第二章:魔道院復帰

第28話  王都ペンタム・シティ

 予算の問題で馬車組となった他のみんなと別れ、あたしとエリナは大陸縦貫鉄道の車上の人となっていた。

 いくら急ぎとはいえ、まさか帰りも鉄道に乗れるとは思っていなかった。

 目指すはペンタム・シティ。あたしにとっては鬼門とも言える街だ。

「本当に大丈夫なのかなぁ……」

 手にした紙を見ながら、あたしはそう呟いた。

「まあ、大丈夫なんじゃないの。なにせ、マリア・コンフォート様の署名入りだし」

 と、気楽な様子でエリナが言った。

 あたしの持つ紙は、マリアの名前で発令された「極秘命令書」だ。

 もちろん、架空のものではあるが、万一入街審査の時に揉めたらこれを見せれば何とかなるだろうとの事だった。

「そんなに心配なら、いっそ魔道院に戻っちゃえば? 今の魔道院は改革推進中で、あなたがいた頃とだいぶ違うわよ。あなたは魔道院院長なんだし、何の問題もないわ」

 エリナがまたもや気楽にそう言ってくる。

「あのねぇ、一度飛び出たのにどの面下げて戻るのよ」

 ため息交じりにあたしはそう返した。

 一度魔道院院長に就任すると、酷い病気などで執務困難になるか亡くなるまで退任出来ない。つまり、面倒だから辞める!!というわけにはいかないのだ。

「マリアがずっと院長代理なんていう中途半端な地位にいる事からして、本音はあなたに戻って欲しいんじゃないの? 彼女がその気になったらいくらでも正式に魔道院院長になれるでしょうし、その方がすっきりするってもんでしょう」

 そう言って、エリナは小さく笑った。

「……まあ、分かってはいるんだけどね」

 そう言って、あたしは苦笑した。

 もう二年間以上、魔道院には院長がいない大空位時代が続いている。

 マリアの手腕なら院長になってもいいはずだし、そうするべきだとあたしも思う。

 それなのに、あえて「院長代理」である。これが意味するメッセージは、1つしか考えられない。

「野良魔道師も結構楽しいものよ。まあ、借金取りが怖いけど」

 そう言って、あたしはおしまいという意味で顔を窓に向けた。列車は快調に進み、今や最大の難所ペンタム山脈越えの最中だ。もう数時間で王都ペンタム・シティに到着するだろう。

