第22話 古文書(前)

「死ねやゴラァ!!」

 裂帛の気合い……と言うよりは、ほとんど怒声に近いあたしの叫びと共に、合計六発分の連続した銃声が響き渡った。

 あたしが手にした銃口の先には、ご当地でおなじみの「オオカミ」が二頭。

 あたしにとっては、まさに因縁の対決とも言える状況。今度は、失敗するわけにはいかない。その気合いが功を奏したか、あたしの拳銃から放たれた六発の弾丸は、狙い通りに、それぞれ三発ずつ「オオカミ」の額周辺にめり込み、そして、戦いは終わった。

「ひゅ~う。いい腕してるわねぇ」

 などと、エリナが関心したような声を上げたが、しかし、ンなの知った事じゃない。

 あたしは、無言のまま、銃のシリンダーを解放し、使用済み薬莢をパラパラと床に棄てると、新しい弾丸を手早く装填していく。

「おお~っ、なんかシブくていい感じねぇ。実戦的じゃないとかいうけど、やっぱ拳銃はリボルバーよねぇ」

「というより、なんか、今日のマールさん怖いです」

「うむ。僕的には、かなり怒っているように見えるなぁ」

「まあ、難しい年頃だからねぇ」

 エリナ、マリア、お師匠、ローザと、口々になにやら勝手にのたまってくれたが、それには委細かまわず、あたしは弾丸を再装填したシリンダーを閉鎖し、その銃をホルスターに納めた。

「ほら、さっさと先に進むわよ。じっとしていたら眠くなる!!」

 自分でも、もの凄く不機嫌そうだと思う声で促すと、みんなは一様に「やれやれ」と言わんばかりの表情を浮かべた。

 不機嫌な理由は、自分でも分かっている。

 エリナにあんな話を聞かされたお陰で、見張りを交代したあとも、全く眠ることが出来なくなってしまったのだ。つまり、完全無欠に睡眠不足というわけである。

 そう。例え、間抜けな先祖のお陰で、人より少々ややこしい人生を歩むハメになってしまったとはいえ、あたしとてれっきとした普通の人間なのだ。

 故に、今すぐ立ったままで眠れそうなほどの超絶最悪な寝不足ともなれば、当然、精神的、肉体的問わず、様々な悪影響が出ることになるわけである。

 まあ、要するに、こんなクソ眠い時に、愛想良くさわやかな笑顔を作れと言う方が無茶というものだと、声を大にして主張したいわけだ。

 うむ、我ながら、もうちっと素直に言えないものかと思うわね。ホント。

「それにしても、マールさん。今さら『緊張して眠れなかった』というわけでもないでしょうし、一体どうなさったんですか?」

 と、ローザを挟んであたしの前を歩くマリアが、不思議そうにそう問いかけてきた。

「……聞かないで。頭が痛くなるから」

 いちいちごもっともだと思いつつ、あたしはマリアにそう答えた。

 なにしろ、魔道士見習い時代から、なにかにつけ遺跡探査に携わってきたあたしである。

 それこそ、数ヶ月単位で遺跡の地下に籠もりっきりになる事などざらだったし、かつては、年間を通して数えてみると、粗末ながらもまともなベッドで寝る日数より、埃だの砂だのに覆われた遺跡の床に転がって寝る事の日数の方が、圧倒的に多かった時もあるのだ。

 そんなあたしが、行動に支障が出るほどの寝不足状態だというのだから、これはもう、とんだお笑いぐさである。

「そうですか。ですが、無茶はなさらないでくださいね。マールさんって、昔からノリと勢いだけでごり押しする傾向が多く見られますので」

 軽くため息をついてから、マリアは心配そうにそう言ってきた。

 その口調から察するに、どうやら、これは皮肉でも何でもなく、彼女は本気で心配しているようではある。

 それが分かるだけに、声に出して文句を言うわけにもいかないが、はっきり言って、事実無根……とまでは言い切る自信は無いものの、とにかく、心外である!!

