第11話 遺跡へ4
「ふぅん……。お師匠にしては、珍しく気が利いているわね」
手に小さな羊皮紙を持ちながら、あたしは誰とも無くそうつぶやいてしまった。
ここは、あの「祭壇」の上である。
準備を整えたあと、まずは一番怪しいここから調べてみようという事で、マリアを伴ってやってきたのだ。
そして、まず最初に目に飛び込んできた最初の『異変』が、祭壇の上に無造作に置かれていたこの羊皮紙だったというわけだ。
「なんですか、それは?」
あたしのつぶやきが聞こえたか、「祭壇」の周囲を調べていたマリアが、こちらにやってくるなりそう問いかけてきた。
「うん。もしかしたら、明日あたり大雨が降るかもしれないけど、お師匠の置き手紙ってやつよ」
そう言って、あたしはマリアにその羊皮紙を差し出した。
「えっと……すいません。字が汚すぎて読めないです」
なにも言わずその羊皮紙を受け取ったマリアだったが、しかし、すぐに本当に申し訳なさそうにそう言ってきた。
……あっ、そうだった。
あたしはもう慣れてしまったが、実はお師匠の書く字は、あまりにも下手……いや、癖がありすぎて、普通はとても読めたものではないのだ。
しかも、この羊皮紙に書かれているのは、あたしたちが普段使っているアストリア標準語ではなく、なぜか古代アストリア語なのだから、マリアが読めなくても無理はない。
『マール君、マリア君へ。地下への入り口を発見したので、これから探索に向かう。
なお、もう気が付いているかもしれないが、この遺跡は少なくとも『一級』クラスである可能性が高い。
もし、私たちが三日経っても戻らなかったら、その時はこちらに構わず、速やかに撤収すること。
それと、これは、特にマール君に向けての事だが、決して私たちを救出しようなどと思わない事。以上』
「……って書いてあるわ。全く、こんな手紙を残す事自体が不気味なのにねぇ」
と、ため息混じりにそう言うと、マリアは目を丸くした。
「えっ、つまり……」
「そう、お師匠らしいっていえばお師匠らしいけど、『一級』以上だと確信しながら、よりによって、素人のローザを連れて勝手に潜っちゃったってわけ。ったく、なに考えているんだか……」
マリアの言葉を最後まで聞かず、あたしはなんだか頭を抱えたい気持ちでそう言った。
……ったく、冗談じゃない。
遺跡調査のなんたるかを知り尽くした、ベテランの魔道士たちで編成された調査隊でさえ、「一級」クラスの遺跡となれば、数名程度の犠牲者が出ても不思議ではないし、最悪のパターンでは、全滅する事も十分あり得るのだ。
それなのに、たった二名。しかも、そのうち一人は遺跡調査未経験者でこの遺跡に潜ったというのだから、これはもう自殺行為と言っていい愚行である。
その上、これで「探しに来るな」というのだから、お師匠の非常識さが壮絶なレベルに達しているのは、もはやいうまでもないだろう。
「ふぅ……。マリア、こうなったら急いで後を追いかけるわよ!」
もはや、しのごの言っている場合ではない。
一刻も早く地下への入り口を見つけ、無理にでも二人を連れ戻す必要がある……そう、手遅れになる前に。
「分かりました。手分けして周囲を探しましょう」
どうやら、あたしの心境を察してくれたようで、マリアが軽くうなずいてからそう言ってきた。しかし、あたしはそれに首を横に振って答えた。
「分散するのはマズイわ。なにかあった時に、お互いにフォロー出来るようにしておかないとね」
あたしがそう言うと、マリアは素直にうなずいた。
まあ、本来これは十人程度の中規模調査隊での話なのだが、なにかの都合で手分けして動かなければならなくなった時でも、最低限二人以上が組んで行動するのがセオリーである。前にも言ったかな。これは。
なぜなら、どれほど経験を積んでいても、やはり人間である以上は見落としやミスは付きものだからだ。
特に、一人の些細なミスが、取り返しの付かない事態を引き起こしかねない『一級』以上の遺跡では、これは鉄則ともいえる。
確かに、今回はあたしとマリアの二人しかいないし、時間が惜しいところではあるが、例え効率が悪くとも、致命的なトラブルを起こすよりはマシである。
「それじゃあ、まずはこの『祭壇』の上を調べるわよ。言うまでもないとは思うけど、足下の些細な異変も見逃さないでね」
そう言って、マリアが了解の答えを返してくるのを待ってから、あたしはその場に四つんばいになった。
