第25話 遺跡は続くよどこまでも……(後)

 前略。あたしたちは、相変わらず遺跡の中を彷徨っていた。

 なにしろ、時間と共に勝手に構造が変わるというヤクザな仕掛けがあるため、あたしたちは先に進んでいるのか、それとも、逆に引き返しているのか、それすらも分からなくなってしまっている状況である。

 幸い、水も食料もまだ大量に『穴』に放り込んであるので、少なくとも、今すぐ行き倒れる心配はない。

 しかし、これとて有限の物資である以上、いつかは尽きる運命にある。

 その前に、なんとかして、出口を見つけ出したいものなのだが・・・。

「……行き止まり。よねぇ。誰がどう見ても」

 ほぼ直角に右に折れる角を曲がった途端、いきなり目の前に出現した壁を呆然と見つめながら、あたしは思わずそうつぶやいてしまった。

 そう。あろうことか、なんやかんやで色々やりながら、あたしたちが延々と歩いてきた通路の行き着いた先が、あろうことか、何の変哲もないただの行き止まりだったのである。

 一応、周囲を注意深く見回してみたが、なにかスイッチの類や魔法陣の類もなく、正真正銘の行き止まりである。

 つまり、ここに至るまで歩いてきたことは、すべて徒労に過ぎなかったというわけである。

 もとより、精細な地図など存在しない未調査遺跡の事。延々と歩いて行った先が行き止まりだったなどというのは、実にありがちなパターンではあるが、ハッキリ言って、これは少なからずヘコむ。

 しかも、これが普通の遺跡なら「気を取り直して、なんか怪しい分岐点まで戻ってみる」という手があるのだが、この遺跡は構造が勝手に変わってしまうために、このまま素直に引き返しても、必ずしも同じ場所に出るという保証がないのだ。

 つまり、あたしたちが、この文字通り出口が見えない迷宮から脱出するためには、経験よりも「運」の要素が遙かに大きいというわけである。

 もちろん、これは最初にエリナから「彷徨える亡霊」の話を聞いた時から、十分に理解しているつもりだったが、こうして改めて考えると、かなり致命的な罠に引っかかってしまったと痛感してしまう。

 ……はぁ、なんか嫌になるわね。

「やれやれ、まいったわねぇ。もしかして、この辺とか叩くと、なんか出るとか?」

 と、そんな元気なエリナの声で、あたしははたと我に返った。

 見ると、女の子としては、ちとアレな罵詈雑言まき散らしつつ、彼女は行き止まりの壁をガンガン蹴飛ばしている。

 うぐっ。なんか、既視感が……。

 こ、この気迫。そして、シロウトさんなら掛け値抜きにビビる威圧感。

 なんか、どこかで似たような人を見た事がある。……どころか、クランタの街にいれば、毎日のようにあたしの所に押しかけてきた『あの人たち』と、全く同種のこのオーラ。

 もしかして、エリナってば、どっかでそういうアルバイトしているとか?

「……エリナ、追いつめるのも程々にしておきなさいよ。この稼業の基本は、『生かさず殺さず』だからね」

「はぁっ!? 何言ってるの?」

 思わずあたしの口をついて出てしまった言葉に、エリナが怪訝な顔でそう聞き返してきた。

「な、なんでもない。気にしないで」

 慌ててそう返すと、エリナはさらに不審そうな表情になった。

 ……い、いかん。こんなところで、あたしの日常生活を暴露するわけにはいかない。

「と、とにかく、なんでもいいから、そのどす黒いオーラを出して、壁をゲシゲシ蹴りまくるのだけはやめて。なんか、つい攻撃魔術とかぶっ放したくなるし……」

 焦りまくってしまったあたしは、思わずそんな事を言ってしまった。

 一応、これでもフォローのつもりだったのだが、なんか、墓穴を掘ったような気がする……。

「な、なんだか分からないけど、あなたがそう言うならやめておくわ」

 当たり前といえば当たり前だが、完全には納得しきっていない様子のエリナだったが、それでも、あたしの様子からなにか悟ってくれたらしく、そう言ってくれた。

 ……ふぅ。良かった、深く突っ込まれないで。

「それにしても、これからどうしますか? このまま無闇に突き進んでも、結局体力の無駄遣いにしかならないような気がするのですが……」

 と、あたしとエリナのやりとりが、一応の決着を見た絶妙のタイミングで、マリアがそう割り込んできた。

 この辺りの時期を察する能力は、さすがに彼女である。

「まあ、それはそうなんだけどね。実際、全く当てがないわけだし、一応、簡単な『転移』の魔法は使えるけど、こんな変な仕掛けがある場所じゃあ、どこに飛ばされるか分かったものじゃないわよ」

 実にもっともな事を言うマリアに対して、まず最初に応えたのは、困り顔のエリナだった。

 『転移』とは、その名の通り、どこか離れた場所に、ほぼ一瞬で移動できるという、大変便利なものである。

 もっとも、あたしは魔法の方はよく知らないので、魔術の方で解説するが、これは、まず現在位置をきちんと把握した上で、その移動したい先が明確にイメージ出来る場所じゃないと、『転移』することが出来ないのだ。

