第13話 遺跡探索は続く
ラグナ君が開けてくれた通路を通り抜た先は、あたしたちが二人横に並ぶのが精一杯という、細い通路だった。
マリアが放った明かりの魔術により、あたしたちの周囲数メートルほどは視界が確保出来ていたが、その先は完全な闇である。
「さて、どっちに進む?」
すでに安全確認を済ませてある手近な壁に寄りかかりながら、マリアがそう問いかけてきた。
ここは、例の急造通路を抜けてすぐの場所である。
今さっき出てきたばかりのあの部屋を背にすると、この通路が伸びる先は正面と右の両方向。つまり、元々はL字型に曲がっていた通路の、ちょうど角の部分に立っているというわけである。
……さて、どっちに進みますかねぇ。
しばし思案した後、あたしは自分の荷物袋の中から、財布として使っている小さな革袋を取りだした。
そして、その口を縛っておいた革ひもをほどき、袋の中からクローネ金貨を一枚取り出した。
「なに、くれるの?」
「まさか。飢え死に寸前でようやく稼いだお金を、そうそう気易くプレゼント出来るわけないでしょ」
冗談めかして問いかけて来たマリアに軽口を返しつつ、あたしは財布を道具袋に戻した。
「いい。表が出たら正面。裏が出たら右。何があっても恨みっこ無しよ」
先ほど取り出したクローネ金貨を右手で弄びつつ、あたしはマリアにそう言った。
すると、彼女は小さく肩を竦め、苦笑いを浮かべながらもコクリとうなずいてくれた。
これは、要するに運を天に任せるというヤツである。
まあ、この上なく無責任ではあるが、なにしろ、あたしだって、お師匠とローザがいる場所の当てなど全く無いのだ。
どのみち、最悪の場合は、この遺跡を隈無く見て回ら無ければならないわけだし、ここでどっちに進もうと、多少手間が増えるかどうかという程度の違いでしかない。
「それじゃ、よっと!」
そう言って、あたしは右手の親指で天井に向かって金貨を弾いた。
そして、激しく回転しながら落ちてきたコインを左手の甲で受け止め、同時に右手で上からパシッと押さえてやる。
……さて、あたしたちの運命はどんな選択をするか。
少なくとも、感触からして金貨が『立っていた』などという、微妙な答えは出ていないことは分かるので、その辺は安心していいが……。
そんな事を思いつつ、右手をそっとどけると、金色に輝く伝説の冒険者「ロナルド・D・クローネ」の肖像が現れた。
これは、クローネ金貨の表面。つまり、あたしたちの進路は正面と決定したわけである。
「『我らが進む道は示された。いざ行かん。未知なる世界へ』ってところかしら?」
と、脇からのぞき込んでいたマリアが、ロナルド・D・クローネが遺した名言の一つを引用しつつ、そんな事を言ってきた。
「さてと、行くわよ。ここから先は、マジで『未知なる世界』だから、何があっても取り乱さないでね」
マリアにそう言いながら、あたしはもう一度道具袋の口を開き、中からあの拳銃を取り出した。
これまたマリアが手渡してくれた弾丸をフル装填してあり、残った二十発ちょとの弾丸は、箱詰めにしたまま道具袋の中にしまってある。
あたしは、取り出した拳銃を腰の裏のベルトの隙間に挟むようにして収めた。
ううう、ゴリゴリして痛い……。
「あっ、すっかり忘れてた。ちょっと待ってね」
まるで、あたしの胸中を見透かしたかのようなタイミングで、マリアが両手をポンと打ちながらそう言って、虚空に「穴」を開けた。
「えっと、あれは確か……」
などとブツブツつぶやきながら、『穴』に右手を突っ込んでゴソゴソやっていた彼女だったが、やがて、なにやら大きな革袋を取り出した。
よく見ると、その袋には『内容物・生もの』だの『危険。許可無く開けないこと』だのと朱書きされている。
……生もので危険って、もしかして、なんかの動物の死体とか!?
