉をなくす。

「わりぃ。突然、大声出したりして」

「アタシもごめん。焦り過ぎて、成斗の気持ち、考えてなかった……」

「それより、そんなとこ突っ立ってないで座れよ」

「……うん」

 香耶は俺のベッドを背もたれにして座った。

「叶、どうしてる?」

 少し話しの矛先を変えたくて、俺は気にかかっていた叶の事を口にした。

「あれからすぐテスト期間に入っちゃったから、あんまり会ってないし……会っても話してない」

「話してないって、お前……」

「別に避けてるとかじゃないよ。ただ、いざとなると、何話していいかわかんなくて。姿見ても声がかけれないっていうか……向こうもかけてこないし……」

「そっか。なんか、俺等ってダメダメだな」

 ベッドの上、おどけて笑った俺を、やけに真顔で、香耶が振り向く。

「なんもやってない成斗と、アタシを一緒にしないでくれる?」

「なんもって、なんだよ?」

「音央にちゃんとした成斗の気持ち、伝えてないじゃん」

「それはお前だって一緒だろ。叶にちゃんと好きだって、言ってねぇだろーが?」

「事情が違うでしょ!? 叶には別に好きな人がいるって。最初っからわかってんだから」

 口を尖らせて、前に向き直った香耶の背中に、俺は静かに口を開いた。

「どんな事情があるにしろ、好きなら好きって伝えても、俺はいいと思うけど? 好きだから、どうしたいって事じゃなくて、好きだってことだけ伝えるなら、言われる相手だって、悪い気はしねぇよ」

 香耶に言いながら、その言葉は、俺自身への自己暗示。

「だから。そういう偉そうな事は、自分が見本みせてから言ってよ」

「俺は……言うよ」

 そんな俺の一言に、驚いた顔を香耶が向けた。

「言うって言っても、今すぐじゃないけどな」

「今すぐじゃなくて、いつ言うの?」

「俺が『言いたい』って思った時。今はきっと言う時じゃない。俺もやる事あるしさ。まず、この足なんとかしねーと」

 石膏で固められた足を持ち上げてみせた俺に、香耶は悪戯な顔で笑ったかと思えば、石膏の上からパチンと俺の足を叩いた。

「そーだ。そーだ。早く治せ」

「イテッ」

「成斗ごときが、アタシに説教なんかするから、天罰」

 俺にアカンベーのオーバーリアクションをしながら、香耶は俺の部屋を出て行った。

 香耶の出て行った静寂に、俺はスマホを手にする。そして音央ちゃんへと、敢えてメールで返信を打った。

『音大受験、頑張れ!! 俺も頑張る!!』

 たったそれだけを打ち、送信ボタンを押した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る