 一例を挙げると、『クランタのハングアップ亭の前から、ペンタムシティの入り口まで移動したい』というような感じである。

 まあ、自分がどこにいるか分からない状況でも、その移動したい先が明確にイメージ出来るなら、無理矢理『転移』する事も出来るが、ほとんどの場合は、とんでもない場所に放り出されるハメになる。

 エリナの話しぶりから想像するに、恐らく魔法の方にも、同じような制限事項があるのだろう。

 これでは、確かに『転移』による移動は不可能である。

「まあ、それはそうなんですけど、マリアの言うとおり、このまま無理に移動を続けると、なんとか無事に脱出出来る可能性よりも、その前に力尽きる可能性が高いのも事実です。せめて、なにか手がかりでもあれば助かるんですけどね」

 エリナに反論したのは、マリアではなくお師匠だった。

 珍しく、その言葉にはいつもの暢気さはなく、ひたすら真面目一色だった。

 ……そう。エリナの言う事も正論だし、マリアやお師匠が言う事も、また正論なのである。

 無闇に歩き回れば、その分体力も気力も消耗するが、かといって、これといった当てがあるわけでもない。

 要するに、色々な意味で、あたしたちはまともに袋小路にはまりこんでいるわけである。

 もはや、あたしたちには、ノリと勢いだけで動き回れるほどの余裕はない。

 しかし、あたしとて事態を打開できる妙案があるわけでもなく、自然に重苦しい沈黙が辺りに落ちた。

 ここにいる誰もが難しい顔で黙り込み、この沈黙がいつ終わるのか、全く予想が付かない状況だったが、しかし、事態は思わぬ人の思わず声で動き始めた。

「……もしかしたら、気のせいかもしれないけど、その壁、なんだか妙な感じがするのよね」

 と、疲れ切った声で、沈黙を打ち破ったのは、なんと、ローザだった。

 つぶやくようにそう言って、彼女は目の前に立ちはだかる行き止まりの壁を指さした。

「ん、変な感じ?」

 どうやら、意外だったのはこちらも同じようで、エリナが少し驚いたような表情を浮かべつつそう聞き返した。

「そう。ちょっと表現しづらいんだけど、妙な『気配』というか……。もしかしたら、なんか変な魔法でも掛かっているかも?」

 ローザがそう自信なさそうに言った瞬間、エリナはハッとした表情を浮かべ、弾かれるような勢いで、行き止まりの壁に向き直った。

 そして、聞き取れないほどの小声でなにやらつぶやいた後、彼女はその両手を壁に押し当てた。

 すると、一見するとどうという事のない普通の壁が、一瞬だけ揺らいだように見え、そして、次の瞬間、音もなく忽然と消え失せてしまった。

「……なっ!?」

 あまりの事に、あたしは思わず絶句してしまった。

 ……こ、これって、なんかの魔法!?

「やれやれ、あたしもちょっと鈍ってるのかな。こんな事に気が付かないなんてね」

「ちょ、ちょっと、これってどー言う事よ!?」

 あたしの心境とは対照的に、全てを理解している様子のエリナに、思わずそう問いかけてしまった。

「簡単な事よ。魔術にも『幻影』ってあるでしょう。それの、魔法版よ」

 と、さも当たり前の事をと言わんばかりのエリナの答えに、あたしはようやく合点がいった。

「なるほど、つまり、さっきの壁は『幻』だったわけね」

 あたしがそう言うと、エリナは軽くうなずいて応えた。

 つまり、そういう事である。

 魔術の『幻影』でさえ、ローザのような専門家が使うものは、実際に触れてみてもすぐには幻と分からないほど、とにかくリアルな虚像を生み出すことが出来る。

 まして、より強力であるはずの魔法のそれとなれば、叩こうが蹴ろうが、まさに壁としか思えない「壁」を作り出す事ぐらい、多分それほど難しい事でないはずだ。

 となると、エリナが先ほど使った『何か』は、『無効化』の魔法だったのだろう。

 ……それにしても、他ならぬローザが見破るなんて、まさか、幻影の専門家だからという単純な理屈ではないだろうが、あまりにも出来すぎた話よねぇ。

「さてと、これで道は出来たわ。あとは、とにかく先に進むだけよ!!」

 と、元気よく声をかけたエリナにつられたか、先ほどまで死にそうな表情だったみんなも、途端に元気を取り戻して、景気よくそれに応えた。

 ・・・うーむ、さっき「無闇に進むのは危険」とか、深刻な顔で言っていた人が、二名ほどいたような気がするのだが。

 ともあれ、落ち込んでいた雰囲気が明るくなったのなら、それはそれでよし。ここで要らぬツッコミを入れて、わざわざ水を差す事もないだろう。そう思い直して、ゾロゾロと歩き始めたみんなのあとを、あたしも黙って歩き始めようとした、まさにその時である。

