第24話 遺跡は続くよどこまでも……(前)

「……それにしても、難儀な遺跡ね。これは」

 隊列の前から二番目を歩くエリナが、掛け値抜きにうんざりしているといった様子で、そうぼやく声が聞こえた。

「そうですね。こんな事でしたら、最初のマールさんの忠告通り、素直に地上で待っているべきでした」

 と、彼女にしては珍しく、かなり露骨に疲労の色をにじませた声で、エリナに答えるかのようにマリアまでそんな事をぼやく。

 もっとも、声に出すことは控えたものの、あたしもこの二人に同感である。

 なにが待ち受けているか分からず、しかも、どこまで続くか分からない通路。

 そんな場所を、延々と歩き続けているというのだから、あたしたちの疲労がどれほどのものか、おおよそ察しがつくと思う。

 これで、まだ途中で小部屋でもあれば、まだ多少は気分転換出来るのだが、目の前に現れるものは、とにかくひたすら無機質な通路だけである。

 こうなってくると、ここ久しく登場していない罠や魔法生物諸君に出くわしたくなってくるから、人間とは不思議な生き物である。

 ……なんて、ホントに出てこられると、それはそれで厄介ではあるんだけど。

 ちなみに、余談だが、この中で遺跡調査の経験が一番浅いローザに至っては、全くの無表情で、ひたすら黙々と歩き続けているという、実に惨憺たる有様だったりする。

 とまあ、ほぼ壊滅のあたしたち一行だったが、しかし、ただ一人だけ、妙に元気なヤツがいる。

 まあ、言うまでもないとは思うが、その貴重な人とは……。

「ほら、僕より若いくせに、情けないこと言うんじゃない。大体、こんなヘンテコな遺跡を誰よりも早く歩けるなんて、この上なくすばらしい事じゃないか!!」

 と、元気朗らかにのたまっている阿呆は、他の誰でもないお師匠である。

 まあ、お師匠の遺跡好きは今に始まった事じゃないし、この底抜けの脳天気さはあたしもかなり慣れているつもりである。

 しかし、この状況では、真夏のポート・ケタスの蒸し暑さ並に鬱陶しい。ホント。

「ったく、この有様でよくンな暢気に構えていられるわね。前々から言おうとは思っていたけど、危機の時は素直に危機感を感じてくれないと、娘的にはかなり不安なのよね」

 と、自分でもイライラしていると分かる声でお師匠にそう言ってやった。

「あはは、君は心配性だねぇ。僕的には、どんなに気を付けていても死ぬ時は死ぬし、だったら、いっそ開き直って、生きている間は精一杯楽しんでおく方が得策だと思うぞ」

 しかし、あたしの露骨に皮肉を込めた声にもめげず、お師匠はお気楽にそう言って笑い声を上げた。

 それがまた、やたら脳みそに響くこと響くこと……。

「どーいう理屈っすか。それは」

 もう、なんかどうでも良くなってしまい、最後にそれだけ言って、あたしはお師匠に関しては、極力意識しないようにして、放っておく事にした。

 もうちょっと活きがいい時ならともかく、色々な意味で、今のあたしには親子漫才に興じる余裕はない。

「マール、ごめんね。あたしが至らぬばかりに、こんなバカ弟子になっちゃって」

 と、あたしとお師匠のやりとりで呆れてしまったらしく、エリナがつぶやくようにそう言ってきた。

「あっ、酷いッスね」

「いいんです。もう慣れてますから」

 そんなエリナに対して、少しヘコんだらしいお師匠の声と、かなり諦めが入っているあたしの声が同時に響いた。

 まあ、どちらがどのセリフなのかは、あえて言うまでもないとは思うので、いちいち解説はしないけど……。

「なんと申しますか、三人とも仲がよろしいのですね」

『いや、ちょっと待て。なんか気に入らないのか!?』