「さて、覚悟を決める時がきたかな」

 そう言って、あたしは首から下げた上級魔道師証をそっと握った。

 ローザがいない事もあり、今回は「ノーメイクである。

 中途半端に「変装」などしようものなら、かえって怪しまれる。

「気が早いわね。せっかくなんだから、もっと列車の旅を楽しみなさい」

 エリナはそう言うが……だめだ。落ち着かん。

 快適な座席も豪華な内装も、今のあたしには何も感じられない。

 もったいないことこの上ないが、こればかりはなんとも……。

「やれやれ、先が思いやられるわね……」

 そう言って肩をすくめるエリナ。

「だって、行きの列車で手配書見せられたのよ。落ち着けるわけないでしょ!!」

 あたしがそう言うと、エリナは笑った。

「当たり前じゃない。『失踪』した院長探しで今王都じゃ大騒ぎなのよ。『犯罪者』としてじゃなくて単なる『行方不明者』としてね」

「へ?」

 エリナの言葉に、あたしは思わず変な声を出してしまった。

「あなたの『反逆罪』はとっくに取り消されているわ。堂々と街に入ればいいのよ」

「そ、そうなの?」

 思いもよらぬ事に、あたしは乾いた声を出すのが精一杯だった。

「そうなの。まあ、マリアの手腕発揮ってところね。もう逃げ回る必要はないわよ」

 ……い、いつの間に。

「マリアのやつ、一言言ってくれればいいのに……」

 手にした『極秘命令書』を眺めながら、あたしは思わずぼやいてしまった。

「ペンタム・シティに着けば、自ずと分かる事だから黙っていたんじゃないの? さて、ちょっと寝る。おやすみ」

 そう言って、エリナはさっさと寝てしまった。

 あたしも眠いのだが……ダメだ。寝られん。

 列車はガタゴト音を立てながら、快調に進んでいく……。


「はぁ、緊張するわね……」

 ペンタム・シティ中央駅のホームに降り立ったあたしは、夏の暑い空気を思い切り吸い込んではき出した。

「まだ言ってるの?ほら、ビシッとしなさい。ビシッと!!」

 エリナにそう言われ、あたしはとりあえず服装を直す。

まだ身近な移動手段ではないとはいえ、さすがに王都の真ん中にあるこの駅はそこそこの込み具合である。

「さて、行きますか」

 あまり気は進まないが、ここでじっとしていても何も進まない。

 あたしはエリナを引き連れ、駅の出口方面へと向かった。

 途中行き交う人の視線が気になるが、幸いまだあたしと気づかれていないようである。「きょろきょろしない。怪しいから」

 とエリナに言われ、あたしはもう一度深呼吸してから改札に向かう。

 こうなったら、なるようになれである。

「ありがとうございました。お気を付けて」

 改札のおじさんに切符を渡し、そんな声に送られてあたしたちは駅の外に出た。

「ふぅ、相変わらずねぇ」

 行きに列車で通過したものの、こうしてペンタム・シティの街を見るのは久々である。

 駅がある場所は、街を囲む最外殻の壁のすぐそばだ。

 近くの街道を馬車が行き交い、かなりの賑わいを見せている。

「どう、二年ぶりに戻った感想は?」

 そう言って、エリナは笑った。

「どうもこうも……まあ、いい街よね。こうして見ているだけなら」

 そう言って、あたしも笑う。

 さすが王都だけの事はあり、こうして見ている分には立派なものである。

 ただ、住みやすいかどうかは、ちょっと別の話ではあるが……。

「さて、とっとと用事を済ませますか。ここから第四街区の三十三番へ行くには……」

 と、エリナが言った時である。

 もの凄い勢いで、一台の馬車がこちらに向かってきた。その車体には、あたしが首からさげているペンダントと、同じ文様が描かれている。

「え……!?」

「ん!?」

 これはエリナも想定外だったらしい。

 思わず立ち止まっていると、程なく馬車がこちらに到着した。

「お帰りなさいませ。マール・エスクード院長殿」

 馬車のドアが開き、中から一人の女性魔道師が降りてきた。

「えっと、あの……」

 あたしが困っていると、その女性魔道師が続ける。

「コンフォート副院長から院長が鉄道で戻られると連絡を受け、こうしてお迎えに上がりました。どうぞお乗りください」

 あたしとエリナは、思わずお互いの顔を見合わせてしまった。

 コンフォート副院長……マリアだ。

「あんの馬鹿。なにやってるのよ!!」

 いきなりエリナが爆発した。

「……ほら、ロクな事にならなかった」

 半ばあきらめの境地で、あたしは誰ともなくぼやいた。

 恐らく、「支店」の高速通信システムで魔道院に連絡したのだろう。

「あの、どうかされましたか?」

 先の女性魔道師が不思議そうに問いかけてきた。

「あっ、何でもないです……」

 こうなったら、この馬車に乗るしかないだろう。

「ほら、行くわよ……」

 天を仰いだまま固まっているエリナを促し、あたしは素直に馬車に乗った。

 ここで拒否したら、それこそどうなるか分からない。

「マリアめ、あとでボコボコにしてやる……」

 ようやくこちらの世界に戻ってきたエリナが、なにかブツブツ言っているが気にしないでおくことにした。

「では、参りましょう」

 最後に女性魔道師が乗り込み、馬車のドアが閉じるとガタガタと進み始めた。

 4人乗りの馬車はお世辞にも広いとは言えないが、くすんだ赤色の布地が張られた椅子の座り心地はまずまずだ。

 もっとも、馬車の乗り心地を楽しんでいる気持ちではないが……

「ちょっと、どーすんのよ!?」

 と、隣のエリナに目線で言う。

 例の女性魔道師がいるため、声を出すわけにはいかない。

「知らん!!」

 とでも言わんばかりに、エリナはあたしから視線を外した。

 やれやれ……。

 魔道院の馬車という事で、ペンタム・シティへの入街審査は最優先……というか、審査すらされない。

 ガタゴトと揺られるそのうちに、あたしたちを乗せた馬車は街の中心部へと向かっていく。

 ……あーあ、あたしも知らね!!