などと、この上なく嫌な想像をしてしまったあたしだったが、しかし、厳重に閉ざされたその革袋の口を開き、マリアが取り出して見せたものは、今まさにあたしが一番欲している物だった。
「これは、マールとの再会記念のプレゼントみたいなものよ。みんなにバレないように取り寄せるのが大変だったのなんの……」
と、大げさな身振りを交えながらそう言うマリアの手にあるものは、拳銃を携帯するのにこの上なく便利な道具、ホルスターだった。
しかも、その固定ベルトを太ももに巻いて使う、いわゆるレッグ・ホルスターという、なかなか格好いいタイプである。
「な、なかなか用意が良いわね」
本来なら、謝辞を述べるべきシーンである事は分かっていたのだが、しかし、驚きのあまり、あたしの口から飛び出したのはそんな言葉だった。
「あのねぇ。あんた、魔道院から飛び出す前、『すっげぇ銃買っちゃった』なんて、あれだけ自慢しまくっていたでしょーが。その銃が入っていた木箱の送り主と宛先を見れば、開けなくても中身はなんとなくピンと来たわよ」
と、半ば呆れたような口調でそう言って、マリアは軽くため息をついた。
……そ、そういや、そんな記憶があるようなないような。
「それで、いくら無理無茶無謀が服着て歩いているようなあんたでも、さすがに銃なんてシロモノを日常的に持ち歩くとは思えなかったし、どうせコレクションにでもするつもりで買ったんだろうから、当然、ホルスターまでは揃えていないだろうと読んだのよ。
なにしろ、このアストリア王国内じゃあ、どこにでもあるような小さな店じゃ銃関連の道具が売っているわけないし、すでにあんたが銃の装備を一式揃えている可能性は低かったからね」
「……お見それしました」
続けざまに、さも当然とばかりの口調でマリアに言われてしまい、あたしはただそう返すしかなかった。
・・・むぅ、恐るべしマリア。
しっかし、「無理無茶無謀が服着て歩いてる」って、なんかエライ言われ様なんですけど、あたし。
「フフフ、『姉』の偉大さを思い知ったか。さて、それはさておき、ほら、さっさと用意を済ませて先に進むわよ」
マリアにそう促され、あたしは彼女からずっしり重いホルスターを受け取ると、それの固定ベルトを太ももに巻き付けて止めた。
そして、そのホルスターに銃を収めると、これでようやく人心地ついた。
「ほぉ、こりゃなかなか似合ってるじゃないの。拳銃装備の魔道師なんてそうそういないわよ」
マリアの上げた感嘆の声に気をよくして、あたしは、その場でクルリと一回転して見せた。確かに、これほど堂々と拳銃を下げている魔道師なんていないわね。
「さてと、これで準備完了よ。あたしが先を歩くから、マリアはバック・アップをよろしく」
「あいよ。また変なモン見つけても、いきなり突っついたりするんじゃないわよ」
と、なかなかイタイ所を突いてくれたマリアに苦笑で答えてから、あたしは全神経を前方に集中させ、ゆっくりと一歩を踏み出した。
この通路の両脇と天井は、先ほどの部屋と同じように石を積み上げたものである。
そして、やはり時間の流れというものを全く感じさせないほど、不自然に綺麗だという事も同様……いや、床には埃が落ちてさえいないので、こちらの方がより奇妙なものに映る。こっちも状態維持用に強力な防御魔術が仕掛けてあるってことか。
などと、何となく胸中でつぶやいた時である。
突然、前方からヒリ付くような気配を感じたその瞬間、がぁぁぁん!という、頭痛を誘うような大音響が遺跡の闇に響き渡った。
それが、あたしが咄嗟にホルスターから銃を抜き、そのトリガーを引き絞った瞬間に発せられた銃声であると、ようやく脳が認識した時には、辺りには火薬の燃えた臭いと、鉄が錆びたような臭いが入り交じった、何とも吐き気を催す悪臭が漂っていた。
「あ~、びっくりした。でも、まぁお見事。もしかして、意外とやれるんじゃないの?」
などと、苦笑混じりにつぶやきながら、マリアが頭上の『明かり』を少し前方に動かした。
すると、その明かりの輪の中に、どす黒い血だまりの中に溺れるようにして、床に倒れた「ソレ」の姿があった。