 ったく、まるで、なんも考えていない、アホみたいに言いおってからに……。

「と、とにかく、余計なこと考えていないで、今は進む先に神経を……」

 と、そこまで言いかけて、あたしは反射的にホルスターの銃に手をやった。

「総員、戦闘態勢!!」

 どうやら、あたしとほぼ同時に彼女も気がついたらしく、マリアの緊迫した声が辺りに響き渡った。

 瞬間、皆はほとんど条件反射のレベルで反応を示し、たちまちのうちに「一列縦隊」から「戦闘隊形」へと隊列変更が完了した。

 といっても、曲がりなりにも、まともな戦闘訓練を経験したことのあるマリアとローザが、横一列に並んで「壁」を作り、あとのあたしを含めた全員がその後ろに隠れるという、なんとも消極的なものである。

 一応、「後衛」の一員たるあたしも銃による援護射撃ぐらいはするが、これは、イマイチ命中精度が悪くて当てにならないし、お師匠とエリナは「後方警戒」という名が付いた傍観者を決め込んでいるので、まるで役に立っていない。

 つまり、実質的な「戦闘要員」はマリアとローザのみといっても過言ではないのだ。

 ……えっ、なにかと元気に暴発娘なあたしはともかく、お師匠やエリナは、魔道師なんだから攻撃魔術使えって?

 いやいや、エリナは知らないが、お師匠が撃魔術なんぞ使った日には、何が起こるか分かったものじゃないですぜ。それも、敵味方双方に対してね。

 とまあ、いつまでもそんな情けない話をしている場合ではない。

 あたしたちが「戦闘隊形」を取った数瞬後、『光明』の魔術によって作り出された光の輪に、なんとも形容しがたい「異形の物体』」が出現した。

 「それ」は、球形をした赤い半透明のゼリー状で、大きさは、ちょうどあたしの身長とタメを張るぐらいだろう。

 そのプヨプヨとした体で、ノソノソと近寄ってくる様はユーモラスですらあったが、しかし、辺りに漂う異様な生臭い臭気が、それを全て台無しにしてしまっている。

 もちろん、自然界に済む普通の動物の中に、こんな変なヤツはいないはずである。

 間違いない。これは、魔法生物である。

「へぇ。スライムなんぞ見るのは久々ねぇ。それも、これだけでっかいヤツとなると、かなり稀少よ」

 と、なにやら感心したように、エリナがそんなことをつぶやいた。

「えっ、この変なの知ってるの?」

 急速に濃くなっていく悪臭に思わず眉をしかめてしまいつつ、あたしはエリナに聞き返した。

「ええ、知ってるわよ。……みんな、気を付けてね。見た目はあんまし怖くないし、それほど素早く動けるわけでもないけど、動く物はなんでも補食しようとするし、叩こうが斬ろうが、とにかく物理的な攻撃は全く効果がない……どころか、逆に武器が『消化』されちゃったりするからね」

 と、その内容の割には、なぜか妙に楽しそうにエリナがそう言うと、いつの間にか戦闘用の大型ナイフを引き抜いていたマリアとローザが、じりっと後じさった。

「ちょっと、どーするのよ。これ!?」

 自分の得物が効かない相手だと聞かされ、さすがに焦ったようで、ローザが悲鳴のような声で誰ともなく問いかけてきた。

「えっと……。デミオさんだったわよね。一つ聞くけど、あなたの職業はなに?」

 と、そんなローザに、エリナが勿体ぶってそう問いかけた。

「あっ、ローザと呼んでください。あたしの職業ですか?」

 よほど、デミオと呼ばれるのが嫌だったのか、一瞬顔をしかめてから、彼女は怪訝そうにそう聞き返した。

「そう、職業。というか、むしろ『特技』と言った方がいいかしらね。まさか、首から上級魔道士証をぶら下げておいて、ただの『薬草園のお手伝いさん』って事はないでしょう?」