「ふぅ、ついに来ちゃったわね……」

 目の前の巨大な建物を見ながら、あたしは独りごちた。

 いかにも年数を積み重ねたという威圧感すら感じるその建物は、アストリア王国王立魔道院である。

 王城の近くにあるそれは、多くの初等課程や一般魔道士課程の学生達が出入りし、かなりの賑わいをみせている。

「まさかこうなるとはね。マリアのやつやってくれたわ……」

 頭痛でもするのか、目頭に指を当てながらエリナが言う。

「ほら、だからこの街は鬼門なんだって……」

 いい思い出がないとは言わないが、どちらかというと悪い思い出の方が多い。

 あたしにとってここはそういう街である。

「お疲れかと思いますので、まずお休みください。ご案内いたします」

 どうやらあたしの案内人を申しつけられたらしい例の女性魔道師が、そう言ってあたしたちを先導した。

 魔道院に入ると、懐かしい匂いに包まれる。

「相変わらずね……」

 どことなく懐かしい思いを味わいながら、あたしは先導されるままに歩く。 階段をいくつも登り、複雑な廊下を歩くとそこは院長室の前だった。

「あっ、申し遅れました。私は院長付魔道師のセシル・グロリアと申します。不慣れで至らぬ事も多いと思いますが、よろしくお願いします」

 そう言って、女性魔道師は最敬礼をした。

「え、えっと……こちらこそよろしく」

 院長としての振るまい方など忘れてしまっていたので、あたしはしどろもどろにそう返した。

「では、私はここで控えておりますので、何なりとお申し付けください」

「あ、ありがとう」

 そう返し、あたしは二年ぶりとなる院長室に入った。

 ここは、いわば院長の私室ともいうべき場所で、仕事を行う執務室はすぐ隣だ。

「ふぅ、もう疲れたわ……」

 部屋に入るなり、あたしは無駄に巨大なベッドに身を突っ伏した。

「いや、参ったわね。まさかこういう展開とは……」

 さしものエリナも困り顔だ。

 院長としてここに戻ってきてしまった以上、外出するにもいちいち護衛がつくし、なにかとやりにくい。

 二年間野良魔道師として過ごしてきた身には、息苦しくて仕方ない。

「で、例の『フーリズ亭』にはどうやって行くのよ。これじゃ意味ないじゃない」

「そうねぇ……困ったわね」

 この街に戻ってきた理由は、あたしの祖先であるアリス・エスクードの『遺産』とやらを確認するためで、院長として復帰するためではない。

 あの遺跡でエリナがマリアに説明したはずなのだが、どうも認識に齟齬があったらしい。

「いっそ、正直に第四街区三十三番に行ってみる?」

 あたしの提案にエリナは首を横に振った。

「いや、無理でしょ。あんな場所に魔道院の馬車で行ったら、目立ち過ぎて無事じゃ帰れないわよ」

 ……まあ、その通りなんだけど。

「目立たなきゃいいんでしょ。要するに」

 そう言って、あたしはエリナに片目を閉じて見せた。


「絶対ダメです。あんな吹きだまりに行くなんて!!」

 予想通り、グロリアさんの猛反対に遭った。

「どうしても用事があるのよ。護衛とか要らないからさ」

「ますますダメです!!」

 ……あーもう。

 魔道院院長といえば、国王に比肩する立場である。

 単独行動などもってのほか。

 どこに行くにも警護が付くのは当たり前だし、まして警備隊ですら立ち入るのが拒まれる第四街区となれば猛反対されるのは当然だった。

「分かった。今日はおとなしくしているわ」

 そう言って、あたしは一度部屋に戻った。

「どうだった?」

 部屋のベッドにゴロゴロしていたエリナがそう言った。

「ダメの一点張りよ。こりゃ正攻法じゃ無理ね」

 さて、どうするかな……。

「院長なら色々権限があるよね。なんかいい方法あるでしょ?」

 エリナに言われ、あたしはしばし考える。

「一つ聞くんだけど、その『遺産』って持ち運び可能?」

 あたしがそう聞くと、エリナは首を縦に振った。

「書物だけだから、簡単に持ち運びできるわよ」

 ……なるほど。ならば。

「エリナ・ムラセ。禁止書物所持の疑いで『フーリズ亭』捜査を命じる!!」

 あたしがそう言うと、エリナは笑った。

「りょーかい。直ちに部隊編成にかかります!!」

 わざとらしく敬礼などしながら、エリナはすぐさま部屋を出て行った。

 自分がダメなら人を使え。これが権限を持つ者の正しい方法だ。

「さて、何が出てくるのやら……」

 あたしは誰もいなくなった部屋でそうつぶやいたのだった。


「へぇ、これが……」

 なにが出てくるのかと思えば、そこにあるのは分厚いエルフ魔法書と一冊の日記本だった。

「これが、アリス・エスクードが書いた日記よ。もちろん、直筆のオリジナルよ」

 とても五百六十年も経っているとは思えないほど綺麗な本だったが、『保存』の魔法でも使えばこのくらい当たり前だろう。

 日記本といったが、あたしからすれば立派な古文書である。

「さて、さっそく読んでみますか」

 あたしはそっとページを開く。

 そこには、日常のどうでもいいことが多数書かれていたが、肝心な事は『ジュル・エハラスト』という全世界規模の大結界についてだ。

 ……って、まさか!?

