第29話 王立魔道院の日々
ある日の事、あたしは急な来客で目を覚ます事となった。
「ったく、誰よこんな時間に……」
ブツブツ文句を言いつつ、あたしはささっと寝間着から着替え身支度を調えていく。
時刻は朝六時。人を訪ねるには、まだ早い時間だろう。
「マール様。お支度は調いましたか?」
部屋のドアの向こうで、セシルの急かす声が聞こえた。
「はいはーい!!」
ぐしゃぐしゃだった髪の毛を適当に整え、あたしは部屋を出た。
「申し訳ありません。お客様がプレセア王国の方なので……」
「プレセア王国?」
あたしはセシルに聞き返した。
いきなり起こされた時は、またどっかの領主がおべっか使いに来たのかと思っていたのだが……。
プレセア王国とは、お隣のプレセア大陸全域を領土とする大国の1つだ。
「そんなところから、わざわざどうしたんだろう?」
通常の使者なら、まず国王に謁見を求めるはずだ。
場合によっては国王に比する権限を持つ魔道院院長とて、あくまでもこの国を治めているのは国王であり魔道院院長ではない。
寝ぼけていたあたしの頭が、急速に回転しはじめた。
「こちらです」
セシルに案内されたのは、主にお客様と会うための応接室だ。
彼女は部屋のドアを軽くノックし、そっと開けた。
「お待たせしました。マール・エスクード魔道院院長です」
セシルがそう告げると、先に部屋で待っていた二人の男性がソファから立ち上がった。
「このような時間に申し訳ありません。私はライオス・カムリ。こちらは従者のアバロンです」
慇懃に礼などしながら、男性の一人がそう名乗った。
二人ともいかにもという旅装束で着ている服も至って素朴なものだが、身のこなしでただの一般人その一でないことはすぐ分かる。
名前は恐らく偽名だろう。
「初めまして、ようこそアストリア王国へ。どうぞお掛け下さい」
軽く挨拶をしつつ、あたしは二人に椅子を勧めた。
「では、失礼して……」
再びソファに腰を下ろし、あたしもテーブルを挟んで反対側のソファに座る。
それに合わせ、セシルがあたしの背後に立った。
「それで、ご用の向きは何でしょう?」
単刀直入にあたしは聞いた。
「ええ、それが……」
少ししかめ面になりながら、カムリさんが話しはじめた。
「一ヶ月ほど前になりますが、何の前触れもなく突然我が国の領土を魔法生物たちが侵し始めまして……今や国は崩壊しつつあるのです」
「魔法生物ですか?」
あまり例のない事に、あたしはそう聞き返してしまった。
このアストリア王国でも希にではあるがその辺に魔法生物が出現することがあるが、国を傾けるほどのものではない。
「はい。我が国の騎士団も奮戦しているのですが、相手が魔法生物となると苦戦の連続で……」
それはそうだろう。
魔道師であれば大抵の魔法生物は攻撃魔術で倒せるが、物理的な攻撃で倒そうとすると結構骨が折れるはずだ。
あたしが先の遺跡で遭遇した「オオカミ」のように、比較的簡単に倒せるのは例外といってもいい。
「なるほど、分かりました。さっそく調査隊を派遣しましょう」
あたしがそう言うと、カムリさんはあたしの目をじっと見た。
「『調査』では遅いのです。すでに主要都市のほとんどが壊滅しました。私がこうして非礼と知りつつこちらを伺った理由は、即時討伐隊を派遣頂きたいからなのです」
まるで藁にでもすがる思いで……と言わんばかりに、カムリさんはそう言った。
「討伐隊ですか……」
急ぎ救いたいのは山々なのだが、この国にもルールがある。
遺跡などの探査隊ならあたしの権限ですぐに編成出来るが、最初から戦闘を前提とした討伐隊となると話はややこしくなる。
まずは話を国王の耳に入れ、必要と判断された時点で討伐隊編成の要請が魔道院に来る。
あたしの出番は、そこからになるのだ。
「もちろん、非常識なのは分かっております。本来でしたらアストリア王国国王陛下にお話すべきことも承知しております。しかし、我々には時間がない……」
そう言って、カムリさんは唇を噛んだ。
あたしが言いたかったことを察知したらしい……。
さて、どうするか……。
しばし沈黙が落ちた後、あたしは決断を下した。
「分かりました。至急討伐隊を編成させて頂きます」
「マール様!?」
背後でセシルが悲鳴を上げた。
「おお、ありがとうございます。ご英断感謝の言葉もありません。このお礼はいつか……」
今にも泣きそうな勢いで、カムリさんがそう言った。