 突然割り込んできた、全ての物を諦めたような口調のマリアに、あたし、お師匠、エリナが異口同音にそうツッコミを入れた。

「いえ、気に入らないと言うわけではなく、単に鬱陶しいだけです」

『……』

 キッパリハッキリそう切り返されてしまい、あたしたちはなにも言えなくなってしまった。

 ……マリアってば、かなりお疲れみたいね。

 などと、胸中でつぶやくのを最後に、あたしはとにかく先に進む事に全神経を傾けることにした。

 息をするのも辛いほどの重い沈黙の中、魔術の明かりが届く範囲以外は、誇張無しになにも見えない闇の中をひたすら歩くというのは、これがなかなか疲れるものである。

 ……うーむ、この雰囲気は、あまり好ましいものではないわね。

 まあ、あたしたちは遠足に来ているわけではないし、全く無警戒かつお気楽に進むというのは、自殺行為以外のなにものでもない。

 しかし、だからといって、こうギスギスした空気が漂う中で先を進むというのも、それはそれで問題である。

 こういう時、可能な範囲で最大限の『ガス抜き』をするのが隊長たる役目なのだろうが、ここで下手な冗談など飛ばそうものなら、それこそ、袋だたきに遭いかねない。

 かといって、つい先ほど小休止したばかりなので、またここで休憩など取ったら、余計に疲れが出る恐れもある。

 さて、どうするか……。

 と、一瞬、意識を現実から離してしまったのがいけなかった。

 全く無意識のうちに踏み出した右足の裏に、妙な違和感を感じたと思った瞬間、シュッとという風を切るような微かな音が聞こえ、それがなにかを察する間もなく、右足太ももに焼け付くような激痛が走った。

「くっ!?」

 思わず苦悶の声を上げてしまいながら、あたしはその場に跪いてしまった。

 目の前がチカチカするような痛みの中、どうにかこうにか首を動かして右足を見やると、そこには妙な不自然さを伴う光景が待ち受けていた。

 ……魔術の明かりを受けて、変な光り方をする2本の矢が、ものの見事にあたしの右足太もも辺りに突き刺さっている。

 あたしが目でとらえたものを、そのまま記せばそう言うことになる。

 しかし、あたしの意識は、すぐにはそれを現実の物として受け入れてくれなかった。

「マール!?」

 何となく耳が遠くなっていたので、あまりハッキリはしないが、恐らくマリアかエリナだと思われる悲鳴じみた声が聞こえた。

 しかし、あたしの意識はどうにも冴えず、先ほど感じた激痛すら、今はほとんど感じない。

 ……あれ、なんか眠く……。

 次の瞬間、まるで冷水をぶっかけられたような衝撃を伴って、猛烈な激痛が襲いかかってきた。

「いだだだだ!!こ、こら、引っ張るなそれ!?」

 思わず目の端に涙さえ浮かべてしまいながら、あたしは悲鳴・・・というよりは、ほとんど怒鳴り散らすようにしてそう喚いた。

「えっ、引っ張るなと言われましても・・・」

 そして、困惑したマリアの声が返ってくる。

 そう。恐らく、慌てた末の咄嗟の行動だったのだろうが、彼女は、あたしの太ももに刺さってる矢を、力任せに引き抜こうとしていたのである。

 まあ、普通に暮らしている人なら、矢で射られるなどという経験はまずないだろうが、一度体に刺さったこれを引く抜く時は、数万倍の痛みを伴うのである。

 なんであたしがこんな事を知ってるのかと言えば、昔々ある時、なんかの気まぐれだと思うが、ローザがいきなり弓の練習がしたいなどと言いだし、それにあたしがつきあってあげた事があるのだ。

 この時は、しばらくは普通の的を使っていたのだが、あたしとしても予想外に命中率がよく、調子に乗ったローザが、『あたしの頭にリンゴを載せて、それを射抜いてみる』などと言い出したのだ。