「めちゃめちゃ大事じゃないの。これ!?」

 あたしは思わず叫んでしまった。

「やっと分かった?」

 と、エリナが笑みを浮かべながらいう。

 この日記によれば、『ジュル・エハラスト』はあるものを封印している巨大な結界である。

その封印されているものは……

「『ルクト・バー・アンギラス』……」

 あたしはその名を無意識に口にしていた。

「分かったみたいね。あんな面倒な遺跡まで作って封印しているものを」

 もしあの遺跡を探査していなければ、こんな話など信じてはいなかっただろうが……。

 日記に書かれた事を総合して考えれば、これはガセではない。

「あのさ、その封印のうち二つがダメになっているんでしょ。大丈夫なの?」

 あたしがそういうと、エリナは肩をすくめた。

「大丈夫じゃなかったら、世界はとっくに滅亡しているわよ。今のところは首皮一枚だけど、なんとか結界を維持出来ているわ」

 あたしの問いに、エリナがそう返してきた。

「ま、まあ、確かに……」

 歴史上時折名が出てくる『ルクト・バー・アンギラス』。

 どんな姿かは驚くほど記録に残っていないが、それを記録する余裕もなかったのだろう。

 これが出現するとき、世界は滅びる……。

「これを封じる技術は、今の時代には残っていない。あるとすれば、あなたよ」

「……」

 あたしの先祖であるアリス・エスクードは、不本意とはいえ不老不死もどきの魔法で永遠にその知識や技術など肉体以外の全てを後生に伝える事になった。

 それらは結界に抑えられているため、あたしはまだマール・エスクードであるが、その結界の効力が失われていくうちに、あたしは「アリス・エスクード」になってしまう。

 これは、エリナから聞かされた話だ。

 そんなの嫌だが、結界が崩壊しつつあるとなっては……。

「なに難しい顔してるのよ。あたしはあんたに『アリス・エスクード』になれなんて思わない。ただ、一時的に『知識』を借りたいだけよ。でも、それをやると……・」

「結界が一気に消えて、あたしはあたしじゃなくなる可能性があるってことよね」

 エリナの言葉を遮って、あたしはそう言ってため息をついた。

 想像したことがあるだろうか。ある日突然、自分が自分でなくなる日を。

 考えただけでも、ぞっとしない話である。

「世界滅亡とあなたのアイデンティティーの危機。天秤にかけられる話じゃないわね」

 そう言って、エリナは苦笑した。

「だからこそ、その日記が必要なのよ。間抜けだけど几帳面だったから、彼女の知識は全てそこに書いてあるはず」

 エリナは『穴』から次々と何かの本を取り出しだ。

 その数、実に数百冊以上だろう。

「魔道院に戻ってかえって時間が出来たわね。あなたはこの日記から情報収集して、結界再構築のすべを探す事。あたしも手伝うけど、結構骨が折れるわよ」

 エリナは小さく笑った。

 まっ、几帳面な人の日記が一冊なわけないわな。

「やれやれ、これは大作業ね」

 あたしも笑みを返すと、積み上げられた本の中から適当に1冊ピックアップした。


「よっと……。これでいいはずよね」