 今まさに進もうとしていた闇の向こうに妙な気配を感じ、あたしは慌てて足を止めた。

「ストップ。戦闘準備!!」

 反射的に銃を構えながら、あたしは声高にそう叫んだ。

 しかし、あたしが言うまでもなく、全員が全員とも『それ』に気が付いたらしく、隊列は早くも『戦闘隊形』に転じていた。

「誰でもいいから明かりを!!」

 と、そんなエリナの声に、マリアが追加の『光明』を三つほど打ち上げて応えた。

 そして、その魔術特有の不自然な白さを持った光が、今まで闇に包まれていた進行方向を照らしあげたその瞬間、あたしは思わず息を飲んでしまった。

 ・・・妙に黒光りする巨大な物体。

 あたしの第一印象はまさにそんな感じだったが、しかし、よくよく見てみると、それは高い天井に頭が付きそうなほどの背丈がある、巨大な「人形」だった。

 ともすれば、無意味にでっかいフルプレート・アーマーがデンと置かれているようにも見えたが、その『顔』の部分にある二つの赤い『目』が、その素性を如実に物語っている。

 そう。ちょっと遺跡に詳しい人なら、もうかなりおなじみであろうそれは、魔法によって生み出された「動く魔道人形」ことゴーレムである。

 その体を作る材料によって、様々な呼び名が存在するが、その見た目の質感から察するに、目の前に立ちはだかるこれは、鉄で造られた「アイアン・ゴーレム」である。

「ほぉう、ついに出たか。やっぱ、これを見ないと、遺跡に来た感じがしないよなぁ……」

 と、緊迫した雰囲気に相反して、お師匠がそんなのどかなつぶやきを漏らした。

「もう、アホな事言ってる場合じゃないですって。よりによって、こんな時に出てくるなんて……」

 とりあえず、ボケかましてくれるお師匠に釘を刺しておいてから、あたしは苦い気持ちでそうぼやいてしまった。

 知っている人は知っているだろうが、このゴーレムというヤツ。頭の中身はスッカラカンで、制作者の命令をひたすら忠実に実行するだけの単細胞だが、それを補ってあまりあるほどの力としぶとさを持っている。

 もっとも、制作者の命令といっても、ゴーレムは融通が利かず、大雑把な事しか出来ないので、例えば『目の前の動く物体を叩き潰せ』という程度の極めて単純なものにならざるを得ない。

 しかし、なんとかとハサミは使いようという言葉もあるとおり、侵入者を排除する『守護者』としては、これでなかなか使い勝手がいいので、遺跡ではほぼ必ずお目に掛かるものなのだが……。

 正直な所、このタイミングはちょっとマズイ。

 なにしろ、このアイアン・ゴーレムというやつは、鉄で出来ているだけの事はあって、そこらにあるような普通の武器で死ぬほど根性入れて叩いたり斬ったりしても、せいぜい、ちょっと凹むか傷が付く程度なのである。

 ならば、攻撃系統の魔術の出番ではあるが、この手の「魔法生物」の特徴として、魔術や魔法に対しても滅法打たれ強いという点が問題になる。

 早い話、ゴーレムを相手にして、生半可な攻撃魔術では、大したダメージを与えられないのだ。

 もっとも、いくら魔力でドーピングしているとはいえ、所詮は鉄である。

 不本意ながら、あたしが得意とする強力無比な破壊力を持つ攻撃魔術を使えば、一撃で粉砕してやる事も可能である。いや、可能なのだが……。

「……ゴメン。あたし、ちょっと攻撃魔術は無理」

 全く無意味と知りつつ銃を構えながら、あたしはみんなにそう言った。

 そう。普段のあたしなら、迷うことなく超強力攻撃魔術の雨を降らせてやる所だが、いかんせん、今はあまりに疲弊しすぎている。

 この状況で、無理に攻撃魔術を使っても、全く発動しないか、もしくは、掛け値抜きに『暴走』させてしまい、自他問わず大怪我するのがせいぜいだろう。

 万能のような魔術だが、所詮は人が使う力に過ぎず、術者自身の体調などが大きく影響してくるのだ。

 どんなに切れ味が鋭い剣でも、それを使う者がフォークすら持てないようなヘロヘロ状態なら、本来の力を発揮するわけがない。

「私も攻撃魔術はちょっと……。簡単な防御障壁程度なら、なんとか展開出来ると思いますけど」

 と、あたしに続き、マリアが困ったようにそう言ってきた。

 ……これで、実質的に戦力外となったのは二人。

 もっとも、これはあたしも予想していた事である。

 彼女がどれだけ疲弊しているか、その表情を見れば、誰に目にも容易に察しが付く。

「言うまでもないけど、あたしは無理よ」

「同じく」

 と、今度はローザとお師匠の声。

 まあ、この二人は、端から戦力とはみなしていないので、大勢に変化はない。

 ともあれ、これで、頼みの綱は、エリナただ一人となったわけである。

 まあ、彼女の場合は、魔法という他の誰もが持ち得ない強力な能力があるわけで、あたしたちがダメでも何とかなる……かと思ったのだが。

「ったく、あんたらときたら、あたしより若いのにだらしないわねぇ。……実は、あたし。本格的な攻撃魔法は一切使えないのよ。せいぜい、ちょっと痺れさせる程度の電撃だけ」

