第17話 遺跡の謎
この名無しの遺跡に潜ってから、一体どれほどの時間が過ぎているのだろうか。
前にも言ったような気がするが、超高級品である時計など持っていないあたしは、地上から隔絶されたこの空間で、時間の感覚などとっくに失われている。
もっとも、時計などというクソ高いものを、一度足を踏み入れればまず平穏無事では済まない事が明白な遺跡に、惜しげもなく持ち込む豪快な人など、まず滅多にいないだろうから、ここに居る全員が全員とも、あたしと同じような状況だとは思うけどね。
ともあれ、そんなわけで、一時休止を終えたあたしたちは、整然とした遺跡の通路をひたすら進んでいた。
ここに至るまで、幸いな事に、凶悪な罠には遭遇しなかったものの、その代わりに、あたしにとっては決して因縁浅からぬ、あの「オオカミ」には何度も遭った。
しかし、今は4人パーティである上に、「戦闘隊長」ことマリアの的確な指示もあって、そのことごとくを、危なげなく撃退する事に成功している。
とはいえ、実際の戦闘にあたるのは、主にマリアとローザで、あたしとお師匠は彼女たちの背後から、「サポート」と称して、ほとんど高みの見物を決め込んでいるのだが……。
「おっと、ストップ。ついに『ねずみ取り』のご登場だぞ。マール、ちょっと手伝ってくれ」
先頭を歩いていたお師匠が不意に足を止め、その内容のわりには、妙に楽しげに聞こえる声でそう言ってきた。
ちなみに、『ねずみ取り』とは、いわゆる罠を指す魔道士内での俗称である。
……ふむ。来るべきものが来たか。
「はいはい、今行きますよ。っと」
お師匠にいい加減な答えを返しつつ、あたしは道具袋の中を漁り、愛用のボロノートを取り出した。
そして、不安げな表情を浮かべるローザと、興味津々といった表情を浮かべているマリアの脇を通り、お師匠のすぐ隣に立った。
「ほら、そこの床だ。うっすらとだが、なにか彫り込んである」
お師匠に示されるまま、床の一点を目をこらして見ると、確かに、非常に見づらいが、床に敷き詰められた石に、なにか文字のようなものが彫り込んであるのが分かる。
そのままじっと観察を続けていると、やがて、その文字のようなものは、床に大きく描かれた奇妙な「図形」、いわゆる「魔法陣」と呼ばれるものの一部だと分かった。
……ええっと、これは。
胸中でつぶやきながら、ノートを繰っていくと、やがて、目当ての事が記載してあるページにぶつかった。
「これは、『転送』の魔法ね。恐らく、この『魔法陣』の上に載ると発動するタイプ」
床に描かれた『魔法陣』と、ノートに記してある過去の記録を見比べながら、あたしは誰とも無くそうつぶやいた。
この『魔法陣』というのは、魔法を使うために必要な呪文を、一定の規則の下で書き記したものである。
こうしてやる事で、例え魔道師本人がいなくとも……例えば目の前のこの『魔法陣』のように、「誰かが上に乗った時点で、自動的に発動させる」などという、魔術では真似の出来ない便利な使い方が出来るのだ。
そして、この辺りは後ほど説明するが、魔道師ごとに使う魔法言語……ルーン・ワーズが異なる魔術とは違い、魔法の場合は、その呪文さえ知っていれば、誰でも同じ術が使えるし、その呪文を書き記した『魔法陣』に関しても、やはり同じ事が言える。
つまり、言い方を変えれば、目の前にある『魔法陣』が、過去に見たものと同じそれなら、その効果や発動条件も全く同じというわけである。
それ故に、あたしの遺跡探索必携アイテムの中に、過去の記録満載のこのボロノートが含まれているわけだ。遺跡探索に従事する者にとって、過去の経験というのは何物にも代え難い貴重な財産なのである。
「うーむ、『転送』か……。なるほど。これに乗れば、地上に戻れる可能性もあるわけだ」
「ええ。但し、全く見当違いの場所に飛ばされる可能性も、決して否定できないですけど」
なにやら思案している様子で、ぽつりとつぶやくように言ってきたお師匠に、あたしは低く小さな声でそう答えた。
実は、こういった『魔法陣』で描かれた『転送』の魔法は、実際に発動させてみない事には、どこに移動させられるか全く分からないのだ。
お師匠の言うとおり、地上に戻る事が出来れば文句はないのだが、もし、当てが外れれば、それこそ、どこに『吹っ飛ばされる』か分かったものではないのだ。
それでも、この『魔法陣』が正規の移動手段として彫られたものなら、例え地上へ移動しなくとも、どこかしらのまともな場所に移動出来るはずである。
しかし、これが侵入者を陥れる為の罠だとしたら……かなりの確率で、長く生きているのが難しいような、かなり悲惨な場所に強制移動させられるハメになる。ゆえに「ねずみ取り」と呼ばれるのだ
知らないフリをしてこの『魔法陣』の上に乗るか、それとも、どうにかしてこれを回避して先に進むか?