あとで王宮からなにか言われるだろうが、正式な手順など取っていたら一ヶ月以上かかるだろう。この様子をみて、放っておけるようなあたしではない。
「セシル、至急遺跡調査部の腕利きを集めて。出発は1週間後よ」
「……分かりました。さっそく手配します」
なにか言いたそうなセシルだったが、この数ヶ月であたしの性格を見抜いたのだろう。
反論せずにそう言って、応接室から出て行った。
魔法生物の討伐か……。面白そうね。
あたしはこっそり胸中でつぶやいたのだった。
「なーんでよ!!」
あたしの声が室内に響く。
「なりません!!」
それに返すセシルの声には、断固とした決意があった。
事の発端は、朝訪れたプレセア王国からの使者だった。
魔法生物討伐隊に、こっそりあたしも加わろうとしたのだが……。
「ちょっと息抜きに、暴れたっていいじゃない。もう逃げたりしなからさ」
あたしがそういうと、断固たる決意を込めてセシルが首を横に振ったのだった。
「自分の立場をお考えください。あなたが動く事で、どれだけの人間が影響を受けるのかおわかりでしょう?」
セシルは、まるであたしと差し違えてでも止める。と言わんばかりだ。
そんな事は分かっている。あたしが出張れば当然護衛が数十人単位で付くし、院長のあたしが国外に出て活動するとなると、事務方の仕事も膨大な量になる。
十分すぎるほど分かってはいるが……
「部下に任せて後方待機っていうのは、あたしの性に合わないのよ。あなたももう分かっているでしょ?」
あたしがそう言うと、セシルは真っ直ぐこちらを見て答えた。
「もちろん分かっています。ですが、自重ください。これは私からのお願いです」
そう言って、目を潤ませたりするのだ。こいつは……。
ふぅ……。
「分かった。ただし、討伐隊の状況によっては問答無用で出るわよ。それだけは譲れないからね」
あたしがそう言うと、セシルはホッとため息をついた。
「分かりました。それで、討伐隊のリストなのですが……」
そう言って、セシルが紙束を差し出してきた。
「……へぇ、よくまあこれだけ集めたわね」
プレセア王国の使者が訪れてからまだ数時間しか経っていないのだが、リストにある人数は二百名。それも、遺跡調査部の中でその名を轟かす『武闘派』ばかりである。
「ご確認頂けましたらサインを。あとこちらにも……」
そう言って、セシルが差し出した紙は、アストリア王立魔道院公式用紙に書かれた『討伐命令書』だ。
あたしがこれにサインした段階で正式に討伐命令が発効し、リストにある二百名はプレセア王国に向かう事になる。つまり、二百人の命が掛かっているのだ。この紙には。
そのことを噛みしめながら、あたしはリストと命令書にサインした。
「お疲れさまでした」
あたしの心境を読んだのか、セシルがそう言った。
「ふぅ、やっぱり性に合わないわね。こういうの」
そう言って苦笑いすると、セシルも苦笑した。
「心中お察しします。ですが、これがあなたの立場なのです」
「まあ、そうなんだけどさ……ふぅ」
正直言って、あたしはこういう役職には向いていないと思う。
それこそ、腹芸が得意なマリアなんかが適任だ。
しかし、当時の『長老会』のノリと勢い(?)でこのポジションに祭り上げられてしまっただけとはいえ、あたしは魔道院院長なのだ。自分の意思で退位が出来ない以上、これは致し方ない。
「まさに、カゴの鳥か……」
セシルに聞こえないよう小声でつぶやき、あたしは窓の外を見たのだった。
討伐隊出発の日、あたしは中庭に集まった総勢二百名の前に立っていた。
実質的な戦闘要員は百名。その他荷物運びやらなにやらの要員が百名である。
遺跡探査でもそうだが、サポート要員は必須である。
「あー、堅苦しい挨拶抜きでいくわね」
演台に立ち『風』の魔術で声を拡張しながらあたしがそう言った瞬間、ほぼ全員がコケた。
「あー変わんねぇなぁ」
「さすがマールだな」
期待の目でこちらを見ていた二百名が、それぞれ何か言うが気にしない。
「諸君に課せられた使命は、いつもの遺跡探査ではなく魔法生物の討伐である。
本来であれば王国軍がその任につくべきではあるが今回は時間がない。
隣国とはいえ同じ人間。困っていたら助けるのが筋というものだろう。
私は皆の働きに大いに期待している。存分に暴れよ!!」
あたしがそう言うと、皆から声が上がった。
……まあ、こんなもんか。
