第34話 新たな旅立ち
プレセア王国から戻ったあたしを待ち受けていたのは……
「私たちが留守の間に、ずいぶん活躍したみたいね」
「ずるいわよ。あたしだって船に乗りたかったのに」
他ならぬ、マリアとローザだった。
もちろんお師匠もいたらしいが、なんでも遺跡が見つかったということですれ違いで旅立ってしまったらしい。
まあ、遺跡大好きっ子のお師匠らしいといえばお師匠らしいけど。
「とりあえず、副院長の権限で出来る仕事は片付けておきました」
マリアがそう言ってきた。
ここは院長執務室ではなく私室の方だ。
セシルは当たり前のように、部屋の外で張り番をしている。
「ありがとう。助かったわ」
心底そう思ういながら、あたしはマリアに礼を言う。
院長代理から副院長と肩書きが変わったとはいえ、あたしの不在中はその権限にさしたる違いはない。
未済の書類が山になっていると覚悟をしていたのだが、その他の雑務も含め全てマリアが片づけてくれていた。
「どうって事はありませんよ。院長殿」
そう言って、マリアは小さく笑った。
「その院長殿ってのはやめて。あちこち痒くなるから」
そう返してあたしも笑う。
「ほのぼのしているところ悪いんだけど、また『大結界』に行かないと……。とりあえず、この国のだけど」
部屋の隅でセシルから借りた世界地図を難しい顔で見つめていたエリナが、真剣な声で割り込んできた。
「そうなの?」
あたしが問いかけると、エリナが頷いた。
「プレセアの『大結界』を修繕したことで、かえって不安定になっちゃった可能性があるのよね。これ見て……」
そう言って、エリナはベッドの上に地図を広げた。
「ここがこの国、そんでこっちがプレセア……」
借り物の地図なのに、エリナは容赦なくペンで書き込みを入れていく。
出来上がったのは、一角が抜けた逆正五角形だった。
「結界に詳しいマールなら分かるでしょうけど、これって本来は逆五芒星なのよ。本来は最強の『魔除け』になるんだけど、一角抜けたらどうなるか……」
「効力を失う……」
あたしの口から自然に言葉が出ていた。
エリナは「魔除け」などと言ったが、そんなに軽いものではない。
結界の張り方として、北を上にして逆五角形の形に『頂点』を置けば最強の『封印』。逆なら『解放』となる。
実際、このペンタム・シティは逆五芒星の形に設計されており、宮廷魔道師達の手によって強固な結界が張られている。
「その通り。強力な結界だけに壊れたら一瞬で効力を失う……。急いで確認した方がいいわよ」
そう言って、エリナは地図をしまった。
「マリア、ローザ。また旅にでなきゃいけないんだけど、どうする?」
あたしが聞くと、マリアは首を横に振った。
「あなたが不在中、私は魔道院の業務をこなさないといけないので留守番しています」
「あたしもパス。遺跡はもうこりごりよ。薬草枯れちゃうしね」
これで、今回も同じメンバーであることが確定した。
「決まりね。今からじゃ遅いから、明日の早朝にペンタム中央駅で」
「分かった」
あたしがそう言うと、エリナは部屋から出ていった。
「マリア……今回は多分長旅になるわ。結構な出費になると思うんだけど……」
「分かっているわ。特別会計から捻出すれば何とかなります。ただ1つ条件がありますけどね」
「条件?」
マリアの言葉に、あたしは聞き返してしまった。
「絶対に生きて帰ってくること。これが条件です」
そう言って、彼女は小さく笑った。
「当たり前じゃないの。あたしを誰だと思ってるの」
そう言って、あたしも笑い返したのだった。
「こう何度も列車に乗っていると、さすがに慣れるというか飽きるわね」
適度に狭いコンパートメントの席に身を預けながらあたしは呟いた。
車窓はすっかり春で、これはこれでなかなかいいのだが……飽きる。
「贅沢ねぇ。さすが院長殿」
茶化してきたエリナの声を無視して、あたしは軽く目を閉じた。
今回アストリア王国の『大結界』に向かう目的は、『大結界』の修繕ではなく現状確認だ。
そのあとは、恐らく逆五角形の欠けてしまった一角。
すなわち、エスト大陸にある『大結界』の修繕作業に向かう事になるという予測は出来ている。
エスト大陸は広大なアルシオネ洋を挟んで反対側にあり、ここから1番遠い大陸であるのだが……。
ペンタム山脈越え中の列車が急カーブに入り、あたしは目を開けた。
「エリナ、この後はエスト大陸に向かうんでしょ?」
あたしが聞くと、彼女は頷いた。
「多分、てか、ほぼ確実にそうなるわね」
「どうやって行くの?
