第15話 楽しい遺跡探査

「で、結局、あんたらはなにがやりたかったのよ?」

 全身を軽くレアに焼かれ、足下でピクピクしている二人をジト目で見下ろしながら、あたしは思いっきり冷たい声でそう言ってやった。

 この二人。お師匠とマリアの暴走は、その始まりと同様、終わりもまた唐突だった。

 そう。次第にエスカレートしていく攻撃魔術合戦を見るに見かねて、あたしが火炎系の上級攻撃魔術を、およそ30連発ほどぶち込んでやったのである。

 この時は、思わず手加減するのを忘れてしまったので、はたと我に帰った時はちょっと焦ったのだが、とりあえず、二人とも生きているようなのでホッとした。

「あのねぇ、いくらなんでも、これはちょっと派手過ぎると思うんだけど……」

 と、隣に立つローザが、なぜか、額にでっかい汗の滴を浮かべながら、どこか乾いた声でそう言ってきた。

「いいのよ。このぐらいの事はやらないと、こいつらを止める事なんて出来ないわ」

 実は、ちょびっと焦ったという過去はおくびにも出さないようにして、あたしは即座にそう答えてやった。

「そ、それはそうかもしれないけど……。クレスタさんはともかく、マリアって、一応あんたに仕事を依頼した人だと思うんだけど」

「そっちも問題ないわ。あとで依頼料出さないとか駄々捏ねたら、攻撃魔術の三、四十発でもたたき込んで、もう少しよくモノを考えるように促すから」

 あたしがにべもなくそう言ってやると、マリアは思い切り顔を引きつらせながら、変な笑みを浮かべた。念のために言っておくが、あたしはどこまでも本気である。

 世の中、どんな理屈を捏ねた所で、最後は『力』が物を言う事はままあるものである。

「さて、こんなボケナス共なんざ放っておいて、さっさと先に行くわよ……。といいたいところだけど、さすがにそれはマズイわね。ローザ、適当に回復してやってちょうだい」

 あたしがそう言うと、彼女は一瞬なにか言いたげな表情を浮かべたが、結局は素直にお師匠とマリアの回復に掛かった。

「うっ……。もう、いきなりなにするんですか!?」

「そうだ。仮にも、師匠である僕に、いきなり攻撃魔術なんぞぶちかますなんて、親の顔が見てみたいものだぞ」

 ローザの回復魔術によって、程なく意識を取り戻したマリアとお師匠が、先ほどとは打ってかわって意気投合し、ほぼ同時に噛みつかんばかりの勢いでそんな事を言ってくれた。

「赤き力よ、我が身となりて……」

 瞬間、二人が土下座して謝ったのは言うまでもない。

 ちなみに、あたしの『育ての親』は、紛れもなくフィアチャイルド・クレスタ大師匠殿である。念のため。

「二人に警告しておくけど、今度アホなマネしたら、死ぬまでカオス・ドラゴンと追いかけっこさせるからね。分かった?」

 意識して声を低くしてそう言うと、お師匠とマリアは怯えた表情でコクコクと首を縦に振った。

 もはや、『お師匠』だの『魔道院院長代理』だのといった威厳は欠片もない。

「それじゃあ、無駄な時間を過ごしちゃったけど、さっき言ったとおり、お師匠たちが来た道を引き返すわよ。道案内よろしく」

 もはや、どっちが「師匠」だか分かったものじゃないが、とにもかくにも、あたしがそう促すと、お師匠はなにも言わずに通路を歩き始めた。

 ふむ、ほとんど制御不能に近い攻撃魔術も、たまには役に立つもんだ。

 なお、この通路は、4人が横に並んで歩けるほど広くはないので、自然の成り行きで、先頭のお師匠以下、マリア、ローザ、あたしという一列縦隊にて移動である。

「……クレスタさん、一体どういう教育をなさったんですか?」

「……いや、それが研究が忙しくて、実質ほったらかしだったんだ。今思うと、それがマズかったかもしれん」

 と、お師匠とマリアのつぶやくような声が聞こえたが、寛大なあたしはそれを聞かなかった事にした。ただし、心の中にそっとしまってある「死ぬまでにもう一発ぶん殴る奴リスト」に、そっと二人の名を書き込んでおいたのは言うまでもない。