 まあ、今でこそ恐ろしい事ではあるが、当時は、まだ若い故の無謀さを持ち合わせていたあたしも、ほとんどノリと勢いでそれを承諾してしまったのだが……。

 まあ、結果は言うまでもないだろう。ローザの放った矢は、ものの見事に目標であるリンゴから大きく逸れ、代わりにあたしの右肩をぶち抜いたのである。

 とまあ、そんなわけで、あたしは矢が刺さった時の痛みも、それを抜く時のこの世の物とは思えない苦痛も、人より多少知っているわけである。

 ……って、ごめん。なんか、思いっきり痛そうな話ばかりで。

「……って、こら、だからって押し込むなぁぁぁぁ!!」

 一瞬収まっていた激痛が再びぶり返し、あたしは思い切り絶叫する事となった。

 何を思ったのか。マリアのヤツ、今度は矢をぐいぐいと押し込み始めたのである。

「ああっ、ご、ごめんなさい。引くなと言われたので、つい……」

 あたしの絶叫ではたと我に返ったらしく、マリアは慌てて矢から手を離し、真っ青な顔で謝った。

「はぁはぁ・・・。あ、あんたは、あたしを殺す気か!?」

 しばしの後、ようやく痛みが少し引いてきて余裕が出来ると、あたしは即座にマリアにそうツッコミを入れてやった。

 ……引いてダメなら押すって、そーいう問題じゃないでしょーが。ったく。

「ほら、マリア。悠長にボケかましていないで、さっさとどいて!!」

 どうやら、こっちはまともらしい。

 おおよそ、魔道院院長代理という肩書きが似合わないほど、オロオロしまくっているマリアを押しのけるようにして、今度はエリナがあたしの傷を見つめた。

「・・・まずいわね。これ、毒矢よ。まあ、いまだにあんたが平気そうにしている所をみると、即効性の毒じゃないみたいだけど」

 と、いつになく険しい表情で、エリナは恐ろしいことをあっさりと言ってのけた。

 ……あっ、なんかまた気が遠くなってきた。

「まあ、だからって放っておいてもいいわけじゃないわね。・・・マール、ちょっと我慢してね」

「・・・えっ!?」

 次の瞬間、あたしにとっては、まさに最悪の災難が襲いかかってきたのだった。

「ンギャァァァァァァァァァァァ!!??」

 (描写不能)

「@*`+×``|~^=¥~!?」

 白い。全て真っ白。ただ、どこまでも白く、そして、広い……。

 ん? あそこで、ほほえみながら手招きしている人。どこかで見たことがあるような……。


「……とまあ、そういうわけで、あれって、多分『本当のお父さん』だと思うのよね。危うくお招きされるところだったわ」

 そう言って、あたしは最後に深くため息をついた。

 ここは、相も変わらずジメジメした空気が漂う、遺跡の地下である。

 つい先ほど『戻ってきた』あたしは、床にぐったりと仰向けにひっくり返ったまま、心配そうにのぞき込んでいるマリアとローザに、ちょっとした臨死体験の顛末を語り終えたところである。

 なんというか、非常に貴重な経験ではある。……もう二度と繰り返したくはないけどね。

「そうですか。結構、強烈な経験ですね。それは」

 と、やや引きつったような笑みを浮かべながら、マリアは実に率直な感想を聞かせてくれた。

「まあ、いくらあんたでも、あれだけの事をされればねぇ……。うっ、リアルに思い出しちゃった」

 と、そう言って、顔をしかめるローザ。

 ・・・まあ、確かに、アレはちと強烈だろう。

 なにしろ、エリナってば、いきなり○○○でその周囲を大きく○○した挙げ句、彼女の道具袋に入っていた○○○で、一気に矢を○○○○いてくれたのである。

 なにやら事情があるらしく、一部を伏せ字にせざるを得ない事は大変心苦しく思うのだが、なんか、かえってこちらの方が凄惨な気がするのは、当事者たるあたしの気のせいだろうか?。

 ともあれ、いくら怪我慣れしているあたしとて、さすがにこの時の激痛は、筆舌に尽くしがたいものがあった。

 あの矢が毒矢だったいうことは、あたし自身も今さっき確認したし、あのまま刺さったままで放置されていたら、今頃は本気で『お招き』されていただろう。

 だから、あたしとて、エリナに対しては深い感謝の気持ちを抱いてはいるのだが、しかし、ちょっとあんまりな経緯だっただけに、どうしてもそれを素直に表す気にはなれない。

 まして、そのエリナ殿は、今現在高いびきでお休み中であるとなれば、なおさらである。

 もっとも、あたしに対しての『大手術』を終えたあと、傷口の治療と体力回復のためにずっと回復魔法を使っていてくれたみたいだし、あたしが落ち着いたあとで、みんなの体力回復に尽力していたとの事なので、無闇に責めることはできないけど……。