直通の定期船だと半年くらいかかるわよ」
あたしはそう言ってため息をついた。
……そう、アストリア王国からエスト大陸まではアルシオネ洋を縦断することになる。
順調にいっても片道半年以上かかるし、その距離の長さから次の船がいつ来るかすらも分からないのだ。これが問題なのである。
「マール様、船の手配はお任せください」
とセシルが言った。
まあ、彼女なら船の手配くらい余裕だろうが、それでも距離が縮まるわけではない。
「そうねぇ……まあ、それはあとで考えましょ」
そう言って、エリナは笑った。
「あとでって……まあ、いいけどさ」
行き当たりばったり出たとこ勝負は、あたしもエリナも共通点ではあるが、たまには計画を立てても悪くないと思う。その通りに行動するかは別の話だが……。
「それより、ちゃんと中に入れるわよね?」
エリナが心配そうに聞いてきた。
「それは大丈夫よ。ちゃんと許可取ったし、院長のあたしがいるんだから」
そう言って、あたしは立派な紙に記された『遺跡探査許可証』を差し出して見せた。
そう、アストリア王国の『大結界』は、当時魔道院院長代理だったマリアによって公式には1級、遺跡調査部としては特1級に指定されたのだ。
『遺跡』の公式名称は『ジュル・エハラスト・ウィ・アストリア』。
古代語でアストリアのジュル・エハラストという、いたって単純な名前である。
こうなると簡単には入れないのだが、遺跡調査部の公式な許可証を持っているし、院長自らが乗り込むのである。入れないということはないだろう。
「用意がいいわね。じゃあ問題ないか」
口調を気楽なものに変え、エリナがそう言った。
そして、あたしが貸したままの拳銃を弄り始める。
「あれ、なんか微妙に形変わっている気がするんだけど。それ……」
エリナの手にある拳銃を見て、あたしはそう言った。
リボルバーであることに変わりはないが、銃弾を装填するシリンダー部分がおかしい。
「あっ、バレた?
通常弾だと弾切れを起こして不便だから、魔力弾を撃てるようにちょっと改造したのよ。 まだ調整中だけど使えるようにはなってるわ」
……ちょっとって。
「人の物を勝手に弄るなとは言わないけど、暴発だけは勘弁してね」
半ば呆れてしまいつつそう言うと、エリナは少しだけ胸を張った。
「それは大丈夫。安全第一だから」
「あっそ……」
……安全といわれると不安になるのよね。
これって、あたしがひねくれ者だからかしら。
とりあえずやることもないので、あたしは『穴』からライフルを取り出してみた。
長いので拳銃と違って携帯性は悪いが、威力と精度は比較にならないくらいいい。
「あーそれ、魔力変換部が壊れる寸前よ。暴発する前にメンテした方がいいわ」
……うげ。早く言え。そんなもん使ってたんかい!!