「それにしても、クレスタさんにしろあんたにしろ、よくこんな居心地悪い場所に何度も潜ろうって思ったわね。正直、あたしはもうゴメンだわ」

 と、こちらはハッキリとした声で、マリアがぼやくようにそう言ってきた。

「まあ、あたしだって、間違っても居心地が良い場所だなんて思っていないけど、魔道院で机仕事してるよりは、よっぽど性に合っているのよね。それに、まだ誰も入った事がない場所に足跡を付けるってのは、結構気分がいいものよ」

 思わず苦笑してしまってから、あたしはマリアにそう返した。

 まあ、マリアの物言いは至極当然のことで、真っ当な神経を持っている者から見れば、好きこのんで遺跡に潜る連中なんぞ、変態以外の何者でもないだろう。

 あたし自身、この手の遺跡で何度も痛い目を見ているし、もうどれほどの大金を積まれたところで、二度とこんな所はごめんと思うのが普通だと思うのだが。しかし、これで遺跡に潜ったのは……えっと、何回目だったかな?

 ちょっと正確な数を思い出せないが、とにかく、両手の指では数え切れない事だけは確かである。我ながら、不思議だとは思うのだが、結局の所、遺跡があれば潜りたくなるのがあたしの性なのだ。

「ふーん、そんなものかしらねぇ……。まあ、あたしは魔道院で薬草の世話してる方がマシね。時々、退屈で暴れたくなるのが欠点だけど」

 そう言って、マリアは肩越しにこちらを振り向き、小さく笑みを浮かべた。

 ……薬草の世話って、あんたそんな仕事していたんかい。

 あれって、確か「基礎修練の一つだ」とか無茶な事言われて、強制的に見習い生に押しつけられる雑用だったような気がするんだけど……。

「まあ、人生色々ね。頑張るのよ、ローザ」

「なんか、思いっきりバカにされたような気がするんだけど」

 はい、バカにしてます。思いっきり。

「マリアさん。薬草の世話が嫌なら、トイレ掃除専門に配置換えしてもいいですよ?」

 まさに、絶好のタイミングでマリアがそう口を挟んできた瞬間、ローザの体がピクリと震えた。

「い、いえ、滅相もないです。楽しいですよ、薬草のお世話」

 と、揉み手すらしながら、ローザはマリアにそう言った。

 ……あーあ、なんか泥沼ね。ローザ。

「なんなら、あんたも魔道院飛び出しちゃえば? そりゃあ、晴れの日もあれば雨の日もあるけど、多少の飢えと金欠にさえ耐えられれば、結構強くなれるし」

 などと、ローザの耳元に口を寄せ、小声でそっとからかってやると、彼女は思いきり深いため息をついた。

「ここだけの話、実はそれを真面目に考えてるのよ。だけど、それを実行すると……言わなくても、マールは分かるわよね。ホント、あなたのの勇気は尊敬に値するわ」

 予想に反し、かなり深刻な小声でローザにそう返され、あたしは思わず返答に困ってしまった。

 魔道院の見習い課程から一般魔道師課程までは普通の学生であり、この一般魔道士養成課程を卒業した段階で、純粋に魔道師としては一人前である。

 ここまでなら魔道院から離れるのは自由だし、攻撃魔術以外は自由に使えるので、素直に「卒業」していく人は結構多い。しかし、「一般」の一つ上の段階に当たる、上級魔道士試験に合格してしまうと、その身分は「学生」から「職員」へと変わる。

 こうなると、もはやほとんど自由はなく、三日以上魔道院を空ける場合は、所定の許可を取らねばならなかったり、他にも申請だ許可だ規則だと息苦しい事この上なく、「退職」するにしても、相当の理由がないとまず受理されない。