 瞬間、なんとも嫌な沈黙が落ちた。

 ……つまり、あたしたちの側で、ゴーレムに有効な攻撃が可能な者はゼロ。

 そんな、世にも恐ろしいつぶやきが胸中で渦巻いた瞬間、まるでそれを見計らったかのように、目の前のアイアン・ゴーレムがその巨大な腕を振り上げた。

「うだぁぁぁぁ。待避、待避!!」

 もはや、ショックで固まっている場合ではない。

 思わずそう叫びつつ、その場でクルリと回れ右してダッシュしようとした瞬間、あたしは恐ろしいモノを見てしまった。

 ……そう。今まさにこちらに飛びかからんとばかりに身構えている「オオカミ」の姿を。

「チッ!!」

 思わず舌打ちしつつ、あたしは咄嗟に手にしていた銃を構え、そうと意識するよりも早く引き金を引いていた。

 乾いた銃声が立て続けに起こり、銃口から吹き出したオレンジ色の炎が、一瞬だけ辺りを染め上げる。

 そして、あたしの放った弾丸は、見事に「オオカミ」の右前足を撃ち抜き、パッと飛び散った赤い血潮が、周囲の壁や床はもちろん、あたしにまで降りかかった。

 が、しかし、それでも「オオカミ」は悲鳴の一つも上げる事無く、まさに獣のうなり声を上げながら、敵意むき出しの視線を送ってきた。

 そのあまりの迫力に圧されてしまい、あたしは思わず一歩後退してしまう。

 すると、あたしの背中に、何かが軽く当たった。

「・・・相手から視線を逸らさないで!!」

 反射的に振り向きそうになったその瞬間、後ろからマリアの鋭い声が聞こえ、あたしは寸でのところでそれを思いとどまった。

 どうやら、あたしの背中に当たったのは、彼女だったらしい。

 などと思ったその次の瞬間、バヂィッ!!という、なんとも言えない激しい音が聞こえた。

「マールさん。とりあえず、ゴーレムの方は私とエリナさんの『障壁』で、なんとかしのぎます。その間に、その『オオカミ』を倒してください」

 今度は冷静な声で、マリアが再びそう言ってきた。

 ……なるほど。先ほどの激しい音は、ゴーレムの一撃が『障壁』ブチ当たった音というわけか。

 しかし、いかな強力な「障壁」を張ったとしても、パワーとしぶとさだけが取り柄のゴーレムが相手となれば、さすがにいつまでも保たないだろう。

 正直なところ、ちょっと前に悲惨な目に遭わされていることもあって、コイツとタイマン勝負するのは勘弁願いたいところだが、この状況では、そうも言っていられない。

 と、マイナスの考えを無理矢理意識の外に追い出し、あたしは再び銃を構えた。

 すると、今まで背筋がゾクゾクするほどのうなり声を上げていた「オオカミ」が、不意によく通る声で遠吠えをした。

 その意図が読めず、困惑してしまったあたしだったが、すぐにある事に思い当たった。

 ・・・そういや、普通のオオカミは群れで行動していて、その仲間内のコミュニケーション手段の一つに、「遠吠え」ってのがあったわね。

 ってことは・・・。

 あたしが、その考えたくもない結論にようやく行き着いた時は、すでに手遅れだった。

 魔術の明かりの効果が及ばない闇の向こうにいくつもの赤く光る点が生まれ、何頭分もの獣のうなり声が聞こえてくる。

 ・・・だぁぁぁ、最悪。仲間を呼ばれた!!

「ほぉう、こりゃあ大勢お越しくださってくれやがったみたいねぇ」

 と、いきなりすぐ近くでローザの声が聞こえ、あたしは反射的にその方向を見た。

 すると、先ほどまで、マリアの横でなにやらやっていたはずの彼女が、いつの間にかあたしの隣に立ち、ニヤッとコワイ笑みを浮かべていた。

「マール。これは、マリアが考えた作戦なんだけど、あたしが援護するから、その間に、あなたは召喚術をよろしく」

 ローザにそう言われて、あたしはハッとしてしまった。

 そーいや、あんまり使わないもので、すっかり忘れてしまっていたけど、あたしには召喚術っていう切り札があったわね。

 そう。適当にラグナ君でも呼び出してやれば、「オオカミ」達はもちろん、背後のゴーレムですら、敵の数にも入らない。

 それなら……って、ちょっと待った。

「あのねぇ……。まあ、あんたは知らないだろうから、無理もないとは思うけど、召還魔術って、攻撃魔術よりも遙かに魔力を使うのよ。攻撃魔術もロクに使えそうにないのに、召還魔術なんて無理よ」

