第33話 帰還

 前も述べたが、ここは細長いパンを横にしたような形をしたプレセア大陸の西部。

 『大結界』があるこの地域は、魔法生物による被害が甚大な地域でもある。

 とりあえずということで、一番近くの港街コントミに向かう事にしたあたしたちだったが……。

「ファイア・ボール!!」

 あたしの放った火球が何とも言えない形をした『異形の生き物』を吹き飛ばす。

 これで、もう何回目か忘れた戦闘だった。

「想定以上ね。これはたまったもんじゃないわ」

 あたしはそう言ってため息をついた。

「まあ、ある程度予測はしていたけど……キリ無いわね」

 あたしに続き、エリナがぼやいた。

 そんな彼女の手には、あたしが貸し出したままの拳銃が握られている。

 あたしの付き人であるセシルは何も言わず、剣にこびり付いた魔法生物の体液を落としていた。

 『大結界』を発ってまだ半日だが、戦闘回数は百や二百じゃ済まないだろう。

 これでは、ぼやきの一つでも出ようというものだ。

「まだ早いけど、そろそろ休みましょうか。ちょっと疲れたわ」

 あたしの提案に異議を唱えるものはいなかった。


 どっかりと、地面に腰を下ろし、あたしは水筒の水を飲んだ。

 この調子だと、そう大して遠くないコントミまででさえ数日かかるだろう。

「コントミまで行ければ、使えそうな機械があるとは思うんだけど……」

 誰かにというより、自分に言い聞かせるようにエリナがそう言った。

 当たり前だが、あたしたちだけでこれだけの魔法生物を倒す事は不可能だ。

 各地域を治める領主の協力が不可欠だが……果たしてどうなっているやら。

「日暮れまで時間がないから、なるべく急ぐわよ」

 珍しく少し焦った様子で、エリナがそう言ってきた。

「はいはい、じゃあ行きますか……」

 あたしは立ち上がり、お尻をパタパタと叩いた。

「せめて、『転送』の魔術で飛べれば楽なんだけどね……」

 ため息交じりにあたしはそう言った。

 コントミまで『転送』出来れば楽なのだが、あたしはその街の正確な座標を知らない。

 例え知っていたところで、この人数を運ぶのは難しい。

「そうねぇ……。こんな事なら、あっちこっちに『転送』の機械を設置しておくべきだったわ」

 とエリナが言うが、無いものはどうしょうもない。

「とか言っているうちに、『敵』よ!!」

 エリナが鋭い声を上げ、あたしは反射的に構える。

 見るともうおなじみの「オオカミ」が八頭……。

「でぇい、ファイア・ボール!!」

 ちょっと省エネモードで、本来なら一つの火球を数十の小さな火球に分散させたそれは、『オオカミ』八頭全てを打ち据える。

 相当のダメージを与えたようだが、致命傷にはなってない。

 しかし、これは想定内。

「エリナ、セシル!!」

 あたしが声をかける間もなく、エリナとセシルは動いていた。

 銃声と斬撃の音が辺りに響く。

 かくて、戦闘は終了した。

「ふぅ、さすがに魔力耐久度がヤバいわよ」

 潜在的に持っている魔力の高さと、『使える魔力』の量は違う。

 よく瓶に入ったワインとグラスに例えられるのだが、いくら瓶が大きくても一度にグラスに入れられる量は少ない。

 あまり大量に魔力を使いすぎると、体がもたずに良くて気絶。最悪は命を落とす可能性があるのだ。

 ゆっくり休めば魔力耐久度は回復するが、こんな原野のど真ん中でそれを望むのは無茶というものだろう。

「こっちも弾切れよ間近よ。いよいよまずいわね……」

 拳銃に弾丸を装填しながら、エリナが呟いた。

「つまり、私の剣にかかっているということですね」

 セシルがそう言って、剣を掲げて見せた。

「いくらなんでも無茶よ。あなたの腕は認めるけど、数が多すぎる」

 気合い十分という感じのセシルだったが、あたしはそう言って抑えさせた。

 この数は個人技でどうにかなるものではない。

 飛ばしすぎは禁物である。

「まあ、言ってても仕方ないわね。先に進むわよ」

 あたしはそう言って、草原を歩き始めたのだった。


「……こりゃ酷いわね」

 エリナがぽつりと呟く。

 なんとか限界すれすれの極限状態で、あたし達はコントミの街に到着したのだが……。

 そこは、もはや街ではなかった。

「人の気配もないか……」

 街はほぼ完全に破壊され、単なる瓦礫の山と化していた。

 人の気配はない。恐らく街を放棄して逃げ出してしまったのだろう。

 あえて細かい描写はしないが、逃げ遅れたと思われる住民の骸もあちこちに転がっている。

「とりあえず、使える『機械』を探しましょう。このままじゃ、王都に行くどころか三日もしないでのたれ死ぬわよ」

 こんな瓦礫しかない場所で何があるか分からないが、とにかくあたしたちは街の探索に移った。

「まずは武器の調達ね。この街には国軍の駐屯地があったはずだから、そこに行けばなにか見つかるはずよ」

 エリナの言葉に異論はない。

 これから先、魔術だけで切り抜けるのはかなり厳しい。

 何でもいいので、とにかく戦うための武器は確保しておきたい。

「これがこの街の地図です」

 すかさずセシルが地図を出してきた。

「あっ、ありがと」

 相変わらず気が利くセシルから地図を受け取り、エリナはそれを瓦礫の上に置いた。


「今はこの辺りよ。駐屯地はこっちね……」

 エリナが指差したのは、ここからほど近い場所だった。

「普通に行けば十分もかからないけど……用心しながらね」

「分かってる」

 全く生物の気配は感じないが、それでも用心するのは当たり前だ。

 あたしたちはゆっくり時間をかけ、国軍駐屯地『跡地』に到着した。

 広大な敷地を囲む柵はボロボロ。建物はほぼ原型を留めていない。

「また派手にやられているわね……。とりあえず、中に入るわよ」

 エリナに続き、あたしたちは先に進む。

 今にも崩れそうな建物に入ると、それはもう酷いものだった。

 こういう建物に入るのは遺跡探査で慣れてはいるが、ここは生々しいというか何というか……。

「まずは武器庫ね……」

 エリナがそう言うが、この瓦礫の山の中で探すのは困難だろう。

「武器庫ってどこにあるのよ?」

 せめて手がかりが欲しい。

 あたしはエリナに問いかけた。

「兵士が通常使う武器は地上にあったんだけど、これじゃ探しようがないわね。

 でも、『通常使わない武器』は地下1階よ」

 そう言って、エリナはにやりと笑った。

「あんまり怖い武器は嫌よ」

 そう言いつつ、先を進むエリナの後に続く。

 瓦礫の上を苦労して歩き、何とか原型を留めている何とか原型を留めている階段を降りると、そこにはいかにも頑強そうな鉄製の扉があった。

「開けようとしたみたいね」

 扉は半開きになっていて、多数の兵士たちの骸がある。

 恐らく、扉を開けようとして、その途中で魔法生物にやられたのだろう。