演台から降りると、セシルが近寄ってきた。
「お疲れさまです」
「苦手なのよね。演説って」
そう言って、あたしは苦笑した。
国王令であれば、それこそ街の広場で大々的な出陣式となるのだが、今回は魔道院の独断によるものだ。
だから、こうして魔道院の中庭でひっそりと送り出す事になった。
集まっていた一団が魔道院の外へと向かって行くのを眺めながら、あたしは心底思った。 あの中に混じりたいと。
「さて、マール様。今日の予定ですが……」
という機械的に言うセシルに思わず苦笑してしまいながら、あたしは意識を切り替えた。
魔道院院長というのは、これでなかなか忙しい。
今日も予定パツパツである。
「……以上です。問題ありませんか?」
「大丈夫よ。ありがとう」
そう答えつつ、あたしはちょっとだけ空を仰いだ。
そういや、マリアたち大丈夫かな。
すでに冬になったペンタム山脈越えを諦め、春先に帰ると連絡はあったが気になるところである。
このところエリナも見ないし、なんとなく寂しいものだ。
「どうかされましたか?」
セシルの声に、あたしの意識は現実に戻された。
「あ、ああ、何でもないわよ。それじゃ、今日もバリバリ仕事しますか」
そう言って、あたしは魔道院の院長執務室に向かったのだった。
「なんも食べた気しないわねぇ」
ガタゴト揺れる馬車の中、あたしはそう呟いた。
笑うなかれ、あたしは今白を基調とした豪華なドレスを纏い、ビシッと整えられた頭にはティアラまでしている。
おおよそ、ハングアップ亭で変な草とか食べていた同一人物とは思えないが、間違いなくあたしである。
「そう言わないでください」
そう言って、セシルが笑った。
そう、今日の仕事のシメはとある貴族主催の晩餐会である。
晩餐会といっても堅苦しいものではなく、サロンとでもいうような感じではあるが……それでも疲れた。
「だから、向いてないのよこのポジション。マナーとかよく知らないし」
平民のあたしに、貴族のまねごとなどしろというのが無茶というもの。
辺りを密かに見回し、恥ずかしくない程度には振る舞ったつもりだが、腹芸が得意な貴族の方々にはどう映ったか分からない。
魔道院院長という肩書きが、ここでも重くのしかかっていた。
「大丈夫ですよ。スープ皿をなめ回しそうになった時には、さすがに焦りましたが」
そう言って、セシルが笑う。
「うっ、それは……」
……まあ、なんだ、そんなことがあったかもしれない。
「今日はこれで予定終了です。お疲れさまでした」
セシルがそう言った瞬間、あたしは全身から力が抜けた。
「ふぅ、やっとね。セシルもお疲れさま」
そう言って、あたしは小さく笑った。
あとは帰ってお風呂入って寝るだけである。
「明日は一日お休みですが、いかがなさいますか?」
セシルがそう問いかけてきた。
「休みかぁ。久々に街の外に出たいっていったら怒る?」
あたしがそう言うと、セシルは首を横に振った。
「このところ、ずっと働きづめでしたからね。近場でしたら問題ないと思います」
「ふぅ、助かるわ。正直、死ぬかと思ってたから」
あたしがそういうと、セシルは小さく笑みを浮かべた。
「どこかご希望の場所ありますか?」
「任せるわ」
セシルの問いに、あたしは適当に答えた。
護衛だのなんだのの手配もあるし、あたしは街から出られればそれでいい。
「分かりました。さっそく手配します」
セシルがそう言った時、馬車はちょうど魔道院に到着した。
「しっかし、このドレス歩きにくい……」
どうにかこうにか馬車から降りた時だった。
「ぶっ、なんて格好してるのよ!!」
いきなり馴染みのある声が聞こえ、あたしは慌てて辺りを見回した。
すでにとっぷりと日が暮れており、点在する魔力灯の明かりが頼りだ。
「エリナ!?」
ちょうど魔道院の正面入り口の前に彼女の姿を見つけ、あたしはすっ飛んだ声を上げてしまった。
「どこ行ってたのよ?」
久々に見るその姿に問いかけると、彼女は意味ありげににやっと笑った。
「ちょっと野暮用でね。ああ、ついでにクランタであんたが常宿にしていた、あのボロ宿も引き払っておいたわよ」
……それはまた、至れり尽くせりで。
「エリナ様、お疲れさまでした」
と、あたしのあとに続いて馬車から降りてきたセシルが、エリナに敬礼しながらそう言った。
「なに、大したことないわよ。様はやめてね。くすぐったいから……」
……ん?