 と、色々な意味でため息でも吐きたい気持ちで、あたしはローザにそう返した。

 全く、一瞬とはいえ、この重大な事実を忘れて、ローザの提案を名案だと思ってしまったのは、我ながらちと情けないが、つまり、そういう事である。

 召喚術というのは、他系統の魔術とは比較にならないほどの魔力を消費する上に、かなりシビアな制御が要求されるのだ。

 現状では、召喚術の発動そのものをしくじる可能性が高いし、かろうじて召還に成功しても、その呼び出した「何か」を自分の制御下に置く事が出来ないという、最悪のパターンに陥る可能性すら否定できない。

 こんな状態では、冗談でも召喚術を使うなどとは言えないのである。

「ふーん、そうなんだ。……それじゃあ、あとは適当に考えて!!」

 しかし、自分の提案が否定されたというのに、ローザはにべもなくそんな無責任な事を言ってくれた。

「ちょ、ちょっと、適当にって……!?」

 慌ててローザに抗議しようとしたあたしだったが、しかし、当の彼女は、戦闘用の大型ナイフを片手に、すぐ近くまで迫ってきていた「オオカミ」たちの群れに突っ込んでいってしまった。

「ったく、人の話聞きなさいよ。どーしろっていうのよ、これ……」

 気のせいか、妙に嬉しそうなかけ声を上げているローザの背中を睨みつつ、あたしは思わずそう毒づいてしまった。

 ともあれ、こうなっては、「オオカミ」たちを一掃する方策を、早急に見いださなければならない。

 あたしの武器といえば、まずは手に持っている拳銃だが、これは論外。

 その一撃一撃は、まさしく致命的なほど強力なものであるが、引き金を引いている間は、ひたすら弾丸を吐き出し続けると噂に聞く「マシンガン」ならともかく、あたしの持っているオーソドックスな拳銃で、これだけ多数を相手するには少々分が悪い。

 そんなわけで、銃がダメだとなると、その次に思い当たるのが、あたしの特技とも言える『無差別広域破壊攻撃魔術』だが、これも前途の理由で不採用。

 あとは、腰のベルトにくくりつけた鞘にやや大型のナイフが納めてあるが、これは、護身用というよりは、むしろ、旅に必要な道具の一つとして持ち歩いている類の物で、こんなものを振り回すぐらいなら、いっそ、死にものぐるいで殴りかかった方がまだマシだろう。

 そうなると、残された手だては……。ん、そうだ。アレがあった!!

 ようやくある物に思い当たったあたしは、迷わず虚空に『穴』を開け、その中から、銀色に輝くサマナーズ・ロッドを取り出した。

 といっても、もちろん、召還魔術を使うわけではない。

 そう。前にも一度やったが、この杖の『もう一つの利用法』を試してみる事にしたのである。

 あたしは、サマナーズ・ロッドを両手で持ち、その先端を群れを成してやってくる「オオカミ」たちの方に向けた。

「異界への鍵よ。我が身を守る力となれ……」

 その『鍵』となる言葉を紡ぐと、サマナーズ・ロッドの先端にバチバチと帯電する光球が生まれた。

 すると、どうやら何も言わずともあたしの思惑を察したようで、今まで「オオカミ」とやり合っていたローザが、素早くあたしの隣に戻ってきた。おし、偉いぞローザ!!

「最大出力で展開(ディ・マクスム・ラファイ)!!」

 『引き金』となるその言葉を声高に叫んだ瞬間、ドンという衝撃すら残して、まるで雷光のような紫掛かった閃光が無数にひらめき、嵐のような電撃が容赦なく「オオカミ」たちを打ち据えていった。

 そして、あたしが電撃の放射を止めたその時には、あれほどの頭数を揃えてきていた「」オオカミ」達は、すべからくただの炭化した塊に変化していた。

 言うまでもないが、あたしの試みは大成功。まさに、こちらの圧勝である。

 しかし、そんな勝利の気分も、肉が焦げた臭気と正体不明の刺激臭が絶妙にブレンドされた、どうにも名状しがたい悪臭が鼻腔に突き刺さってくるせいで、あまり気持ちのいいものでは無くなってしまった。

 ……ううう、なんか目眩がしてきた。

「な、何度見ても凄いわね。ただでさえ凶暴なあんたなのに、ンな物騒な物を持っているなんて、世界が破滅するかも……」

「……なんか言った?」

 まるで、独り言のような口調で、失礼千万な事をのたまってくれるローザに、いまだ熱気を感じるサマナーズ・ロッドの先端を向けつつ、あたしはジト目で彼女を睨み付けた。

「い、いえ、何でもないです。だから、その物騒な杖は引っ込めてください」

 と、途端に卑屈な笑みを浮かべて逃げ腰になるローザを見て、あたしは軽くため息を吐いてから、虚空に『穴』を開け、そこにサマナーズ・ロッドを放り込んだ。

「マール、ローザ。ノホホンとしていないで、今度はこっちを始末して!」

 突然、背後からそんなエリナの声が飛んできて、あたしはハッと我に返った。

 そうだ、メインディッシュはこっちだ!!

