舞台裏『夢守人』
━━彼女から離れてどれくらいになるかな?
ここは現実世界とは時間が交錯しない。ほんの数日かもしれない。……覚悟もなく、一時の感情に流された。それはわかってる。でも俺は……"兄"になりたかったわけじゃない。"恋人"になりたかったんだよ。本音で願っちゃいけないってわかってはいても。
……今までの女の子はのめり込んで、現実世界に戻れば忘れ、甘い一時の余韻のみが残る。
彼女だけが……簡単に行かなかった。女の子は皆おなじだなんて、ただのエゴだったと思い知らされた。
"恋人"役をするたびに彼女は冷静だった。ダメだってわかっていたのに……俺は焦って、"彼女の台詞を操作"してしまった。それが原因で、彼女の記憶の片隅に"俺"が残ってしまった。副作用ってやつ。だけど、逆に俺は忘れられなくなっちまった。操作していたとはいえ、彼女の"笑顔"と"声"は他の女の子とは違っていて……もっと知りたくなった。本気になったって、彼女の心は簡単には動かない。興味のないことに興味を持たせるって、難しいよな。
「よお! おまえまでこっちに来ちまったんだな」
見知った相手。驚きもせずにゆっくり振り向いた。
「"あの子"が上手く行けば、おまえが『夢アリス』だったのになぁ」
「興味ねぇよ、夢アリスなんて」
そう、俺が夢アリスに興味がない。俺が夢アリスに興味を持てたならば、こんな思いなんかしなかったよ。
「で? "繰り上がり"で"妹ちゃん"が『夢アリス』になったと。夢アリスの子どもは夢アリスになった……」
「……別に世襲なんかじゃねぇよ」
そう、前夢アリスは、俺の"母親"だった。
父さんは『夢住人』で、母さんが『夢アリス』。……こいつは、両親の親友。
『夢見人』とおなじだ。才能があるってだけ。たまたまだ。俺と妹が候補だっただけなんだよ。
表面的には俺が器用で、妹は内面的に器用だった。
「……後悔、してんのか? 」
「何を? 」
夢アリスを? ……彼女を?
「もちろん……"あの子"のことだよ」
「後悔……してないわけ、ないだろ。だからって……」
唇を噛み締める。"兄"役をして"妹"になった彼女の想いを受け止めるか、『夢守人』になってまでも気持ちに正直になるか。
……もう俺の中では、"役"の領域を越えてしまったんだから、どうにもならない。他に道なんてなかったんだよ。遠くから見つめるだけで我慢しなく…………え?
俺は思考を止めた。
「あ? 『夢アリス』がなんでここにいるんだ? 」
プラチナシルバーのロングの後ろ姿。宙に浮きながら何かを見ている……?
……俺の中で何かが弾ける。
「違う! あれはアイツじゃない! 」
何で……何でここにいる? "舞台裏"に何故!?
俺の言動にはっとして……同時に走り出した。嫌な予感がする……。
近くまでいくと、違いが見た目にもあった。……赤メッシュがない。母さん譲りの赤メッシュが。
「おいおいおいおい?! 何で、何でここに"あの悪夢"が再現されてんだよ?! 」
……視線の先に映っていたのは、"父さんと母さんとおじさん"の3人が逃げている映像。
「……『黒の女王』」
そう、黒髪の腰から下が茨のような蔦になっている化け物は『黒の女王』と呼ばれていた。
『夢見人』を殺し、発狂した『夢アリス』のなり損ない。『夢守人』どころじゃない大罪人。幽閉場所から逃げ出した。『夢住人』を殺し続け……自分がなれなかった『夢アリス』を殺すために。
……このとき、俺と小さかった妹は自宅にいた。だから現場を知らず、『黒の女王』を見ていなかった。……悪寒が絶え間なく、俺を襲う。
━━アイツが……アイツが父さんと母さんを殺した……!
いや、今はそんなことを考えてる場合じゃない。俺は"彼女"に振り返り、力の限り、"意識"に叫んだ。
━━『戻れ』、と。
その瞬間、"彼女"は消え去った。
……怯えた表情をさせてしまった。きっと、現実世界に戻っても焼きついているだろう。出来るなら……俺が傍にいて……抱き締めたい……。到底無理な話だとわかってはいても。
……このあと、散り散りになったために、"こいつ"だけは助かった。だけど、父さんと母さんはすぐあとに殺された、そう聞かされた。
『黒の女王』、アイツはまだ"どこかにいる"。自我が残っているかもわからない"殺人鬼"。
今ここでそれが再現されたということは……また"惨劇"が起こる。
「……どうしたらいいんだよ。二度も逃げ仰せるとは思えないぜ。親友を殺されたんだ。仇を討ちたくても……! 」
いつも飄々としているやつだが、父さんと母さんを大切に思っていたのは確かだ。
"女の相手ばかりでめんどくせぇ"、なんて理由で役目を放棄し、『夢守人』になった。……でも、俺は知ってるよ。あんたが『夢守人』に自らなった、"本当の理由"を。
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