 心なしか意地悪な口調でエリナがそう言うと、ローザはハッとした表情を浮かべた。

「……つまり、攻撃魔術を使えという事ですね」

 そして、なにか絶望的なものを感じさせる重い口調で、ローザはそう言った。

「そーいう事。まあ、もうちょっと言えば、『火』属性の上位クラスだとベストね」

 そんなローザの様子に気が付いているのかいないのか、エリナは気軽な口調でそう言った。

 しかし、ローザにとって、この注文は……。

「……あの、すいません。あたし、実は『幻影』の魔術だけで上級魔道士になれたようなもので、まともな攻撃魔術が使えないんです。しかも、あたしの『精霊属性』は『水』ですし……」

 ややあってから、ローザは今にも消え入りそうな声でそう言った。

 瞬間、エリナの表情が凍り付く。

 そう。ローザのヤツ、実はろくな攻撃魔術が使えないのだ。

 一応、あたしと張り合っていた頃は、彼女なりにかなりの努力をしたようなのだが、魔道士が各々使える魔術の『性質』は、生まれもっての『資質』が大きく影響するので、こればかりはどうにもならない。

 まして、いわゆる「生来の得意分野」である精霊属性が『水』である彼女にとって、その対属性となる『火』の魔術ともなれば、初歩といわれている『光明』ですら、かなり心許ないものがある。つまり、エリナの注文は、ご飯を食べに武器屋に飛び込むような無茶過ぎる話なのだ。

「あっ、そうなの。それじゃあ、マリアは・・・ダメか」

 と、ようやく立ち直ったらしいエリナは、今度は矛先をマリアに向けた。

「はい、私の精霊属性は、『水』と『地』です。『火』属性は並レベルの攻撃魔術だけで、上級攻撃魔術なんて、何一つ使えませんよ」

 と、なぜか胸を張って答えるマリア。

 まあ、どーでもいいが、あまり自慢するようなタイミングとは思えないのだが・・・。

「そ、それじゃあ、クレスタ……は話にならないし、マール……は自殺行為みたいなものだし……。よりによって、なんで誰も『火』がいないのよ!!」

 と、最後はぶち切れてしまったようで、エリナは頭を抱えて絶叫した。

 この精霊属性というやつ。実は、おしなべて『火』属性を持つ者が多く、三人ぐらい魔道師が集まれば、そのうち二人ぐらいは『火』属性を持っているのが普通である。

 しかし、一体どういう偶然なのか、ここにいる全員の中で、『火』属性を持つ者は、全属性に対して、すべからく良好な適正を持つあたしだけである。

 ちなみに、自分でも明かしていたとおり、ローザは『水』。マリアは、『地』『水』という、本来なら対属性にあたる精霊属性を持つ『相半二重属性』という稀少な存在。お師匠は『地』となっている。

 なお、頭を抱えてしまっているエリナに関しては、あたしも全く情報を持っていないのだが、この反応を見る限り、どうやら『火』属性は持っていないらしい。

 ともあれ、そうなると、ここはあたしが一肌脱ぐのが筋合いというものだろうが、いかんせん、それをやるとかなり酷いことになってしまう。

 つまり、早い話が、『火』の上級攻撃魔術を「実用上支障のないレベルで」使える者は、この中に誰もいないというわけである。

「ったく、あたしは攻撃系の魔法はダメだし……。よし、こーなったら、マール。あんた、手加減抜きで最強のヤツを一発、遠慮無くぶちかましなさい!!」

 そう言って、エリナはピッと人差し指を立てた。

「えっ、あんた正気!?」

 思わずそう聞き返してしまい、我ながら、なんか悲しくなってしまったが、とにかく、あたしに手加減抜きの攻撃魔術を使えと言うなど、もはや正気の沙汰ではない。

 しかも、リクエストされている『火』属性は、その精霊力の性質上、他の精霊力を使った攻撃魔術より、かなり破壊力が強めに出る傾向があるのだ。

 プッツン暴走攻撃魔術+『火』属性。しかも、最強で手加減抜きというオプション付き。

 はっきり言って、まともにぶちかませば、この国最大の都市であるペンタム・シティですら、一瞬にして灰燼に帰すほどの壮絶な破壊をもたらすだろう。

 ゆえに、あたし自身、『火』属性最強の攻撃魔術など、過去にたった一度しか使ったことがない。

「正気よ。いい、ヤツには生半可な攻撃魔術じゃ効かないどころか、むしろ、逆効果なのよ。もう一度言うけど、最強レベルの『火』属性上級魔術を、手加減抜きでぶちかまして。あとのフォローは、あたしがやる!!」