 慌てて背後を振り向くと、そこには、必死の形相で「障壁」を展開し続けているマリアとエリナの姿があった。

 そして、淡い光を放つ半透明の「障壁」の向こうで、延々とその太い腕を振り回しているアイアン・ゴーレムの姿も……。

「ごめん、すっかり忘れていたわ。それじゃあ、さっそく掛かるわね」

 マリアとエリナに謝りつつ、あたしは先ほど閉じたばかりの『穴』を再び開き、サマナーズ・ロッドを取り出した。

 そして、それを両手で構え、おおよその見当でその杖先の狙いを定める。

 しかし、残念ながら、このサマナーズ・ロッドの『隠れ機能』によって放つ事が出来るのは、唯一『電撃』のみである。

 この『電撃』は『風』属性であるのに対し、エリナから指示されたのは『火』属性の攻撃魔術なので、果たしてどれほどの効果があるのかは分からない。

 しかし、他に手だてがあるわけでもないので、とにかく試してみるしかない。

「異界への鍵よ。我が身を守る力となれ……」

 そして、例によって、あらかじめ定められた『鍵』の詠唱。

 瞬間、サマナーズ・ロッドの先端に、帯電する光球が……あれ?

「……ま、まさか、壊れた!?」

 単に魔術の明かりの光を反射するだけで、全く変化を見せないサマナーズ・ロッドの杖先を呆然と見つめてしまいながら、あたしは思わずそう叫んでしまった。

「こ、壊れたって、冗談じゃないわよ!?」

 すると、少々目を血走らせつつ、エリナがそう怒鳴り返してきた。

 ……いや、待て。冷静に考えてみよう。

 ざっと見た所、サマナーズ・ロッドのどこにも損傷している様子はない。

 実は、あたしもこの杖の内部構造は知らないのだが、どう考えても、機械的な可動部分があるとは思えないし、この作動不良の原因は一体……。

「ああっ。そそそ、そーいえば!?」

 しばし逡巡したのち、ふとある事を思い出したあたしは、思わずそう声を上げてしまった。

「な、なによ、耳元ででっかい声出さないでよ!!」

 と、そういうわりには、あたしよりよほどの大声で文句を付けてきたエリナに向けて、あたしはギギギと軋み音すら聞こえるぎこちなさでゆっくりと首を回し、その彼女の困惑したような表情をまじまじと見つめた。

 ……ヤバイ。どう切り出すべきか、最良の手順が分からない。

「な、なによ。なんか言いたそうね」

 そんなあたしの様子にビビッたか、エリナは少し逃げ腰になりながらそう言ってきた。

 ……仕方ない。素直に打ち明けるか。

「……いい、落ち着いて聞いてね。このサマナーズ・ロッドの『隠し機能』なんだけど、ある程度あたしの魔力を吸収させておかないと使えないのよ。そう。具体的に言うと、一度最大出力でぶっ放しちゃうと、次に使えるようになるのは、丸一日ぐらい経ってからなのよ」

 もう、半ばヤケクソな心境であたしがそう言うと、エリナの表情が音を立てて引きつった。

 いや、顔を引きつらせているのは、彼女だけではない。

 ローザにマリア、そしてお師匠。あたし以外の全員が、一様に同じような表情を浮かべたまま、完全に硬直してしまっている。

「……え、えっと、あたしの耳が正常なら、さっき「オオカミ」たちにぶっ放した分で、本日打ち止めだということ?」

 と、どこか乾いた声で、つぶやくようにそう言ってきたエリナに、あたしは黙ってうなずくしかなかった。

 次の瞬間、深海より深く暗い沈黙が落ちた。

 代わりに辺りを支配したのは、ゴーレムがひたすら『障壁』を殴りつける音……。

「……って、なんでそれを先に言わないのよ!!」

 ややあってから、半泣きで喚き散らしてくれたのは、あたしの隣にいたローザだった。

「いやー、申し訳ない。あたしもすっかり忘れていたわ」

 そんなローザに対して、あたしはちょっと現実逃避モードに入りながら、思いっきりお気楽な声でそう返した。

 ……あはは、こりゃ参ったねぇ。

「ったく、そんな大げさな形して、いざって時に限って使えないなんて、軽量コンパクトな分だけ、違法スタンガンの方がよっぽどマシじゃないの」

 と、続けて、エリナが吐き捨てるようにそんな事を言ってきた。

 ……ところで、『すたんがん』って何?