「それにしても、まさか、あんな単純な罠を見落とすとはね。それも、隊列の一番最後にいた君が引っかかるなんて、僕も驚いたよ」

 と、あたしからやや離れた場所で、なにやら自分の道具袋をゴソゴソやっているお師匠が、やれやれと言わんばかりにそう言ってきた。

「驚いたのは、あたしも同じですよ。全く、これでも『ローザのサポート』ってことで雇われたはずなんですけどね。蓋を開けてみたら、最初からここまで、何かと足を引っ張っているのはあたしだし、正直、想像以上にヤキが回っているみたいです」

 と、我ながら情けないと思いつつ、あたしはそう言って苦笑を浮かべた。

 なにしろ、今の今まで、一番心配していたローザは、なにもトラブルを引き起こしていない……どころか、これまで何度も繰り返された対魔法生物戦では、思わず目を見張ってしまうほどの大活躍をしているのだ。

 それに比べて、あたしときたら、一番最初に引っかかった「監獄」から始まって、対「オオカミ」戦で重傷を負ってマリアに負担をかけるわ、実はこっそり頼みの綱だった銃の腕は想像以上にヘボだわ、「スイッチ式」などという、ちょっと注意していれば絶対に見逃さなかった単純な罠に引っかかって全員の足を止めるわ、もう最悪である。

 ……あ~、なんかヘコむわねぇ。

「お、おいおい。参ったなぁ。まさか、君がここで落ち込むとは思わなかった」

 と、いきなり戸惑ったような表情を浮かべ、お師匠がそんな事を言った。

「一体、何を期待していたんですか。お師匠は」

 ちょっとばかりムッとしてしまいつつ、あたしがそう問いかけると、いつの間にかあたしの傍らに座っていた彼は、困ったようにポリポリと頭を掻いた。

「いや、君のことだから、てっきりムキになって反論してくるかと思っていたんだよ。なにしろ、『無理も通せば道理が引っ込む』っていうのが、君の座右の銘だし」

 ……ちょっと待て。あたしがいつそんな事言った!!

 全く、あたしの事をなんだと思っていたんだ。コイツは!?

「なんですか、それ。勝手に座右の銘なんぞ決めないでください。まあ、どうでもいいですけど」

 と、かなり投げやりにそう返してやると、お師匠は大きなため息をついた。

「うーん、すっかりヘソ曲げちゃったか。まあ、いいや。とりあえず、忘れないうちにこれを渡しておくよ」

 そう言って、お師匠はあたしの目の前に何かを差し出した。

「いやー、ちょっと前の話なんだが、僕の自宅に泥棒に泥棒が入ったみたいでねぇ。まあ、自宅といってもほとんど倉庫みたいなものだが、一応住んでいる家だし、気持ち悪いんで鍵を全部取り替えたんだよ」

 と言って、肩をすくめるお師匠の手には、一目でそれと分かるような、ごく一般的なドアの鍵だった。

「はあ、お師匠の家に泥棒ですか……。なんというか、奇妙な人もいた者ですね」

 突然の事に、少々戸惑いを覚えつつも、あたしはそう言ってその鍵を受け取った。

 実際、お師匠自身も『倉庫』と言っているように、なにもしないで放っておくと、彼の自宅は、良くても二日ぐらいで有象無象の物資で埋め尽くされ、おおよそ居住するには適さない環境になってしまうのだ。

 しかも、それが「その筋では高値で取引される魔道用品」というならともかく、九割以上は誰の目にも『ゴミ』としか思えないガラクタばかりなのである。

 あたしがまだ魔道院にいた頃は、ここから毎日通っていたため、お師匠がせっせと持ち込んでくるガラクタを、情け容赦なく廃棄処分していたのだが、よもや、彼がお手伝いさんを雇うとは思えないし、かなり悲惨な事になっているのは容易に察しが付く。

 なんというか、そんなゴミ溜めみたいな家に侵入してしまうなど、よほど物好きでもない限りは、泥棒としてかなりトホホな状況だろう。

「こらこら、同情するなら泥棒じゃなくて僕にしてくれよ。……まあ、君の事情は何となく知っているし、さすがに、しばらくは戻ってこられないだろうが、とにかく、その鍵は持っていてくれ」