 と、今度は揺るぎない自信を込めて、エリナはあたしを見つめながらそう言ってきた。

「……ふぅ。分かったわ。ただし、どうなっても知らないわよ!!」

 そんな彼女に気圧されてしまい、あたしは不承不承にそう言った。

 そして、そのリクエストどおり、あたしが使える最強の『火』属性攻撃魔術の『構成』に掛かった。

「世界の全ての源よ。赤く猛り狂う獰猛なる者よ……」

 このクラスになると、さすがに無詠唱というわけにはいかない。

 もちろん、この言葉自体には全く意味はないが、リズムやタイミング、そして、精神集中のためにも、どうしてもこの手順が必要になる。

 それ本来の意味合いとは異なる「仮初めの呪文」をつぶやきながら、あたしは脳裏に膨大な『構成』をイメージしていく。

 と、次の瞬間、寝不足が祟ってか、酷い立ちくらみを起こしてしまい、あたしの意識は急速に暗転していき……そして、「覚醒」した。

 ……エリナさんのリクエストは、「火」属性の最強「魔法」。

 はっきり言って、目の前のスライムごときに勿体ない話だけど、色々と借りがある事だし、ここは素直に言うことを聞いておきますか。


『4つなる全ての源よ。赤く輝く破壊の力よ。今ここに生まれ出で、その真なる姿をここに見せよ……』

 よく分からないが、大量の魔力が全身から放たれている。それも、一定の秩序をもって。これは初めての事で興味深いが、今は詠唱中だ。

「汝、その内に眠る光を全て捨てさり、我が行く手を塞ぐ存在全てを消し去り、深淵なる闇と化せ……」

 全身から放たれていた魔力を掴み、さらに上乗せ。体内で爆発的に魔力が増幅され、全てが『呪文』に吸収されていく、そして、「私」の術は完成した。

「ファイア・ブラスト!!」

 叫びながら、両腕を前方に突き出した。

 瞬間、体の内側から何かが弾け飛ぶような異様な感覚が生まれ、同時に、ドンという衝撃と共に、通路を埋め付くさんばかりの、赤く光り輝く巨大な光球が放たれた。

 そして、それは瞬きする間もなく、モソモソプヨプヨしていたスライムにぶち当たり、そのゼリー状の体を蒸発……いや、消滅させ、さらに通路の闇の奥に向かって、あっという間に飛び去っていった。