・・・地下というのだから、どこかに階段か何かがあるはずである。
しかし、先ほどこの辺りをザッと調べて見た時は、おおよそそんな物は見あたらなかった。
ということは、恐らく何かが蓋になってそれを隠しているのだろう。
こういう場合、オーソドックスなパターンとして、その蓋を開けるスイッチが、どこかに巧妙に隠されているというやつだ。
もしこの通りだとして、お師匠の事だから、先ほどの置き手紙が置いてあった場所の近くに、そういったスイッチの類があるはずなのだが……。
「あっ、マール。ストップ!!」
四つんばいになったまま、這うようにして移動しようとした瞬間、マリアがそんな鋭い声を上げた。
「っと、どうしたの?」
ちょうど、「祭壇」に付いていた右手を挙げた瞬間だったので、そのまま変なポーズで動きを止めたまま、あたしはマリアにそう聞き返した。
「あなたが今右手を下ろそうとしたその場所、なんだか違和感を感じませんか?」
マリアにそう言われて、あたしは今まさに右手を付こうとしていた場所を見つめた。
すると、さっきまでは全然気が付いていなかったが、そこだけ妙に緑が濃いコケが群生していた。
ちなみに、ここは例の羊皮紙が置かれていた場所でもある。
……そう言えば、それなりに風化こそしているものの、この『祭壇』にはコケの類は生えていなかったわね。
って、事は……。
半ば確信を抱きつつ、あたしは無言のままそのコケが群生している辺りをそっと押してみた。すると、カチリという微かな手応えが伝わってきた。
……おっ、いきなり『当たり』か?
などと、胸中でつぶやいたのとほぼ同時に、突然足下の『祭壇』が淡い光を放ち始めた。
「こ、これって……!?」
その淡い光の正体に気が付き、思わず声を上げかけたその瞬間、視界が闇に閉ざされ、何とも言えない酩酊感が襲いかかってきた。
そして、数瞬後。再び視界が元に戻った時には、あたしの周囲の光景は一転していた。
なんとも言えない、何かが腐っているような悪臭に、呼吸するのも嫌になるようなジメジメした空気。そして、自分の指先さえも見えない深い闇・・・。
ここ数年忘れていたが、これは、どこの遺跡に行っても共通する地下の光景である。
「ふぅ……。まいったわね。まさか、『地下に行く方法』が、こういうモノだとはね」
注意深く辺りの気配を探りながら、あたしは思わずそうぼやいてしまった。
……やれやれ。あたしは、てっきり地下に続く階段でも出てくるのかと思っていたのだが、どうやらそれは全く見当違いだったらしい。
あの「祭壇」に施されていた仕掛けは、隠し階段などといった「物理的」な物ではなく、いかにも古代魔法時代の遺物らしく、「転送」の魔法だったようである。
うーむ、こりゃちょっとマズイかも……。
というのも、外に出るためには、逆方向の「転送装置」を探さないといけないからだ。もはや、退路はない。
「なるほど、なかなかよく出来ていますね」
「うわっ、マリア!?」
突然闇の中から聞こえてきた声に、あたしは思わず悲鳴のような声を上げてしまった。
ついさっきまでは全くなにも感じなかったのだが、いつの間にか、あたしのすぐ間近に人の気配が生まれている。
「あっ、申し訳ありません。今、明かりを付けます」
と、闇の中から声が聞こえたかと思うと、突然あたしの目の前に真っ白い光を放つ『球』が現れた。
これは、『光明』と呼ばれる魔術で、暗闇などで明かりが欲しい時に便利なものである。
一応、この『光球』は『火』の精霊の力を借りて生み出すのだが、触っても熱いという事はないし、なにかに燃え移ったりすることもないので、ランプの類よりも使い勝手が良かったりする。
「もう、昨日の夜も言ったけど、気配を消して近づくのは止めなさいって。マジで驚くから……」
フヨフヨと頭上に向かって上っていった『光球』の明かりに照らされ、あたしの目の前で悪戯っぽく笑みを浮かべているマリアに、あたしはため息混じりにそう言った。
なにしろ、彼女が声を掛けてくるまでは、あたしだけがここに「飛ばされて」きたと思っていたのだ。
それで、これから先は一人でどうにかしないと……などと、覚悟を決めかけていたときに、いきなりコレである。
……なんというか、集中力ブッちぎれ。無闇に疲れたわ。
「申し訳ないです。分かっているのですが、つい、いつもの癖が出てしまいまして」