……そう。一言で言えば、それはオオカミに似た獣である。
真っ黒な体毛が全身を覆い、大きさはよく育った大型犬ぐらいといった所か。
一見すると、どこにでもいそうな獣ではあるが、すでに濁り始めているものの、その真っ赤な光を帯びた両目が、自然界に存在しない生物である事を物語っている。
これは、こういった遺跡で度々遭遇する、魔法の技術によって造り出された「魔法生物」である。
恐らく、巧妙に闇の中に身を潜めながら、こちらが近づいてくるのをじっと待ちかまえていたのだろう。
実際、つい先ほどまで、あたしもマリアもその存在に気が付いていなかったのだが、しかし、飛びかかろうとした瞬間の鋭い「殺気」までは隠せなかったようである。
「ふぅ、あたしも驚いたわよ。まさか、こんな「動き」出来るとは思わなかったわ」
いまだに、銃口から硝煙が立ち上っている銃をホルスターに戻しながら、あたしはため息混じりにそう言った。
実のところ、あたしは戦闘訓練を専門に受けたわけではないし、武器を使った実戦経験といっても、せいぜい、そこらの街の裏路地にたむろしている小悪党を、適当にからかってやったぐらいのものである。
それ故に、遠くから攻撃魔術で一網打尽にぶっ飛ばすというならともかく、こういう接近戦となると、甘めに評価しても二流程度の腕だと自覚していたのだ。
しかも、動かない的を標的にした試し撃ちならともかく、実際の戦闘で銃を使うのはこれが初めてだというのに、我が身の事ながら、いきなりこれである。もしかして、銃と相性が良いのだろうか。あたし。なんか、だんだん一般的な魔道士の姿からかけ離れていくような……。
「へぇ、一丁前に謙遜なんかしちゃって。はっきり言って、あんたがそれを言っても、嫌みというよりは間抜けにしか聞こえないわよ」
と、なにを勘違いしたのか、マリアがニヤニヤ笑いながらそう言ってきた。
……なんか、さりげにバカにされてるわね。あたし。
「あのねぇ……。って、まあ、いいわ。先に進むわよ」
思わず抗議しかけたあたしだったが、急にアホらしくなってしまい、さっさと話題を変える事にした。
もちろん、言いたい事は多々あるが、なにもこんな空気の悪い場所で、長々と立ち話する程の事ではない。
「なによ、つれないわねぇ……。って、しっかし、無差別大規模破壊魔術に加えて、銃の早撃ちまでこなすなんて、さすがは私の『妹』だわ。ちょっと見ないうちに、ますます凶悪になっちゃって・・・」
「ええい、気が散る。黙ってなさい!」
「うだぁ、また出たぁ!!」
「ほら、頭抱えている暇あったら戦う!!」
心底嫌そうに叫ぶマリアに、あたしは銃を構えながらツッコミを入れた。
あたしたちのすぐ目の前には、今までにもう何度見たか数え切れない、あのオオカミに似た獣が二頭。くぐもったうなり声を上げながら、赤く光る目でこちらを睨み付けている。
……しっかしまあ、マリアじゃないけど、本当に嫌になるわね。これは。
胸中でつぶやきながら、あたしは銃の照準を『オオカミ』の一頭の額に合わせ、同時にトリガーを引き絞った。
瞬間、鼓膜が破れそうな大音量の銃声が、周囲のどことなくカビくさい空気を振るわせ、銃口から吹きだした炎が、パッと辺りをオレンジ色に染める。
しかし、あたしの放った弾丸は思いっきり標的を外れ、狙ったオオカミの目の前の床に、鋭い火花を散らしたのみ。
しかも、さらに悪い事に、この銃声で驚いたか、はたまた何かの踏ん切りがついたのか、目の前に立ちはだかった『オオカミ』たちが、一斉にこちらに向かって飛びかかってきた。
「!?」
咄嗟に大きく後ろに飛び下がったあたしだったが、着地するのとほぼ同時に、すぐ目の前を黒い影がよぎり、同時に、左頬の辺りに鋭い痛みが走った。
「……ちっ!!」
思わず舌打ちしつつ、先ほど後ろに飛んだ勢いを利用して、さらに大きく後退してから前方を確認すると、こちらからほんの二、三歩分ほど先に、鋭い牙を剥き出しにしてうなり声を上げる「オオカミ」の姿があった。
……げっ、近すぎる!?