 まさに、ほんの一瞬の出来事。もし、ちょっとでも目を離していたら、スライムが勝手に姿を消したようにしか見えなかっただろう。

 そのせいかどうか、エリナと「私」以外のみんなは、唖然とした表情のまま硬直してしまっている。

 ……ざっとこんなものです。

 と、思わず決めゼリフなどつぶやこうかと思った、その時である。

「……くっ」

 突然、全身を得体の知れない虚脱感が駆け抜け、あたしはその場に跪くようにして座り込んでしまった。

 ……ま、参った。まさか、この程度の『魔法』で、ここまで負担が掛かるとは思わなかったわ。「私」の意識は急速に暗転していき、そして……。

「ぬわぁぁぁ、なんか体中が痛いってば!!」

 どことはいわず、とにかく、体を少しでも動かそうとすると駆け抜ける激痛に、あたしは思わずわめき散らしてしまった。

 情けないというなかれ。なにしろ、攻撃魔術を使おうとしている最中に、いきなり立ちくらみを起こしたかと思ったら、今度はこの激痛である。

 もはや、魔術どころの騒ぎではなく、これでは、ただ立っている事さえ不可能である。

 ったく、一体なんだっていうんだか……。

「あーあ、無理するからそうなるのよ。って、『あんた』に言っても無駄か」

 と、ワケの分からない事をつぶやきつつ、苦笑を浮かべたエリナが、何気ない動作で右手をあたしの額に当てた。

 そして、彼女が二言三言なにやら小声でつぶやいた瞬間、ついさっきまで襲いかかってきていた激痛が嘘のように消える。

 どうやら、エリナは回復系の魔術だか魔法を使ってくれたようである。

「あ、ありがと……。でも、なんなのよ、これは?」

 ようやく落ち着き、とりあえず礼を述べてから、あたしはなにやら訳知り顔のエリナにそう問いかけた。

「どう、『初魔法』の感想は? ほら、例のアリスの『遺産』が発動したっぽい。この前の解呪法で結界が緩んだみたいね」

 と、そう言って、エリナはペロリと舌を出してみせた。

 ……こいつ、確信犯だ!!

「あんまり記憶がはっきりしないんだけど、なんか、かなりとんでもない事をやらかしたような気がするんですけど……」

 どうにも霞が取れない記憶の糸を探りつつ、あたしはエリナに恐る恐るそう返した。

 なんというか、うっかりお酒を飲み過ぎた翌朝みたいな気分である。

 といっても、「うげ~。二日酔いで気持ち悪い!!」という類ではなく、記憶なんざ完全にブッ飛んでいて覚えていないけど、なんとなく、その酒宴に同席した人に顔を合わせるのが怖いとか、微妙に気まずいというか、お酒が飲める年齢に達した人なら、誰でも一度や二度は経験するであろう、あのそこはかとなく嫌な感じである。

 ……うーむ、なんか嫌な予感がする。

「別に、とんでもない事なんてやらかしていないわよ。っていうか、むしろ、『シラフ』のあんたが攻撃魔術使うより、かなりまともだったと思うわよ」

 と、そう言って、エリナはビシッと親指なんぞ立てて見せた。

 ……うーむ、かえって不安なのはなぜだろうか。

「あっ、信じていないわね。まあ、一時的にかなりの範囲で『封印』が解けたから、マール・エスクードとしての意識はほとんどなかっただろうし、覚えていないのも無理はないけどさ。

 だけど、見れば分かる通り、あなたが放った攻撃『魔法』で、あのスライムは瞬殺。しかも、制御も完璧でこっちに被害は無し。これで、不満なんか言ったらかなりのわがままよ」

 と、なにか諭すような口調でエリナがそう言ってきたが、しかし、あたし自身に自覚が全くない以上、どう答えていいか困ってしまう。

 なにしろ、自分で言うのも悲しいものがあるが、あたしが攻撃魔術を使って、目標以外に被害を出さなかった事など、これまでの人生でただの一度もない。

 それなのに、いきなりこう言われても、素直に納得出来るものではないだろう。

「そ、そー言われてもねぇ……。って、一体どうしちゃったわけ。こいつら?」

 ふと辺りの異変に気が付き、あたしは思わずエリナにそう問いかけてしまった。

 なにしろ、一体なにが起きたのか、エリナとあたし以外の全員が、どこかあさっての方を見つめたまま、ホケ~っとしてしまっているのだ。

 これが、基本的にどこかボケているお師匠やローザなら、なにか妙な事やらかして自爆したのだろうと納得も行くが、あのマリアまで完璧に無防備状態になっているというのは、ただごとではない。

「あっ、なんか知らないけど、あんたがまともな攻撃『魔法』を使ったのが、よほどショックだったみたいよ。まあ、この様子じゃあ、しばらく『こっち』には戻ってこないわね」

「……あっそ。なんか、ちょっとムカツクわね」

 お気楽な調子のエリナの声に、あたしはいささかムッとしてしまいつつそう返した。

 そりゃあ、否定できないのは分かるけど、あたしが攻撃『魔法』使ったぐらいで、ここまで露骨にショック受けられると、それはそれで頭に来る。

「はいはい、そう怒らないの。まあ、そういうわけで、ここにしばらく留まる事になりそうだし、あんたも少し仮眠をとっておいたら?