と、特に悪びれた様子もなくそう言って、マリアは小さく肩を竦めた。
……ったく、「つい」じゃないわよ。
場所が場所だけに、シャレにならないってば。本当に。
「まあ、いいわ。……それより、これはちょっとマズイ事になったわね」
色々と言いたい事はあったのだが、しかし、今はより優先すべき事がたくさんある。
気を取り直し、あたしはそうつぶやきながら、ゆっくりと辺りに視線を巡らせた。
マリアの魔術の明かりによって、今は辺りの様子がちゃんと目で確認出来る。
どうやら、ここは石を積み上げて作られた壁で四方が囲まれた部屋のようである。
床の面積は、せいぜい一般的な家庭の居間程度といった感じだろうか。
しかし、天井が妙に高いお陰で、実際にはかなり広く感じる。
もっとも、広く感じる理由は、単に天井が高いというだけではなく、こうして見渡す限り、取り立てて目を引くような物がないという事も大きいだろう。
家具の類はもちろん、怪しげな彫刻などといった類もなく、単に壁と床があるだけの、本当に殺風景な部屋である。
床に埃や砂がびっしりと積もっている所を見ると、この部屋に誰かが立ち入ったのは、かなり昔の話であることは想像に難くない。
しかし、そうなると、あたし達にとってはかなり大問題となる。
なにしろ……。
「マズイ事って、なにか不都合な事がありましたか?」
どうやら、あたしたちが置かれた状況の意味をよく分かっていないらしく、マリアがきょとんとした表情でそう聞き返してきた。
「あのねぇ、あなた『経験者』だっていうなら、あたしが説明しなくても分かってよ」
思考を中断し、思わず呆れてしまいながらそう返すと、マリアはハッとした表情を浮かべた。
「あっ、なるほど。言われてみると、確かに床が『綺麗』ですね」
……どうやら、ようやく気が付いてくれたらしい。
もっとも、この言葉通り、床が本当に綺麗だというわけではない。
先にも述べたが、この部屋の床はびっしりと埃や砂に覆われている。
……そう。一目見ただけで、少なくとも、ここ数年間は誰も足を踏み入れていないと分かるほど、「綺麗」に埃が積もっているのだ。
これが何を意味するかというと……。
「つまり、お師匠様とローザは、どこか他の場所に出たっていうことよ」
胸中で導き出された結論をそのまま口にして、あたしは思わず頭を抱えそうになってしまった。
要するに、そういう事である。昨日の夜出発したお師匠とローザがこの部屋を通れば、当然、この床に降り積もった埃の上に足跡が残っているはずである。
しかし、それがないという事は、すなわち、この部屋に足を踏み入れていないという事だ。
こうなると、考えられる事は二つ。
あたしたちが「飛ばされて」きた入り口とは、全く別の場所からこの遺跡の地下に降りたか、もしくは、同じ入り口でも、別の「出口」に出たかである。
なにしろ、「移動手段」が魔法だけに、例え同じ入り口から「飛ばされた」としても、必ずしも同じ出口にたどり着くとは限らないのだ。
もっとも、これでは正規の移動手段としては役に立たないので、もっぱら罠に使われる事が多いのだが……。
「確かに、これは問題ですね。せめて、二人がこの地下階層に移動していればいいのですが……」
あたしが悶々と考え込んでしまっていると、マリアが心配そうにそうつぶやく声が聞こえた。
……ふぅ。マリアのヤツ、ようやく「経験者」としての歯車が回転し始めたみたいね。
さらに鬱な気分になりつつ、あたしは思わず胸中でそうぼやいてしまった。
そう。『転送』の魔法で「飛ばされる」先は、なにも地面の上に限った事ではない。
あたし自身の経験では、単に遺跡の外に放り出されるだけといった、比較的良心的なものから、いきなり海のど真ん中にぶっ飛ばされるという、本気でシャレにならないものまで、実に色々なパターンがあった。
今回の場合、単にお師匠たちが違う入り口から入ったというだけならまだいいが、もし、「飛ばされる」たびに出口が異なるタイプだったら……。考えるだけでも背筋が寒くなる。
「ともあれ、こうなったら、まずはこの付近を徹底的に調べるわよ。いいわね?」
胸中で渦巻く不安を何とか抑え込み、あたしは努めて気軽な声でマリアにそう言った。
ここで延々と考え込んでいても、それでお師匠たちに会えるわけでもなく、ただ気が滅入るだけである。
となれば、まずは行動あるのみ!!