「はいはい、分かりました」

 お師匠にそう答えながら、あたしは虚空に『穴』を開け、そこに渡されたばかりの鍵を放り込んだ。

 と、こう言うと、なんか、その鍵を貰って、あまり嬉しくなさそうだなと思う方もいるだろうが、もちろん、そんな事はない。単に、へそを曲げているだけである。

 ともあれ、こうやっておけば、どこかに落とす恐れはないし、道具袋に入れておくよりは、はるかに安全なので、なにか重要な物を保管する時は、必ずこの『穴』に入れておく事にしているのだ。

「さて、これで渡す物は渡したし、イジメるべき相手はきっちりイジメたし、今のうちにやっておくべき事はもうないな。それじゃあ、一眠りしてくるからよろしく」

 一方的にそう言って、お師匠はそそくさとあたしのそばから離れていってしまった。

 ……くそぅ、動ける程度に体力回復していれば、すぐさま追いかけていって、蹴りの一発でもぶち込んでやるのに!! いいのよ。あたしの不良娘っぷりは、なにも今に始まった事じゃないんだし。

「なんていうか、あんたも結構ヒサンねぇ。よりによって、家の鍵を渡された相手が、あのクレスタさ……うぐっ!?」

 本気で同情したようなローザの声は、しかし、あたしが問答無用でミゾオチにぶち込んでやった掌底の一撃により、途中で変なうめき声に転じて消えた。

 全く、どさくさに紛れて、妙な事言わないで欲しいものである。

「い、今の反応。も、もしかして、クレスタさんとマールさんは、実はそういう仲だったとか?」

 そして、続けざまに驚きの声を上げてくれたマリアにも、あたしは無言のまま掌底を放ったのだが、残念な事に、それは完全にガードされてしまった。

 ……ちっ、さすがにいい反応してくれやがるわね。コイツ。

「だから、なんでそーいう話になるのよ。いい、あたしはお師匠……クレスタの娘よ。親に惚れるバカが……まあ、いないとは断言できないけど、少なくとも、あたしにとっては、親でありお師匠でもある人以外の何者でもないわよ」

 心底呆れてしまいつつ、いまだ驚き顔のマリアにそうツッコミを入れてやったのだが、しかし、彼女は軽く首を横に振った。

「まあ、仮にあなたがそうでも、一方のクレスタさんはどうだか分かりませんよ。

 恐らく、あなたは知らないとは思いますが、クレスタさんって、実は結構……」

「ストーップ。この際ハッキリ断言しておくけれど、僕はそんなチンクシャ娘に興味はない!!」

 ……ブチッ!!

「……世界の全ての源よ。輝き燃える赤き炎よ。我が身に眠るその力、今ここでその姿を現し、全ての物に等しく滅びを与えよ!!」

 ズドコォォォォォン!!

 めくるめく大爆発。飛び散る火炎。そして、吹き荒れる熱風。

 最良の条件がそろえば、満面の水を称えた広大な湖でさえ、一瞬にして霧深い荒れ地と化す、あたしの『火』属性上級攻撃魔術。

 その威力は、今日もまた健在だった。

「フン。チンクシャで悪うございましたね。まっ、聞こえていないだろうけど……」

 全ての騒乱が収まったあと、「標的」としたお師匠はもちろん、他の全員までもが一様にちょっぴりコゲてピクピクしている光景を眺めつつ、あたしは妙にすっきりした気分でそうつぶやいた。