「まあ、過ぎた事を、いつまでもグジグジ言ったところで始まらないわ。今は、次善策を練る方が有益よ」

『お前が言うな!!』

 自分で言うのも何だが、あたしの実に的を得た意見に、しかし、他の4人は思いっきり不服そうな様子で、異口同音にそう反論してくれた。

「だから、過ぎた事を言ってもどうにもならないって。あたし的には、そんな暇があるなら、さっさと撤退した方が利口だと思うけど」

 とりあえず、みんなの不満に充ち満ちた様子は無視する事にして、あたしは努めて冷静にそう言った。

 ……なに、開き直りやがったですって?

 その通り。なんか文句ある!?

「……まあ、確かに正論よね」

 てっきり、烈火のごとき勢いでツッコミの嵐が吹き荒れるかと思っていたのだが、しかし、その予想に反し、酷く落ち着き払った様子で、エリナがぽつりとそう言ってきた。

「そうですね。確かに、マールさんの提案が最善の策でしょう」

 と、あたしが戸惑ってしまっている間に、今度はマリアがつぶやくようにそう言った。

「ああ、さすがに我が弟子だ。実によく状況を見ている」

 なにか、やや不自然さすら感じるゆらりとした動きであたしに近寄りながら、お師匠がそう言った。

「あたしとしても、マールの案が最良だと思うわ」

 そして、最後にローザがつぶやくようにそう言いつつ、あたしの左腕をガシッとつかんだ瞬間、なにか、猛烈に嫌な予感が胸中に渦巻き始めた。

「ちょ、ちょっと、あんたら何か妙な事考えているでしょ!?」

 直感というより、本能のレベルで危険を感じたあたしは、慌てて逃げようとしたのだが、しかし、あたしの左腕をつかむローザの力は思いの外強く、簡単には振りほどけそうになかった。

「……だけどね。物事には、やっぱりケジメってものが必要よねぇ」

 あたしの声など聞こえないと言わんばかりに、エリナが低く押し殺したような声でそう言って、ニヤリともの凄い笑みを浮かべた。

 ……し、死ぬ!!

 この瞬間、そんな短い言葉が、あたしの脳裏を縦横に駆けめぐった。

 その間にも、エリナは聞き取れない程の小声でなにやらつぶやき、そして、その右手をあたしの肩にポンと載せた。

「……逝ってこぉぉい!!」

 エリナの絶叫と共に、あたしの体がふわりと宙に浮いた。

  ……ああああ、な、なんか、死ぬほどヤバイ予感がする。猛烈に。

「ちょ、ちょっと、何するつもりか知らないけど、話せば……ぬわぁぁぁ!?」

 慌ててエリナの説得にかかろうとしたあたしだったが、しかし、それは遅きに失した。

 頭が天井に触れそうになるほどまで体が浮き上がったその瞬間、今度は猛烈な勢いで横方向の移動に転じた。

 そして、あまり認めたくはないのだが、あたしの進むその先には、相変わらず腕をブンブン振り回しているゴーレムの姿があった。

 ああ、悪い予感的中……。

 ゴガァァァァン!!

 音にすれば、恐らくそんな感じであろうもの凄まじい衝撃と共に、あたしの意識はバラバラに砕け散った……。



「ふぅ……痛たたた。相変わらずですね。これだから、エリナさんはもう」

 目の前には大きく形が拉げながらも、まだギシギシと音を立てているくず鉄がある。「私」はそれにそっと手を当て、ある『呪文』を超高速詠唱した。瞬間、くず鉄は発光して消え去った、これで、問題ない。

「あちゃー、また「あんた」の手を借りちゃったか」

 やや離れたところで、エリナさんが頭をポリポリ掻きながら声を掛けてきた。

「当たり前です。『私』を砲弾代わりに使ったところで、勝てるわけないでしょう。この状況では最初から『私』を戦力に組み込んで下さい。では、ごきげんよう……」



「いたたた……」

 ちょっと動かすだけで、体のあちこちから悲鳴を上げるかのような激痛が走り、あたしは思わず顔をしかめてしまいながら、ゆっくりと上体を起こした。

 なにが起きたのかのかは分かっている。結合深度? が深くなったのか、最終的にアリスがゴーレムを瞬時に消滅させたのだ。あたしがゴーレムに突っこまされた意味は、もはやアリスを出すために気絶させられただけだ。いてぇよ。馬鹿野郎!!