「そうですね。とにかく調べましょう」
と、あたしの心境を察してかどうか、特に異議を唱える事なく、素直にうなずいてくれた。
「じゃあ、まずは床の大掃除からよ。マリア、程ほどの威力で、適当に『風』の魔術でぶっ飛ばしちゃって!」
と、特に深い意味もなく床を指さしつつ、あたしは意識して威勢良くマリアにそう言った。
つまり、『風』の魔術で、床に積もった埃やら砂やらを綺麗さっぱり吹き飛ばしてしまおうというわけである。
ここで、なにもわざわざそんな事する必要あるのか? などと思われる向きもあるだろうが、実は、これはこういった遺跡探索において、重要な作業の一つなのである。
言うまでもないが、床にびっしりと埃などが降り積もっているという事は、その下にある床本来の『姿』が見えないという事になる。
このままの状態で迂闊にそこらをうろついたりすれば、もしかしたら仕掛けられているかも知れない罠を、全く気が付かないまま発動させてしまう事にもなりかねないし、例えそういった危険な仕掛けの類が無くても、おっかなビックリ動くのでは、やはり精神衛生上極めてよくない。
そんなわけで、どんな遺跡を調査する場合でも、まず最初にやるべき事は、出来るだけそれが作られた当初の姿を、この目で確認するという作業なのである。
「あの、私は『風』の魔術は使えないのですが……」
思い切り気合いを込めて指示を出したあたしだったが、しかし、申し訳なさそうにマリアがこう返してくれた瞬間、思わずその場で転けそうになってしまった。。
……そ、そういやそうだった。
久々なので、すっかり失念していたけど、マリアは『火』と『水』の精霊に関する魔術は得意なのだが、『地』の精霊の魔術は少々使える程度、『風』に至っては全く使えないのだ。
とはいえ、これはなにもマリアに限った事ではなく、『風』の精霊の力を借りた魔術を使える者は、元々かなり希少な存在なのである。
まあ、この理由は、後ほど機会があればお話するとして、こうなったら、あまり気は進まないが、あたしが一肌脱ぐしかない。
「ゴメン。すっかり忘れていたわ。それじゃ、あたしが一発ぶちかますから、心構えだけしておいて」
マリアにそう言いつつ、あたしは答えが返ってくるのを待たずに、即座に脳裏に魔術の『構成』を思い浮かべた。
「えっ、ま、マールさん。早まらないでください!!」
と、どこかでそんな声が聞こえたような気がするが、それには委細構わず、あたしは両手を頭上に掲げた。
「でぇぇぇい、ぶっ飛べ!!」
ビュゴォォォォ!!
裂帛の気合いと共に魔力を解放したその瞬間、部屋の中を突風が吹き荒れ、床に積もっていた埃や砂がぶわっと舞い上がった。
こういった、いわゆる攻撃系の魔術を使った場合、きっちりとコントロール出来ていれば、術者の周りには自動的に一種の『結界』が生まれ、これが自らが巻き添えになる事を防いでくれる。
もちろん、あたしが今使った魔術は完璧。淡い光の膜のようなものが、あたしの全身を覆っているのがなによりの証拠である。
そんなわけで、部屋を蹂躙する猛烈な突風の中でも、あたしは平然と立っていられるのだが、もし、これが全くの「生身」だったら、今頃はそこら中の壁に叩きつけられた挙げ句、かなり悲惨な事になっていただろう。
……そういや、マリアのヤツ。ちゃんと生きてるかな?