 幸いとは言えないが、扉が半分開いている事により、あたしたちは難なく先に進む事が出来た。

 扉の先は暗闇だった。

「『明かりよ』」

 セシルが『光明』の魔術を使い、あたしたちの周囲は明るくなった。

 しかし、ここはかなり広い部屋らしく、全てを見通す事が出来ない。

「ちょっと待ってね。魔道バッテリーが生きていれば……」

 しばらくの後、カチリと音がして部屋全体がいきなり明るくなった。

 一瞬、幻惑されたがすぐに目が慣れた。

「うわ、すっごいわね」

 そこにずらっと並んだいかにも凶悪そうな『武器』を見て、あたしは声を上げてしまった。

 形を見れば銃の一種と分かるが、拳銃よりはるかに大きい。

 これは、『ライフル』とやつだ。

「うーん、もっと強力なやつが欲しいのよね……」

 並ぶライフルには目もくれず、エリナは部屋の奥に向かっていく。

 ライフルでも十分強力な武器なのだが……

「あっ、これなんていいわね」

 そう言ってエリナが手にしたのは、銃身が6本円形に並んで配置された、いかにも凶悪な武器だった。

 さらに、そのそばに置いてあった筒状の何かを、いくつも『穴』に放り込んでいく。

「さて、こんなもんかしらね。あとは、マールか……」

「あたしはこれでいいわよ。あんまり複雑なの使えないし……」

 そう言って、手近にあったライフルを手に取った。

「そうね……それ、魔力をエネルギーに変換して弾薬にするタイプだから、壊れない限りは延々と撃ち続けられるわよ」

 エリナがそう解説してくれた。

「へぇ、便利なものね……」

 手にしたライフルをマジマジと見つめてしまった。

「セシルは大丈夫?」

 あたしが問いかけると、セシルは頷いた。

「私はこの剣がありますので、大丈夫です」

 そう言って、セシルは剣を鞘から抜いて見せた。

「じゃあ『買い物』は完了ね。次は移動手段ね。徒歩じゃ無理っぽいし」

 そう言って、エリナはにやりと笑った。


「へぇ、これが『車』ね」

 椅子に腰を下ろしながら、あたしは呟いた。

「正確には『高機動車』ね。軍用特殊車両よ」

 車を走らせながら、エリナが言った。

 屋根もドアもなく、乗り心地は決していいものではないが、あたしたちの移動速度は桁違いに速くなった。

 無論、この車はコントミの国軍駐屯地跡から勝手に持ち出したものだが……。

「まずは王都ですね。しっかり討伐隊を編成しないと……」

 見慣れているのか車には何の反応も示さず、セシルがそう言った。

「そうね。そのためにも、早く帰らないとね」

 あたしがそう言った時、エリナが急に車を止めた。

「おっと、敵よ」

 瞬間、あたしは車から飛び降り、手にしたばかりのライフルを構えた。

 ほぼ同時に、2人とも車から飛び降りる。

 あたしたちの行く手を遮ったのは、標準装備の『オオカミ』10頭と『トカゲ』を大きくしたようなもの8匹だった。

「撃ち方始め!!」

 エリナの声と共に、あたしはまず『トカゲ』に向かってライフルの照準を合わせ……撃つ!!

 衝撃すらなく青白い光を放つ弾丸が発射され、『トカゲ』と頭部を貫通。たちまち動かなくなった。

「ひゃっほー、やっぱこれいいわ!!」

 先ほどの極悪兵器を乱射しながら、エリナが上機嫌に叫ぶ。

 六つの銃身が高速回転し、青白い弾丸が凄まじい勢いで発射されている。

 ……怖っ!!