 まあ、例えヒラでもかなりの月給を貰える事を思えば、それもまた致し方ないとは思うが、ノリはほとんどどこかの犯罪組織である。

 そして、悲しいかな、薬草の世話などという見習い扱いの彼女も、一応は上級魔道師の一員である。

 そんな彼女が「もう嫌。こんな所辞めてやるじょぉぉぉ~!!」などと、マリアの前で血の涙を流しつつ叫んでみたところで、笑顔で無視されるのがオチである。

 となれば、あとは大脱走しか残された道はないが……。上級魔道士ともなれば、要職にあるものはもちろん、例えヒラであろうとも、あまり魔道院の外に出るのは好ましくない「機密情報」という奴に触れる事もあるからだ。

 そんなわけで、下手な事をすれば、魔道院の規律違反どころか、「国家反逆罪」という大層ご立派な罪に問われ、最悪の場合は文字通り首が飛ぶ。

 実際、あたしが魔道院を飛び出してからしばらくは、やたらと刺客と取っ組み合いをするハメになったから、魔道院を飛び出すという事がどれほどの覚悟を必要とするか、一応は理解しているつもりである。

 ましてや、ローザの家は国中に名を轟かせる名門貴族。そこの娘が「国家反逆罪」などというものに問われれば、一体どうなるか。それほど考えなくとも、簡単に想像がつく。

 なにしろ、なによりも名声と地位が物をいうのが上流階級というものである。一族。しかも、こともあろうに、その主の娘がそんな大罪を犯したとなれば、デミオ家の名声やら何やらは一気に崩壊。その汚名を晴らす為に、ローザの親が率先して「討伐隊」を組織し、彼女を討ち滅ぼすべく、例え世界の果てまででも追いかけていくだろう。

 しかも、その上、魔道院からの追っ手に苛まれる事になるのだから、これはもうこの国どころか、地上のどこにも安住の地は無くなってしまう。

 そんなわけで、彼女が躊躇しまくる気持ちは分かるし、その背中を無責任にポンと押してやる事など、到底出来るものではない。

「あっ、ちょっと。なに深刻な顔してるのよ。さっきのはただの冗談。本気にしないでよ」

 と、あたしの様子を見てなにやら察したらしく、ローザが慌ててそう言ってきた。

 ……うーん、あれはどう考えても本音としか思えないけど。

 しかし、だからといって、これに関しては、あたしなどまるで役立たずである。

「あっそ。マジで心配したあたしがバカだったわ」

 と、自分でもちょっとわざとらしいかなと思うほど、意識して素っ気なくそう言い返すと、ローザは小さく笑みを浮かべた。

「……大丈夫よ。あたしはあたしなりに、色々と策を練っているから。いざ時が来たら、真っ先にあんたの所に転がり込むからよろしく」

「……あのねぇ、厄介ごとはごめんよ」

 本気とも冗談とも付かぬマリアの爆弾発言に、あたしは苦笑しながらそう答えるのが精一杯だった。

 ……ふぅ、本当に転がり込んできたら、即座に蹴り返してやるかな。

「ん、ちょっと待て。なんかおかしいぞ!」

 と、先頭を歩いていたお師匠が、いきなり立ち止まり、少なからぬ緊張感を感じさせる声でそう叫んだ。

 瞬間、あたしとローザの間に流れていた、ほのぼのとした? 空気が瞬時に吹き飛び、周囲の空気にピリピリしたものが混じり出す。

「どうしたんですか?」

 反射的に、ホルスターの拳銃に手を当てながら、あたしはお師匠にそう問いかけた。

「ああ、マズい事が起きた。……なんというか、道が消えた」

 見ると、マリアも無言のまま巨大なナイフを抜き、一体なにをするつもりなのか、ローザも自分の荷物袋に手を突っ込んだ。

 若干一名ほど意図不明だが、少なくとも、あたしとマリアはまさに臨戦態勢である。

「ああ、どうにもマズイ事になった。なんというか、道が消えた」

『はぁ!?』

 お師匠の緊迫した声から一瞬間をおき、残り3名が異口同音に発した素っ頓狂な声が、見事なハーモニーを奏でたのだった。

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