などと、自分でも恐ろしいほど他人事のようにそう思いつつ、あたしは魔術をコントロールして、吹き荒れる風を収めた。
それと同時に、あたしの全身を覆っていた光の膜も霧散し、まるでそれを待っていましたと言わんばかりに、埃っぽい空気があたしの鼻孔をくすぐった。
「ゲホゲホッ……。もう、真面目に死ぬかと思いましたよ!!」
と、恐らくこのやたら埃っぽい空気をまともに吸ってしまったようで、むせながら抗議するマリアの声が聞こえた。
恐らく、咄嗟に防御魔術でも使ったのだろう。
あたしのすぐ目の前に立つ彼女は、酷く不機嫌そうな様子ではあったが、ざっと見る限り怪我をした様子はない。
「あ~、ゴメンゴメン。ワザとじゃないから許してね。それより、無闇に歩かないでよ」
そんなマリアに適当に謝りながら、あたしは注意深く辺りを見回した。
先ほどまで、床に厚く堆積していた埃はすっかり消え失せ、代わりに、無機質な石造りの姿を見せている。
こうしてみる限り、特に厄介そうな仕掛けはなさそうだが・・・。
「分かっていますよ。でも、相変わらず無茶しますね」
と、なにやら呆れたようなマリアの声が、あたしの思考を中断した。
はっきり言って、あたしが先ほど使った魔術は、少なく見積もっても、並の魔道師が使う上級攻撃魔術程度の威力はあっただろう。
そんなシロモノを、こんな密閉空間で使ったらどうなるか。もちろん、あたしだってちゃんと分かっていた。
……いや、ホント。嘘じゃないって。
実のところ、あたしが使える攻撃魔術は、その全てがやたら強大な破壊力を持ち、しかも広範囲に影響を及ぼすものなのだ。
実際、あたしが先ほど使った魔術も、本来は攻撃用というよりは、ただ『風』の精霊を使う感覚を掴むための練習用として作ったものなのである。
それ故に、その効果もただ風を起こすだけという至ってシンプルなもので、あの忌まわしき1回目の「試射」を行うまでは、人畜無害のお気楽魔術のつもりだったのだ……。
ま、まあ、そんな過去の汚点はともかく、この魔術は、あたしが使える『風』の攻撃魔術の中で、最も低威力かつ影響範囲が狭いものである。しかも、今回の場合は、その最低威力の魔術に、出来る限り手加減を加えたアレンジ・バージョンで、もうこれ以上はないほどの超低威力版だったのだ。それにも関わらず、あれほどの威力を発揮してくれたというのだから、これはもう自分自身でも呆れるより他にない。
「だからこそ、最初はマリアに頼んだのよ。ほら、文句言ってないで、ちゃんとサポートしてよ!」
ちょっとだけ落ち込みそうになった気分を奮い立たせるべく、あたしはワザと強い口調でマリアにそう言った。
「はい、了解しています。とりあえず、私たちを中心に、半径三メートルぐらいまでは、取り立てて目を引くようなものはないですね」
と、クスリと笑い声を漏らしてから、マリアは即座にそう答えてきた。
「はい、アリガト。それじゃ、付いてきな!!」
マリアの様子になんとなく脱力感を味わいつつも、あたしはそう言ってゆっくりと足を進めた。
目指す場所は、とりあえず正面の壁。
あたし達が立っている部屋の真ん中付近からは、ざっと見積もって五歩分といった距離である。はっきり言って、普段なら所要時間を示すのもバカらしくなるような距離だが、しかし、ここでは、次に踏み出す一歩が、そのまま人生最後の一歩となる可能性も否定できないだけに、嫌でも緊張感が増してゆく。
そして、感覚的にはたっぷり十分以上かけて、無事に壁際に立った時には、あたしは、思わず心の底から安堵のため息をついてしまった。
「ふぅ……。なんか、久々だと結構くたびれるわねぇ」
額にびっしり浮かんだ汗を拭いつつ、誰とも無くあたしがそうつぶやくと、すぐ近くにいたマリアが小さく肩を竦めた。
「もう、情けない事を言わないでくださいよ。実は、こっそり頼りにしているんですから……」
と、嘘かホントか、少なくともその表情だけは不安そうに、マリアがそんな事を言ってきた。こっそりって、あんた。いきなり本人の前でそう言ってどーするのよ?
「はいはい、分かったわよ。それじゃあ、まずは壁沿いにぐるっと一周するわよ」
気を取り直し、あたしはマリアにそう言ってから、再びゆっくりと歩き始めたのだった。
これが、「一級」遺跡のご挨拶である。これからが、楽しいアトラクションの始まりなのだった。
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