 なんか、思いっきり寝不足みたいだし、そうじゃなくても、アリスが使っていた『火』属性最強『魔法』って、かなり体に負担かけるしね」

 何気ないエリナとの会話だが、なにか違和感がある。なにかがおかしい。

「ねえ、私が使った魔術って結局何だったの。ほとんど記憶にないけど、明らかにおかしかったわよ」

 私は探りとも言えない探りを入れてみた。

「うん、そりゃそうでしょ。『魔法』だもん。最初に言ったの聞いてなかった?」

 ……痛くて聞き流していたが、そういや「初魔法」がどうとか言ってたな。

「まさかとは思うんだけど、あたし魔法使っちゃったの!?」

 そりゃみんなが呆けるわけだ。現在において魔法に近いとされる召喚術を含めて、純粋な魔法を使える人間はいない。全て失伝している。なんてこった……。

「正確には、アリスの『遺産』があなたの体を使って、攻撃魔法を撃った……かな。そのままあなたの自我を食いつぶせたはずなんだけど、アリスの性格上やらないと思う」

 ……怖い事言うなよ。

「さて、疲れたでしょう。それに、アリスの馬鹿が無茶して魔力切れを起こしているわ。少し休みなさい」

「ったく、誰のせいでこうなったと。大体、寝なさいって言われて、素直に眠れるほど、あたしはお子様じゃないわよ」

 お気楽モード前回のエリナをジト目で睨みつつ、あたしはそう切り返してやった。

 確かに、痛みこそ消えたものの、妙な気だるさを感じるのは事実だ。

 しかし、どうやら寝不足の限界点を超えてしまったらしく、妙に目が冴えてしまっているのだ。これで眠れといわれても、一度上がってしまったテンションは、そうそう簡単に落ちてくれない。

「あっ、そう。それなら、あたしが子守歌でも歌ってあげるわ。言っておくけど、これでも『激しく泣く子でさえ、一撃で轟沈させる』って、魔道院では評判なのよ」

 と、なにやら血なまぐさい事を、平然とのたまってくるエリナ。

「ちょ、ちょっと、『一撃で轟沈』って、お世辞にも平和的とは思えないんですけど!?」

 さすがにたまらず、思わずそうツッコミをいれると、エリナは背筋が凍り付くような凄絶な笑みを浮かべた。

「だいじょーぶ。痛みなんて感じないから」

 そして、その表情とは全く裏腹に、語尾にハートマークでも付きそうな口調で彼女がそう言ってきた瞬間、あたしは全身に激しく悪寒が走るのを感じた。

 ・・・うわっ、即死。死ぬ!!

 心のどこかでそんな声が響き渡り、反射的に、あたしはその場から逃げ去ろうとした。

 しかし、気持ちばかりが焦り、あたしの体は指一つ動いてくれない。

「フフフ。それじゃあ、行くわよ」

「う、うわぁ、来るなぁ!!」

 完全に『イッちゃった』目でこちらを見つめつつ、一方的に宣言してきたエリナに、あたしは反射的に声を上げてしまった。

 しかし、彼女の目を見れば、あたしが何を言おうと無駄なことだとすぐ分かる。

 なにか、不条理なものを感じつつ、覚悟を決めて思わず目を閉じてしまったあたしだったが、しかし、『その瞬間』に襲いかかってきたものは、あたしの予想とは大きく異なるものだった。

「……へっ!?」

 あまりのことに、あたしは思わず変な声を上げてしまいつつ目を開けた。

 すると、エリナは軽く目を閉じ、小声で何を言っているのか分からないものの、なにやらブツブツとつぶやいている。

 そして、それをよく聞くと、なにかの歌のように聞こえなくもない。

 どうやら、『子守歌』というのは、紛れもなく事実だったようである。

「ったく、それならそれで、素直に……歌えば……?」

 思わず毒づきかけたあたしだったが、しかし、うまく呂律が回らない。

 そういえば、なんだか……ヤケに眠い……ような……。

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