かくて、コンパートメント内はエリナの武器工房となったのだった。
「これは院長殿。どうぞお通りください」
遺跡調査部の手によって厳重に柵で囲われた門をくぐり、あたしたちはここへと戻ってきた。
門番の警備兵に許可証を見せるまでもなく、あたしたちは中に入る事ができた。
これまた遺跡調査部の仕事だろうが、あちこちに杭が立てられている。
赤い杭は罠、黄色い杭は通っても大丈夫なところ。
自然と黄色い杭で囲まれた道が『祭壇』まで出来上がる。
「いやー、さすがというか仕事早いわねぇ」
半ば呆れたように、エリナが呟いた。
滅多にない特1級遺跡となれば、遺跡調査部のボルテージは上がるというもの。
恐らく、他の仕事を放り出して最優先で片付けたはずである。
「まあ、遺跡探査にかけてはアストリアは多分世界一だからね」
エリナに返しつつあたしはため息をついた。
いかにも調査中という感じではあるが、風情もなにもあったもんじゃない。
これじゃ街道の工事現場と変わらない。
「さて、行きますか。時間がもったいない」
あたしがそう言うと、エリナは頷き歩き始めた。
サクサク歩けば『祭壇』までは5分と掛からない。
特になんの問題もなく、あたしたちは『祭壇』にたどり着いた。
「あー、ここまで杭打ちですか……」
遺跡調査部が本気出せば、ざっとこんなもんである。
祭壇の上の罠の場所まで、ご丁寧に金属の杭が打ってある。
楽と言えば楽だが、なんだかなぁ……。
「じゃあ、行くわよ」
あたしたちが『祭壇』に乗った事を確認すると、エリナはオーブを中央の窪みに置いた。
すると、『祭壇』全体がゆっくりと地面に埋没していく。
程なくして、あたしたちは床に巨大な魔方陣が描かれた最下層の部屋に到着した。
「お待ちしておりました」
いったいどこにいたのか、すかさずカリムが迎えてくれる。
「どんな感じ?」
あたしが問いかけると、カリムは難しい顔になった。
「少しまずいです。プレセア大陸の『大結界』が復帰した事によって、結界自体の効力は増強されたのですが、今度はバランスが崩れてしまいました」
いったいどういう仕掛けなのか、部屋全体に広がる大きさで、虚空に薄青い光で世界地が浮かび上がった。
「大変恐縮なのですが……ここの『大結界』を復帰させていただけないでしょうか?」
カリムの言葉に合わせ、『光の地図』上に赤い点が表示される。
そこは、予想どおりエスト大陸だった。
「やっぱりね……。で、猶予期間は?」
エリナがそう言った。
「今は僕が何とか調整していますが……あと三ヶ月が精一杯だと思います」
と申し訳なさそうに言うカリム。
「三ヶ月か……」
あたしは思わずそう呟く。
正直、かなり無茶な注文である。
先にも述べたが、エスト大陸までは船で半年以上かかる。
通常だったら、あたしが滅多に使わない単語『無理』を使うところだが……。
「三ヶ月で対応出来なかったら、いったいどうなるの?」
半ば答えは分かっていたが、あたしはそう聞いた。
「『大結界』が崩壊します。そうなれば、『ルクト・バー・アンギラス』の復活は時間の問題でしょう。残念ですが、アリス・エスクード様亡き現在では『大結界』の再構築は不可能ですから……」
室内に重い沈黙が落ちる。
……アリス・エスクードは『ここにいる』。
エリナの話を信じれば、あたしにかけられた結界を解除すれば、彼女の経験や知識、技術までもが『復活』する。
その代わり、『マール・エスクード』は消滅する……。
「マール、なに怖い顔してるのよ。要するに、とっとと『大結界』の修復を終わらせればいいだけの話。簡単でしょ?」
あたしの心中を察したらしく、エリナが明るい声で言ってきた。
「……三ヶ月よ。どうするのよ?」
さすがに楽観的にはなれず、あたしは重い気持ちのまま言った。
「まっ、何とかなるって。やってみなきゃ分からんでしょ。動かないと何も事は動かないわよ」
あたしを元気づけようとしているのは分かるが、その明るい声が癪に障った。
「気楽でいいわね。どーすりゃそうなれるのよ!!」
あたしは思わず怒鳴り散らしてしまった。
世界を崩壊させるかあたしが消滅するか、天秤にかければ前者の方だろう。
しかし、あたしはそこまで人間出来ていない。
あたしはあたし。アリス・エスクードではない。
「八つ当たりしてすっきりするならいくらでもいいわよ。全部受けたる!!」
と、エリナはそう言って小さく笑みを浮かべた。
「……ごめん。熱くなりすぎた」
その彼女の態度で急速冷却。
あたしはエリナに謝った。
「あたしだって、なにもあんたの結界解いて『アリス・エスクード』にしようなんて考えてないわ。なにか策があるはずよ」