 エリナの弾幕とあたしのライフルから逃れた『オオカミ』や『トカゲ』は、セシルがそつなく片付けていく。

 そして、戦闘はあたしたちの完全なワンサイド・ゲームで終わった。

「みんな怪我してない?」

 分かってはいたが、あたしがそう問いかけると全員から否定の答えが返ってきた。

 盛り上がりもなにもなく申し訳ないが、このくらいの魔法生物なら簡単に倒せて当たり前である。

 数の多さには辟易してしまうが、油断さえしなければなんの問題もない。

「さて、行くわよ。急がないと!!」

 エリナに急かされ、あたしは車に戻った。

 いつの間にか、あたしより先にセシルは乗り込んでいる。

「じゃあぶっ飛ばすわよ!!」

 エリナの声と共に、車は快調にぶっ飛ばしていったのだった。


『大結界』の修復から36日後、あたしたちは王都へと無事に戻ることが出来た。

 とはいえ、これで全て終わったわけではない。

 魔法生物を排除するという仕事が待っている。

 ……と意気込んでいたのだったのだが。

「えっ、消えた?」

 戻るなり王都防衛に当たっていた騎士団の団長から報告を受け、あたしは聞き返してしまった。

 なんでも、王都を脅かしていた魔法生物たちが忽然と消えてしまったというのである。

「まあ、当然といえば当然か」

 エリナがぽつりと漏らす。

「どういうこと?」

 あたしはエリナに聞いた。

「元々この魔法生物たちは、『大結界』を護るために造られたもの。結界の機能が正常に戻れば魔力が途絶え、魔法生物たちは存在出来なくなる。

 まあ……一番遠いこの東部地域から消えていくでしょうね。仮説だけど」

 そう言って、エリナは難しい顔をしたまま頷いた。

「じゃあ無理して討伐しなくても……」

「そう。大丈夫のはずよ。勝手に消えていくから」

 あたしは思わずコケそうになってしまった。

「なによ。せっかく気合い入れてたのに……」

「いいじゃない楽で。それに、勝手に消えてくれるなら、この国の復興に人員を割ける。いいことじゃないの」

 そう言って、エリナは苦笑した。

「そりゃそうだけど……、まあ、いいわ。とるもとりあえず、国王陛下に報告しなくちゃね」

 ここは王城の中にある、あたしたちに割り振られた部屋だ。

 『大結界』修繕の報告はまだしていない。

「マール様、殿下に失礼がないように身支度を調えさせていただきます」

 言うが早く、セシルがあたしの『着せ替え』に取りかかった。

 ものの数分であたしはドレス姿になっていた。

「相変わらず、手際いいわね……」

「院長付魔道師の必須技能です。」

 思わずそう呟いてしまうと、セシルは当然とばかりにそう言った。

「しかしまぁ、あのマールがここまで変身するとはね……」

「うるさい!!」

 茶化してきたエリナに、あたしは怒鳴った。

 と、部屋のドアがノックされた。

「失礼します。マール殿、国王陛下がお待ちです」

 まさにジャストなタイミングでお呼びがかかった。

「はい、伺います」

 あたしはそう答え、エリナとセシルを引き連れて謁見の間にむかった。

「おお、お待ちしておりましたぞ。マール殿」

 謁見の間に入るや否や、陛下は心なしか嬉しそうな声をかけてきた。

「ご報告が遅れてしまい、大変申し訳ありません。『大結界』の修復が完了致しました。新たな魔法生物は出現致しません。すでに地上にあるものも、自然と消滅することでしょう」

 そう言って、あたしは一礼した。

「そうか。なんとお礼を申し上げてよいか分からぬ。誠に感謝の念に絶えない」

「いえ、隣国同士助け合うのが筋というもの。気遣い無用です」

 心底嬉しそうな国王陛下に、あたしはそう返す。

「して、大変申し訳ない事ではあるのだが、我が国は甚大な被害を受け今や国として成り立っておらぬ。復旧復興のため、助力を請いたいのだがよろしいだろうか?」

 ……やはり来た。

 いかな「機械大国」とはいえ、それを使う人がいなければ意味はない。

 魔道院院長のあたしが残るのはおかしいので、この状況のベストアンサーを導き出す。

「分かりました。『討伐隊』として先に派遣した者達をお使いください。いずれも優秀な魔道師です」

「おお、ありがたい。そなたらは我が国の英雄である。誠に感謝する」

 破顔する国王陛下に、あたしは一礼した。

 まあ、いちおう「魔道王国」のメンツは保たれたかな。

 そんなことを考えながら、あたしは謁見の間を後にしたのだった。


数日後……


「まーた、ご立派な……」

 いよいよアストリア王国に帰るその日。

 目の前にある船を見て、あたしはそう呟いてしまった。

 普通の連絡船で帰ろうと思ったのだが、国王陛下のはからいでプレセア王国王族専用船で送ってもらうことになったのだ。

 アストリア王国のそれより大きく、しかも風がなくても航行出来るらしい。

「いいじゃないの。機械船なんて滅多に乗れないわよ」

 と、こちらは安定のお気軽エリナ氏だ。

「よーし、帰るわよ!!」

 無駄に気合いを入れつつそう叫び、あたしは船に乗り込んだのだった。   

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