「はい、お疲れ様。みんなには軽く説明済み。結果オーライって事で」

 いつの間にこちらにやってきたのか、エリナがニコニコ笑顔でそう言って、さっと右手を差し出してきた。

 一回ため息を吐いてからその手を握り返すと、彼女の外見からは想像も付かない、恐ろしいぐらいの力で引っ張り上げられ、あたしはその場に立ち上がった。

 すると、彼女からやや遅れて、ほかのみんなもゾロゾロとあたしの周りに集まってきていた。

「あ、あの、大丈夫ですか。マールさん?」

 慌てた様子で回復魔術をかけてくれつつ、マリアがそんな事を言ってきた。

「あのねぇ、大丈夫なわけないでしょうが。謝るぐらいなら、最初からやるなっての!!」

 と、そんなマリアに、あたしはわざと不機嫌な声を作ってそう言ってやった。

 実のところ、あたしは全く怒っていない。その代わり、心の底から呆れてしまっているのである。

「い、いえ、確かにその通りなのですが、なにぶん、その場の勢いといいますか、エリナさんに逆らえないような空気がありまして……」

 と、モゴモゴと応えてくるマリア。

 ……勢いだけで、物事考えるなってば!! って、まあ、人の事は言えないが。

「まあ、いいわ。それより、エリナ。なかなか味な事やってくれるじゃないの」

 と、とりあえずマリアの方は一方的にケリを付け、あたしは視線と話の先をニコニコ笑顔のエリナに向けた。

 ……あたしが使える『便利魔術』の一つに、『風』の精霊の力を借りて、運びたい物を宙に浮かして移動させるというものがある。まあ、要はあたしが前に使った『飛翔』の対物版といった感じだろうか。

 この事から考えて、突如としてあたしの身に起きた『災厄』の原因は自ずと分かってくる。そう。あたしがいきなり宙に浮いたのも、その後にゴーレムに向かって『突撃』するハメになったもの、他ならぬエリナの仕業というわけである。

 要するに、エリナのヤツは、あたしを一種の『砲弾』として、ゴーレムに向かってぶっ放してくれたわけである。

 なんというか、エリナがやらかしてくれた事は、ハッキリ言って滅茶苦茶である。

 今回は、エリナの力量がゴーレムの強度を上回っていたからよかったものの、もし、万が一読み違えていたなどとなれば、あたしはその時点で人生が終わっていた。

 これはもう、怒りなどというレベルを遙かに超え、本気で呆れるしかない。

「まあね。実は、友人のとある魔道士が、同じような事をやって城門の大扉を破壊した事があってね。そのアイディアを拝借したのよ。ちなみに、この時にぶっ壊した城門ってのは、『アストリア城』の正門でさ。そりゃもう、大騒ぎになったもんよ」

 そう言って、エリナは軽く片目を閉じて見せた。

 ……アストリア城って、あんた。この国の主城じゃないの!?

 一応、これでも王都生まれのあたしにとっては、それこそ、毎日のようにその勇姿を拝んで育ち、物心付いた時には、いつかはぶっ壊してやろうと、密かな野望を抱いて・・・おっと、いかん。口が滑った。

 ともあれ、エリナの口から飛び出したアストリア城というのは、この国の王都ペンタム・シティの高台に聳える、荘厳華麗な作りで知られる王城の愛称である。

 愛称とわざわざ断ったからには、もちろん、ちゃんとした正式名称が存在するのだが、そのあまりのクソ長さと発音の難しさで、あたしたち一般国民の間では、この愛称を使うのが一般的である。余談だけどね。

 ……しっかし、またなんだって、ンなものを壊さなきゃならなかったんだか。

「ま、まあ、なにはともあれ、もう二度と同じ事しないでね。次やったら、マジで鼻血も出なくなるぐらいまではり倒すわよ」

 エリナのあまりに無茶な話に、すっかり毒気を抜かれてしまいつつも、あたしはとりあえずそう釘を刺しておく事を忘れなかった。

 正直、どれだけ大金を積まれても、二度と同じ事はやりたくない。

「はいはい、分かってるわよ。っていうか、大体、あんたが変なオチをつけなきゃ、あたしだってこんな事しなかったし」

 と、さらりとエリナに返されてしまい、あたしは思わず言葉を飲み込んでしまった。

 ・・・うぐっ、それを言われると辛いわね。

「ま、まあ、過ぎ去った過去の逸話はどうでもいいとして、とにかく、なにか支障がなければ、さっさと先に進むわよ」

 と、意識して音量を高めにした声でそう言うと、みんなは一様に承諾の返事を返してきた。

 ……ふむ。ヤバくなったら即座に逃げろ作戦、成功。

「それじゃあ、出発するわよ。さっきの対ゴーレム戦で露呈したとおり、あたしたちの魔道戦力はゼロに等しいわ。荒事はマリアとローザが頼りだから、その時はよろしくね」

「了解しました」

「分かってるって。よきに計らえ」

 二人のそんな返事を聞きながら、あたしはイマイチ頼りにならない自分の拳銃にそっと手をかけた。

 ……ふぅ。やっぱ、ちょっと触った事がある程度じゃ、到底扱える武器じゃないわね。これ。

 こりゃあ、この遺跡から出たら、しばらくは銃のトレーニングに励むかな。

「こら。自分で出発するとか言ったくせに、ボケラ~っと突っ立っているんじゃないわよ」

 そんな声と共に、コツンと頭を叩かれ、あたしは我に返った。

 すると、そこには、小さく笑みを浮かべたエリナの姿があった。

「はいはい、分かっているわよ。そんじゃあ、改めて出発!!」

 かくして、あたしたちは、再び遺跡の闇の中に向かって、一歩を踏み込んでいったのだった。

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