第31話 プレセア王国へ

「やっぱりね……」

 エリナがそうつぶやいた。

 ここはポート・リホトリルの定期便発着桟橋である。

 通常ならここからプレセア王国まで、船で約一日という距離なのだが……。

「予想通りってとこね」

 あたしもそう呟く。

 これはある程度予期はしていたのだが……

 定期便の乗船券売り場には「当分の間欠航です」の張り紙があった。

「さて、どうするの?」

 あたしがそう問いかけると、エリナはなにも答えずひたすら考え込んでいる。

 手詰まりか……。

 そう思った時、思わぬ人が声を上げた。

「少々お待ちください。手配してまいります」

 他でもないセシルだった。

「手配って……」

 あたしが言い終わる間もなく、セシルは素早い身のこなしで港の雑踏に消えていた。

「あの子、どうするつもりかしらね?」

「さぁ?」

 エリナとあたし、首をかしげながら待つことしばし。

 ススッとセシルが戻ってきた。

「お待たせしました。船の確保が出来ました」

「えっ!?」

「マジ!?」

 あたしとエリナは同時に声を上げてしまった。

「はい。マール様、こちらの書類にサインを」

 セシルが差し出した書類に目を通すと、魔道院が船を借り上げた事を示す契約書だった。「い、いつの間にこんな書類を……」

「はい、このくらい出来ないと院長付の魔道師は務まりません」

 あんまり魔道師は関係ないとは思うが、そう言ってセシルは心なしか胸を張った。

 ……恐るべしセシル。

 そう思いながら、あたしはとりあえず書類にサインした。

「ありがとうございます。船はこちらです。どうぞ」

 ラシルに先導され、あたしとエリナは港を歩き始めた。

「あのさ、もしかしてマリアよりやり手?」

 あたしの耳にだけ聞こえるように、エリナがつぶやいた。

「……かもね」

 セシルの知られざる能力は、まだ計り知れない。

 そして、程なくあたしたちはセシルが手配した船にたどり着いた……っておい!!