エリナの声に続く沈黙。
あたしも色々考えたが、なかなか難しい。
魔術だって限界はあるのだ。船で半年の距離を縮める策など、そう簡単には出てこない。
「あの、よろしいですか?」
とセシルが沈黙を破った。
「なに?」
この際何でもいい。
あたしはセシルにそう返した。
「私の情報が間違えていなければ、エスト大陸まで1週間で行く方法があります。まだ、実験中の船なので使えるかどうか分かりませんが……」
遠慮がちに言うセシル。
あたしは思わずその彼女の胸ぐらを掴んでいた。
「それだ!!」
セシルの情報を頼りに、あたしたちはアストリア大陸のど真ん中にあるリサヘン砂漠へとやってきた。
そう、船なのに港ではないのである。
ここまで、あの遺跡から1週間。とにかく時間が惜しい。
「あれが『船』?」
そのあまりに異形過ぎる物体に、あたしは疑問の声を上げてしまった。
砂漠に打ち込まれた何本ものロープで留められた巨大な楕円形の『風船』。
その下部に『風船』の大きさからしたら申し訳程度という、白く塗られた平べったい構造物がある。
人が頻繁に出入りしているところから、あそこに乗るのだろうが……。
「なるほど。飛行船か……!!」
エリナは心当たりがあるらしい。
そう声を張り上げた。
「飛行船?」
あたしが問いかけると、エリナが答えた。
「その名の通り空飛ぶ船よ。プレセア王国で発明されて、けっこう使われているのよよ」
「空飛ぶ船……って、あれ飛ぶの?」
我ながらアホな質問ではあるが、知らないのだからどうしようもない。
「今だって浮いてるでしょ。もちろん、もっと高く飛ぶんだけど、まさかアストリア王国でも実用化されていたとはね」
と感嘆の声を上げるエリナだったが……正直、わからん。
魔術で『飛ぶ』事はあるが、あんな感じなんだろうか……。
「ちょっと交渉してきます」
そう言って、セシルが飛行船の方に向かっていった。
そして、程なく帰ってくる。
「エスト大陸まで行くのは構わないが、推進用の魔道エンジンにトラブルを抱えていてすぐには出発できないそうです」
そのセシルの言葉を聞いて、エリナの目が輝いた。
「魔道エンジンね。任せなさい!!」
言うが早く、エリナは飛行船の方に向かって行った。
「……毎度思うんだけど、どういう交渉してるの?」
あたしはセシルに聞いた。
あんな代物、貸してと言って貸してくれるものではないとは思うのだが……。
「企業秘密です」
しかし、セシルはそう言って小さく笑みを浮かべた。
あの、その笑みかなり怖いんですけど……。
「さあ、あちらに行きましょう。ここでは暑すぎます」
セシルに言われるまま、あたしは飛行船に近づいて行く。
遠くから見ても大きかったが、近くで見るとかなり大きい。
どういう仕組みか分からないまま、砂漠に浮いている巨大な『船』を見るのはなんともシュールだ。
「研究室は狭いので、出発までは船内で待っていてくださいとの事です」
セシルに言われるまま、あたしは白い構造物から伸びている梯子を、おっかなびっくり昇った。
さすが研究中というだけあって、中は飾り気のない簡素なものではあったが、ちゃんと座れる椅子はある。
その1つに座ると、あたしは1つ息をついた。
「これ本当に飛ぶの?」
あたしが問いかけると、セシルは頷いた。
「大丈夫です。エスト大陸まででも余裕ですよ」
セシルはそう返して来たが……うーん。
瞬間、キーンという耳慣れない甲高い音が聞こえてきた。
「な、なに!?」
あたしの声に応えるように、エリナが船内に飛び込んできた。
「直ったわ。すぐに出発よ!!」
「早っ!?」
もうちょっと時間が掛かると思ったのだが、もういきなり出発である。
まだ心の準備が……。
「あたしの手に掛かれば、あの程度の不具合すぐ直せるわよ。ってか、ここのメカニックがヘボなだけ」
そう言って、エリナは手近な椅子に座る。
そのうちに、乗員とおぼしき人たちが乗り込んできて、地上と大声でなにかやりとりしている。
今気がついたが、この窓ガラス入っていない。
まあ、ガラスは高価だし実験用だしね……。
などと胸中で言っているうちに、外の景色がゆっくりと動き始めた。
「うぉっ、飛んだ」
あたしは思わず声を出してしまった。
「当たり前でしょ。飛行船なんだから」
エリナが冷たい目で見てくるが、これは容赦して欲しい。
なにせ、こんな代物乗るの初めてなんだから……。
かくして、あたしたちは一路エスト大陸に向けて旅立ったのだった。
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