「セシル、エリナに何か頼んだの?」
あたしがそう問いかけると、彼女は視線をそらした。
「いえ、何でも……」
……うん、分かりやすい。実に分かりやすい。
「ふーん……まあ、いいけど」
なにやら気になるが、とりあえず今のあたしはこの動きにくいドレスを脱ぎたい一心だった。
明日は休み。久々に充電しなくては……。
「それにしても、ドレス姿のマールってなんか笑えるわね」
「うっさい、好きで着てるんじゃないわよ!!」
やたら茶化してくるエリナに、あたしはそう怒鳴り返したのだった。
「休みだー!!」
と、とりあえず叫んでみた。
「分かりましたから、早くお召し換えを……」
そんなあたしをあっさり流し、セシルが着替えを持ってくる。
ここは、魔道院長の私室である。
あたしは起き抜けざま、ベッドの上で叫んでみたのだが……なんだ、つまらん。
「あのさ、少しは相手してよ」
なんとなく気恥ずかしくなりながら、あたしはそっとベッドから降りた。
「はいはい……」
なんというか、セシルはあたしの扱い方を早くも習得してしまったようだ。
いちいち相手にせず、実にクールに応対してくれる。
「なによ、つまんないわね……」
まあ、こんな事でいつまでも貴重な休みを消化してしまうのはもったいない。
あたしはセシルが持ってきた、花柄の白いワンピースを着た。
そして、髪の毛を整えてもらう。
「あのさ、あなたのセンスに文句つけるわけじゃないんだけど、この格好ってあたしらしくないというかなんというか……」
あたしの『基本装備』は魔道院でおなじみの黒い野暮ったいローブだ。
なのに、この格好はどこかの貴族のお嬢様?という感じである。
「なにをおっしゃいますか。とてもお似合いですよ」
あたしの髪の毛に櫛を入れながら、セシルがそう返してきた。
……いや、これはあたしじゃないぞ。エリナに見られたらまた笑われる。
爵位こそつかないが、アストリア王立魔道院院長は貴族に準じる者として扱われる。
変な格好で出歩くわけにはいかないのだが……これはちょっと。
「さて、終わりました。どうでしょうか?」
鏡を見てあたしは自分で笑いそうになってしまった。
……誰だこれ?