「王家の船じゃないの。これ!?」

 やたらと立派な装飾を施された船のマスト最上部には、アストリア王家を示す紋章が描かれた旗。

 もちろん、あたしのような一般人には全く縁のない王族専用船だった。

「はい、その通りです。ちょうど空いていたので、魔道院の名の下に借り上げました」

 あっさりとそういうセシルに、あたしは戦慄のようなものを覚えてしまった。

 ちょうど空いてたって……。

「やっぱり、マリア以上ね。これは……」

 あきれたようにエリナが言った。

 確かに、例えマリアのコネを活用しても、こんな短時間で王族専用船など借りられないだろう。

「まさに、身の回りの世話から旅まで、一家に一台セシルね」

 服のセンスはどうも独特ではあるが、セシルが一人いればおおよそ困ることがないだろう。さすが院長付の魔道師というかなんというか……

「どうされました?」

 ほけ~としてしまっていたあたしの耳に、セシルの声が聞こえて我に返る。

「い、いや、なんでもないわ。行きましょう」

 気を取り直し、あたしは桟橋に向かっていった。

「本当に大丈夫なの?」

 セシルに聞くと、彼女は頷いた。

「はい、問題ありません」

 彼女は端的に答えてきた。

 まあ、いいや。文字通り乗りかかった船である。

 桟橋を歩き、船に乗るための階段のようなもの(名称不明)を登ると、やたらとゴージャスな船内に入る。

「うげっ、マジで場違い感満載なんですけど……」

 そこは、恐らく船上パーティーでもやるのだろう。

 恐ろしく豪華なラウンジになっていた。

「うわっ、税金の無駄遣いねぇ」

 さすがのエリナも王家専用船は初体験のようである。

 そう言ってなにやらブツブツ言っているが、それはとりあえず無視した。

「ようこそ、マール・エスクード院長殿。船長のクラウンと申します」

 白を基調とした制服を着た、髭の似合ういいオジサマが近寄ってきた。

「あ、これはご丁寧に。急なお話で申し訳ありません。お世話になります」

 あたしはびびりながらもそう挨拶を返す。

「いえいえ、ちょうどこの街でしばらく上陸予定だったのです。プレセアまででしたら特に問題ありません。どうぞ船旅をお楽しみください」

 そう言って、オジサマじゃなかったクラウン船長は一礼した。

「さあ、ここまでの長旅でお疲れでしょう。さっそくお部屋にご案内いたします」

 クラウン船長に先導され、あたしたちはゾロゾロと船内を歩く。

 さすが王族専用船というか……もう呆れるくらい豪華である。

 なんか持って帰ろうかな……。

「こちらです。三名様分ご用意させていただきました。ご自由にお使いください」

 では……とクラウン船長がもう1度礼をして、船の奥に向かっていった。

「いやー、まさかこうなるとは……」

 改めて、あたしはそうつぶやいた。

 時として王族以上の発言力を持つ魔道院院長とはいえ、保安上の問題で王族専用船に乗せろといっても容易ではないだろう。よくまあ、セシルも話を付けたものだ。

「マール様、エリナ様。お休みになるようでしたら私は自室に行きますが、どうなさいますか?」

 セシルがそう聞いてきた。

「そうね。ちょっと心を落ち着けたいわ」

「同感」

 あたしとエリナが口々にそう言った。

「分かりました。では、ご用がありましたらお呼び下さい」

 そう言って、セシルは3部屋並ぶ中の真ん中に入っていった。

「はぁ、豪華過ぎて疲れるわね」

「確かに」

 そう言って、エリナとあたしはお互いに笑う。

「まっ、せっかくだし楽しみますか。あとで会いましょ」

 そう言って、エリナは右側の部屋に入る。

 あたしも残る部屋に入った。

「また無駄に豪華……」

 船も豪華なら部屋も豪華。

 もちろん、ここは王族が使う部屋ではなくゲスト・ルームだと思うのだが……。

 それにしたって、ここまで豪華な部屋はそうそうないだろう。

「なんか色々麻痺してくるわね。とりあえず寝よ……」

 そうつぶやいて、あたしはフカフカベッドに飛び込んだのだった。


 ポート・リホトリルを出港した船は順調に進んでいる。

 風と波さえ良ければ、プレセア王国の一番近い港までなら一日というところなのだが、魔法生物の被害により壊滅状態になっているということで、比較的安全なプレセア大陸の東部までぐるっと迂回することとなった。