 土の地面に複雑な文様を描き、あたしはそう呟いた。

 ここは魔道院の中庭である。

 普段なら初等課程や一般魔道士課程の連中が、魔術の練習をしていたりする場所であるが、今は完全貸し切りである。

あたしの権限を活用して、中庭を立ち入り禁止にしたのだ。

「で、魔力を注ぐ……と」

 ひたすら広い中庭全面に描いた魔方陣の真ん中に経ち、あたしは魔力を解き放つ。

 すると、魔方陣全体が怪しく光りはじめ、強力な結界が生まれ出た。

「よし、成功。こんな感じでいいのね」

 季節は早くも秋を通り過ぎて冬に差し掛かっている。

 数ヶ月の試行錯誤の結果、あたしはあの遺跡にあった魔方陣のミニチュア版を作ることにようやく成功した。

 本物はこの数倍大きい魔方陣だが、要点さえつかめば応用でどうにかなる。

「お見事。さすが結界が得意というだけはあるわね」

 端で見ていたエリナが、そう行った。

 そう、あたしの得意分野は本来は攻撃魔術ではなくこういった結界魔術なのである。

 あの遺跡では使い道がなかったのだが、そこは誤解なきよう……。

「あとは修復工事に向かうだけね。もっとも、外出出来るか微妙だけど」

 そう言って、あたしは苦笑した。

 いまやすっかり魔道院院長であることが当たり前になってしまったため、これでいて結構忙しい日々を送っている。

 スケジュールがパツパツで、そうそう遠くへは行けないのだ。

「なに言ってるの。世界滅亡の危機なのよ」

 とエリナがいうが、その重要性から『ジェル・エハラスト』の事は機密事項。

 「ちょっと世界の危機を救ってきます」などと言って、予定をキャンセルすることは容易ではない。

「それは分かっているんだけどね。ふぅ、マリアがいればなぁ」

 あたしはそうぼやいてしまった。

 あの遺跡で分かれて以来、マリアたちに会っていない。

 まだ戻ってくる途中のようで、ようやくペンタム山脈の麓に差し掛かったようだが、天候不順でなかなか峠を越えられないらしい。

 そろそろペンタム山脈は冬化粧するので、安全を第一に考えれば春過ぎまで待つのが正解だ。

「まあ、確かにマリアがいれば、また代行ってことで遠出出来たのにねぇ」

 エリナがそう言ってため息をつく。

「まったく、不便なものね」

 あたしもため息をつく。

 なにせ、ちょっと買い物とか気晴らしの散歩なんて出来ないのである。

 あたしが魔道院から出るときは、常に事前に計画された道に警備隊が張り付き、余計な寄り道などは到底不可能である。

 この息苦しさは、なかなかたまったものではない。

「さて、そろそろ時間ね。今日は国王のお招きで晩餐会か……」

 ずーんと気が重くなる。

 国王の御前でご飯なんか食べても全然おいしくない。

「はい、行ってらっしゃい。あたしはマールの脱出計画を立ててみるわ」

 限りなく難しいことをいうエリナに、あたしは軽く手を振るのが精一杯だった。


 かごの鳥とはよく言ったもの。

 あたしはこの閉塞感に、そろそろ限界を感じていた。

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