そこには、やたら清楚そうな女の子が1人立っていた。
「どうもこうも……まあ、いいや」
半ば諦めて、あたしはそう言った。
この格好で、中身は派手な攻撃魔術とかぶっ放したりするわけだ。
ミスマッチ過ぎて自分で笑える。
「さて行きましょう。きっと気に入って頂けると思いますよ」
セシルに促され、あたしは部屋の外に出た。
すると、そこにはエリナの姿があった。
「おはよ~って……あはは、なにその格好」
そういって、彼女は本気で笑った。
……ほら、笑われた。
「エリナ様、これではダメですか?」
「あはは、いや、だから様はやめてって……。
いや、ダメじゃないけど、見慣れたマールの姿とあまりにも違いすぎて。あっはは」
「笑いすぎ~のファイア・ボ……」
「ダメです!!」
笑い転げるエリナに向かって攻撃魔術を放とうとしたが、セシルに阻止された。
「ええい、止めるなぁ~!!」
「気持ちは同じです。私も一発殴ってやりたいところですが、ここは堪えどころです!!」
このコーディネートはセシルだ。
笑われてうれしいはずがない。
「あー、面白かった。さてと、行きますか」
あたしとセシル両方の殺気を感じたのか、笑うのをやめたエリナがそう言った。
「ん? 行くって同行するの?」
怒りはとりあえず引っ込め、あたしはエリナにそう聞いた。
「今日の護衛としてお願いしました。あまり大人数だと、エリナ様が落ち着かないと思いまして……」
こちらも通常モードに戻った様子のセシルが、あたしに返してきた。
……なるほど。
「それはありがたいわね。よーし、今日は充電するぞー」
はき慣れないかわいいサンダルをぺたぺたさせながら、あたしは思い切り伸びをした。
「ご期待ください。しっかりと下準備してありますので」
セシルの言葉に、あたしの期待もボルテージも上がっていく。
魔道院から出ると、あたしたちは待機していた馬車に乗り込んだ。
もう秋とはいえ、日差しはまだまだ強い。
あたしたちを乗せた馬車は街中を快調に駆け抜け、そのまま巨大な街門を抜けると街道をひたすら走って行く。
「ところで、どこに向かっているの?」
ガタガタと馬車に揺られて、結構な時間が経つ。
太陽の傾きから見て、すでに昼くらいの時刻になっているはずだ。
「秘密です。きっと、ご満足頂けると思いますよ」
セシルがそう言って小さく笑った。
「まあ、楽しみにしてなさい」
続いて、エリナがそう言ってきた。
どうやら、セシルとエリナが組んで何か考えたようだが……。
馬車が街道を外れ大草原に向かって突き進み始めた。
「うわっ、ちょっと大丈夫!?」
馬車の揺れが大きくなり、あたしは思わず声を上げてしまった。
「大丈夫よ。ちょっと時間足りなくてね」
そうエリナが言った時、あたしはある種の『違和感』を感じた。
……ん?結界??
そして、馬車が止まった。
「さあ、着きました。どうぞ」
馬車から先に降り、セシルがこちらに手を差し出してきた。
「あ、ありがと……」
恐る恐る馬車から降りると、そこには一面の花畑が広がっていた。
そして、満々と水をたたえる青い湖……。
いい景色なんてものではない。まるで幻想だった。
「いやー突貫工事で作ったんで、まだ粗いけど結構いけるでしょ?」
と、エリナが言った。
「作ったって、これどうしたの?」
あたしが知る限り、ペンタム・シティ近郊でこんな景色の場所はない。
「私の依頼なんです。エリナ様に頑張って頂いたのですが、まさかこれほどとは思わなかったです」
「そういうこと。我ながらよくやったって言いたいけど……まだ五十点ね」
そう言って、エリナが頭を掻いた。
「えーっと、つまり大草原に湖と花畑作っちゃったわけ?」
あたしがそう言うと、エリナがうなずいた。
……ま、マジかい!?
あたしは唖然としてしまった。
無茶苦茶過ぎる……。
「いいの?」
あたしがそう言うと、エリナが『穴』から書類の束を取り出した。
「ちゃんと許可取ってるわよ。国王のお墨付きよ」
そう言って、エリナは『穴』に書類を戻す。
「そういうわけで、どうぞ思い存分散策してください。ここは結界で守られていますから、私たち以外は誰も入れません」
「あ、ありがと……」
あたしはもう何も言えなかった。
こうなったら、思う存分満喫すべし!!
あたしは裸足になり、思い切り走った。
そして、花畑にダイブする。
「はぁ、癒やされる……」
仰向けに寝っ転がりながら、あたしはそっと目を閉じた。
遺跡探査や魔道院ですり減った神経が、ようやく人心地ついたという感じである。
昔のあたしならここで無意味に攻撃魔術をぶっ放すところだが、そんな無粋な事はしない。
「へぇ、マールも女の子っぽいところあるのね」
いつの間にこちらにきたのか、エリナがそう言って笑った。
「当たり前でしょ。あたしを何だと思ってるの……」
まあ、普段から遺跡に潜ったり銃を買ってみたり、おおよそ女の子っぽいところがないという自覚はあるがこれでも十八才の女の子である。今このときくらい、魔道院も遺跡も忘れたい……。
「マール様、エリナ様、お茶の準備が出来ましたよ~!!」
遠くからセシルの声が聞こえ、あたしたちはそちらに向かったのだった。
こうして、あたしの休日は穏やかに終わった。
さて、明日からまた頑張りますか。
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