 プレセア王国王都テヘハケンには港があり、あたしたちの目指すところはそこだ。

 クラウン船長の話によれば、所要一ヶ月弱というところらしい。

「へぇ、凄いわね」

 甲板に出て一面に広がる海原に、あたしは思わずそう呟いていた。

 実のところ、船に乗るのはこれで初めてである。出港から一日目。見る物全てが新しい。

「ちょうどセレナ海峡からアルシオネ洋に出たところですね」

 と、あたしの背後に控えているセシルがそう言った。

「えっ、分かるの?」

 あたしがそう問いかけると、セシルは頷いた。

「院長付魔道師になるまでは、魔道院の使者として各国を飛び回っておりましたので、大体の地理は分かります」

「なるほど……」

 魔道院の業務として、世界の情勢調査というものがある。

 基本的にはアストリア王国を代表して各国国王に挨拶するだけなのだが、場合によってはひっそりとその国の民として紛れ込みスパイのような仕事をするときもある。

 なるほど、頭の回転が早いわけだ……。

「あっ、いたいた」

 エリナがこちらに近寄ってきた。

「……とりえず笑っていい?」

「ダメ」

 あたしは即座に却下した。

 今日のあたしの服装は、ローブであることに変わりないが、なぜか色がピンクなのである。

 それも、薄ピンクくらいならまだ我慢出来るが、派手な蛍光ピンクなのである。

 これをチョイスしたのは、言わずもがな。どこでこんなものを……。

「まあ、いいわ。プレセアについてからなんだけど、目的の『大結界』の一部があるのは大陸の西部なのよ。

 今向かっているテヘハケンからは、アストリア大陸方面に戻る形になるんだけど」

 すかさずセシルが地図を差し出してきた。

 ……凄っ、世界地図なんて高価なもの初めて見た。

「あっ、ありがとう」

 地図を甲板に広げ、エリナはプレセア大陸を指差した。

「あたし達が向かってるのはここ。で、『大結界』はここ」

 まるで横長のパンのような形をしたプレセア大陸をほぼ横断する形になる。

「こりゃまた長旅ね……」

 あたしはそう言ってため息をついた。

「そうねぇ……順調にいっても馬車で半年か一年か……」

 そう言って、エリナもため息をつく。

 順調にいくわけがない。

 なにしろ国の体裁が立たないくらい、魔法生物があふれているのだ。戦闘は避けられないだろう。

「プレセア王国は『機械大国』の別名を持っています。私もまだ分かりませんが、なにかいい方法があるかもしれません」

 無言になってしまったあたしとエリナの空気を読んでか、セシルがそう言ってきた。

「あっ、そういえばそうだったわ」

 なにかの光明を見つけたと言わんばかりに、エリナが明るい声でそう言った。

「なにかいい方法があるの?」

 あたしがそう問いかけると、エリナはにやっと笑みを浮かべた。

「まあ、あっちで見れば分かるわよ。まだ無事に動くなら『大結界』まであっという間よ」

 よく分からないが、なにかいいものがあるらしい。

「以上、朝のミーティングは終了よ。あたしはちょっと船長のところに行って来る!!」

 そう言って、エリナはパタパタとどこかに行ってしまった。

「なんかせわしないわねぇ」

 見送る彼女の背中に、あたしはそう言葉を投げかけた。

「私には察しがつきませんが、エリナ様はエリナ様でお考えがあるのでしょう」

「うーん、多分ね」

 みんなには内緒だが、エリナはこの世界に来て、五百六十年も生き抜いているのである。

 あたしやセシルが知らない事も多々あるだろう。

「さて、部屋に戻りましょうか。少し寒くなっちゃった」

 あたしがそう言うと、セシルは頷いた。

「分かりました。戻りましょう」

 陸地が見えない大海原の上は清々しいが風が意外と冷たい。

 あたしはセシルを引き連れ、船内に戻った。


二十一日後……


 これまで快調に進んでいた船旅だが、ついに嵐に遭遇した。

「こりゃたまらんわね」

 派手に揺れる船室にこもり、あたしは独り呟いた。

 幸い今のところ噂に聞く『船酔い』とやらにはなっていないが、この船がぶっ壊れそうな揺れはたまらない。

 お陰でいつもより早く起きてしまった。

 王族専用船だけに上手く作られているらしくきしみ音すら聞こえないが、慣れないあたしには気が気ではない。

 と、部屋のドアがノックされた。

「どうぞ」

 そう返すとドアが開き、セシルが顔を出した。

「マール様、ご無事ですか?」

 どうやらこの揺れをものともせず、いつもの「着せ替え」に来たらしい。

「今日は適当でいいわよ。この揺れだしずっと部屋にこもるから」

 あたしがそう言うと、セシルがとんでもないという顔になった。

「ダメです。マール様のお世話をするのが、私の役目ですから!!」

 そう言って、いつものように寝間着から着替える「作業」が始まる。

「今日はお出かけにならないとの事ですから、動きやすい楽なお洋服で……」

 つぶやきながら『穴』から服を取り出しベッドに置く。

 そして、揺れを感じさせない動きでてきぱきとあたしの髪の毛を整え薄化粧、そして一気に最終段階の『着替え』まで終わらせる。

 その動きに一分の隙もない。

「今日はまともね……」

 無地の白をベースにしたワンピース。

 セシル・セレクションにしてはまともである。

「えっ、普段何か不備がありましたでしょうか?」

 あたしのつぶやきを聞き逃さなかったらしい。

 セシルはそう言って、心配そうな顔をしてこちらを見つめる。

 ……自覚なしか。