と、思わずひるんでしまったその瞬間、ドンという強烈な衝撃と共に、今度は右足に激痛が走った。
「……くっ!」
左足で踏ん張り、衝撃で押し倒される事だけはなんとか防いだあたしだったが、あまりの激痛に悲鳴すら上げる事が出来ない。
一瞬、意識が飛びそうになったが、それでも何とか気力を振り絞って右足の方を見やると、あの「オオカミ」が、あたしの右足の太ももにバックリと噛みついていた。
……こ、こんのぉ!!
皮肉といえば皮肉だが、この光景と激痛が、あたしの中のどこかにある残虐性のスイッチを入れた。
空いている左手で、腰のベルトに下げてあるナイフを鞘から抜き放ち、渾身の力を込めて、その切っ先を『オオカミ』の赤い目めがけて振り下ろした。
ギャァァァァ!!
さすがに、これは効いたらしい。
そのいかにもオオカミ然とした姿とは似使わない、身の毛もよだつような悲鳴を上げつつ、パッとあたしから離れたそれは、どす黒い血しぶきをまき散らしながら、床をのたうち回った。
しかし、それで許してやるあたしではない。
右手の銃をスッと構えると、その照準を床でのたくっている『オオカミ』に向け、自分でも驚くほど冷徹に引き金を引いた。
一発、二発、三発、四発……。
立て続けに引き金を引くうちに、あたしの意識は徐々に遠くなっていく。
「マール、大丈夫?」
そして、そんな慌てたマリアの声が聞こえた時、あたしはハッと我に返った。
気が付けば、右手に構えた銃は、引き金を引くたびに、ハンマーが空打ちする空しい金属音を立てていた。
もちろん、あたしの目の前の床に倒れている『オオカミ』は、ピクリとも動く事はない。
「ええ、大丈夫よ……って、言いたいけれど、そうでもないみたい」
唐突に蘇ってきた激痛に耐えかね、あたしは思わずその場に倒れ込むようにして横になってしまった。
左頬と右足が、まるで脈を打つようにして激痛を発し、まるで熱でも出ているかのように、意識がぼんやりしている。
どうやら、あたしが負ってしまった傷は、放っておいても勝手に治るという程度ではないようだ。
「ゴメン。もう一匹に手間取っちゃって、フォロー出来なかったわ。うわっ、こりゃヤバイわね」
あたしの元に駆け寄ってきたマリアが、顔をしかめながらそう言った。
「や、ヤバイのは分かってるわよ。わ、悪いけど、回復を……」
おおよそ傷口を見る勇気も気力もないが、この痛みだけでも自分の体がどうなっているのかは容易に察しが付く。
「言われるまでもないわよ。でも、私の回復魔術じゃあ、これだけの傷を完治出来るかどうか……」
などとブツブツ言いながらも、マリアはあたしの胸の辺りに両手をかざし、スッと目を閉じた。
「・・・命の源たる水の精よ。傷つき倒れた我が友を癒し賜え」
そして、低く押し殺したような声で、彼女がそうつぶやいた瞬間、心地よいお湯に浸かっているような感覚が、あたしの体全体を包み込んだ。
今は全く精神集中できない状態なので、彼女が使った魔術の「構成」は読み取れないが、「呪文」まで唱えているところを見ると、かなり強力な回復魔術なのだろう。
さすがにその効果はてきめんで、あれほど激しかった痛みが急速に治まっていった。
「ふぅ、やっぱり傷跡が残るわね。マール、調子の方はどう?」
痛みの代わりに、全身を支配しはじめた猛烈な脱力感に苛まれる中、マリアがそう言って小さく笑みを浮かべた。
「ええ、さすがはマリアね。痛みはほとんど感じなくなったわ。……ただ、ちょっとすぐには動けそうにないけど」
もはや、口を開くことすらおっくうだったが、それでもなんとか気力を振り絞り、あたしはマリアにそう答えた。
「まあ、ちょっと荒療治だったからね。まあ、私としてもちょうど良いタイミングだし、少し休みなさい」
そう言って、マリアが目の前に手をかざしてきた瞬間、あたしの意識は急速に暗転していったのだった。
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