 ……うーん、我ながらこの節操のない破壊力。やっぱり、ストレス発散には、これが一番効くわねぇ。

 などと、胸中でつぶやいていると、いきなりお師匠がムクリと体を起こした。

「うむ、なかなかいい爆発だな。さすが、我が弟子だけのことはある」

 と、煤けた顔を服の袖でゴシゴシこすりながら、お師匠は関心したようにそう言ってきた。

 ……ちっ、もう復旧しやがったか。

「ふぅ~……。こんだけ強力なヤツを貰ったのは、百二十年ぶりぐらいかしらねぇ」

 そして、お師匠からやや遅れて、こちらも復活したらしく、エリナがジト目でこちらを睨みながらそう言ってきた。

 そーいや、彼女には命を助けられたっていう、他の何よりも大きい恩があったのよね。

 成り行き上、やむを得ない部分があったとはいえ、その恩を攻撃魔術で返す辺り、いかにもあたしらしいというか、何というか……。

「あ、あはは、全ての責任はお師匠にあるとはいえ、エリナには悪い事したわね。心の底から謝るから、素直に許してもらえるとありがたいわ」

「ほぉう。つまり、その言葉のどこかに誠意を認めろという、史上稀に見る暴言を吐くワケね。あんたは?」

 ジト目のままズイッとあたしに顔を近づけ、エリナは押し殺したような声でそう言ってきた。

「……やっぱ、ダメ?」

 そんなエリナに、あたしは、自分でも胸くそ悪くなるほどの『ぶりっこモード』で、そう取り繕ってみた。

 すると、彼女は満面の笑みを浮かべ、あたしの両肩にポンと両の手を置いた。

「……怒りの二万八千ボルトぉぉぉぉぉ!!」

「!!??」

 瞬間、バチバチというもの凄い音と共に、あたしの全身を、筆舌に尽くしがたい不快を伴う衝撃が一気に駆け抜けた。

「フン。その程度であたしに手ぇだそうなんざ、十年早いわ!!」

 そして、そんなエリナの決めゼリフを、あたしは床に倒れたまま聞くハメになった。

 ……で、電撃か。今のは。

 こ、これは効いた。体が動かん。

「う、うむ。なかなかいい電撃だ。さすが、我が師だけの事はある」

 お師匠が、なんか微妙にどこかで聞いた事があるようなセリフをつぶやくと、エリナはその彼の側頭部を容赦なく蹴り倒した。

「関心してる場合か、このアホたれ。あんたの指導が悪いから、弟子がこんな暴発娘になっちゃうんでしょーが!!」

 ……うっ。すっげぇ言い返したいけど、体が動かん。

「い、いえ。お言葉ですが、この性格は、むしろガルシアのカミさん譲りだと……」

 どうやら、エリナに蹴倒されたばかりの頭が痛むらしく、しきりにその辺りをさすりつつ、お師匠はすかさずそう返した。

「むっ……。ガルシアのカミさんってことは、あのマリー・エスクードか。あの人の娘となると、あんた程度じゃ御しきれないのも道理ね」

 てっきり、なにか言い返すかと思っていたあたしの予想を裏切り、エリナはいきなり表情を深刻なものに変え、つぶやくようにそう言った。

  ……おい、待て。こら。

「いやー、分かって貰えて助かります。もう、ホント。基本的な性格なんて、完璧に彼女の生き写しですよ」

 当然ながら、あたしの胸中のつぶやきなど聞こえるはずもなく、お師匠はどこか遠い目線でそんな事をのたまってくれた。

 むぅ。全然記憶に残っていないけど、あたしの母親って一体・・・。

「このボケナス。ノホホンとしている場合じゃないわよ。こういう危険生物は、首輪でも付けて繋いでおくか、頑丈な檻に放り込んでおくぐらいの事はしないと、世間様にご迷惑が掛かるでしょうが!!」

 そんなお師匠に、エリナの容赦ない叱責が飛んだ。

 ハッキリ言って、彼女の表情は極めて真面目そのものである。

 ……なんか知らんけど、ついに人権までなくなったわね。あたし。

 そりゃまあ、今までにも色々言われて来たけど、さすがに、『危険生物』ってのは酷すぎると思うぞ。

 大体、『首輪付けて繋いでおく』とか『檻に放り込む』とか、ンな変わったシュミは持ち合わせていないし……。

 まあ、それはともかく、この状況では文句一つ言えないし、起きていてもストレスが溜まる一方である。

 ならば、いっそ開き直って、さっさと寝てしまうに限る。

 そう心に決めるが早く、あたしはきつく目を閉じ、未だに続いているお師匠とエリナのやりとりを、なるべく意識外に放り出すように努めた。

 ……しっかし、あたしって、さっきから寝ているか怪我しているかのどちらかのような気がするのだが……まあ、いいか。

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