「あ、ああ、なんでもないわよ。気にしないで。あなたはよくやってくれているわ」

 あたしがそう言うと、セシルはホッとため息をついた。

「安心しました。では、私はこれで……」

 そう言って、セシルは部屋から出ていった。

「それにしても、大丈夫かねぇ……」

 さらに揺れが激しくなる中、あたしは呟いた。

 窓の外は大荒れの海と叩き付けるような雨。

「物語ならここらでなんか巨大な化け物が出る頃合いだけど……まあ、ないか」

 そう呟いて、あたしは独り笑ってしまった。

 昔から読書が好きなあたしはこういった物語を読んだものだが、あくまでもファンタジーである。

 遺跡で魔法生物は見かけるが、あれは人が創り出したものだ。

「マール、ちょっと来て。けが人発生よ!!」

 ドカンと音を立ててドアが開き、エリナが部屋に突撃してきた。

「けが人?」

 カチリと頭のスイッチを切り替え、あたしはエリナに言った。

「切れたロープが乗員数名を直撃しちゃってね。とりあえず、サロンに運んであるから急いで!!」

 あたしはサンダルをペタペタさせながら、エリナに続いてあたしは急ぐ。

「マール様、お待たせしました!!」

 エリナがあたしの部屋に突撃した時の音を聞いたのだろう。

 足音も立てずにセシルが続く。

 サロンに転がり込むように入ると、そこにはうめき声を上げる乗員が五名寝かされていた。

「状態は?」

 あたしは一人の船員に回復魔術をかけていた船医に声をかけた。

「芳しくない。少なくとも全員骨折してる上に、二人は意識がない」

 船医は必要最低限の事だけを返してきた。

「あたし回復系もダメだから、マールを呼んだのよ」

 とエリナが言う。

「分かった」

 骨折ほどの重傷となると、生半可な回復魔術じゃ効き目はない。

 あたしはまず重傷と思われる、意識のない二人を診ることにしたのだが……。

「うっ……」

 『風』の魔術で上半身の服を破くと、そこに派手な傷口が見える。

 まずい。この傷だと最大効力の回復魔術でも……。

「水よ。傷を癒やせ!!」

 すっとセシルが割り込み、かなり強力な回復魔術を放つ。

 すると、かなり酷かった傷が塞がっていく……。

「マール様、申し訳ありませんがご協力を……」

 おっと、ぼけっとしてる場合じゃなかった!!

「……在るべき姿へ戻れ!!」

 セシルの回復魔術に、あたしの回復魔術が重なる。

 一目見て重傷と判断出来るほどだった船員の傷が、さらに加速度的に回復していく。

 そして、傷口が完全に塞がった。

「あとは私一人で大丈夫です。次のけが人を!!」

「分かった」

 そして、次のけが人へと向かう。

 しかし、効率が悪すぎる。一気にドバッとやらないと……。

「セシル、ちょっといい?」

 ちょうど治療が終わったらしく、意識を取り戻した船員を介抱していたセシルに

声をかけた。

「一気にいくわよ。大丈夫?」

 あたしがそう言うと、セシルはそれだけで察したらしい。

「はい、お任せください」

 本当に頭の回転が早い。こういうときは助かる。

「じゃあ、あたしが先に行くからセシルは回復を」

「かしかまりました」

 セシルに頷きあたしは魔術の『構成』を練り上げていく。

「風よ、壁となれ!!」

「水よ。傷を癒やせ!!」

 あたしの魔術は『風』の結界、セシルの魔術は『水』の回復魔術。

 お互いの『構成』が干渉し合い、術が変化していく。

 あたしの結界は床に寝かされている船員たちを包み、セシルの回復魔術が全員を一気に癒やしていく。

 これは、2人以上でタイミングを合わせ、ニコイチで一つの魔術を創る合成魔術という高等技である。

「へぇ、器用なことするわねぇ」

 エリナがそう言ってきたが、今は魔術に集中していて答える余裕がない。

 セシルの魔術はかなり強力なもので、油断しているとこちらの魔力バランスが崩れてしまう。

 これで、彼女の一面がまた分かった。かなりの魔術の使い手である。

 ほどなく、あたしたちの治療は終わった。

「ふぅ、疲れた……」

「お疲れさまです」

 治療を終え、あたしとセシルが声を交わす。

 喜び合う船員を見ながら、あたしはホッとため息をついた。

「いやー、さすがね。これならしても安心できるわ」

 エリナがお気楽にそういう。

「頼むから怪我しないように。回復系あんまり得意じゃないし」

 とあたしが言ったときだった。

 ばたばたと激しい足音が聞こえ、サロンに新たな怪我人が運び込まれてくる。

「折れたマストが直撃しました。治療お願いします!!」

 うげ……。

 こうして、あたしとセシルは始終治療に当たった。

 後日談だが、このことがきっかけで、あたしとセシルは『癒やしの姉妹』という二つ名を頂戴する事となった。

 まあ、破壊の姉妹よりはマシである。


三十日後……


 定例の顔合わせが終わり、私は部屋でなんとなく懐かしい本を読んでいた。

 魔道院の初等科で使うような魔術基礎の本だ。例の日記を追うのに疲れて一休みといったところだ。

 本来は教科書には魔法の事は一言もないが、ここで魔術と魔法の違いについて簡単に。

 魔法は「ルーン・カオス・ワーズ」という、いわば「力ある文字」で綴られた『呪文』を唱え、一定の動作である『印』を切る事で発動する。呪文さえ分かれば、魔力が許す限り同じ術が使えるが、肝心の『印』が失伝し、また「ルーン・カオス・ワーズ」を完全に読める者もいないので、人間で魔法を使える者はない……とされる。