まさに、伸るか反るかの一発勝負。その掛け金は、自分を含めたこの場に居る全員の命。
さて、どうしたものか……。
と、ふと辺りを見ると、いつの間にか、全員の視線があたしに集中していた。
……つまり、あたしが決めろって事ね。
どうしても、思わず逃げ出しくなるようなプレッシャーを感じてしまうが、ここは冷静に判断する必要がある。
努めて心を落ち着かせ、しばし思案を巡らせた結果、あたしは一つの結論に達した。
「回避しましょう。この『魔法陣』のある場所から考えて、罠である可能性が極めて高いと考えられますし、あえて不必要なリスクを冒す必要はないでしょう」
あたしがそう言うと、みんなは一様に一つうなずいた。
そう。今になって思えば、ここまで深く考える必要はなかったとも思うが、この『魔法陣』のある場所は、何の変哲もない通路の真ん中である。
これは、言うなれば長い廊下の真ん中に、いきなりデーンと階段を造るようなもので、はっきり言って、邪魔なだけの存在でしかない。
この遺跡を設計した人が余程の変人なら別だが、これが『正規の移動手段』としての『転送』なら、ここだけ通路の幅を広げ、その端の方に『魔法陣』を彫るなり、もう少し利便性を考えた作りにするはずである。
さらに言うなら、こんな注意しないと分からないような『魔法陣』では、ついうっかりその上に乗ってしまったり、逆に、いざ使いたい時にどこにあるのか分からなかったりと、実用性の上でかなり問題になる事請け合いである。
となれば、これは罠である可能性が極めて高い。と、そういうわけである。
さて、あたしの決断が全会一致で承認されたということは、次はこの『魔法陣』を回避する方法を考えなければならない。
といっても、微かに視認できる『魔法陣』は、せいぜい直径1・5メートルほどの円形なので、それほど難しく考える事はない。
あたしは、荷物袋の中から、もう空に近いインク瓶を取り出し、その中身を床にぶちまけた。
そして、数歩ほどその場から後退し、大きく息を吸い込んでから、思いっきりダッシュ。先ほど床に撒いたインクの跡を目印に、勢いよくジャンプした。
そう、何の事はない。原始的な手法で恐縮だが、あたしが考えた『魔法陣』の回避方法とは、単純に飛び越えるというものだった。
タンと音を立てて、『魔法陣』の向こう側の床に着地したあたしは、ざっと周囲の安全を確認してから、手招きで「来い!!」と合図した。
ちなみに、あたしが立っている位置は、『魔法陣』のこちら側の端からはやや距離があるが、この辺りを目安に跳んでもらえば絶対に安全なので、これはこれでよしとする。
とまあ、そんなわけで、あたしが合図をすると、まずはお師匠が意外にも(失礼?)軽やかな動作でこちらに飛び移り、ついで、マリアが危なげなく跳躍。そして、最後に今にも破裂するんじゃないかと思うほど、思いっきり緊張しまくった面持ちのローザが、なんとなくぎこちない動作ながらも、なんとかあたしの間近に着地。
この瞬間、あたしは思わず安堵のため息をついてしまった。
「ふぅ……。それじゃあ、早速先に進みましょう。くれぐれも、油断しないでね」
「おいおい、誰に言っているんだよ」
あたしの言葉にお師匠が軽口を返し、マリアがクスリと小さな笑い声を漏らした。
……ふぅ、こりゃあ結構しんどいかもしれない。
ただ遺跡を歩くだけならまだしも、よりによって隊長役をやるハメになるとは、少なくとも、数年前のあたしからは想像も付かなかったわ。
うーむ、どっかでタイミングを見計らって、お師匠辺りにこの大役を押しつけるか。やれやれ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます