第14話 戦闘後
「ねぇ、これってちょっと恥ずかしいんだけど……」
いまだ痺れて思うように動かない体に辟易しつつ、あたしはマリアにそう言った。
「なに言ってるのよ。石の床に直に転がされているよりはマシでしょ?」
しかし、マリアは即座にそう返されてしまい、あたしは何も言えなくなってしまった。
ここは、先ほど「オオカミ」たちとの激戦を繰り広げたあの場所である。
といっても、あたしが再び意識を取り戻した時には、すでにマリアが『大掃除』を終えたあとだったようで、「オオカミ」たちの死体は消え失せ、今や床に残された僅かな血痕だけが、あの戦いの証となっている。
とまあ、そんなわけで、あたしは床に横になり、消耗した体力が回復するのをひたすら待っている。なぜか、マリアに膝枕をしてもらっている状態で。
まあ、確かに石の床にただ転がされているよりは、こちらの方が幾分寝心地はいいのだろうが、なんというか、これはかなりアヤシイというか、恥ずかしいというか……。
もっとも、こんな遺跡の地下に、あたしたち以外の誰か(師匠とローザは除く)がいるわけもないので、別に人目を気にする事はないのだが……。うーむ、こんな事なら、枕でも持ってくれば良かった。
「それにしても、さっきの『オオカミ』だけど、なかなか凶悪な奴よね。俊敏性、打撃力とも高く、かつ、その爪や牙には毒素付き。まあ、あんまり頭が良くなさそうなのが、せめてもの救いか」
と、周囲を油断なく見回しながら、マリアが独り言のようにつぶやいた。
……そう。マリアの回復魔術のお陰で、今や少し大きめの傷跡が残るだけとなっている右足の傷だが、当初は骨が見える程の凄惨なダメージを受けていたらしい。
しかも、その上、あの腐れ『オオカミ』の牙は、かなりタチの悪い毒素が分泌されるようになっていたらしく、あたしが意識を失っている間(ちなみに、これは彼女が使った『睡眠』の魔術だったらしい)に、最悪の場合は足を切断するしかないと、覚悟を決めていたとかいないとか……。
何とも想像するだに恐ろしい話ではあるが、しかし、我ながら悲しすぎる例えだが、昔からしぶとさだけはゴ○○○並と自負するあたしの事。マリアの看病の甲斐もあって、どうにかこうにか危機的状況を脱し、こうして快方に向かっているのだから、なにはともあれ、めでたしめでたし。
ちなみに、最初に受けた顔の傷も、それはそれは凄かったらしいが、こんな「武勇伝」ばかりを披露しても、単に気分が悪くなるだけなのでやめておこう。
なお、怖くて顔の傷痕は確認していません。しくしく……。
「まあ、遺跡を俳諧している魔法生物なんて、どれもこれも凶悪な連中ばかりよ。それより、マリアは大丈夫なの?」
聞くまでもない事は分かっていたが、一応、彼女にそう問いかけてみた。
まあ、響きは悪いが、社交辞令みたいなものである。
「あはは、あの程度の敵に、私が遅れを取るとお思いかしら?」
彼女のあまりに単純明快な反応に、あたしの気持ちはズンと音を立てて落ち込んでしまった。
ううう、聞くんじゃなかった。
「いーもん。どうせ、あたしなんて3流だし、絶対に引いちゃいけない場面で、いっつも面白いように貧乏くじ引くし……って、なに言ってるのよ!!」
どうにも妙な方向へ落ち込んでく事にはたと気が付いてしまい、あたしは思わずツッコミを入れてしまった。
「あのねぇ、自分で自分にツッコミ入れてちゃ世話ないわ……。まあ、それだけ回復してきたって事ね」
そう言って、マリアは小さく笑みを浮かべた。
「そーいう事。マリア、本当にありがとう。大きな借りを作っちゃったわね」
わざと軽い口調でそう言って、あたしも小さく笑みを浮かべた。
もっとも、回復したと言っても、全身を覆う何とも気持ち悪い痺れのお陰で、未だに指一本動かす事もおっくうではあるけどね。
「フフフ、この貸しは本気で大きいわよ。って、そういうヤボな事言わないの。大体、今さら未払いの貸しが一つ増えたところで……んっ、ちょっと待った!?」
冗談めかしてなにやら言いかけたマリアだったが、いきなり口調を改めて短く叫んだ。
彼女のその鋭い視線は、あたしからは見えない、どこかの一点に向けられている。
……もしかして、また新手か?
彼女の様子から、何となくそう察したあたしは、なにも言わず、黙って防御魔術の『構成』を思い浮かべた。
……いや、思い浮かべようとしたのだが、これがどうにもうまくいかない。
普段なら、それこそ呼吸するのと同様に、ほとんど意識しなくても容易に出来る作業なのだが、どうやら、自分で思っていた程には、まだ体調が回復していないようだ。
こうなったら、この場はマリアに全てを任せるしかない。
などと、半ば覚悟を決めたその時だった。
「おや、どこかで見慣れた顔だな。うむ、美しき姉妹愛かな」
……なっ、この声は!?
「あら、こんな場所で奇遇ですね。クレスタさん」
あたしが声を上げるより先に、声を「猫かぶりモード」に戻したマリアが、そう言って小さく肩を竦めたのだった。
「……なるほど。そりゃあ、マールが悪いな」
今までの経緯をマリアが話し終わった瞬間、お師匠の口から飛び出した第一声はそれだった。
「な、なんですか、いきなり……」
ようやく動けるようになり、マリアの隣に座っていたあたしは、思わず反論しかけたが、次のお師匠の一言で、沈黙せざるを得なくなってしまった。
「なんでもなにも、一級クラス以上の遺跡とあらかじめ察していたのに、よく調べもしないうちに変なモノに触るなんて、素人以下の行動だと思うが?」
うぐっ。気にしていただけに、それを言われると、ちょっと・・・。
「大体、僕は『三日経って戻らなかったら、余計な事をしないで引き返せ』と置き手紙を残しておいたんだが、もしかして字が汚すぎて読めなかったかな?」
と、思わずあたしがひるんでしまった隙に、お師匠は、さらに畳みかけるように、きつめの皮肉を言ってくれた。
いや、ホント。昔から、こういう時のお師匠は手加減などしてくれない。
正直なところ、そもそも、お師匠がローザなんか連れて遺跡に潜ったりしなければ、あたしだって……などと思わなくもないが、これは責任転嫁も甚だしいというものだろう。
なにしろ、こちらで勝手に変に気を回した挙げ句、いきなり「監獄」に引っかかるわ、「オオカミ」に喰われかけるわ、全く良い事がなかったのである。
それでいて、肝心のお師匠はピンピンしているし、彼の隣でへたり込むようにして座っているとはいえ、ローザも怪我一つしていない。
まあ、結果論といえば結果論だが、これでは、お師匠に「余計なお世話だ」と言わんばかりの態度を取られても、あたしが文句を言える筋合いではない。
・・・あーあ、せっかく動けるようになったのに、気分は最悪だわ。ふぅ。
「コホン。クレスタさん、あなたもそう大きな事は言えないと思いますけど?」
あたしとお師匠の間に、なんとも言えない重たい空気が流れてきた時、まるでそれを振り払うかのように、軽く咳払いをしてから、マリアがちょっとキツイ口調でそう言った。
「な、何の事かな……?」
その途端、露骨に顔色を変え、お師匠がそんな答えを返した。
「あら、全く自覚が無いのでしたら、私がお教えいたしましょう。今回、この遺跡の探索許可が出ているのは、ローザとマールさん、それと、これは形式的なものですが、一応、私自身です。恐らく、『手伝い』という形にすることで誤魔化そうという目論見だったのでしょうが、正式な手続きに則っていない以上、あなたはキッパリ無許可侵入の現行犯。私がこの目で確認しましたから、もはや言い逃れはできませんよ」
『あーあ……』
マリアがキッパリと言いはなったその瞬間、あたしはもちろん、げんなりしていたローザすら、異口同音に思いっきりため息のような声が出た。
……こういった遺跡は、その価値と危険性の面から、初期調査が完了するまでは、魔道院から許可された者以外は厳しく立ち入りを制限されている。
もっとも、魔道院といっても、遺跡探索許可の権限は、魔道院の長たる院長のみが持っているので、その代理たるマリアに関しては、いきなりフラッと遺跡に入っても実質的に問題はない。しかし、ただの「一般職員」であるお師匠は、この立ち入り規制にモロに引っかかる事になるのである。
「い、いや、僕はただ、頼りない弟子と素人のペアというのが気がかりで……」
「あら、お優しいのですね。見直しましたわ」
慌ててなにやら言い訳をのたまおうとしたお師匠だったが、マリアにすかさず皮肉たっぷりのツッコミを入れられ、志半ばでそのまま沈黙してしまった。
言うまでもないが、お師匠がここに現れたのは、心配したマリアの差し金でも、「頼りない弟子と素人のペア」を思っての事でもなく、この遺跡に興味を持ち、勝手に首を突っ込んできただけなのなのだ。なんというか、お師匠らしいといえばお師匠らしいが、一応、これでもあたしの「親」だと思うと、なんだかちょっと悲しいものがある。
「しかし、規則は規則です。それと、ついでに申し上げて起きますが、『出張届け』も受理していませんので、遺跡に無断侵入した上に、無許可の長期外出。これは、魔道院の一部で大好評の『地獄のスペシャルコース(ほぼ完全版)』に該当する違反ですね」
と、続けてマリアがそう言った瞬間、お師匠の顔色が笑えるほど急速に青くなり、その顔面を、ダラダラと冷や汗の滝が流れ落ちはじめた。
しかも、よほど疲れているらしく、すっかりヘロヘロになっていたローザまでもが、ビクンと体を震わせてから、床を這うようにして二、三メートルほど、素早くこちらから遠ざかったりしている。
「な、なによ、その『地獄のスペシャルコース(ほぼ完全版)』ってのは?」
思わずマリアにそう問いかけると、彼女はゾッとするような笑みをニヤリと浮かべた。
「……聞きたいですか?」
「い、いえ、結構です。あたしが悪うございました!」
理屈ではなく、本能的に「これ以上はヤバイ!!」と感じ、あたしは慌ててそう言った。
「あら、そうですか。残念ですね」
と、マリアは本当に残念そうにそう返してくれたが、むしろ、またそれが末恐ろしい。
……魔道院には、知らない方がいい秘密がたくさんある。
それを無理に知ろうとすれば、その愚行の応報として、一生どころか三生かけても取り返しが付かない程の後悔を味合うことになるのだ。
「ともあれ、クレスタさん。この件に関しては、魔道院に戻ってから、私の執務室でじっくりと話し合いましょう。よろしいですね?」
「……は、はい、分かりました」
止めとばかりにマリアに問われ、お師匠は、あたしもおよそ見た事がない、もの凄い悲痛な表情を浮かべつつ、コクリと首を盾に振ったのだった。
……な、なんか知らないけど、とりあえず合掌。がんばれ、お師匠!!
「さて、業務連絡はここまでにして、今は先の事を考えましょう。クレスタさん、今度はそちらの経緯を話して頂けますか?」
「はい、それはもう喜んでお話させて頂きます」
……あーあ、なんか思いっきり卑屈になっちゃって、まぁ。
しっかし、大きな事から小さな事まで、どーでもいいと勝手に判断した事に関しては、おおよそ気にしないお師匠に対して、ここまでのダメージを与える「地獄の(以下略)』とやらは、よほどものすげぇモノなのね。いち早く部外者になっていて良かったかも。
そんな事を心の中でつぶやいているうちに、お師匠の話は延々と続いている。
それを詳細に記すと、掛け値抜きに長い話になってしまうので、ある程度簡潔にまとめてしまう事にする。
お師匠がローザを連れて……もとい、ローザのサポートとして、まずは簡単に遺跡の様子を確認しようとやって来たところ、またもや、ローザが落とし穴にハマってしまったらしい。
しかし、あたしと違って、お師匠は『飛翔』の魔術を使えないので、取るもとりあえず、持参したロープをローザが落ちた穴に垂らし、それを伝って降りて行ったところ、この穴は思った程深くはなく、すぐに地下の「第一階層」に降り立つ事が出来た。
そして、穴の底で目を回していたローザの回復を待ち、手当たり次第に地下階層を進むそのうちに、ちょうど、あの「オオカミ」との激戦を終えたばかりの、あたしたちに出会った。とまあ、こんな所である。
何というか、ローザを連れたままで、この危険な地下を歩いてしまうという辺りが、なんともお師匠らしいというか、呆れてしまうというか……。
と、それはともかく、ローザが性懲りもなくハマった落とし穴が、よもや正規の出入り口とは思えないが、とにもかくにも地下と地上を繋ぐ接点である事に変わりはない。
となれば、お師匠達が歩いてきた通路を逆に辿れば、どうにか地上に出られる可能性が高いというわけである。
「分かったわ。それじゃあ、一度地上に引き返すわよ」
お師匠の長い話を聞き終えたあたしは、即座にそう宣言した。