 対して、魔術は「ルーン・ワーズ」というものを使うが、これは発音する事が出来ない。

 どうするかというと、脳裏に強くイメージするのである。この辺りは複雑なので軽く説明するが、「どんな精霊力を」「どのような形で」「どうするのか」という「設計図」を組み立てる。これを魔道師は『構成』と呼ぶのだが、例え似たような効果をもつ魔術でも、二つとして同じものはない。なぜなら、魔術の力の源になるのは、以前ちらっとお話した『潜在精霊力』だからだ。ここが、外部の自然に流れる精霊力を使う魔法との大きな違いなのだが、ともあれ、同じパターンの潜在精霊力を持つ存在はいないため、人によって変わってくるのである。これが、魔術習得のための最初の関門である。先生は基本的な知識しか教えてくれない。自分で応用して創るしかない。この時点で、ほとんどが落第してしまうという、なかなか厄介なポイントだ。

 この難題を潜り抜け、無事に術を完成させたら、後は使うだけである。『構成』に魔力を通わせ、なにか適当な言葉と共に『解放』するだけだ。これは、机に齧り付いている寄り、実際に使ってみた方が早い、経験上ね。

「さてと、もう一仕事しますか……」

 私は本をアリスの日記に変え、再び黙々と活字を追い始めたのだった。


四十日目……


「あー、やっと着いたわね」

 舳先に立ち見えてきた港を見つめながら、あたしはそうつぶやいた。

 快適な船旅とはいえ、やはりこれだけの日数乗っていると飽きてくるものである。

 あの嵐以降は特に問題は無く、船は順調にテヘハケンの港に向かって行く。

「あと数十分ですね。この船に乗るのも……」

 と、背後に控えたセシルが言う。

 ちなみに、今日のあたしの服装は、魔道院標準の黒いローブ……ではなく、なぜかご立派なドレスである。もちろん、ばっちりメイクだ。

 これだけ着替えて、一度も同じ服に当たった事がないのはかなり凄いと思う。

「私たちはあくまでもアストリア王国代表としてプレセア王国に向かいます。恐らく、国王に謁見を求められると思いますので、心構えはしておいてください」

 セシルがいつも通り冷静な声でそう言う。

「この格好で見当はついているわよ。この船は王族専用船だしね」

 見るからに普通とは違うこの船で乗り付け、まさか一般人が出てくるとは思わないだろう。

 これは、最初から覚悟していたことだった。

「あー堅苦しいの嫌いなんだけどなぁ」

 とエリナがぼやく。

 彼女は旅行きの普通の格好だが、同じ船できたのだから付き人として思われるだろう。

「エリナ様、ここは我慢してください」

 すかさずセシルに言われ、彼女は肩をすくめたのだった。

 そうこうしているうちに船はテヘハケンの港に入港し、空いている桟橋に接岸した。

「さて、行きますか」

 あたしがそう言うと、セシルとエリナがうなずく。

 途中怪我人騒ぎがあったが、概ね順調だったあたし達の船旅もここで終わりだ。

「長旅お疲れさまでした」

 船内を抜けサロンに向かうと、そこでクラウン船長が出迎えてくれた。

「ありがとうございました。またお会い出来たらよろしくお願いします」

 皆を代表してあたしがそう言うと、クラウン船長は右手を差し出してきた。

「ご武運をお祈りしています」

 クラウン船長と固い握手を交わし、あたしたちは細長い階段を降りる。

 桟橋に足がつくと、あたしは久々に揺れない地面に感動した。

「陸地だー!!」

 そして、無駄に叫んでみる。

 船もいいが、やはり地面が一番落ち着く。

「マール、その格好で叫ぶのやめて……」

「マール様、落ち着いてください」

 ……あ、いけね。あたしドレスだった。

「ああ、えーっと、これからどうする?」

 時刻はお昼ちょっと前なのだが、王都の港にしては周囲は閑散としている。

 泊まっている船も少なくかなり寂しい。

「あっ、来ました」

 ガラガラと音を立てながら、こちらに向かって馬車がやってきた。

 プレセア王国の紋章が刻まれた豪華な大型四頭立てである。

 他にそれらしき人もなく、間違いなくあたしたちのお出迎えだろう。

 さて、鬼が出るか蛇が出るか。気持ち引き締めましょう。

 少しだけ緊張しながら、あたしはその馬車がやってくるのを見守っていたのだった。

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