「お、おいおい、何を言っているんだ。ここまで来たのに、このまま手ぶらで帰るというのは、遺跡マニアとしてのプライドが……」
「コホン。クレスタさん、あなたに発言権はありません。ご不満でしたら、私が永遠の黙秘権をプレゼントしますが、いかがなさいますか?」
血相を変えて、なにやら抗議しかけたお師匠だったが、そのセリフを最後までのたまう間もなく、マリアが放った痛烈な一撃が命中。そのまま轟沈してしまった。
……うーむ、そのニコニコ笑顔とは裏腹に、なんか殺気出てるわよ。マリア。
「と、そういう事で、クレスタさんは無視するとして、この場で最も遺跡調査の経験を積んでいるのは、紛れもなくマールさんです。あなたの決断なら、私は素直に従います」
指で床になにやら文字を描いているお師匠の姿を、心のそこから楽しそうに見つめながら、マリアはあたしにそう言ってきた。
どうでもいいが、マリアってば、口調こそ「院長代理」だけど、中身は紛れもなく「姉」ねぇ。なんか、懐かしいやらコワイやら。
「う、家に帰れるんなら、あ、あたしもマールに付いていく……」
と、今にも消え入りそうな声で、ローザまでそんな事を言ってきた。
……うわっ、なんか急にプレッシャーが。
「はい、これで3対1です。クレスタさん、いかがなさいますか?」
そして、そんなローザの声に満足したのか、軽くうなずいてから、マリアはかなり落ち込んでいる様子のお師匠にそう問いかけた。はっきり言って、これはかなり意地悪な仕打ちである。
「……あ、あのなぁ、そんなに僕を虐めて楽しいか。ええっ、ローザ殿!?」
「ええ、あ、あたし!?」
しばし沈黙を保っていたお師匠だったが、ついに何かが切れてしまったらしく、血走り涙ぐんだ目でローザを睨みながら、ほとんどヤケクソ気味に喚いた。
「クレスタさん、誤爆です」
「あっ、すまん……」
他ならぬマリアにツッコミを入れられ、お師匠の顔は真っ赤になった。
うーむ、これは情けないぞお師匠。しっかりしろ!!
ああもう、弟子として「娘」として、この光景は見たくなかった。
「ええ、それはもう。なにしろ、あのマール・エスクード……いえ、マリー・クレスタの親にして、遺跡研究においては魔道院十指に入るクレスタさんですからね。そんな凄い人を公然と虐められるのですから、これほど楽しい事はないですよ」
泣きそうなお師匠の様子にもひるむことなく、マリアはキッパリとそう言い切って、底知れないどす黒さを感じさせる凄絶な笑みを浮かべた。
出たな、マリア姉ちゃん……。
「くっ……。もはや、我慢ならん。アストリア王立魔道院院長代理、マリア・コンフォート。我が尊厳を守るため、その命、頂戴する!!」
……うわっ、ヤバい!!
頭がそう認識するより早く、あたしは最大限の『障壁系』防御魔術を解きはなった。
その刹那、障壁を挟んだ視界が真っ赤に染まり、瞬時にして全身から汗が噴き出す程、周囲の気温が急上昇した。そう。超上位クラスの破壊力を持つ攻撃魔術ですら、完璧に防ぐ事の出来る防御魔術を使ったのにも関わらずである。
もし、こんなものをまともに食らっていたら、あたしなど瞬間的に跡形もなく蒸発していただろう。全くもって、シャレにならない。
「うわっ、びっくりした!!」
と、瞬間移動でもしたのか、いつの間にか、あたしの隣で床に伏せるようにしていたローザが、思いっきりそんな声を上げた。
……いや、ビックリしたのはあたしの方だって。
そんなツッコミをローザに入れるより早く、今度はマリアの声が聞こえてきた。
「フフフ、そんなヘボ魔術で私を倒そうなどとは、まだまだヌルいですね。本当の攻撃魔術というのは、こうやるんです!!」
そして、さして広くない遺跡の通路に、あわや障壁ごとぶっ飛ばされそうになるほどの、強烈な爆風が吹き荒れた。
「ふん、口ほどでもない。青臭いガキには、コイツがお似合いだ!!」
「だぁぁぁ、ダメだ。撤収。逃げろ、ローザ!!」
お師匠の怒声と共に巻き散らかされる爆発に、ほとんど悲鳴に近いあたしの声が埋もれ消えていった。
こいつら、なにしにここに来た!?
遺跡探索はまだ進まない。なにやっているんだか……。
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